第120話 処刑BGMが聞こえる……

『グランドイベントクエスト「終局」の開始を確認しました。複数のDEKAプレイヤーギルドの参加を確認。また個人での開始も確認されました。プレイヤーのレベルに合わせた調整が入ります。また、このクエストは大変難しい内容となっております。多くのプレイヤーの協力が不可欠となりますので、連携して挑んで下さい』


 そのクエストインフォメーションを聞いたカテリーナ・中嶋なかじまは、物凄く嫌そうな表情を浮かべて、目の前でニコニコと微笑んでいるエキゾチックな美女を見やる。


 フェリシア・タナダ。アメリカの有名なフリージャーナリストであり、女性ジャーナリストの中で最もピューリッツァー賞(※1)に近いと言われている女傑だ。


 彼女が『親愛なる隣人の友』が運営する新聞社、シティジャーナルにやって来て、それこそぶっ飛ぶレベルの豊富な情報を伝えてきて混乱している上でのこれである。カテリーナがうんざりした表情をするのも無理もない。


「何か楽しい事でもあったのかしら?」

「ええ、まぁ、楽しい、んじゃないかなぁ~っていう感じですかねぇ」


 活力が服を着て動いているような女性であるフェリシアは、太陽のような微笑みを浮かべて、言い淀むカテリーナにそれは素敵ねと頷く。


「それで、手助けをしてくれるのかしら? 多くの人でが必要なの」

「ええっと……」


 ぐいぐいと圧力をかけてくるフェリシアにしどろもどろな返事をしながら、チラリとサブギルドマスターの内田うちだ 光輝みちてるを見れば、彼女は彼女ですっかりギルドの参謀役ポジションになってしまった金大平かねだいら 水田すいでんとクエストボードを確認し合って何やら小声で相談し合っている。


 これ、わたくし一人で決定しないとダメなのかしら、そう口の端をヒクヒク痙攣させていると、カテリーナの右肩にニョッキり顔を出して顎を乗せた少女が、フェリシアにニコリと笑いかける。


「フェリシアねーちゃんのジャーナリスト的使命は、めっちゃ素敵やんね、とは思うんよ。けどウチらに何のメリットがあんねん? ウチら、フェリシアねーちゃんみたいに鉄火場に慣れてるちゃうねんで。そない危険な事、メリットも無くやれんわ。危ないやんな」


 妙に怪しげな関西弁のような言葉を使い、商売人のような表情で胡散臭い視線をフェリシアに向けるのは、このギルドで水田に並ぶ探偵の一人、赤蕪あかかぶ ゆかりというキャラクターネームの少女だ。とある事情からカテリーナがゲーム内の保護者として責任を持っている未成年プレイヤーであるが、彼女の鋭い切り口は毎回毎回色々な場面で助けられているので、こうやって困っている時に口出しをしてくれるのは助かっている。


「メリット、ね。この街全体の平和、という報酬ではダメかしら?」

「あはははは、おもろいなぁフェリシアねーちゃん。それは報酬やないで? それはウチらが頑張ったやねんで。交渉にもなってないやん」

「……」


 紫の言葉にフェリシアは微笑みのまま黙り、そんなフェリシアを紫が笑ってない瞳で睨み付ける。


「利用するだけ利用して、危なくなったらポイ、されるのは勘弁やで? 色々聞いてんで? ダーティーフェリスはん?」

「……ちっ」


 陽気な雰囲気をまとっていたフェリシアが、険しい表情を浮かべて鋭く舌打ちをする。それを見たカテリーナが、どういう事よ? いつの間に調べたのよ?! と紫を見れば、フェリシアに向けていたのとはまるで違う、優しい笑顔を浮かべて一枚の新聞の切り抜きを手渡す。


「……」


 切り抜きに視線を走らせ、カテリーナは頭が痛いと額を押さえる。


「それ、水田にーさんが真っ先に渡してくれたで」

「……」


 真っ先に渡すべきはわたくしなのでは? そう思って水田の方を見れば、彼はギルドメンバーに指示を飛ばしながら、チャット機能を使って友好関係にある他のギルドへメッセージを送っていて、完全にカテリーナの存在を忘れているようだ。


 カテリーナは溜め息を吐き出し、困った表情で切り抜きを改めて見る。そこにはフェリシア・タナダの疑惑、という見出しで色々とブラックな事が羅列されており、その記事を信じるならば目の前の女性ジャーナリストは完全なる詐欺師という事になる。


「お待たせしました中嶋さん」


 これ、どうすれば、そう悩んでいると水田と光輝がやって来てくれて、カテリーナは安堵の息を吐き出す。


「フェリシア・タナダさん。残念ですが、我々では貴女の力にはなれません」


 いつものように男装の麗人といった感じの光輝が、イケメンは微笑みを浮かべてフェリシアに言うと、彼女は凄みのある笑顔を浮かべる。


「……後悔しますよ?」


 そんなフェリシアに水田が、スズメの巣のような髪の毛を揉み込むようにして掻きながら、苦笑を浮かべる。


「他の新聞社でも同じような対応だったんじゃありませんか?」


 飄々と穏やかだが、その表情に一切の油断は無く、笑っているのに笑っていない雰囲気で言われ、フェリシアは反論出来なかった。


「……」


 黙んまりを決め込むフェリシアに、水田はカテリーナが持つ切り抜きを抜き取り、それをフェリシアに見せるようヒラヒラと揺らす。


「貴女の噂、この街にある全ての新聞社で持ちきりですよ? 初手、エイトヒルズの新聞社に行ったのは間違いでしたね」


 切り抜きを提供してくれたのは、エイトヒルズの新聞社ヒルズペーパーの、社会部編集長から回ってきたモノだ。カテリーナを高く評価する彼は、表面的な華やかさに騙されぬようにとわざわざ部下を走らせて持ってきてくれたのだった。それを水田の口から説明すれば、フェリシアはキッと鋭く睨み付けてきた。


「後悔しても知りませんよ?」


 ショルダーバックを引ったくるように掴み、迫力ある表情で水田に吐き捨てるフェリシアに、彼は肩を竦めて照れたように笑う。


「どうでしょう? それも楽しみ方の一つだと、自分は尊敬する人に教わりましたから」


 脳裏にこのゲームの楽しみ方を全力で示し続けている大田 ユーヘイというプレイヤーの姿を思い浮かべ、水田は透明で揺るがない瞳をフェリシアに向けて言いきった。


「ちっ……失礼します」


 フェリシアは捨て台詞を吐き捨て、ツカツカとその場から立ち去った。


『グランドイベントクエスト「集結」の開始を確認しました。複数のノービスプレイヤーの参加を確認。同時にグランドイベントサブクエスト「結集」も進行します。サブクエストに個人参加プレイヤーを確認しました。個人参加プレイヤー用の調整を開始します。プレイヤーのレベルに合わせた調整が入ります。グランドイベントクエスト「終局」とのリンクを開始します。「集結」及び「結集」の進行状況が「終局」に影響します。またこのイベントクエストは特定のイベントキャラクターの勧誘を断った事で難易度が上昇しております。ノービスプレイヤーの総力を挙げて立ち向かいましょう』

「「「「……」」」」


 唐突に頭の中で響いたクエストインフォメーションを聞いたギルドメンバーが、死んだ目で水田を見ると、彼はちょっとだけ困ったように苦笑を浮かべていた。


「まずは説明をさせてもらえるかな?」


 水田がそう言うと、メンバー達は頷き彼の説明を聞く。そしてその内容を聞いて、納得せざるを得ず、それぞれが溜め息を吐き出しながら準備を開始した。


「本当に大丈夫なの?」


 水田に光輝が聞くと、彼は困ったように微笑む。


「さぁ」

「さぁ?! え!? さぁなの?!」


 飄々とした水田の言葉に、光輝がすっとんきょうな声を出す。それを聞いていたカテリーナと紫がギョッとした目を水田に向ける。


「もちろん尽力はしますが絶対とは言えないですよ。ただ」

「「「ただ?」」」

「自分は、ユーヘイさん達、第一分署の皆さんのように全力でこのイベントを楽しみたいと思っているだけです」


 照れたように弱ったように、くしゃりと顔をシワだらけにして笑う水田に、カテリーナ達はあーもーと項垂れて、しかし吹っ切れたような表情を浮かべた。


「仕方がない、やれる事をやりましょうか。まずは地域住民の方々への聞き込み、でしたわね?」

「はい。観光や生活を楽しんでいるノービスプレイヤーの方々にも聞き込みをして、サブクエストの『集結』も進めましょう。そっちは『黄物怪職同盟』のテツさん達と連携すると早いかもしれません」

「はぁ……こうもちょくちょくお父様のご厄介になるのは心苦しいですわ」

「まぁまぁ。紫ちゃん、私と一緒にちょっとドライブデートと行きましょうか。行くわよ、リーナ」

「わぁーい! 光輝ねーさん、やっぱりイケメンやね。水田にーさんも見習わんと」

「あははははは、それはその内にでも、ね」


 バタバタと動き出す仲間達を見送り、水田はトランクケースを引っ張り出し、自身も動き出す。


「つまり今回のクエストは、僕達ノービス・探偵プレイヤーが調査と特定を担当して、その結果でDEKAプレイヤーがラッシュ、タイホパートに行けるってイメージだ……うん、ユーヘイさん達が活躍する場所を頑張って特定しないと」


 水田はトレードマークのパナマ帽をきっちりと被ると、カランコロンと古びた下駄を鳴らして動き出したのだった。




※1 アメリカで一番権威あるジャーナリズムを称える賞。

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