第204話 人は過ちを繰り返す(至言)

「ちっ、思ったよりセキュリティが固い。それに掲示板の対応が早い。無駄に学習しやがってクソAIがよ」


 真っ暗な密閉された部屋。聞こえるのは三つのエアコンから唸りをあげて冷気を吐き出す音と、増設に増設を重ねてこの空間の半分以上を占領する化け物PCのファンが回転する音だけ。


 顔の半分以上を覆う改造VRヘッドセットを被った男が、鋭く舌打ちをしながら寒さを誤魔化すように激しく貧乏ゆすりをする。


「だが、クソAIの良いところは効果的だと判断した対策を繰り返すところだ」


 男はニヤリと薄気味の悪い笑いを張り付け、両腕を広げるように虚空へ向け、色々なコードが接続されている両手を動かす。


「セキュリティの隙間……良し。コードを内包した偽装ウィルス……入った! バカの一つ覚えしかできねぇクソAIが、チョロいもんだぜ」


 男はペロリと唇を舐め、素早くネット回線を切断する。


「チェックチェックチェック……良し良し、海外のゲーマーには感謝だぜ。良く見つけたよなぁ、このルート」


 システム『オモイカネ』からの追跡プログラムが動いてない事を確認し、男はヘッドセットを鬱陶しそうに脱ぐ。


「特定の国を経由して偽装、そのまま日本の一般家庭の回線をステルスで接続、そこから擬似的に日本で生活している人物に成り済ましてゲームを遊ぶ……ゲーマーの執念には脱帽するぜ」


 男はゲタゲタと笑いながら、携帯端末の画面を確認する。そこには外国を経由してマネーロンダリングをした金が入金されたと言う、そんな通知が入っていた。


「毎度ありぃー……って、こいつも半分以上借金に持って行かれるとか、やってらんねー」


 携帯端末の電源を切り、かなり毛足が長い絨毯の上へ軽く投げ捨てた。


「ま、今回のはジャブ。多少の騒ぎは起きるだろうけど、依頼人クライアントが満足するような成果には繋がらない。金蔓はずっと金蔓のままでいてもらわないと、な」


 男は下卑た、下品を通り越した醜い表情で笑みを深め、寒い寒いと体を揺すりながらその部屋から抜け出した。


 Pi……Pi……Pi……


 男が立ち去った部屋で、静かにPCから妙な音がしている事に気づかずに……




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 警視庁特殊サイバー対策室第一捜査課。


  警視庁本部庁舎は東京都千代田区霞が関に存在するが、特殊サイバー対策室の庁舎は群馬県に存在する。それは扱う犯罪が犯罪なので、機材関係がとんでもなく場所を占領する為、結構な広さの土地が必要だったからだ。さらに色々と対策をしなければならず、わざわざ東京に土地を用意するのは現実的ではない、と言う判断が下された為だ。


 そんな特殊サイバー対策室は日本のインターネット犯罪全般を捜査する部署だ。そしてその中でも第一捜査課は精鋭部隊として有名な課である。 


 その第一捜査課は二つのチームが存在し、一つは実働チーム。こちらは群馬ではなく東京の本部庁舎に詰めて、いつでも動けるように待機している。


 もう一つが監視チーム。その監視チームのオフィスは庁舎の地下に存在する。その地下の特殊サイバー対策室庁舎の監視ルームで、ほぼ毎日二十四時間体制で日本全体のインターネットを監視している。それにはシステム『オモイカネ』も協力しており、ほぼどんな犯罪も筒抜け状態になっていた。


 モニターにしっかりとある人物の犯罪行為が映し出され、それを見ていた年若い女性警部があきれた表情を浮かべて上司を見上げる。


「警視正、これ本当に放置で大丈夫なんですか?」


 アラートが鳴ってからずっと犯罪行為を記録しているが、上司から指示されたのは放置の一言。それで本当に良いのか確認すれば、鉄面皮で頭をガッチリキッチリオールバックで固め、感情が一切表に出ない鉄人と呼ばれている上司は、やはり表情筋がピクリとも動かぬ無表情で淡々と返す。


「ああ、『オモイカネ』とエターナルリンクエンターテイメント社から泳がせろ、と指示が来てる。とりあえずこちらの役割は、この容疑者バカが行った犯罪行為の記録だけだ」

「いや警視正、バカって言ってますよ」


 とても怖そうな人物に見えるが、実際はそれなりに話が分かり、冗談とかも結構言うタイプの人物だ。あまりに無表情で言うから、本気なのか冗談なのか理解しがたいが、今の空気感は彼なりにリラックスした状態だと部下の女性は分かっている。だから上司に軽口を叩くのだが、上司はその言葉に鼻で笑う。


「実際、こいつは世間的に宇宙バカと呼ばれていた犯罪者だ。しかも重犯罪扱いされますよ、と政府が法改定をした後に嬉々として犯罪行為を行った真性だ」

「いやまぁそうですけども……」

「VR犯罪と呼ばれる刑罰で、実刑こそ執行猶予がついてしまったが、罰金は六億円。普通の感覚をしている人間なら、そこで金を稼ぐ手段に再び犯罪を、とは思わんだろ。確かに六億は気が遠くなる借金だが、反省して真摯に向き合っていた場合、そこから情状酌量の余地あり、と罰金が減額される事もある。実際、真面目に社会奉仕を行っていた数人は、罰金の減額が決定して普通の生活に戻った奴らもいるわけだしな」

「……」


 上司の言葉に女性警部は押し黙る。


 VR新法が始まってから◯◯バカと呼ばれる犯罪者はそれなりに出た。その全てが強烈すぎる莫大な罰金を背負った。おおよそ真面目に働いても全てを払うのは無理な金額だ。だが、政府がチョイスした社会奉仕活動を真面目に行えば、深い反省をしている、情状酌量の余地あり、と判断され罰金が大幅に減額されると言う救済処置がある。


 その救済処置を受けて社会復帰をした◯◯バカは普通にいる。警視正が言うように、安易に犯罪行為を行って罰金を支払おうと思う奴は真性のバカと思われても仕方がない。


「ま、VR犯罪者の真祖みたいな矜持でもあるんではないか? 自分には理解不能だが」

「私も理解不能です」


 女性警部は溜め息を吐き出し、記録しているモニターへ視線を向ける。


「システム『オモイカネ』を本当に如きがどうにか出来るって、本当に思ってるところが終わってますよね」


 監視対象が海外のネット回線を使って、それらを駆使し一般家庭の回線を無断使用、そこからVRシステムにウィルスに偽装した何かを注入する様子を見て、女性は心底呆れたような溜め息を吐き出す。


「ああ。世間的には発表されていないが、普通に考えれば分かると思うのだがな……『オモイカネ』が普通のAIの訳がないだろうに」

「普通気づきますよね、普通は」


 ウィルスは『オモイカネ』によってきっちり分類され、それはすぐに送られた側のエターナルリンクエンターテイメント社に提供され……とウィルスに仕組まれていた現象を引き起こしながらも単なるイベントに変換させられる様子見せられて、二人は乾いた笑い声を出す。


「「遊ばれてる」」


 そう、『オモイカネ』は今回の事を子供達であるAIの訓練として利用し、エターナルリンクエンターテイメント社は、自社のアンチウィルス対策室に限りなく実際の犯罪に近い訓練として利用した。


 今ごろは運営AIと共に対策室も大わらわの阿鼻叫喚状態で踊らされている事だろう。


「あのバカも、まさかずっと監視されているとは思ってないだろうな」

「そうですね。泣けるくらいに対策をしてますけど、全部が全部筒抜けって知ったら発狂しそうですよね」


 二人はエターナルリンクエンターテイメント社の人々に同情を寄せながら、モニターに映るだらけきった姿で醜態をさらしている男に、動物園の珍獣でも見るような視線を向けるのであった。


「人は過ちを繰り返す」

「深い言葉なんでしょうけど、あれに使うのは間違っていると思うんですよ」

「安心しろ。私が個人的にやっているゲームの名言だ」

「さよですか」

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