第293話 旋風 ③
五分前――
マップを凝視していたユーヘイが、ニヤリと笑って吠える。
「正面!」
ユーヘイの叫び声にヒロシが目を凝らせば、見慣れたレオバルドと見慣れぬ外車が、互いに互いを牽制するような動きでチェイスをしているのが見えた。
「飛ばすぞ!」
「OK!」
バイクのアクセルを全開で回し、エンジンが甲高い悲鳴のような声を出して、さらなるスピードを生み出す。
「どうやって止めるっ!」
「色々やってみるしかないっしょ!」
ヒロシはとりあえずレオパルドを追い越し、外車の真横へバイクを位置取る。突然、二人組のいかついおっさんの登場に、外車を運転していた男が、ギョッとした表情をヒロシとユーヘイへ向けるが、その顔は更にギョッとする事となる。
「止めやがれ!」
ユーヘイが拳銃を引き抜き、それを運転席横の窓へぶっ放す。装填されているのがゴム弾なので、貫通はしないものの、すぐに窓にヒビが入っていく。
運転している男にとってはたまったものでは無く、動揺してハンドル操作が怪しくなって蛇行しはじめた。
「無茶苦茶するなっ!」
「タイヤにぶち込まないだけ有情っ!」
「そういう問題じゃないっ!」
まさかユーヘイがそういう直情的な事をするとは思っておらず、蛇行する外車から離れながらヒロシが怒鳴れば、ユーヘイも負けじと怒鳴り返す。
車が見えた段階では、それなりに冷静であったが、外車の真横に位置取った時にミーコが縛られている姿を見て、さすがのユーヘイもキレた。ヒロシは運転に集中していてミーコの姿を見えていなかったので、まだ冷静さを保っていられるのは幸いだった。
その冷静なヒロシが、まず大前提とすべき事を叫ぶ。
「あれにはミーコが乗ってるだろ! 安全第一だ!」
更に拳銃を撃ちそうな気配のするユーヘイを、ヒロシが太ももに手を当てて、なだめるようポンポンと叩くと、荒々しい気配を垂れ流しにしていた背後で、深呼吸するのを感じヒロシはそっと胸を撫で下ろす。
『ユーさん、ヤバすぎ』
無線でアツミからも突っ込みが入り、ユーヘイはバツが悪そうな表情を浮かべて、拳銃をそっとしまう。
「トージ、止められそうか?」
ヒロシがネックマイクを起動させて聞くと、無線越しに乾いた笑い声が聞こえてくる。
『また難易度の高い事を。無理矢理突っ込んで止められなくはないですけど、ミーコちゃんの安全が担保出来ませんよ』
暗にユーヘイをディスりながらトージが言えば、ヒロシもだよなぁ、と内心でこぼす。
『これだけ頭数が揃ってるんですし、このまま泳がせ続けましょう。ユーさんのお陰で、かなりビビってるだろうから、このまま何も考えずに隠れ家まで案内してくれたりするかも?』
アツミの無線に、ユーヘイはレオパルドの方へ視線を向けると、その視線に気付いたアツミが、緊張感の無い笑顔で手をヒラヒラ振ってきて、なんとも言えない苦笑を浮かべる。
「そこまで上手く行くか?」
さすがにそれはどうだろう、そう思ってヒロシが無線で呟けば、トージがカラカラ笑う。
『いや、一番の可能性は、さっきの先輩のブッパで急ブレーキが理想でした。もうこうなったらとことん相手を追うしか手がないですよ。やっぱ、ミーコちゃんの安全が第一ですから』
「悪かったってっ! 縛られてる姿を見たら我慢出来なかったんだってっ!」
『そんなこったろうとは思ってましたよ。気持ちはすごく分かります。チラチラ見える度に、僕だって何も考えずに体当たりしそうになりましたから』
あまりにディスられるからユーヘイが謝ると、トージが分かります分かりますと同意しながらもからかう口調で揶揄してくる。
「本当にこの愚かな生命体は強くなりやがってからに……」
ユーヘイがぐぬぬぬぬと唸り、聞こえてはいないが気配で色々察しているヒロシは、やれやれと苦笑を浮かべる。
すっかり『第一分署』的空気感になり、リョータを除く全員が、実に『らしい』感じに体がほぐれていく。
『じゃ、適度にちょっかいを出しながら様子見追走で』
「了解」
「はいよ」
とりあえずの方針が決まり、改めて外車を追う。
適度にちょっかいを出し、適度にプレッシャーを与えて追い続けていると、外車が急に進路を変更し、アップデートで追加されたマップへ逃げるように走り出す。
「おっと?」
「こいつは」
もちろん逃がすような下手は打たず、しっかり外車を追う。すると物流センターのような、巨大倉庫の敷地内へと入り、一見すると分からないような細工がされている、地下へ続く入口に外車は吸い込まれていった。
「マジで隠れ家までご招待かよ」
ユーヘイが呆れたように呟き、ヒロシも溜息のような息を吐き出す。
『先行します』
「頼む」
レオパルドがまず地下への入口に突入し、その後ろに張り付くよう、ヒロシのバイクが続く。
「わぁーお」
地下へと続く道はかなり急勾配な感じで、まるでジェットコースターのコースのような角度をしていた。しかも、終点が見える位置がとんでもなく深い。
「なんじゃこりゃ」
スピードが出すぎないよう注意しながら、ヒロシも呆然と周囲を見回す。
何だかとんでもない場所に来てしまった、そんな印象を抱きつつ、終着点に入る。そこは一見すると普通の駐車場に見えた。
いや、普通の駐車場にしては妙に天井が高いし、広さが半端なく広大だった。
どうしてこんなモノを地下に作ったのか、どのような使用用途があるのか、全く想像が出来ないあまりに非常識な光景に圧倒されていたが、外車が向かう先を見て緊張感が生まれる。
そこには場違いなリムジンが停車しており、リムジンの周囲に妙なエフェクトを漂わせる数人の男達が立っていた。
外車は男達の近くに急停車し、助手席から飛び出した男が後部座席からミーコを引き摺り出すと、彼女のこめかみに拳銃を突きつけながら、ユーヘイ達と男達に向かって吠える。
「動くなDEKAどもっ! おい! てめぇらが言う『商品』を連れてきたぞ! とっとと成功報酬を出せ!」
必死の形相で叫ぶ男に、ユーヘイ達は刺激をしないよう、ゆっくりバイクや車から降り、一定の距離を保って睨みつける。エフェクトをまとう男達は、呆れた表情を浮かべて、リムジンの方へ視線を向けた。
「そちらの『配達』は頼んでいないが?」
リムジンから初老の男が降りてきて、病んだリクガメのような、まるで生気を感じさせない瞳を外車の男に向ける。
「『商品』は間違いなく届けただろうがっ!」
運転席から転がり落ちるように出てきた男が、拳銃を引き抜いてがなり立てる。そんな男の様子につまらなそうな表情を浮かべ、初老の男は面倒臭そうな仕草で顎をしゃくった。
指示を受けたエフェクトの男が、リムジンのトランクからジュラルミンケースを取り出し、それを開いて男達に見せる。そこにはビッシリと一万円札が敷き詰められており、それを見た二人組の男はニヤリと笑う。
「こっちへ滑らせろ!」
ミーコに銃口を突きつけている男が指示を出す。ジュラルミンケースを持つ男が初老の男に確認するよう視線を送れば、初老の男はハエや蚊を払うような感じで手を振る。
ジェラルミンケースのフタを閉じ、しっかりロックをしてから、雑な感じにケースを地面へ放り投げ、芦毛にして二人組の方へケースを滑らせた。
明らかに無価値な物を扱うスタイルだが、二人組の男は全くその事を気にせず、ジュラルミンケースを嬉しそうに抱きかかえ、そのフタを開ける。
「ぐふ」
「ふははは」
人生に勝った、そんな会心の表情を浮かべた二人は、隠しきれない興奮で笑い声を漏らしながら、開きっぱなしの後部座席へジュラルミンケースを投げ入れた。
「確かに受け取った! こっちも『商品』には傷はつけてない! 確認してくれ!」
ミーコの体をエフェクトをまとう男達の方へ突き出し、二人組はさっさと外車に乗り込む。
「次も仕事があれば使命を頼むわっ!」
運転席のドアを締める瞬間に男が叫び、そのまま外車を急発進させる。ユーヘイ達は動くに動けず、外車が逃げていく様子を見送る事しか出来なかった。
だが――
「消せ」
初老の男が無感情な声で言うと、出口に向かって走っていた外車が爆発した。
「「「「っ?!」」」」
激しい爆風と閃光、そして襲ってくる熱風に顔を引きつらせながら、一同が初老男性へ視線を向けると、彼は完全に歪みきった表情で声を出さすに笑っていた。
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