第119話 リオンの種馬

「やぁやぁ、私はケン・ヤマガタ。日系四世のフランス人だよ、よろしくね!」


 赤毛のフランス人は、そう輝く笑顔で自己紹介をする。両脇にガッチリ婦警をホールドした状態で……


「こう見えてもインターポールでは凄腕で通っていて、人呼んでリオンの赤い駿馬とは私の事を言う」


 キラァンと白い歯を見せて笑うケン。しかし、その両脇から向けられる視線はどこまでも凍えていた。そして第一分署が向ける視線も液体窒素より冷えきっている。


「リオンの種馬の間違いじゃねぇの?」


 よろしくね! そうフレンドリーな感じを前面に出すケンに、ユーヘイがミントシガーをこれ見よがしにガリガリ音を立ててかみ砕きながら、彼にしては珍しく無感情な平坦な声で吐き捨てる。


「もしくはフランスの駄馬」


 処置無し、そう呆れ果てたヒロシが言うと、その横でトージが口許だけ笑い目が全く笑っていない状態で、パタパタ手を振る。


「いやいや、馬と見せかけた、ただのロバっ

ていうパターンもありますよ」


 トージのからかいじゃない、ガチの毒舌にノンさんは少し驚きながらも、苦笑を浮かべてケンを一瞥する。


「案外ポニーだったりするんじゃないの。赤毛の馬って赤兎馬みたいで嫌じゃない?」


 妻の吐き捨てた言葉に、感情の見えないアルカイックスマイルを浮かべたダディが、完全にハイライトの消えた瞳をケンに向ける。


「駄馬だろうが種馬だろうがこっちに迷惑かけないなら放置で良さそうだね」


 完全塩対応するユーヘイ達の影に隠れたアツミが、恐る恐るケンの方を見て青い顔で呟く。


「……この人、嫌です」


 そのアツミの呟きを聞いた山さんが、おおそうだ! と大声を出して両手をワキワキさせる。


「よし! 去勢薬を作ろう! 出来そうな気がするよ!」


 うおおおおおおおぉぉぉぉっ! と叫ぶ山さんを放置しつつ、ユーヘイ達はお互いの顔を見合わせてから、同時に頷いた。


「「「「構わん、やれ」」」」

「ちょっと待ってもらえないだろうか!? ムッシュ達! マドモワゼル達! さすがに扱いが酷くないだろうかっ!?」


 あまりの塩対応にケンが慌てたように叫び、助けを求めるように節井に視線を向けるが、節井はまるで瞑想でもするように目を閉じて一切感心を寄せずにいる。ならばムッシュ山根ならば! と山根さんを見れば、完全に拒絶する雰囲気を出しながら藤近課長と談笑をしていた。


 誰も助けてくれそうな人がおらず、アワアワして馴れ馴れしく肩を抱いている婦警二人に視線を向けて、ゴミか虫でも見るような目を向けられているのに気づき、大慌てで肩から腕を外す。


 今さら取り繕っても遅いのだが、ケンはやりきったような雰囲気を出しながら、これが正解なんだろう? と婦警二人に白い歯を見せて微笑みを向けるも、タエちゃんもカナちゃんもガン無視して自分達の席に戻っていった。


「日本の女性達は恥ずかしがり屋なのかな? そういうところも可愛いなぁ」

「「「「山さん、去勢薬」」」」

「ノン! ノン! ノン去勢!」


 全然分かっていない種馬に、ユーヘイ達がハモって去勢の話題を出せば、ケンはプルプル震えて両足で股間を全力で守り、完全なへっぴり腰になって叫んだ。


 そんな部下達の様子に溜め息を吐き出した課長が、コホンと咳払いをしてから口を開く。


「気持ちは分かる。だが今は落ち着け、大田、分かるな」


 諭されるように言われ、ユーヘイはガリガリと頭を掻きながら、不承不承頷く。


「かちょーの顔を立てます」


 苦々しい表情と視線をケンに向けながら、ユーヘイが背筋を正して直立不動で言うと、課長は苦笑を浮かべて頷き、厳しい視線をケンへ向ける。


「ケン・ヤマガタ調査員、あまり風紀を乱す行動はやめていただきたい。ここはフランスではなく日本です。国が違えば風習も常識も違います。その配慮をお願いしたい」

「あはい」


 課長が持つ貫禄に、さすがのケンも大人しく頷く。それを確認し、課長は節井に声をかける。


「節井警視正、よろしいですか」

「はい。ありがとう藤近さん」

「いえ」


 目を開いた節井が軽く課長に頭を下げ、冷たい目をケンへと向けた。


「説明を、簡潔にな」


 余計な事はこれ以上するなよ、そう節井に小声で言われ、ケンはガックリと肩を落としながら頷く。


「君達が追い詰めている犯罪組織フィクサーだが、彼らは末端の組織に過ぎない。彼らの本来の本拠地は南米にあり、そっちは完全に各国のブラックリストに載っている巨大犯罪カルテルだ。それで今、このイエローウッドリバー・エイトヒルズの街に来ている奴らだけど、その犯罪カルテルの隠し玉、カルテルが誇る暴力装置だ」


 ケンはションボリしながら、懐から写真を数枚取り出し、それを課長のデスクに並べる。


「イエローウッドリバー・エイトヒルズは犯罪カルテルからしても、垂涎の立地をしているんだけど……ここには日本最大のYAKUZA鬼皇会と、ナンバー2である星流会、そしてその勢力と影響力を拡大し続けている龍王会という三大YAKUZAの勢力圏だった」

「……龍王会か」

「そう、龍王会の影響に陰りが見えた。そこをカルテルの連中が見逃さず、龍王会に介入するようフィクサーという組織を送り込んだ……まぁ、ここまではいつものパターンという奴だけどね」


 大体こういうパターンで、ほとんどの場合、そういった組織を送り込まれた時点で終わっちゃうんだけどね、ケンはそう苦笑を浮かべて、ユーヘイ達を指差した。


「彼らの最大の誤算は、この街には優秀なDEKAに、良識に従って不正を正そうとする人々、そして昔ながらの仁義にだけ筋を通す本物の任侠者がいたって事だ」


 全く、恵まれている街だね、ケンはそう苦笑を浮かべて、デスクの写真をトントンと指先で叩く。


「この五人は巧妙にインターポールや各国の警察機構を欺き、ギリギリ国際指名手配から逃れている、ある意味でのやり手だね。だけど、カルテルから最終兵器のように扱われているだけの実力はある」

「まぁ、挑んでは負けて、負けては挑んで、っていう奴らがいるから、それは知っている」

「勇敢なDEKAだね。実に尊敬に値する。だけどスマートとは言えない」

「あん?」


 ケンはデスクに並べた写真の位置を変える。ネイガーの横に見た事の無い、角刈り髭面のマッチョな男。ラングの横にロックを、クローの横にウィズをそれぞれ並べた。


「組織は巨大だ。幹部の数も多い。そして、それだけ巨大で幹部の頭数が多ければ、派閥もあるわけだ」


 ケンはそういってそれぞれの写真をトントンと叩く。


「ネイガー、ラング、ロック、クローにウィズ……彼らはそれぞれ所属している派閥が違うんだ。そして、彼らは敵対していたりする」


 ケンの説明にヒロシが下唇に指を当てながら呟く。


「つまり敵対している奴同士をぶつければ、勝手に潰し合ってくれる?」


 ヒロシの言葉にケンは両手を挙げて苦笑を浮かべる。


「そこまで行けばベストだろうけどね。そこまではうまくは行かないだろう。ただ、彼らの仕事をサポートする部隊というのが必ず付き添っていてね、彼ら同士ならば潰し合いも可能だろうね」


 ケンの説明を頭の中でまとめたダディが、なるほどと声を出す。


「四天王の無敵状態を維持している奴らが居て、そいつらをどうにかして引っ張り出してお互いに潰し合わせる。そうする事ではじめて四天王と対等に戦える状態になる、って感じかな」

「そいつはまた……面倒臭さそうなギミックだ事」

「その部隊を探す事が後半の後半の中心になるって事かしら?」

「そう、なんですかね?」


 第一分署で相談をしていると、ケンがコホンと咳払いをする。


「話はそう簡単な事じゃなくてね、サポート部隊を引っ張り出すのなら、多くの頭数が必要になるのは確実だ。今回のようなパターンは本当に恵まれているから、確実に成功に導きたい」


 ケンの言葉に、ダディは苦笑を浮かべた。


「つまり運営的には、DEKAはDEKAで、ノービスはノービスで、YAKUZAはYAKUZAで、それぞれ協力して動いて欲しい、って事かな、これは」


 ドヤ顔でキマッた見たいな雰囲気を醸し出しているケンに、冷たい視線を向けながらユーヘイがダディに言う。


「レイド?」(※1)

「たぶんレギオン単位になるんじゃないかな?」(※2)

「……そんなにDEKAギルドってあるか?」

「そこなんだよねぇ……」


 四天王の無敵状態のからくりをどうにかする方法は提示された。しかし、それを行うためのマンパワーが足りなそうなのが最大の不安要素となって第一分署を襲う。


「どうなるか分かりませんが、とりあえず呼び掛けだけでもするのはどうでしょう? カジュアルな楽しみ方をしているプレイヤーだって、やっぱりここまで来たらイベントの一番大きな部分はクリアーしたいと思ってはいるハズですから」


 唸るユーヘイとダディに、トージがそんな提案をする。


「そこまで心配しなくても大丈夫そうよ」


 深刻そうな男衆にノンさんがニヤリと笑ってクエストボードを指差す。


「クエストボードには一個しかクエスト無いから」


 ノンさんの言葉にそれぞれ自分のクエストボードを呼び出す。そこにはグランドイベントクエスト『終局』という一つのクエストしか貼られていなかった。


「どっちにしたって、これからの期間はこれを全員でやりなさいって、神様うんえいからのお告げなんでしょ?」


 面白そうじゃない、そう笑うノンさんにユーヘイは苦笑を向け、他の仲間達を見回す。


「はいはい、分かってますよ」


 仲間達は誰もがワクワクした表情を浮かべており、早くやろうぜと雰囲気が言っていた。その気配に押され、このギルドのギルドマスターであるダディが、仲間達を代表してグランドイベントクエストの開始ボタンを押した。


「どんなクエストになるのやら」


 ユーヘイが苦笑を浮かべて呟くと、脳内にクエストインフォメーションが鳴り響いた。


『グランドイベントクエスト「終局」の開始を確認しました。複数のDEKAプレイヤーギルドの参加を確認。また個人での開始も確認されました。プレイヤーのレベルに合わせた調整が入ります。また、このクエストは大変難しい内容となっております。多くのプレイヤーの協力が不可欠となりますので、連携して挑んで下さい』

「「「「おいおいおいおいおいおいおいおいおいっ!」」」」


 あまりに直接的なインフォメーションに、さすがの第一分署もちょっと待て! という声を出すのであった。




※1 所属人数が二桁以上のギルドが二つか三つ協力し合って目的を達成する為の同盟関係。こちらの世界のVRゲームでの単位である

※2 所属人数が二桁以上のギルドが二桁以上集まり協力し合って目的を達成する為の同盟関係。やはりこちらの世界のVRゲームの単位である

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