第277話 雲間 ②
「特別クエスト、ご近所の平和を守れ、ねぇ」
「イエローウッドに存在する商店街、アーケード街、住宅地のいずれかで聞き込みを行い、その地区で問題となっている事に対処しよう。もちろん、問題を解決に導ければ一番良いが、問題を一緒に共有する事でも住民の助けとなる。積極的に住人と会話を行おう、ですか」
最初期から存在している黄物で最も古いイエローウッドの商店街、そこに入ってすぐに電子音が響き、自分達が受領していたクエストが更新された事に気づいたユーヘイとトージが、それぞれクエストボードに掛かれている内容に目を通して確認しつつ、お互いの顔を見合わせる。
「これって僕らが出張るよりか」
「ああ、リョータとミーコにやってもらう、って形だろうな」
「ですよねぇー」
クエスト内容が完全にお遣い、具体的な事件性の記載無し、どちらかと言えばクエストをやれという感じよりかは会話しろと言わんばかりの内容。
クエストを通してカウンセリング的な事をする気満々な、そんな内容にトージはユーヘイが言った『VRゲーム舐めんな』の真実を知った気がした。
急に名前を呼ばれキョトンとした表情を浮かべる二人をチラ見し、トージは後頭部をジョリジョリ撫でつけながら唸る。それはそれ、これはこれ、ベターなクエストだとは思うがそれにしては――
「ハードル高くないですか?」
トージが何を言いたいのか分かるユーヘイは、下顎に指先を当てつつ、周囲を見回す。
「大丈夫じゃね?」
「また適当な事を」
「適当って訳じゃねぇんだけど」
トージが危惧しているのは、『いじめ』によって大なり小なり人間不信気味に陥っているだろうリョータとミーコに、NPCとは言え率先して会話してこい、と言うのは酷じゃありませんか、という部分だろう。
「ま、お前が心配してるような事は、向こうが蹴飛ばしてくれるさ」
「へ?」
ユーヘイは懐からミントシガーの箱を取り出し、一本口に咥えるとリョータとミーコの後ろに回り込み、二人の背中を押して歩き出す。
「まずはあそこな」
「え?」
「ちょ?! おっさん! 押すなし! 自分で歩くし!」
「ははははは、良いではないか良いではないか」
困惑するリョータとミーコを押して、商店街入口にある精肉店へ向かう。それを見たトージは、ユーヘイが大丈夫だと言った理由を理解した。
「……そっか、確かに心配するような事はないか」
トージもちょくちょくイエローウッド区画にある商店街へは遊びに来る。だから理解出来た。自分が心配している事は完全に杞憂であると。
「あらいらっしゃい! また事件かしら? ユーさん」
「いやいや、そうそう事件なんて起こらんし。今日は見習いを連れてきたってとこ」
精肉店の店番をしているおばちゃんが、ユーヘイと気安い感じの会話をし、ユーヘイの両隣に立っているリョータとミーコの紹介を聞くと、裏表が全く無い素敵な笑顔を浮かべる。
「あらあら、随分と可愛らしい見習いさんですこと。こっちおいでおいで」
手招きをするおばちゃんに困惑の表情を浮かべる二人に、ユーヘイはそっと背中を押して誘導する。
「お近づきの印に、はい。これね、おばちゃんが作ってるコロッケ! 凄いのよこれ、毎日毎日作った分が全部売り切れるの! さぁ、食べて食べて」
おばさんが油紙に包まれたコロッケを取り出し、呆然としているリョータとミーコに差し出す。
「タダって訳にはいかんよ? ついでに俺達の分もくれよ」
ユーヘイが自分とトージの分、それと二人の分のお金を小銭トレイに置くと、おばさんは二人に無理矢理コロッケを手渡し、分かってないわねぇと首を横に振る。
「若い子はたくさん食べないと。それにこれはおばちゃんの気持ちよ? いくらユーさんでもそれは無粋って奴だわ」
「いやいや、ワイロになっちゃうでしょ」
「そんな小さい事で騒ぐような、そんな器が小さい奴なんてこの商店街にいやしないわよ」
漫才のような駆け引きをするユーヘイとおばちゃんを呆然と見ながら、リョータとミーコは手に持ったコロッケを所在なげに持つ。
「温かいうちに食べな? 毎回、こんなんだから気にしなくて大丈夫だよ」
そんな二人に苦笑を向けながら、トージが二人の肩を叩いて促し、自分も漫才をしながらコロッケを用意してくれているおばちゃんから油紙を受け取り、大口を開けてコロッケをかじる。
「あふっ! うまっ!」
はふはふ言いながらコロッケを食べるトージの様子に、リョータとミーコはお互いの顔を見合わせてから、思い切ってコロッケを食べた。
「あふぃっ! っ! うまっ!」
「本当だ……凄く美味しい……」
リョータは大きく一口、ミーコは息を吹きかけて冷ましてから小さく一口、それぞれの食べ方でコロッケを頬張り、その素朴な美味しさに目を丸くする。
余談ではあるが、この商店街の食べ物関係は全て、有名料理人が無償でレシピを提供しており、この精肉店のコロッケも有名ホテルの一流シェフが幼少期に食べたコロッケの味を再現したモノだったりする。もちろん、一流シェフのレシピだけあり美味しくなる工夫がされており、レストランで出されても問題ないクオリティーに仕上がっていたりする。
「分かった! 分かりました! じゃ、今度、第一分署で大量に注文するから、それで手打ちにしてくれよ」
「ふはははは! その時はその時でサービスするに決まってるじゃない!」
「だーかーらー! それじゃ手打ちにならねぇだろうがい!」
「下町のおばちゃん舐めんなよ!」
「やだ格好良い、トゥクン! とでも言うとでも思うたか!」
「ときめいてくれてもこっちはええんやで」
「やっかましいわ!」
ギャーギャー言い合ってるユーヘイとおばちゃんのやり取りに、そこまでどこか他人事というか、心ここにあらずと言った感じだったミーコがクスクスと笑う。
「あらあら、可愛い顔で笑うじゃない。どう? おばちゃんのコロッケ美味しいでしょ?」
笑顔になったミーコを目ざとく見つけ、ニコニコと満面の笑顔でおばちゃんに聞かれ、彼女は少し頬を赤く染めながら頷く。
「そうでしょうそうでしょう。なんせね、揚げてるのはおばちゃんだけど、中身を作ってるのは我が家のダーリンだからね! ウチのダーリンの料理は世界一よ!」
分厚い大胸筋をムンズと張って、格好良くサムズアップをかますおばちゃんに、ミーコはついに我慢できなくなって、キャラキャラと笑いながら何度も頷く。そんなミーコの様子に、リョータは眩しいモノを見るような目を向ける。
彼女が笑わなくなったのはいつからだったか。少なくとも小学校高学年までは良く笑うタイプだったと思っていた。中学一年の時は自分がいじめられていて余裕が無かったから分からないが、中二で同じクラスになった時にはもう笑顔は無かったと思う。
幼馴染でもっと距離が近かった幼少期、リョータはミーコの笑顔を見るのが好きだった。だから彼女が能面のような無表情で、何かに耐えるように生きているのがショックだった。そして、彼女に何一つ出来ない、助ける事すら怖がってしまう自分が、世界で一番嫌いだった。
そんな事を噛みしめるように思い出していたリョータだったが、スパン! と後頭部を軽く叩かれて正気に戻った。
「美味いモン食ってる時に、アホな事考えるなよ。それは食べ物に対する冒涜だぞ? 坊主」
「……」
自分が何を考えていたか、何に後悔して何に打ちひしがれていたか、こっちの格好悪い部分を全部見抜かれているようなユーヘイの言葉に、リョータはブスッとした表情を浮かべてヤケクソのようにコロッケをかじる。
「全く、可愛いやっちゃ」
不貞腐れた態度のリョータにユーヘイは苦笑を向け、ミーコを笑わせるためだけのワンマンショーを始めたおばちゃんを止める為に質問を投げかける。
「なぁなぁ、最近、この界隈で何か問題とか出てる?」
興が乗って絶好調な感じにしゃべろうとしていたのを止められ、おばちゃんはちょっとムスッとした表情を浮かべたが、すぐに腕を組んで考え込み唸る。
「問題、ねぇ」
うんうん、と唸るおばちゃん。そんなおばちゃんの様子を見ながら、ユーヘイがリョータの背中を結構な勢いて叩いた。
「っ!? あ」
何すんだよ! という視線を向けると、ユーヘイがクエストボードを可視化し、会話をしよう、の一文を指さして顎をしゃくる。
「え、えと、どんな事でも良いんで、何かありませんか?」
リョータがユーヘイに促されながら聞くと、おばちゃんはそれがトリガーであったように手を叩き、はいはいと頷く。
「問題って程の大きい事じゃないんだけどね?」
「はい」
おばちゃんとリョータのやり取りを見守りながら、ユーヘイは手に持ったコロッケをかじるのであった。
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