第124話 筋肉と拳と血と汗と……はいはい、マッスルマッスル
唸る豪腕、震える筋肉、そして飛び散る汗と血液。
まるで巨大な和太鼓を全力でぶっ叩いているような、ずどぉん! ずどぉん! という音が周囲に鳴り響き、むさ苦しい大男と大男の無駄にイケているボイスの呻き声が、地の底から聞こえるようにしてその光景を彩る。
「……あれに近寄るのかよ?」
その光景を見ていた
「どっちにしろこのままって訳にゃいかんだろ?」
何となく一緒に行動している三人の内の一人、
ネイガーとネイトのサポート部隊は、潰し合いのどさくさに各ギルドの新人達を突っ込ませ、殲滅間近。となれば残るは目の前の筋肉ダルマをどうにかしなければならないわけで、『ふんぬぅっ!』『ずえりゃぁっ!』と裂帛の気合いを吐き出しては、人間が出せないような爆音を響き合い、『お前やるなぁ』みたいな男臭い笑顔を浮かべ合っている化け物をどうこうせねばならないわけで……
「正直、突っ込みたくねぇなぁ、あそこにゃよ」
「他のギルマスはどうしたよ? サブマスは引率だから分かるが、何でいねぇんだよ」
眉根に深いシワを寄せて、口を器用に三角形の形に歪め、目を血走らせながら
「いや、いることはいるぞ?」
「あん?」
「ほれ」
なつめが銃口を向けた先、わざとバレットラインを発生させて、光線でちょいちょいと指し示せば、そこかしこに隠れてこちらを伺っているギルドマスター達の姿があり、あ゛あ゛あ゛ぁ゛ん゛っ!? と内竹が殺気を飛ばす。
「いやまぁ、気持ちは分かるけどな」
「無敵バリアーなんてモノが本当に無効化されてるかどうか、人身御供としてはうってつけって感じか」
角松が長ドスを引き抜きながら苦笑を浮かべ、川中がシルバーのオートマチックを構えながら、そりゃそうだと頷く。
「なら、無理矢理にでも巻き込もうか」
「あん?」
あいつら、これが終わったら絶対にシメる。そうブツブツ念仏のように唱えていた内竹が、気楽に言ったなつめの言葉に、怪訝そうな視線を向ける。
なつめは三人に、ニタァと邪悪な笑顔を向けると、大きく手を挙げて旗でも振り下ろすような感じに、思いっきり手を振り下ろす。
ぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!
ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁっ!
ほぼほぼ同時に火薬が破裂する音が鳴り響き、ヒュヒュン! と鋭く風を切る音をさせて、男・喧嘩祭り状態だったネイガーとネイトの巨体を吹っ飛ばした。
『セントラルのイベントボス「ネイガー」及び「ネイト」の討伐条件が解放されました。これより「ネイガー」及び「ネイト」の討伐が可能となります。クエスト「粉砕」が最終フェーズに移行します。クエストの進行状況が「終局」「集結」「結集」に影響を与えます』
クエストインフォメーションを聞きながら、なつめが一目散に吹っ飛んだネイトの方へ走る。
「あっ! てめぇっ!」
「角松のオヤジまでっ!」
なつめが飛び出すのとほぼ同時に角松も駆け出し、それを見送った二人は物凄く嫌そうな表情でネイガーが倒れている方を見る。
「内竹の、俺ぁよぉ、例えバリアーが無くても、あの化けモンに勝てるビジョンが浮かばねぇんだけどよぉ」
「奇遇だな。逆にこっちがデストローイ!(※1) される未来しか浮かばんな」
雰囲気プラス寄せているキャラで良く見れば別人になってはいるが、やはり日本人としては彼のお方、元ネタたるハリウッドスターは別格である。
なんだかんだコンスタトにテレビで映画が放映されているし、ワンパク筋肉で全てを黙らせるスーパースターの印象とインパクトは、一朝一夕でどうこう出来るモノではない。
ましてやそれと戦え、と言われれば尻込みするのも無理からぬモノがあるわけで。川中と内竹がお見合いしている間にも、ネイトのヘイトを綺麗にかっさらったなつめが、ネイガーから上手にネイトを引き離し、角松と器用に連携しながらおっ始めている。
このままお見合いしててもどうしようもない。しかもなつめが言うように他の連中を巻き込めていないし、もう踏んだり蹴ったりだがなんとか気持ちを奮い立たせて、妙なBGMが聞こえてきそうなポーズでゆっくり立ち上がるネイガーへ歩み寄る。
「俺ぁよぉ、接近戦あまり得意じゃねぇんだよなぁ」
「ちっ、なら俺が前衛かよ……嬉しくねぇなぁ」
川中の宣言に内竹は鋭く舌打ちをしながら、面倒臭そうに両手をジャケットのポケットに突っ込む。それと同時に川中がほぼ狙いを付けず、ネイガーに向かってオートマチックを乱射した。
「無粋なジャパニーズYAKUZAだな」
剥き出しの部分を守るように、全ての弾丸を胸で受け止めたネイガーは、黒いTシャツをグッと引っ張る。すると冗談のように弾丸がコロンコロンと地面に落ちた。
「うっそだろっ?!」
川中が全てを吐き出したマガジンを投げ捨て、新しいマガジンを突っ込みながら叫び、その叫びを聞き流しながら内竹がネイガーの懐に入った。
「しゃりゃぁっ!」
ジャケットのポケットから手を引き抜き、素早く手を動かして何かをネイガーの腕に突き刺す。しかし、ガキン! という金属音が響きそれは通らない。
「川中ぁっ! こいつ! 下に何かかってぇ金属板みたいなの仕込んでやがる!」
「マジかよっ! 面倒臭ぇっ!」
内竹は両手に持ったバタフライナイフと呼ぶには少し巨大な、だが形や構造は完全にバタフライナイフの、言うなればサバイバルナイフサイズのバタフライナイフをひゅんひゅん動かしながら、次々に刺突をお見舞いする。
ギャギャギャギャギャギャッ!
だが上半身はガッチガチに固めているらしく、どこを突き刺しても不快な金属音しか聞こえてこない。
「無粋だ。ジャパニーズ! なぜその拳で闘わないっ!」
「ぃやっかましぃわぁっ! その声でそれっぽい事を叫びやがるなっ!」
ふんほぉっ! と奇妙な声を出しながら振るわれたネイガーの拳は、余裕を持って避けても風圧を感じるレベルで、内竹はイヤな汗を流しながら必死にダメージを叩き込める場所を探る。
「内竹っ!」
そこへ川中の鋭い声が響き、内竹は多少無様だがその場に転がって射線を開ける。タイミングバッチリの千載一遇のチャンスに、拳銃を両腕で構えた川中が、ネイガーの顔面目掛けて引き金を引いた。
「甘い! ジャパニーズ! 甘いぞっ!」
ネイガーは両腕をクロスし、弾丸を受け止めると、足元の石ころを蹴飛ばし川中の腹へ直撃させた。
「ぐぼぉっ?!」
あまりの衝撃に拳銃を落としそうになりながらも、何とかその場から逃げ、えずくような咳をしながらインベトリを開き、ストックしてある傷薬を出して使用する。
「石ころ一撃で八割持ってかれるって、げほっ! ふざけるな」
この世界にポーションやメディカルキットなどというアイテムが存在するはずもなく、あくまで常識的な回復手段として傷薬を使用するしかない。ポーションやメディカルキットのように、一瞬で回復する手段は無く、傷薬を使用してジワリジワリと回復するのを待つしか無いのが現状だ。
だからこそ、YAKUZAプレイヤーはどれだけ相手からの攻撃を受けないか、受け流すかが重要になってくるのだが、こんな化け物相手にそんな器用な真似が出来るプレイヤーなど、なつめくらいしか心当たりがない。
「いつまで見てやがる、てめぇらも参加しやがれってんだよ」
苦しそうに咳き込みながら、様子見に徹している他のギルドマスター達を睨み付け、川中は必死に息を整える。
「しゃりゃぁっ!」
「拳で語れ! ジャパニーズ! それが男という生き物じゃないかっ!」
「ぃやっかましぃっ!」
川中が必死に呼吸を整えている間にも、前衛を内竹が引き受け、何とか戦っているが完全にじり貧だ。
段々イライラしてきた川中は、隠れて動こうとしない他ギルドマスター達に向かって弾丸を撃ち込み、ぎょっとした表情を浮かべるそいつらに、ネイガーに向けてクイックイッと銃口を向ける。
それでやっと自分達が何をするべきか思い出した他ギルドマスター達が動きだし、遠距離から情け容赦のない鉛のシャワーを浴びせる。
「卑怯だぞ! ジャパニーズ! それでも男かっ! YAKUZAかっ!」
「YAKUZAに正義も法律もねぇだろうがよっ!」
亀のように体を丸め、鉛のシャワーから体を守るネイガー。その隙に距離を取った内竹が、ぜぇはぁぜぇはぁと荒い呼吸をしながら、他ギルドマスター達を動かした川中に親指を立てた。
内竹に軽く手を挙げ、ジワリジワリと回復していくヒットポイントを確認しつつ、どんだけ高性能な防弾スーツを着てるんだよアイツ、と呆れた視線をネイガーへ向ける。
そこでイケボで叫んでいるネイガーの台詞を聞き、あれ? と首を傾げた。
「……ん? 拳で語れ? あれ? それってもしかしてヒント、か?」
時々ゴルフが思い出したように援護射撃をしてくるが、それすらネイガーの防弾スーツを貫けず、亀のように防備を固めたネイガーはずっと拳で語れを繰り返し叫んでいた。
その様子に川中は、まさかでしょ? と思いながら拳銃をホルスターにしまい、勢いを付けて走り、そのままの勢いでネイガーへドロップキックを叩き込んだ。
「ぐぅぉっ?!」
ナイフや拳銃を叩き込んでも全く怯まなかったネイガーが、スキルでも何でもないただのドロップキックで体勢を崩した。
「マジかよ!? こいつ、武器無しじゃねぇとダメージ喰らわねぇっ!」
「「「「はっ!?」」」」
ビタン! と痛い音を立てながら地面に落ちた川中が、顔を歪ませながら叫ぶと、遠距離で拳銃を乱射していたギルドマスター達が驚きの声を出す。
「拳で語れって、え! こいつ自分でヒント叫んでたのかよっ?!」
内竹がそういう事かと叫べば、他のギルドマスター達もギョッとした表情でネイガーを見やる。
「ふ、ナイスファイト。分かっているじゃないかジャパニーズ、いや、川中 ショウ、だったか。やはり男は拳で語るべきだっ!」
「っ!? ずえぇぃっ!?」
フッと男臭く笑ったネイガーが、ブオンと豪腕を唸らせ、地面にビタンと倒れている川中に向かって拳を振り下ろす。それを間一髪転がって避けた川中は、ひきつった笑みを浮かべながらゆっくりトンボの複眼に似たサングラスを外す。
「おいっ! 格闘スキル持ちっているか! もしくはリアルでそれ関係を習ってた奴! 誰でも良い! こっちに加われ! 少なくとも俺はリアルでもゲームでも近接戦闘は向いてねぇっ!」
川中はジリジリと距離を離しながら後退しつつ、大声で周囲に呼び掛ける。すると数人のギルドマスターが前に出て構えた。
「良いぞ! ジャパニーズ! 語り合おうっ!」
男臭く笑うネイガーを見ながら、なんちゅうギミックを仕込んでやがるんだよ、と運営を軽くディスる言葉を内心で呟き、川中はうんざりしながらこの
※1 とある格闘ゲームの、一撃必殺技を食らうと、この台詞をいただける。
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