第26話 大馬鹿を貫いた先

「あーったく、やっとログイン出来たよ。本当にもうあのヤロォ……」


 会社上司の嫌がらせを飄々と切り抜けて帰宅し、アップデート終了から一時間遅れでログイン出来た事に、ぶつくさ文句を言いながら、捜査課のデスクへ向かう。そこにはすでにノンさんとダディが居て、二人は渋い表情で虚空を眺めていた。


「うーす」

「あ、遅かったね?」

「あーまーいつもの」

「……お疲れさま」


 苦虫を相当数噛み締め、苦味と怒りと様々な感情がほとばしるしっぶい表情を見て、ダディが労る言葉を投げ掛ける。


「んで、どうしたよ、微妙な表情を浮かべて」


 自分のデスクへ腰掛け、ミントシガーの箱を取り出しながら言えば、二人はクエストを見てみとだけ告げる。何だよ? とユーヘイもクエストボードを開き、どれどれと目を走らせた。


「は?」


 クエストボードには実に様々なモノがあって、前日祭の動画で解説していた通り、これがヤベェDEKA風のクエスト、これが大貴族の警察風のクエストみたいに一発で分かるクエストネームをしている。それは良い、実にテンションが上がる光景である、だが問題は――


「全部受けられねぇ……」

「そうなのよ」

「困ったよねぇ」


 クエストには受注可能レベル(参加プレイヤーの平均)と参加人数という項目があった。そして問題は参加人数、最低でも四人の参加が必須となっている。


「雑用系のクエストだったらソロ可能。だけど小クエストだと最低人数が四人になる、か」

「大クエストに至っては最低でも六人。まぁ、『強奪』レベルの難易度だとしたら、六人でも少ないと思うわ」

「さすがに調整はしてるだろうけど……ここの運営、こだわるからなぁ……」


 ミントシガーを口に咥え、ガリガリと頭を掻きながら、ダディにミントシガーの箱を投げ渡す。


「参ったな。イベントに参加したいんだけどなー」

「ねー。思いっきり出鼻をやられたわ」

「しばらく誰かが来るのを待つ時間になるのかなぁ」


 ほいっと渡されたミントシガーの箱を受けとり、ノンさんが一本取り出しながら、やれやれと溜め息を吐き出す。


「しばらく雑用やっか? こればっかりは運営にごねてって訳にもいかねぇし」

「そうだねー、調整した結果の最低人数四人なんだろうし」

「はぁ、雑用かぁ……ん? あれ?」


 苦笑を浮かべて、ヤベェDEKA風の雑用クエストを探すユーヘイとダディに同意しかけたノンさんが、視界内に配信関係のアラートが光ったのに気づき、それを確認してんんん? という表情を浮かべる。


「どうないしたん?」

「なんか配信で大量のおひねりとメッセージが……何、どうしたの?」


 自分の配信の掲示板でしきりに、これを見てー、これを早く見てー、ネキこれを確認してー、というおひねり付きのメッセージが多く届き、それを知らせるアラートだったようで、そのメッセージに貼付されている動画のアドレスをクリックする。


「……ユーヘイ」

「あん?」

「今、アドレス送った。旦那も見て」

「はい?」


 ユーヘイとダディが自分のオプション画面を開き、そこからノンさん経由で送られてきているアドレスを確認してクリックすると、顔から二十センチ程離れた場所に、四十から五十型くらいのモニターサイズの画面が現れ、そこに動画が流れ始める。


「クールサンちゃんねる?」

「違う! そこじゃない! 動いてるプレイヤー!」

「おん?」

「わあお、これは……」


 どこぞで見た廃工場。バカスカ拳銃を撃ちまくるテンプレ的風貌をしたYAKUZA。そしてそこを、真っ白なYシャツを泥だらけに汚しながら駆けずり回る一人のプレイヤー。


「タカネン?」


 そうそれは紛れもなく大柴下 キョージの相方、ヤベェDEKAと言えばキョージとタカネと言われる高嶺之宮 イッキに寄せた、そうあくまで寄せているキャラがいた。


「でもどっちかと言えば、中の人、盾樹 弘喜さんの方に寄せてるよね」

「ああ、しかも渋さが極まってる位の頃かな?」

「うんうん。よっぽど好きなんだろうねぇ」

「言うまでもなく、俺は芝宮しばみや 勇兵ゆうへいさん派だ」

「知ってるし」


 いぇーいとお互いに指を差し合いながらバカ笑いしている二人に、ノンさんがチッと鋭い舌打ちをする。


「そこでもない! カウンターを見て!」

「イライラすんなって、カウンターカウンター」

「……マジかー」

「は?! リトライ数百五十六回目ぇっ?!」


 動画にはご丁寧な事に、この配信主が現在受けているクエストを失敗したカウント数が表示されており、その回数にユーヘイがすっとんきょうな声を出す。


「どんな難しいクエストやってんの? 大クエスト? それとも小クエスト? 仲間は? DEKA? YAKUZAと戦ってるからDEKAかYAKUZAか?」

「チュートリアル」

「はっ?!」

「だからチュートリアル! この人チュートリアルの一番難しいのを諦めずにトライし続けてるんだって! アンタがクリアーした最高難易度ランクA!」

「なんでまた……」


 ユーヘイはデスクからイスを引っ張りだし、背もたれを前にして顎をのせながら画面を眺める。


「……コメントを確認する限り、ポツリポツリって感じに、ユーヘイさんと肩を並べたい、的な事を呟いてたって」

「……ああああああ! 大馬鹿来ちゃったなーっ!」

「来ちゃったわね。アタシらみたいな大馬鹿が」


 配信画面の視聴者掲示板を確認したダディの言葉に、ユーヘイは喜びを爆発させるような声を出し、その様子にノンさんがニヤリと笑う。


「良く予習してるわ。格好が良いからってドラマ撃ち(片手撃ちの事である)してないし、アバターの動きも滑らか」

「結構鍛えたんじゃない? 動き方とか反復練習した気配が見えるし」

「ああ、悪くはない。悪くはないけど……」


 喜色満面な表情を浮かべていたが、三人は動画を見続ける内に表情を険しくする。


「調整されたランクBだったら無傷でクリアーくらいは余裕だろうね」

「そうね。多分、それレベルの腕前と動き方してるわ」

「でも――」


 口々に配信主を誉めるが、三人は口を揃えて同じ事を言う。


「「「足りない」」」


 良く対応している。自分の拳銃が当てられる距離もしっかり理解しているし、とっさの判断も悪くはない。だが、あと一歩足りない。だから良いところまで進められるがクリアーに届かない。


「ああーっ! 惜しい!」

「アドバイスしたいぃぃぃっ!」

「この配信の掲示板に載せても気づかないだろうしなぁ。それに見た感じ作ったばっかりのチャンネルみたいだし、収益化とおひねり機能の設定もオンになってないからおひねり付けてメッセージも出来ないだろうし……」


 違う! そうじゃなくて! ああ! そこはもっとああ! と騒ぐ夫婦を横目に、ユーヘイはどうすれば助言をこのプレイヤーに届けられるかを考え、ぱあん! と手を叩いた。


「GMちゃん! カモン!」

「はいはい! ご質問ですか? それともハラスメントの通報ですか?」


 ユーヘイの叫びに即座に対応し、何も無い空間からにじみ出るようにGMちゃんがその姿を現す。それを見た夫婦が、あ! と声を出して、頭良い! と叫んだ。


「お願いがある。プレイヤーが快適にプレイするために必要な処置だ。だから、俺らが今見ている動画配信者に以下の言葉を届けてもらいたい」

「はいはい、それくらいでしたらお安いご用です」


 GMちゃんの返事に三人はよっしゃあぁっ! と叫び声をあげたのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「くっそ……届かない」


 何回目のヘッドショットか分からない一発で死に戻りをしたヒロシは、力無く地面に座り込み、疲れた溜め息を吐き出す。


「まだ続けますか? 正直、私個人の意見としましては難易度を下げて挑戦した方が良いかと思いますが」


 チュートリアル開始からゲーム内部時間で二時間。失敗し続けて一時間位から市役所女性は同じ事を言い続けている。正直うるさいな、とは思うが、彼女がこちらを純粋に心配しているのは口調から感じられるので、ごめんねと囁くように呟きながら、立ち上がる。


「ここで切り上げてログアウトした場合、チュートリアルはやり直し出来る?」

「……申し訳ありません。その場合はチュートリアルを失敗した、という扱いになります」

「……はぁ、そっか……」


 正直、仕切り直しをして、また走り込みとシューティングアプリでの訓練を積みたかったが、どうやらそこまで優しくはないらしい。


 正直、今の感覚だとクリアー出来る未来が見えない。何度も何度も死んでは戻り、戻ってはまた走ってを繰り返し、敵の手玉に取られている感覚から抜け出せないでいる。なので、このまま続けても絶対にクリアー出来ないだろうと感じていた。


「……やっぱ、駄目かな……」


 思い出すのは業界を追い出された日、偉そうな男に吐き捨てられた言葉――


「半端者は何をしても半端者、か」


 あまりに自分にピッタリ過ぎて自虐の笑いが浮かぶ。やっぱり自分では彼の隣には立てないのだろうか、そう絶望に心が折れかけた時、やたら元気な声が響き渡った。


「はいはーい、大田 ユーヘイさんからのメッセージを預かってますよ」

「え?」


 バッと顔を上げれば、ユーヘイの動画に登場していたGMちゃんと呼んでいた女性がにこにこと笑って立っており、その女性がやはりにこにこと笑ってユーヘイの声音で告げた。


「いいか、これは大真面目な助言で、決して貴方を馬鹿にしてるとか、おちょくろうとしてる訳じゃない、それを踏まえて自分で切り開いて欲しい」

「……」


 まさかまさかの展開に、ヒロシはどういう表情をすれば良いか分からず、うにうにと複雑に表情筋を動かして耳を傾けた。


「ズン♪ ズン♪ チャッ♪」

「え?」


 あんだって? という表情を女性に向けると、女性はニコニコ笑ったままで、声音は完全にユーヘイのモノで早口に告げる。


「こっちは大真面目だからな! 絶対馬鹿にしてるとかおちょくってるって訳じゃないからな! マジでガチの助言だからな! いいか! 絶対だからな! 以上です」

「……は?」


 助言というから何かこう具体的な事でも言われるのかと思えば、まさかまさかのリズムを口にしただけというモノに、ヒロシは唖然とした表情を浮かべてしまう。


「中野 GAL様、吉田 ケージ様からはガンバレ、とメッセージ預かってます」

「……はぁ」


 ヒロシは頭をコリコリと掻き、これはどう反応すれば正しいのだろうか、と思いながら、それでも諦めるという選択肢が消えた事に口角が上がるのを感じた。


「まぁ、ここで諦めるってのは無くなったけどね」


 ズン♪ ズン♪ チャッ♪ ね。訳が分からん、とヒロシは苦笑を浮かべて、市役所女性に頷く。


「チュートリアル再開」

「ふっ!」


 一気に廃工場へと走り、ずざぁぁっとスライディングするように物陰へと滑り込み、素早く拳銃を抜いて構えを作る。その間も何故か頭の中で、その部分だけはGMちゃんの可愛い声で口ずさまれた、ズン♪ ズン♪ チャッ♪ というリズムが頭の中で刻まれる。


「それが何だっていうのか」


 全く分からんと苦笑を浮かべていると、廃工場の内部でYAKUZAの叫び声が聞こえ、それから激しい銃撃が始まる。


「……ん?」


 相変わらず頭の中では可愛らしい声がリズムを刻んでいるが、そのリズムとYAKUZA達の銃撃が妙にリンクするというか、タイミングがマッチするというか、そんな事にヒロシは気づいた。


「……え? これってもしかして……」


 頭の中のリズムを自分で口ずさみながら、チャッ♪ のタイミングで行動を起こすと――


「ぎぃあやぁぁっ?!」


 不用意に飛び出してきたYAKUZAとタイミングが合い、自分の得意な距離感で確実に腕に弾丸を叩き込めた。そして素早く遮蔽物に体を隠し、ズン♪ ズン♪ の部分になるとYAKUZAがオラオラオラと反撃を開始する。


「マジのガチの助言……マジかー」


 苦笑を浮かべながら、リズムを刻むのを忘れずに、ズン♪ ズン♪ のリズム中に素早く遮蔽物へと動き、チャッ♪ のタイミングの時に無理をしない程度の攻撃をする、これを繰り返していくと面白いようにYAKUZAが倒れていく。


「落ち着けー、落ち着けー、ズン♪ ズン♪ チャッ♪」


 あまりにうまく運ぶ状況に浮き足立って調子にのりそうになる心を抑え、無効化したYAKUZAからトチョカルを失敬し、次々と倒していく。


「ズン♪ ズン♪」


 素早く遮蔽物へ走り込み、YAKUZAがオラついているところへ――


「チャッ♪」


 絶妙なタイミングで弾丸を打ち込み無効化をする。


「ズン♪ ズン♪」


 地面に転がりのたうち回るYAKUZAからトチョカルを失敬して再び遮蔽物へと隠れ――


「チャッ♪」


 のたうつ仲間の状況を確認しに来たYAKUZAへ弾丸を叩き込む。そうやってリズムに乗り繰り返し繰り返しYAKUZAを倒して行くと――


『コングラッチュレーション! アップデート後初のチュートリアルランクAクリアーです! おめでとうございます!』


 気がついたら終わっていた。


 チュートリアルクリアーのインフォメーションを聞いて、ヒロシは周囲を呆然と見回し、倒したYAKUZAが次々と消えていくのを見てやっと実感が沸きだし、感情を大爆発させた。


「っっっっっっ……ぅうっしゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 渾身のガッツポーツを天高くへと突き上げて、これまでの人生で最も大きな声で叫んだ。


「おめでとうございます。リザルト画面は後程確認してください。すぐに『カラー署』に転送します」

「……え? あれ? はいぃ?」


 喜びに浸っていると、いつのまにやら市役所女性がすぐ近くに立っており、彼女は手に持っていたヒロシのジャケットを丁寧に返却すると、にこりと笑って宣言した。


「いやちょっと、え? あれ?」

「ではでは、楽しい黄物ライフを」

「あっさりすぎない?!」


 困惑のピークの中で廃工場の景色が薄れていき、じんわりと『第一分署』から『カラー署』へと名称を変更したDEKA拠点に移動していく。


「いきなり何なの?」


 クリアーと同時に衣装についていた汚れは消えたので、とりあえず渡されたジャケットを羽織り、きょときょと周囲を見回していると、やがて『カラー署』の二階、警ら課が見える入り口へと移動していた。


「本当、ヤベェDEKAと間取り一緒なんだな」


 入り口から中へ入り、何故かあるウェスタンドアを通ると少年課があり、そこを通り抜ければ捜査課が見えてくる。そこにはユーヘイ、ノンさん、ダディが笑顔でヒロシを見ていた。


「あ」


 何て言葉をかければいいんだろう、そう思って固まっていると、ユーヘイがニヤリと笑ってミントシガーの箱を投げ渡した。


「出張お疲れさん、

、タテさん」

、ヒロシ」

「……」


 なるほどそう来たか、ヒロシは涙が溢れそうになる目を上に向け、必死に涙を乾かし、受け取ったミントシガーの箱から一本取り出すと、それを口に咥えてダンディに笑う。


「待たせたな、


 縦山 ヒロシ、無事ギルド『第一分署』に合流完了。

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