第173話 第二分署の意地。もしくはDEKAプレイヤーの誇り。

 ユーヘイとアツミの漫才のようなやり取りが繰り広げられている後方、第二分署を中心としたメンバーが、ラングを守ろうと動くフィクサー部隊相手に戦っていた。


「谷城さん! ちょっ!? ガンガン行き過ぎぃっ!?」

「あー情けないったらありゃしない! この程度でそんな可愛い悲鳴を出さないでくれない、かっ!」


 ハンドルを握る谷城が、爛々と輝く瞳と少年のような表情で、寄って来たフィクサーの外車に体当たりをぶちかます。その衝撃に助手席の村脇が乙女のような悲鳴を出す。


「うちの鑑識の技術を信じなきゃ! この程度の小突きで壊れたりしないさ!」

「そう言う問題じゃねぇえぇぇ!」

「はっはーっ! 楽しもう!」

「いぃーやぁあぁぁーっ!?」


 意地でもラングの元へは行かせないと言わんばかりに、谷城が駆るバンディ・プリンス、クラシックカーへとフィクサーのデカイ車が殺到する。


「谷城さん! 特攻ぶっこみすぎぃ! このままじゃ潰されるぅっ!」


 巨体の外車に群がられて、村脇がシートベルトに抱きつくような動きをしながら、涙目で叫ぶ。


「いやいや! 誰かさん達をお忘れじゃないですかね!」

「へ?!」


 谷城がニヤリと挑発的な笑顔を浮かべる、そのタイミングで外側を走るフィクサーの車に、思いっきりDEKA仲間の車が突っ込んだ。


「よいしょーっ! ヒュー♪ やるぅ!」

「やだもぉこいつらぁ! 全員覚悟決まりすぎぃ!?」


 衝突で外れたバンパーが道路と擦れて火花を散らし、それすら上等と速度を落とさず爆走するDEKA仲間を、村脇はドン引きした表情で眺める。


 後ろから突っ込まれた車が弾かれ、派手にクラッシュして吹っ飛ぶ。その車が道路の端で壁にぶつかり爆発を引き起こす。


 爆炎の輝きに悪戯小僧な表情を照らされ、谷城は楽し気に無茶をやらかした仲間へ視線を送る。


「前見てぇっ!?」

「あら失礼っ!」


 よそ見をしたタイミングで、フィクサーの外車が急ブレーキを踏み進路妨害をしてくる。それをガチホラーを見て悲鳴を出す、女の子みたいな黄色い叫び声を出す村脇。その叫びに反応した谷城が、素早くハンドルを切り、きっちりと攻撃を回避した。


 この瞬間にも配信上では、フィクションでありゲームです、というテロップがしつこく流れていく。お気持ち表明する人物が出てしまう以上、必要な配慮ではあるが見ている側は、もうええねん状態だったりするのだが……


 閑話休題。


「どーすんですかっ!? このままチェイス続けるんすかぁっ?!」

「はっはっはっはっ! もちのろん! 第一分署がラングを確保するまで続けるさ!」

「ですよねぇーっ!? ド畜生っ!」

「そんなに喜んでもらえて嬉しいなぁ! よぉーし! 谷城張り切っちゃうぞぉっ!」

「いぃーやぁあぁぁーっ!?」


 村脇の悲鳴を響かせバンディ・プリンスが加速していく。後方でその様子を見ていた沙木さき ジュリは、気の毒そうな表情で呟く。


「村脇君、君の犠牲は忘れないわ」

「いやいやいや! 生きてますから!」

「時間の問題だと思うけど」

「そこはギルマスを信じましょうよ! 」


 助手席に座る木村きむら カイが、ラガーマンのように恵まれた体を縮めながら、しっぶい表情の沙木にツッコミを入れる。


「そうは言うけど、あの運転で最後まで行けると思う?」

「……」


 沙木の言葉に視線を前へ向け、まるでラジコンカーのような挙動で動き回るバンディ・プリンスを見て、ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込む。


「む、無理ですか?」

「ウチのギルマスは屈指の精神力を持つプレイヤーだと思うけど、第一分署のエースがラングを確保するまで持つかしら?」


 そんな簡単な話じゃないと思うんだよね、そう続ける沙木に、木村は微妙な表情を浮かべる。


 確かにここの運営が特別ステージを用意しているだけでも不穏だし、なんならこれまでに存在していなかったパターンにも不安要素満載だ。


「それに不安要素はそれだけじゃないんだよね」

「へ?」

「後ろ、見て御覧なさい」

「はい?」


 沙木に言われて後ろを振り返れば、そこには付かず離れず、絶妙な速度で走る多くの車両が見える。


「あれ? 何してるんです? 彼ら」


 まるで傍観するかのようなポジションにいるDEKAプレイヤーを見て、不思議そうな表情で沙木に聞くと、彼女は溜め息混じりに説明する。


「ユニオンで共有出来るのは技術的な事とアドバイス。流石にプレイヤー個人の資産、功績ポイントまで共有出来ないわ。彼らにとって警察車両は大きすぎる資産なの。大手ギルドなら一台二台おしゃかにしても、ギルドの仲間が車両を持ってるから問題になりにくいけど、小規模ギルドやソロプレイヤーだったらどうかしら?」

「あ」

「私達だって苦労したでしょ? 前でバトルしている連中が異常だと思わない?」


 警察車両。現在なら難易度を落としたチュートリアルで報酬として貰えるが、そちらはほぼ自家用車レベルの性能でしかなく、本格的に運用するならば改造は必須である。


 新人DEKAプレイヤーはエンジンをまずカスタマイズするのがデフォルトとされていて、次に足回り、ボディと段階を踏んで改造をしていく。それだって恵まれたプレイヤーが踏める手順で、ほとんどの新人DEKAプレイヤーはドノーマル状態の警察車両に乗っている状態だ。


 つまり後ろの集団は、そう言うプレイヤー達が二の足を踏み、迷いながら追走している状態、という訳である。


「確かに、谷城さんとか、真っ先に突っ込んだプレイヤーとか、思いっきりが良すぎではあります、ね」

「私だって正直、このまま後ろの集団に紛れ込みたいもの。この車、愛着あるし」

「突っ込んだポイントを考えると、確かに怖いっすよね」

「普通にスキル、どれだけ覚えられると思うのよ。それに車がポシャったら、新しく買うのにどれくらいポイントが必要だとおもってるのよ……って言ったところで、ギルマスなら必要経費って笑うんでしょうけど」

「誰もがそうやって割りきれる訳じゃない……」

「そう言う事。戦力はある、けども実際に戦える数は……」

「うわぁ……」


 自分が置かれている状況に、木村が嫌そうな呻き声を出す。


「私達が二の足を踏む、って訳にはいかないわよね……はぁ」

「あー、運営に要望出して、ギルド共有ポイント、みたいな貯金箱ちっくなシステム作って貰いましょうか……今回、ジュリさんの車が受けた損害は、カンパシステムで何とかするとして」

「やっぱり突っ込むしかないわよね」

「……はい」

「はぁ……シートベルト、きつめでお願い」

「大丈夫です!」

「行くわよ!」


 戦力が足りないのなら足せば良い。沙木は嫌々ながらアクセルを踏み、谷城の後ろに回り込もうとしていたフィクサーの車に体当たりを入れた。


 その様子を見ていた後方集団の一人が激しく葛藤をしていた。


「車壊れたら、ポイントがいっぱいいっぱいひつよう」


 具体的には最低十万ポイント程度が必要で、そのポイントで購入出来るのが軽自動車クラスの性能。今乗っている車レベルを購入するとなると、約五十万ポイントが必要になる。


 スキルの習得が一つ百ポイント。キャラクターレベルを一から二へ上昇させるのに一万ポイント必要。それを加味すれば最低十万でも凄く厳しい。


 新人DEKAプレイヤーが二の足を踏みまくるのも無理からぬ状態だ。ましてや今回のイベントから参加しているド新人には、荷が勝ちすぎている。


「……どうしよう……どうする……」


 ハンドルをしがみつく様に掴み、迷いをブツブツと呟きながら、激しくぶつかり合う前方を、血走った目で睨む。


 気持ち的には行きたい。何しろこのゲームを始めた動機が、今、一番先頭で戦っているのだ。彼の戦いをサポートしたい。だけどそれをして失うモノが大きすぎる。


「……どうするよ……どうする……」


 周囲を見回せば、自分と同じように迷っているプレイヤーが、同じようにウダウダしている。その様子に、彼はすっと気持ちが定まるのを感じた。


「ゲームは楽しんだモン勝ち。辛いのも苦しいのもゲームの一側面でしかない……ふぅ、そうっすよね、ユーヘイニキ」


 車がぶっ壊れるかもしれない。莫大なポイントが必要になるかもしれない。それでゲームが詰むかもしれない。


「でもそれも一側面でしかない」


 彼は大きく息を吐き出し、気合いを入れる。


「っしゃぁっ! DEKA魂、見せたらぁっ!」


 何事も楽しんだヤツが最強、彼はユーヘイが笑顔で言っていた言葉を胸にアクセルを踏み込む。


「行きまっせー! ユーヘイニキ!」


 激しく吠えるエンジン音を聞きながら彼が突っ込むと、それが呼び水となって迷っていたプレイヤー達が一斉に加速を始めた。


 特殊フィールドの戦いは、そのプレイヤーの行動によって、正しく火蓋を切られるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る