第125話 ボンバイエ(ステゴロ祭)の裏側で……

 イエローウッドリバー・エイトヒルズのYAKUZAというプレイヤージョブ、それは結構ゲーマー達にカルチャーショックを与えるレベルで衝撃的だった。


 それまで特定の格好良いヤクザ主人公を題材にしたゲームというのは存在していた。だが、それは決まりきったシナリオをなぞるゲームで、ミニゲームなどの充実した感じはあれど好きに生きるというプレイが出来るヤクザゲームというのは無かった。


 海外のゲーム、洋ゲーというジャンルであれば、マフィアやギャングで好き勝手出来るゲームはあれど、日本的ヤクザで好き勝手出来る日本製のゲーム、和ゲーは無かった。まぁ、日本の場合色々と制約があって難しかったという側面もあるだろうが。


 そこに登場したのが黄物のYAKUZAである。ヤクザじゃないよ? あくまでYAKUZAだよ? という謎理論武装によって爆誕した僕らのYAKUZAジョブ。アウトロープレイをしたかったゲーマー達の夢がここに叶った瞬間である。


 俺達がやりてぇのはマフィアやギャングスターじゃねぇんだよ! ヤクザおっとYAKUZAなんだよ! は、黄物が初登場した頃にネット掲示板を席巻した文句だ。


 そう、ここでは誰もがやりたいと思っていたありとあらゆるYAKUZA、仁義に厚いYAKUZAだろうと、闇金で荒稼ぎするような銭ゲバっぽいYAKUZAだろうが、ド外道なYAKUZAだろうが、何者にでもなれるのである。


 だがYAKUZAプレイをしているプレイヤー達の共通したイメージとしては、格好良いスタイリッシュかつスマートな感じの、都会シティ型ダークヒーローっぽいYAKUZAだろう。


 そう、あくまで、格好良いダークヒーロー然としたYAKUZAプレイをしたいと、そう思っているはず……


 決してどこぞの真面目に見せているようで完全なギャグ格闘漫画(※1)のように、ムッキムキの広背筋を鬼のかお等と呼びながら、殴り合い宇宙(※2)をする事ではない。


 泥臭く、汗と血と男臭い物凄いむさ苦しいワンシーンを産み出す為に遊んでいる訳ではない、ないったらないのだ。


 真四角の彫りの深い顔に、真っ白な歯を薄くピンク色に染め、口の端からつぅっと血液を流し、何度もクロスカウンターを食らい食らい合いながら、ニヤリと嬉しそうに笑うネイガーのような化け物と、真正面から拳で語り合うゲームでは無いハズ……少なくともこの戦いが始まる前までは、いつもの黄物だったハズ……


 現実逃避気味に遠い目をしていた此花このはな なつめは、溜め息を吐き出しながら現実を直視する。


「って事はこっちもあの手のギミックがある、って事かよ」


 ネイトのサバイバルナイフ、角松かどまつ けんの長ドス(※3)が弾かれ合い、火花を散らす様子を見ながら、なつめがうんざりした様子で呟く。


 だが、暑苦しく叫びまくっているネイガーとは違い、こちらのネイトは静かに角松と戦っている。


「しゃぁっ!」

「ふっ!」


 真後ろで繰り広げられる男臭い、筋肉と筋肉のぶつかり合いを意識的に遮断しながら、なつめは適切なタイミングで銃を撃ち込む。


「邪魔をするなぁっ!」


 角松とネイトの戦闘が噛み合っているので、邪魔をしない程度の横槍なのだが、ネイトはなつめからの銃撃は、必ずくさびかたびらのような服で受け止め無効化してしまう。


「うーん……」


 ギラギラと怪しく輝く瞳で、必死に長ドスを振る角松と切り結ぶネイト。その様子を眺め、ついでいつのまにか上半身真っ裸になって殴り合っている他ギルドマスター連中を見て、なつめはそう言う事か? とドラゴンズハウルをインベトリに投げ込み、ほぼファッションとして持っているサバイバルナイフを取り出して、ネイトの背後から斬りつけた。


「くっ!? やるじゃねぇか!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 斬り付けてその結果になつめが、その美女然とした顔をコメディアンのような変顔をしながら、納得出来ない声を出す。


 なつめが斬り付けた背中。何度も横槍を入れて弾丸をぶち込み、その鉛の弾をことごとく弾き飛ばしたチート装備が、一本一万円程度の安物、本当にファッション目的で持つような武器とも呼べないそれで、見事に切り裂けた事実に、そんな顔をしてしまうのも致し方なし、という感じだ。


「光りモノ持ち! こっちへ来い! こいつは光りモノじゃねぇとダメージが通らねぇ!」


 納得出来ない様子のなつめとは違い、その結果を見た角松が叫ぶと、なつめと同じようにタイミングを見計らって拳銃で援護射撃していたギルドマスター達の一部が、その言葉に拳銃をしまってナイフやドスを引き抜き、角松と入れ替わるようにして前へ出た。


 ぜぇはぁと肩で息をする角松へ、インベトリから取り出した傷薬を投げ渡したなつめが、苦々しい表情でネイガーとネイトを睨む。


「これやられたな」


 あっちこっち斬られた場所に、ベッタリ傷薬を塗りつけ、角松が怪訝そうな表情をなつめに向ける。


「何がだ?」

「YAKUZAのスキル構成、そこを運営に突かれたと思わないか?」

「……ああっ! そう言う事なのか?! これって?!」

「じゃなきゃ、こんな極端な事すっかよ」


 なつめの言葉を聞いて、いつもの大親分っぽいロールプレイが抜け、かなり素の状態でマジかよと叫ぶ角松。二人の会話を聞いていたナイフなどの光りモノを持たない他ギルドマスター達も、酸っぱいような苦いような表情を浮かべていた。


 色々な、本当に色々あったDEKAでは、大田 ユーヘイという特異点的存在のお陰もあって、スキル構成は満遍無く、それこそ器用貧乏レベルでたくさんスキルをゲットすればするほど正義、というスタイルが確立された。そこから自分に合うスキルを伸ばし、自分に合わなかったスキルもスキルポイントという仕組みで伸ばせるとあり、かなり出来る事が多い面白いジョブ、プレイスタイルとなっている。


 ノービス及び探偵は包括スキル制度だ。もう完全にやろうとするジョブでスキルが決まる。なのでスキル構成などに悩む必要は無く、完全に自分がやりたい職業になりきって遊ぶ事が可能だ。


 ではYAKUZAは? と言えば、いわゆるスキル熟練度方式である。DEKAとは違ってスキルポイントという仕組みは無く、基礎となるスキルを使い込み、初級、中級、上級、最上級、特級という感じにスキルを育てていくシステムである。


 ただ問題は、YAKUZAの主流武器が完全に銃器、拳銃であり、余程の事が無い限りは角松のような長ドスを主武器として使ったり、拳で戦ったりはしないので、現在のYAKUZAのスキル構成は全員似たり寄ったりの凡庸な構成になっている点だろう。


 川中かわなか ショウが格闘スキル持ち、と言うレベルでその基本スキルを伸ばそうとする物好きは少ない。


「イベントってさ、ある意味今後のゲーム展開の予想だったり、イベントでやったような特色のクエストが発生しますぜ、って予告だったりする訳じゃない?」

「……つまりは今後、特定の攻撃方法じゃ無ければ攻略できないような敵が出てきたり、特定のスキルを要求されるようなクエストが発生したりする、って事か?」

「だろうなぁ」


 ますますソロ専は厳しくなるなぁ、なつめがぼやくように呟き、角松をはじめとしたギルドマスター達も苦々しい表情を浮かべる。


「そこは深く考えなくても大丈夫なんじゃないかなぁ」

「うおっ?!」

「ちっ、盗撮女じゃねぇか」

「盗撮じゃありませんー、ライブ配信ですぅー」

「ならちゃんと事前に許可を取るのがエチケットだと思わねぇか?」

「ふーふーふーふー」


 突然現れたつむぎ たまきに、なつめが底冷えした視線を向け、それを屁の河童と吹けもしない口笛を吹くフリをして受け流す。


「深く考えなくても良いっていう、そこのところはどういう意味だ?」


 角松に聞かれ、たまきがそら来たと説明をする。


「私も固定概念に捕らわれてたから偉そうな事は言えないんだけど、セントラルってYAKUZAだけの専用フィールドって事じゃないんだよね」

「……ん?」


 たまきの言葉に角松や他のギルドマスターが首を傾げ、なつめが今気づいたと舌打ちをする。


「私もさ、セントラルの地下ってYAKUZAだけしか侵入出来ないと思ってたんだけど、普通にノービスやら探偵やらも入れるんだよ。それと多分だけどDEKAプレイヤーも入れるとは思う」

「は?」

「セントラルはYAKUZAプレイヤーの専用ダンジョンで、セントラルで引き起こされる事件は全てYAKUZAプレイヤーでどうにか解決しなくちゃならない、っていうプレイヤーが疑わない前提がまず間違っている、って思わない?」

「「「「……」」」」


 ニヤニヤと嬉しそうに笑いながら説明するたまきに、角松達は絶句した。


「なつめさんなら気づきそうな事だったけどね?」

「ちっ!」


 ニヤリと笑ってマウントを取るようにたまきに言われ、なつめは悔しそうに舌打ちをした。確かにYAKUZAプレイヤーで真っ先にノービスや探偵、DEKAプレイヤーと協力していたなつめなら気づくべき話である。


「オヤジ! スイッチ! スイッチ!」

「っ!? 今入る!」


 そんな話をしている間に、角松と入れ替わりで入ったギルドマスターの一人が、致命傷を受けてピンチに陥り、ヘルプと助けを呼んでいた。角松は話の続きが聞けない事に少し名残惜しそうな表情を浮かべたが、すぐさま助けを呼んだ相手と位置を入れ換え、ネイトと切り結ぶ。


「これからはノービスや探偵、それにDEKAプレイヤーと同盟を結びましょう、って感じなんでしょうね、このイベントの趣旨って」

「……まぁ、前々から協力してゲームを満喫してくれ、とは運営は言ってたしな」

「このイベントも、本来ならYAKUZA、ノービス、DEKAというくくりじゃなくて、全部のプレイヤーで遊びましょう、って事だったんでしょうね」

「……ま、お前の配信を見てる奴らがその事を広めるだろうから、この後の地上四天王は多少楽に進められるんじゃねぇの? ユーヘイ兄さんもいるし」

「それでもクソ難易度は変化ありませんが」

「それこそ皆で力を合わせましょう、ってこったろ? ここが終わったからって俺らが手伝わないって事じゃねぇんだし」

「確かに、それはそうですね」


 どんどんと追い詰められていく化け物ボスを眺めながら、ここが終わったら第一分署や隣人のとこにでも顔を出すか、となつめは考えるのであった。




※1 グラップラー! かの漫画も歴史が長いですよね。ネタとしては良く知っております。本編はちょっとだけアニメとかで見たレベルの知識しかありません。ただ、とあるお方が異世界行っている漫画は愛読しております。

※2 それはエゴだよ……かの作品も神作ですね。その後に続く一角獣の物語も根強い人気があります。ラストバトルでまさかの巨大ロボット同士の戦いが、殴り合いになる事をネタとしてそう呼んだ、某笑顔動画定番のコメントでございます。

※3 某怪盗三世の仲間の一人、忍者にして剣豪、そして日本を代表する大泥棒の子孫という、こんにゃく以外は何でも切れる刀を持つ彼のアレです。普通の刀と違い鍔がない状態のモノを長ドスと言うのです。

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