第198話 乱数

クエスト名『乱数』

 難易度 イージー

 推奨レベル レベル1~


 クエスト詳細

 エイトヒルズの高級店ばかりを狙った窃盗団が暗躍している。

 どうやら最新式の防犯装置を無効化させる技術を持つ、ハイテク犯罪者達の犯行であるらしい。

 これ以上窃盗団の好きにさせる訳にはいかない。エイトヒルズの治安をただちに回復せよ。




 エイトヒルズの目抜通り、リアル世界とゲーム世界の高級店舗が軒を連ねるそこを見下ろせる高層ビル『ヒルズタワービル』の一角に、ノンさんとアツミ、志尊しそん ジュラとスノウ・ブランシェルは居た。


 リアルにも店舗を持つ高級レストラン。某寄り道する価値のあるお店ガイドに毎年掲載されている系の、ガチのガチなフレンチレストランに四人は来ていた。


 ユーヘイ達と同じく食事によるバフを付けよう、と言う思惑もあったのだが、どっちかと言えばノンさんの気配りの方が大きい。


 アツミはサラス・パテ所属のVラブ、白井しらい ラリであり、ジュラとはほぼ同期、スノウに至っては後輩とあって少し空気感が重たくなっていた。


 ジュラは少し後輩だったが、間近でアツミの事件を見ており、何かしらの方法で助けられたのではなかろうか、という後悔があってちょっと思い詰めた感じがしていた。それはスノウも似ており、サラス・パテに所属した直後にアツミのストーカー事件が発生したので、自分でもフォローが出来たのではなかろうか、と言う後悔があった。何しろスノウはアツミ、ラリに憧れてサラス・パテに入社したと公言しているから余計に後悔が強い。


 二人のそんな後悔は、彼女達のライブでもちょくちょく話題として登場しており、サラス・パテ箱推しなノンさんはもちろんそれを知っている。アツミがどう思っているかは分からなかったが、二人がアツミに結構な引け目を感じている事は理解していた。


 なので今回のクエストを選んだのだ。


 エイトヒルズでのクエストで、高級店舗を対象にした犯罪。その調査の過程でアツミ達三人がちょっとしたショッピング感覚で街歩きを擬似体験出来れば、そう感じてくれれば御の字だし、出来れば二人の後悔が今回の事で和らげられればノンさんの勝利である。


 何しろここにはユーヘイが居ないのだ。そうユーヘイが居ないのだ! ユーヘイが居ないのだぁっ! クエスト詳細通りの内容が適用されるだろうし、妙に高難易度なクエストに発展する可能性も無い。つまりはノンさんの思惑通りに進む事請け合いである。


 色々と大きなフラグを乱立させているように思うが……たぶん、大丈夫だろう。たぶん、きっと、おそらく……


「こんなに豪華な食事をご馳走してもらってよろしいんですか? ノンさん先輩」

「ん?」


 三人がぎこちないながらも和気藹々な感じで食事をしている様子を、後方腕組おじさんのように頷いて見ていたノンさんは、ジュラに話しかけられて正気に戻る。


 黒髪ロングの純日本人風、アニメ調な顔の造形はやはり日本人風、だけど瞳の色は薄紫でぱっちり御目目なのはアニメキャラクターっぽい。だけどくるくる良く動く表情が何とも愛嬌があって、妙な親近感を覚えるジュラの顔を見ながら微笑む。


「遠慮せずにたぁんとお食べ」

「は、はぁ」


 聖母のような微笑みを浮かべるノンさんに、ジュラは困惑しながら本格的なコース料理を口に運ぶ。


 実際の話、ユーヘイと『第一分署』を作ってからこっち、功績ポイントで困った事は無い。無いというよりは、むしろ余っている状態である。


 レベル上げもユーヘイがいる状態だと上げるに上げられず、かといってスキル関係のレベルを上げるのにも、別に熟練度上げれば良くね? となり使わず、そうなると金に変換して買い物するくらいしかポイントを使う余地が無くなる。なので『第一分署』の面々は結構な億万長者が多い。


 リアル世界で数万円、こちら世界でも同じ位万札を持ってかれる金額であっても、十数年毎日毎食通い続けても大丈夫なくらいの所持金はあるのだ。そりゃぁ聖母のように微笑んでいられる。


「んん、美味しい~♪ あっちゃん先輩、ご馳走さまです♪」

「喜んで貰えて嬉しいよ」


 ジュラの食事代はノンさんが出しているが、スノウの食事代はアツミが出している。二人のポロリ発言、咄嗟にラリと呼ばれない対策として、二人に先輩呼びを強制しているからと、アツミが先輩らしい事をさせて欲しいとノンさんにお願いしてそう言う支払い方法になったのだ。


 プラチナキツネと言う銀色のキツネの獣人という設定のスノウは、白銀色の大きなキツネ耳をブンブン動かし、セミロングの白銀色の髪を揺らし、大きく特徴的な尻尾も揺らし、その金色の大きな瞳を細めて、実に幸せそうに前菜の鯛のカルパッチョを噛み締める。


「それでノンさん、この後はどういう動きをするんですか?」


 さすがにアルコール系はまずいから、ブドウジュースが入ったワイングラスで唇を湿らせながらアツミが聞くと、ノンさんはSYOKATSUのデータベースをチラ見しながらニヤリと笑う。


「そうね、最初は一番最初に被害にあったお店に行きましょうか。メタいけれど、プレイヤーが直接行って調べないと分からないような事があるかもしれないし」

「……なるほど」


 妙にご機嫌な様子のノンさんに、少しばかり嫌な気配を感じるアツミだったが、言っている事は正しいので少し間を置いて頷く。


 ノンさんが、超高級ブランド店だし、ジュラちゃんとスノウちゃん、この際だからあっちゃんも色々お洒落な服を着せてぐふふふふ、などと思っており、それを感じるアツミであった。


「でもハイテク犯罪集団って、どんな集団なんでしょう?」


 前菜を楽しんでさつまいものポタージュを口に運びながら、ジュラが聞く。


「ハイテクって言っても、さすがにどこぞの三世みたいな感じではないですよね?」


 そこにスノウも会話に加わり、鯛のカルパッチョを全力で堪能しきり、運ばれてきたカリフラワーのポタージュに瞳を輝かせながら軽口を叩く。


「「あー」」

「「え?」」


 そんな事あるわけないじゃんあははははは、的返事を期待していたのが、まさかの反応に二人はぎょっとした目を先輩DEKA二人に向ける。


「技術的ブレイクスルーを引き起こしたのが複数人いてね?」

「えっと?」


 急に妙な説明をはじめるノンさんに、かなりのゲーマーであるスノウが嫌な予感を感じながら、それでもその予感に抵抗するよう『やめて』という気持ちを込めて言葉を濁すが……


「そもそものはじまりが『黄物怪職同盟』のテツさんっていう人が、それはそれはどこぞのダンボール被る系特殊部隊の隊員みたいなムーブをしたのが切っ掛けでね?」

「それでそれがデフォルトだと思った『第一分署うち』の鑑識の山さんっていうマッド生産職が色々と、ね?」

「「……」」


 何となくこの世界に何が発生したのか察した二人は、ポタージュをすくっていたスプーンを口に咥えたまま、天井を見上げるように顔を上向ける。


「まま、言うたかてクエストの難易度はイージーだし、推奨レベルは一番低いレベルだし、大丈夫大丈夫」


 ケタケタ笑いながらそんな事をのたまうノンさんに、ジュラはそこはかとなく嫌な気配を感じ、スノウは『それフラグ』と心の中で呟く。


「こっちにユーさんはいないから、クエストが妙な進化をするって事はない、はず」


 アツミまでそんな事を言い出し、スノウは『あっ、確実にフラグが立った』と心のなかで頭を抱える。


 彼女達二人は、トージ程認識を改めていなかった。つまり『第一分署』に集結したメンツは大なり小なり、大田 ユーヘイのであるという事実に……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る