第206話 通常業務中(血涙)

 御日おんび サマーと果樹かじゅ らいちの『イリュージョン!』が発生する少し前――


 楽しい楽しいエターナルリンクエンターテイメント社の一室。本来ならば、静かにキーボードを叩く音が響いているそこは、とんでもない騒動の鉄火場と化していた。


「ちょちょちょちょっ! えっ!? が、外部からのウィルス攻撃っ?!」

「おいおいおいおい! GM! どうなってるか分かるかっ!?」

「まずは外部からの攻撃を遮断しろ!」

「もうやってます! 既に入り込んだウィルスが暴れてるんですよ! 状況を見てください!」

「落ち着け! システム『オモイカネ』のアンチウィルスは動いてるか確認!」

「す、すみません! アンチウィルス動いてますがすり抜けてます!」

「って事は致命的なウィルスではないって事だな……どんなウィルスか判別は出来ているか?」

「AIが確認中です!」

「とりあえずウィルスの隔離を開始! 安全確保の為に現在ゲームをプレイ中のユーザーの強制ログアウトを開始しろ!」

「「「「はい!」」」」


 上に下にの大騒ぎ。だが、さすがは歴戦の修羅場を潜り抜けてきたエリート企業戦士達は、指揮官の一声で冷静さを取り戻し、自分達がするべき事を開始する。


「AIによるウィルス鑑定完了! 宇宙バカ、ってよりにもよってこれかよっ!」

『そっちは囮ですよぉ。本命はそこに隠されたコードですよぉ。たぶんこれ、うちのゲームのストレージに違法MODをインストールして、そこからゲームのシステムに干渉するタイプのチートツールですねぇ』

「ちっ! 面倒臭いモンを突っ込んでくれるじゃねぇか! そっちのコードとやらはどうにか出来るか?」

「ウィルス、宇宙バカの感染力が大きくてリソースが足りません!」

「SIOのマジモン宇宙バカは、何でこう世間に迷惑をかける才能ばかり有り余ってるんだろうか……」


 上司しきかんは遠くを見る目で溜め息を吐き出す。


 ウィルス『宇宙バカ』。それはSIOで圧倒的猛威を撒き散らしたウィルス。初代VR犯罪者、栄えある第一号◯◯バカと呼ばれしバカの中のバカ。自称すーぱーはかー(笑)斑昌むらまさ 時斗岐とときによって作られたコンピューターウィルスである。


 その仕組みは意外と単純で、ただひたすらにプログラムのリソースを使って増殖をしていくという感じだ。しかしその過程でプログラムの重要な部分すら食って増殖するので、ゲームの根幹部分が破壊されてバグる、という現象が多発した。


 このウィルス攻撃があったお陰で、システム『オモイカネ』のアンチウィルス機構が進化した、とも言えるのがなんとも皮肉な部分だ。


 その一時期、システム『オモイカネ』をパンクさせた事すらある『宇宙バカ』。あまりにそのインパクトが強すぎて、SIO犯罪者を宇宙バカと呼ぶようになるくらい、社会に衝撃を与えたそれが、再びこうしてVRゲームに使用されるとか、実に歴史は繰り返す、と言う感じである。


「ウィルスのコア! 隔離完了!」

「「「「よっしゃぁつ!」」」」


 あの頃はまだVRゲーム事業に乗り出して無かったから、所詮は対岸の火事だったけど、こうして当事者になるとか……そんな事を考えていると、部下の一人が歓喜に震える声で叫び、その報告に部屋が揺れるくらいの歓声があがる。


「手を止めるな! 次はコードの排除を開始しろ! プレイヤーの強制ログアウトの状況は?」

「ほぼ完了してます! ただ、一部のクエストを受けていたプレイヤーにコードの影響が出ており強制ログアウトができません!」

「あ! やべ! 強制ログアウト機能にコードの一部が干渉! 強制ログアウトシステムフリーズ!」

「ちっ! 残ってるプレイヤーの数を報告!」

「ええっと……十三人です!」

「……不幸中の幸いと言うべきか、その十三人は不運だったと嘆くべきか……プレイヤーに影響は?」

「大丈夫です! そちらは完全にシステム『オモイカネ』が完全バックアップに入って保護されてます! 滅多な事が起こらない限りプレイヤーに影響はありません!」

「よしよしよし。ならプレイヤーの保護は『オモイカネ』に任せよう。我々はウィルスの完全除去と、コードの影響を調べて潰していく」

「「「「はい!」」」」


 ウィルスの侵入という動揺が完全に消え、部下達が宇宙バカの対応とコードの対応に向かう中、上司はゲームに取り残された十三人の情報をモニターに映す。


「……よりにもよってこの人達かよっ!」

「「「「え?」」」」


 確か今日は、うちの会社の上層部も関わっているVラブのコラボ配信があったとは把握していたが……上司は苦しそうに服の上から胃を押さえて、うぐぐぐぐぅと青白い顔で唸る。


 上司の尋常じゃない様子に、部下達が一時席を離れて上司のモニターを覗き込み――


「「「「わーお、『第一分署』クオリティ……」」」」


 モニターに映る見慣れたプレイヤー達の姿に、頭が痛いとそれぞれの額を押さえた。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「強制ログアウトってどういう事よ?」

「ちょ、クエストの途中だし! え? これって失敗扱いになっちゃうのかな?」

「クッソ! ログイン出来ねぇ! 何が起こったし!」


 イエローウッドリバー・エイトヒルズから強制ログアウトを食らったプレイヤー達は、エターナルリンクエンターテイメント社が提供している共通待機所へ転送されていた。


「運営からの発表は?」

「来てな、来た!」

「どれどれ?」

「は? ウィルス攻撃を受けた、だ?」

「マジかよ!? システム『オモイカネ』抜けたの?! ある意味すげぇ!」

「喜ぶなし。そのウィルスを送ったバカのお陰でゲームが出来ん」

「あ、悪い」


 それぞれギルド単位で強制転送された為、それぞれがそれぞれの集団で固まって状況を見守っている。


「はぁ……今時のVRにウィルス攻撃とか、これは今度は黄物バカとかって呼ばれるんかね?」

「黄物はやめて欲しいな。エイティーズバカ?」

「格好良すぎだろ。都市バカとかってどうよ?」

「セカンドライフ失敗しちゃったバカで良いんじゃね?」

「「「「なげーよ」」」」


 強制ログアウトされているから、何か不足の事態で健康被害を受ける、みたいな状況では無いのでみんな気楽に話し合っている。それとVR犯罪に特化した特殊サイバー対策室と言う、ほぼほぼ百パーセント犯人を逮捕する化け物のような警察機構があるので、誰もがすぐに犯人は逮捕されると思っていた。


「どれくらいで復旧されるんだろうなぁ」

「まぁ、そんなにかかんないじゃない? 最近のVRはアップデートする度に、『オモイカネ』にバックアップデータを必ず保存するらしいから、いざとなったら消去してバックアップデータを入れれば復旧はすぐだ。それだと俺らのデータがロールバックしちまうけど、取り戻せないレベルじゃないからそっちが手軽だと思うが」


 宇宙バカ、西武バカ、幻想バカなどと数々のお騒がせ事件がVRにはあった。なので今では、多くの事例があって外部からの攻撃からの復旧は結構早く終わる。だから待機所にいるメンツは気楽であった。


 しかし、一人のプレイヤーが暇潰しにLiveCueを開くとそれが一変する。


「おいおいおいおいおい! ちょっと待て! ユーヘイニキ達、まだ黄物にいるぞ!?」

「「「「はあぁっ!?」」」」


 そのプレイヤーの叫び声に、その場にいる全員が一斉にLiveCueを開く。


「「「「マジだぁ……」」」」


 今日はコラボ配信をしていると、その場にいる全員が知っており、ユーヘイ達と同じくサラス・パテのタレント達も黄物に取り残されていた。


「これが『第一分署』クオリティか……」

「いや違……違わないのか?」

「こっちに振るなよ」

「どっちにしても、だ」

「「「「色々と持ってるよなぁ」」」」


 こりゃ良い暇潰しが出来たぞ、とその場にいるプレイヤー達は、配信をじっくり見るためにその場に座り込んだのであった。

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