閑話 雲間→リアル→超颶風
某地方都市にある役所の一室。その一室に薄い紫色をした狩衣を纏う男性が一人と、古典的な巫女服を纏う女性が一人が、微妙な表情を浮かべてお見合いをしていた。それを役所職員がどうにも気まずい表情で眺めている。
「いやぁ〜事前に話には聞いてましたけども、すっごい所ですな、ここ」
男性がにこやかに笑ってのたまった言葉に、女性は頭が痛いとばかりに目頭を押さえる。
「かむなぎ様、笑い事ではありませんよ」
女性の呆れた言葉に男性は朗らかに笑う。
「はっはっはっはっ、そうは言いますがね、ここまで酷いともう笑うしかありませんよ」
「はぁ」
二人のやり取りを聞いていた役所の職員は、彼らが言っている事をしっかり理解しながらも、自分が巻き込まれないよう必死に気配を消す。
「まだ残っていたんですねぇ、こんな一族総出で一地方を牛耳ろうとしている愚か者が」
「そこは同意しますけれど」
「はっはっはっはっ、お天道様が見ている、と教わらなかったんでしょうか?」
「まぁ、お天道様も忙しいと知っていたのではないですか?」
「それでもこちらの事を知覚はなされてますけど?」
「それはかむなぎ様のような方々しか知らない事実ですので」
「ええ、ええ、祓えたまえ清めたまえ、この世一切合切の気枯れを祓う世界で最も苛烈な教えなんですけども」
「お天道様は実際お優しいですから」
「はっはっはっはっ、悪人共にとってはその優しさの意味を知りようもないでしょうがね」
役所職員は二人の会話が恐ろしくてたまらない。
そもそもいきなり役所にフラリと現れたかと思えば、様々な資料をピンポイントでピックアップし、そこから過去から現在に至るこの地方が抱えている教育上の問題を白日の元に晒し、そこへタイミング良く現れた文部科学省の特別調査室チームがその資料を押収し、そのまま市長と県知事に突撃していった。
特別調査室チームは市長と県知事を尋問し、そこからこの地方の教育委員会へ突撃、そこでも天照正教の神職達が待ち構えていて、様々な隠蔽工作をされていた資料を全部持ち出され、アッと言う間にどうしようもならない状況まで転がり落ちた。それをリアルタイムで見ていた職員は、目の前にいる二人が自分と同じ人間に見えず、恐ろしくて仕様がなかった。
「一地方の有力者を中心とした支配体制。その一族総出で行政まで支配域にして、自分達が支配者として君臨する体制を維持し続ける。今の政治だと、中央に向かう程に清廉潔白となっていきますから、地方が腐っていくって言うのはあるあるですけども」
「それにしたって、もうこれじゃぁ、漫画か小説か、それこそ映画でも作れそうな感じですよ?」
「はっはっはっはっ、まさに真実は小説よりも、ですな」
「はぁ、笑い事ではありませんよ」
彼らが笑っている間にも、着々とこの地方が抱えている闇が暴かれ、役所も教育委員会も市議会県会議員達も、上に下にの大騒ぎ状態である。
まさかこの騒動が、これまでその支配体制を盤石に整えようとしていた一族の、歴代最高と言われている辣腕当主の自慢の一人娘が原因だとか、それはそれで最高に皮肉ではあるが。
「これで少しは風通しが良くなるでしょうけど」
「……被害少年少女ですね?」
「ええ、実に頭が痛いですな、これはさすがに」
男性がテーブルに広げている資料に目を落とし、陰りのある笑みを浮かべる。
その資料は
――学校でのいじめもそうですが、この時代にまさか
東谷家は支配体制をしている一族の重鎮に分類される家で、一族と同じく結構古い家柄であった。
「本当、かの方々にはナイスアシスト、って感謝したいところですね」
「それはそうなんですが……前もそうでしたけど、関わる規模が尋常じゃないですよ」
「はっはっはっはっはっ、何しろお天道様のお気に入りらしいですから」
「うわぁ……」
姫子は妾の子供として、東谷家では最下層に分類される扱いを受けている。そして、様々な肉体的精神的苦痛を与えられ、支配者一族への生贄としての役割すら与えられ、このままでは最悪の事態すらあり得た場所にいた。
「確かにかの方々がサルベージしたのも大きいですが、彼女達の事も良い方向に進む条件に当てはまりましたからね」
「まさかまた、あの家の人間と関わるとは思いませんでしたけど」
「そうですね。前の時に徹底的に叩いとけばとは後悔しました」
「そこは落ち度ですね」
「はい」
天照正教の支部に現れた姫子の同級生の少女二人。その二人からもたらされた生の情報も、天照正教と特別調査室チームが迅速に動けた要因となった。
その少女の片方の兄が、まさかまさか『第一分署』で元気に遊んでいる町村 トージをいじめていた人物で、この地方にも一応の調査チームが派遣されていたのだが、目立った問題が見つからず厳重注意という形で落ち着いた。だが、それは巧妙に隠蔽されて見つからなかっただけで、二人はもっと注意深く調査していれば、もっと早くこの地方の異常に気づけたと後悔をしている訳だ。
「かむなぎ殿、姫巫女様、お待たせしました」
どんよりしていた二人に、その場に現れた高級スーツに身を包む人物が声を掛ける。
「おや、もう崩せそうなんですか?」
「はい。天照正教の皆さんが迅速に情報をピックアップして下さいましたし、我々も日々色々と準備はしておりますから」
「そうですかそうですか。では鬼退治と行きましょうかね」
「はい、かむなぎ様」
スーツの男性に微笑みかけ、男性はテーブルに広げていた資料を手早くまとめて持ち上げる。
「状況は良い方向へ向かうでしょうけども、彼女を本質的に救うのは、多分、君でしょうね」
一番上に来た資料に目を落とし、ちょっと引きつった感じに緊張している男の子の証明写真を見て、男性は優しく微笑む。
「頑張りなさい。
姫子がどんな状況でもギリギリで守り続けてきた幼馴染。多分、きっと彼女に恋心を持つであろう少年の名前を呼び、心から祝福を送りながら男性は凛々しい表情を浮かべる。
「こちらは任せなさい」
この日、全国放送のニュースで、一地方を舞台にした巨大な犯罪行為の数々が暴露され、それまで栄華を誇っていた一族が終わりに向かう様子が報道される事となるのであった。
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