第199話 受難
クエスト名『受難』
難易度 イージー
推奨レベル レベル1~
クエスト詳細
ベイサイドで未成年者による悪質ないたずらが繰り返されている。
景観を損ねるようないたずらが多く、観光客からクレームが多発している。
ベイサイド区の市民達からの要請だ。いたずら小僧達をなんとかせよ。
「ひゃっはー!」
「まだまだスピードは出るわよ!」
「……はぁ……村松課長、これパトロールです。DEKAが違反するのはどうなんでしょうかね?」
ベイサイド区を走る真っ赤なスポーツカーの車内。歓声を上げて大喜びな
実際、今回のコラボに間に合わせるため、とんでもなく無茶苦茶な量の仕事を終わらせてゲームに参加しているカニ谷。彼はとんでもなく疲労していた。
それこそ愛する妻に対して、わりと本気目の殺気を飛ばす程度には疲れ果てていた。
「じょ、冗談冗談」
まさかの愛しの旦那様から、ガチの殺気を向けられてさすがに正気に戻ったのか、村松は顔色を青くしながらアクセルを踏む足から余計な力を抜く。そんな松村の様子に、らいちがきょとんとした表情を浮かべて、不思議そうに聞く。
「え? 飛ばさないんですか?」
いつもの社長、いやかっちょうならノリノリでアクセルを踏み抜く勢いで突っ走りそうなのに、そう思って聞いてみると、後部座席に座っているカニ谷が運転席と助手席の間から顔を突っ込み、無表情にらいちを睨む。
「……君も煽らないように、ね」
「あはい」
あこれかっちょうより強い人だ、即座にそう判断したらいちは、ピシリと背筋を正して良い子に返事を返した。
それを見たカニ谷はやれやれと肩を竦め、疲れきった体を休めるようにシートに体を沈める。
その様子をバックミラー越しに見ていた村松は、こっそりと安堵の息を吐き出し、視界内に表示しっぱなしのSYOKATSUデータベースを、神業のように素早く内容を確認する。
「とにかく今回の
「はーい♪ わっかりましたかっちょー!」
「うんうん」
「……はぁ……」
能天気に簡単そうに気軽に言う嫁。そんな何も考えておりませんノープランです、と言わんばかりの表情の嫁をチラリと見て、カニ谷は頭痛が痛いみたいな様子で額を押さえた。
本当に分かっているのかコイツ、カニ谷は額を押さえながら、そんなに簡単な話じゃないだろうと言う突っ込みを心の中で入れる。
完全ノープランな嫁とは違い、カニ谷はしっかりとこのゲームの知識を予習し、DEKAと言う職業を予習し、完全ぶっち切って嫁が無視したチュートリアルを、ちゃんと鬼畜レベルでクリアーした上で、このゲームはスペースインフィニティオーケストラより難易度が高い、と判断していた。
ちなみにこのスポーツカーはカニ谷がチュートリアルをクリアーした報酬である。嫁が乗り回している事に文句はないが、そこはかとなくモヤンとした感覚はなきにしろあらず……
閑話休題。
SIOと比較して黄物はあまりにもプレイヤースキルに重点を置いている。特にDEKAのクエストなどは、プレイヤーの柔軟な思考、咄嗟の判断、注意深い観察力、そして何より自由な発想による閃き、というのが重要になる。でなければ、あんなクソ仕様のチュートリアルを用意しないだろう。
まぁそれと言うのも仕事の合間に、かつての戦友であるユーヘイの配信動画を眺めて、まぢですかこの運営、と思うようなクエストを大量に観察していたから余計にヤバイと思っているのだが……
鬼畜鬼畜と騒がれていたSIOで、それでもトッププレイヤーをやっていたユーヘイやらダディやらノンさんやらが、ここの運営に振り回されているのだ、ヤバイよヤバイよという感情しか生まれない。
「……それになぁ……」
クエスト詳細を眺め、SYOKATSUデータベースを眺め、その実情を頭の中でまとめながらカニ谷が呟く。
「……いたずら小僧、で済む件数じゃないだろ、これ……」
「組織的に動いている? と言うか指揮系統が出来上がっている?」
ベイサイド区の地図を表示させ、その地図上に被害届が来た順に、被害を受けた場所を反映させていく。するといたずらというには明らかに、何かしらの意図を持ってやっているんじゃないか、と言う分布になる。
ベイサイド区の西地区から東地区に向かって、北から南へと落書きやら器物破損を繰り返している。何かしらの意図、意志が働いているようにしか思えない。
「かっちょう! あそこにキッズの姿有りです!」
「ナイスよ! らいちちゃん! すぐに確認しましょう!」
つらつらと事件の考察をしている間に、どうやらターゲットを見つけてしまったらしい、楽しげに会話をしている二人の様子に、心の底から呆れた溜め息を吐き出し、二人が見つけたキッズとやらに視線を送って、もっと深い溜め息を吐き出す。
それはどう見ても、一般通過学習塾帰りな子供にしか見えない。何しろお揃いの学習塾のリュックを背負っているからして、確実かつ間違いないだろう。
「あれは関係ないだろうに……」
きゃっきゃっと喜び勇んで車を寄せる村松に、頭が痛いと額を押さえるカニ谷。
これで本当にクエストはクリアー出来るのだろうか? いや、コラボとしてサラス・パテで固まっている状況はどうなんだろうか? そもそもどうして自分がここに参加しているのだろうか? そんな大量の不満点をつらつらと思いながら、それでもサポートする体勢を整えている辺り、旦那様は実に面倒見が良い。
「さあ準備は良い?」
「行きましょうかっちょう!」
「……はぁ……」
車を路肩に停め、意気揚々と運転席から立つ村松。それに続いて同じように助手席から外へ出るらいち。本当に何も考えてねぇんだろうなぁ、そう思いながらもカニ谷も外へ出る。
「せめてここにタっつんなりハム太郎なりがいりゃぁなぁ……」
物理的にも精神的にも嫁をへこませ調教出来るだろう、かつての仲間達の事を思い出しながら、カニ谷はスキップを踏んで一般通過学習塾生へと向かう二人に、じっとりとカビが生えそうな湿った視線を向ける。
「へい! そこなガキ共、ちょっとお姉さんとお話しようじゃないの!」
「「「「……」」」」
やたらとお姉さんの部分を強調する嫁。そしてそんな嫁に『それはさすがにどうなのよ?』という視線を向ける旦那、ライチ、一般通過学習塾生。
「何よ? 文句あるの? お姉さんでしょうがっ!」
妙なキレ方をする嫁に、旦那がポンポンと肩を叩いてなだめる。しかしその視線はどこまでも冷たい。
日常的にこんな状態なら、『最近、旦那様が冷たいの』って社長が言っていたけど……自業自得なのではないだろうか? そう思いながら気を取り直して、らいちは一般通過学習塾生に視線を合わせるように屈む。
一般的成人女性としては少し身長が低く、その言動などから子供っぽく見える果樹 らいちであるが、Vラブ界隈では圧倒的な戦闘力を誇る部分がある。
最近イメージカラーを刷新し、髪色が薄いワインレッドに変更され、顔などの造形も少しシャープな印象へとモデルチェンジしたばかりだが、そのVラブ界隈での圧倒的戦闘力は健在。
何が言いたいかと言うとだ、とてもご立派なマスクメロンサイズの大胸筋が、ピュアピュアな子供達の目の前で強調されるように見えるという事である。
Vラブをやっているだけあり、そのアバターはまさに絶世の美少女。長いまつげに大きくこぼれ落ちそうなブルーの瞳、すっと通った鼻筋、そしてプリンプリンに瑞々しい唇と文句無しに美少女なおねいさん、更に更にお胸様まで強調され、一般通過学習塾生の四人は顔を真っ赤にして『あうあうあう』と口をパクパクさせていた。
「……そうだった、この娘、天然だったわ……」
その様子を見ていたカニ谷は、全くもって分かっていない、子供達の様子に小首を傾げて不思議そうにしているらいちの後頭部を眺めながら、こりゃぁ本当にヤバイかもしれん、と本日二桁目の後悔をするのであった。
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