第172話 最終的に一番ヤバイ奴を引く定めの男(泣)

 トージを囮にヒロシが、夜の店の女性を助けていた頃――


『リバーサイドのエリアボスであるラングが逃亡を開始しました。現在、リバーサイドで活動している警察車両、警察車両として登録している車両に乗車しているプレイヤーは、そのまま特殊イベントフィールド「無限ハイウェイ」へ移動します』


 ざわついた空気感が漂っていたリバーサイドを車で流していたユーヘイは、そのクエストインフォメーションを聞いて、ギギギギと音がしそうな動きで助手席のアツミを見る。


 だが、困惑しているのはアツミも同じで、お互いに凄く微妙な表情で見つめ合う、目と目が合わさる瞬間を数秒産み出してしまう。


『特殊フィールド生成。「無限ハイウェイ」への転送開始まで十、九、八――』

「ちょちょちょちょっ!? あっちゃん! 無線でリバーサイドにいるDEKAに連絡!」

「うぇいっ?! な、なななんてぇ!?」

「前見て何が起こってもアクセル踏み続けろ!」

「りょっ了解!」


 こちら分署303、第一分署303、リバーサイドに点在するDEKAプレイヤーへ、とややアツミが涙目になりながら無線に向けて語りかける声を聞きながら、ユーヘイはサングラスの位置を直し、グググッとハンドルが軋むレベルで握り締めた。


『二、一、ゼロ。グッドラック、DEKAプレイヤー』


 カウントが終わった瞬間、車が光に包まれ、次の瞬間車体が激しく跳ねた。


「っ?! ひだぁーっ?!」


 跳ねた瞬間、舌を噛んでしまったアツミは、口を押さえてジタバタと悶え、その様子に苦笑を浮かべながらユーヘイは思いっきりアクセルを踏み抜く。


 無線での通達が良かったのか、ユーヘイのように転送されて来た車両達は、若干もたついたが、それなりの反応でスタートダッシュを決める。


「こいつはまた……」


 一瞬のタイムラグから冷静に周囲を確認して、ユーヘイは呆れたような感心したような、実に微妙な感情で呟く。


 そこは片道十車線はありそうな、もう完全にレースゲームのコースだ。


「運営くん、張り切り過ぎてないか?」


 順調に加速しながら周囲を素早く見回し、パトランプを回した仲間達がしっかり着いてきているのを確認して、ユーヘイはニヤリと笑う。


「ただ、今回は頼れる仲間が大勢いるから、精神的には楽ではあるな。その部分は運営くん、グッジョブ」


 楽し気に呟くユーヘイを、アツミが口を押さえながらチラ見する。


「らのりろうれるれ」

「……あんだって?」

「らのりろうれるれ!」

「いやいや、ここVRでしょうに。そんな細かい部分まで再現されてないから。もう口の中、痛くないはずだよ」

「……あ、本当だ」

「VRあるあるだよねぇ。で、何だって?」

「え? あ、楽しそうですね、って」

「あー、そうね、楽しいよ、うん」


 ユーヘイはアツミにヒラヒラと手を振って笑う。


「少数精鋭って言うのも楽しいっちゃ楽しいんだけど、大人数で連携をしながらっていうのも、また別の楽しみってのがあるんよ」

「そうなの?」

「そうなんです。俺はあんまり良い思い出はねぇけど、学校行事の体育祭とか文化祭的なノリ? って知人は言ってた」

「……あー、私も学校はあまり良い思い出ない」

「おーナカーマ」

「ナカーマですなー」


 二人でそんな事を言い合っていると、前方にやたらとデカイ図体をした車の集団が見えてきた。


『分署303へ、こちら谷城やじょう、先行してくれ』


 どうやらアレがターゲットらしいぞ、とユーヘイが唇をペロリと舐めたタイミングに無線が入り、アツミが慌てて子機を取ってユーヘイの口許に当てる。


「ありがとう。こちら大田、谷城、そっちはどうする?」

『残念ながら、こっちはそちら程ドラテクがない。周囲の雑魚は何とかしてみせる。だからラングは任せた』

「そうか、んじゃまぁ、任された!」

『次、同じようなイベントがあったら、そん時は遠慮無くいただくからさ』

「ふふふ、そいつは楽しみだ」

『幸運を』

「お互いにな」


 アツミに合図を送り無線を切って、ユーヘイはハンドルを握り込む。


「さて、あっちゃん、突っ込むぞ!」

「はい!」


 アツミがシートベルトを確認し、両足を大きく開いて踏ん張る。それを横目で確認したユーヘイは、クラッチを操作しギアを上げた。


 山さんが有り余る情熱を注ぎ込んだレオパルドが獣のように咆哮を上げ、車体が沈み込むGがユーヘイとアツミに襲いかかる。


「ユ、ユーさん、は、激しぃぃ」

「言い方ッ!?」


 アツミが妙に色っぽい声色で変な事を口走り、ユーヘイが少しハンドル操作を誤り、車体が激しく揺れる。


「ユーさん、も、もっと優しくぅぅ」

「だから言い方ッ?! ってもうええわ!」


 揺れる車体を何とかコントロールし、ユーヘイは困った表情で苦笑を浮かべながら、デカイ車の中でも一番の巨体な、そりゃぁもぉ装甲車ですやん、とツッコミを禁じ得ない車の真後ろに陣取った。


「さぁて! 止めてみせましょうか!」


 ニヤリと笑ったユーヘイは、更に加速して装甲車を追い抜いたのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「あははははははははは!」

「「「「……」」」」


 株式会社サラス・パテの社長室に社長本人であるパルティ・司波しばの笑い声が響き渡る。そして彼女の周囲には、何だかんだで予定を合わせて動画を視聴する所属タレントの姿があった。


「はーはーはー……ぷっ! くくくくく……もー最高! 温香あつかったら本当にユーヘイ君を信用してるのね……ぷっ! あはははは!」


 少女のように若々しい、小じわ一つない切れ長の目尻に浮かぶ涙を、綺麗にネイルした指先で軽く払いながら、傑作と笑うパルティに彼女が娘と呼ぶタレント達が視線を向ける。


「何か温香先輩。キャラ違くないっすか?」

「もっと清楚というか、優等生的というか」

「や、確かにウチらとは絡みが無かったからイメージですけど」


 彼女達の感想にパルティは華樹かじゅ ライチこと高菜たかな ゆいに視線を向ける。


「あー、あれが温香ちゃんの素なんだよねぇ」

「「「「えっ!?」」」」

「あんな可愛い感じで、無自覚なエロスを出すタイプなもんだから、それはもう人気も出るさって感じだよねぇ」

「「「「……」」」」


 最初期から共に活動をしている唯の言葉に、他のメンバーは驚いて沈黙する。


「だから勘違い野郎が色々やらかしてくれやがったんだけどね」

「「「「あー」」」」


 パルティが吐き捨てるように言うと、タレント達は納得の声を出す。


「でも、さすがユーヘイ君よね。二人っきりの閉鎖空間で一緒にいられるのも信じられないし、なんなら会話が成り立ってるのも嘘みたいだし、温香が普通に男のパーソナル空間へ入って行けてるのが冗談みたいよね」

「男性的恐怖症、治ってないんですよね?」

「本人も治ったんじゃね? と思って会社のスタッフに近付いたら、ゲーゲー吐いてたわね」

「「「「えぇ……」」」」


 困惑の表情で配信を見る娘達を楽し気に眺めながら、パルティは無邪気な男の子そのまんまな笑顔でハンドルを握るユーヘイを見つめる。


「本当、流石よね」


 昔々の自分が尖っていた時代の黒い歴史を思い出しながら、パルティは少しだけ羨ましそうに温香を見つめるのだった。


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