第294話 旋風 ④

 車のフレームだけを残し、灼熱の炎を吐き出す外車。モクモクと黒煙が立ち登って、まだ真新しい天井を黒く染め、火災警報器が虚しく鳴り響く。


 その様子を呆然と見ていたユーヘイ達であったが、鋭く響いた悲鳴に全員が拳銃を引き抜き、臨戦態勢でリムジンの方へ視線を向けた。


「すみません、お手間をおかけしまして」

「ふん、その娘がいれば何とかなるのだろ? なら大した手間ではない」

「ありがとうございます」


 初老男性より若いが、ユーヘイの実年齢よりかは上っぽい、笑顔が卑屈な男がミーコの髪の毛を引っ張り上げて、初老男性にペコペコ頭を下げる。


 痛みを感じてるのだろうが、何かに必死で耐えるようなミーコの姿を見て、ユーヘイ達の気配が一変し、物質化しそうな殺意が溢れ出す。


 あまりの頼もしすぎる大人達の、自分達が知っている大人おぶつとは違う大人ヒーロー達の、その気配に包まれてリョータは、感情爆発させて飛びかかりそうだった一歩手前で踏み止まる。


 この人達は違う。この人達は自分達をちゃんと見てくれる。この人達はとは違う、ちゃんとした大人なんだ。リョータはその事をヒシヒシと感じ、深呼吸を繰り返して冷静さを引き寄せ、そっとユーヘイの背後に近寄った。


「……偉そうなのが城ヶ崎じょうがさき 智大ともひろ、俺らが暮らしてる場所で一番偉いって言われてる野郎。ミーコの髪を掴んでるクソが、ミーコの父親、東谷ひがしたに 和治かずはる。城ヶ崎の使いっ走り」


 ビキリ! と額どころか首筋まで血管が浮き出て怒るユーヘイ達に、ちゃんと情報を伝えなければとリョータが言えば、ユーヘイ達はほぼ同時に息を吐き出し、マグマのように燃えていた怒りを飲み込んだ。


「陰険野郎が逃げ出した馬鹿、その馬鹿に従ったのがミーコのクソ親父、な」


 ユーヘイは一瞬笑みを浮かべ、ゆっくり口を閉じる。そして、何やらゴキュリ! と鈍い音がしたと思えば、プッと口から何かを吐き出した。それはアスファルトをカランカランと音を立てて転がり、しばらくすると止まった。


「……」


 ちらりとそれを見たリョータは、思わず息を飲み込む。転がったのは、欠けた歯。それもちょっと血が付着しているモノで、無理矢理噛んで砕いたのは見ただけで分かる。


 何でこの大人ひとは、ここまで自分達の為に怒ってくれるんだろう。リョータはそう思いながら、自分の実の父親よりも年上に見えるユーヘイを見上げた。


 自分の父親もミーコの父親と似たり寄ったりで、城ヶ崎という一地方を牛耳る一族に唯唯諾諾と従う大人だ。子供よりも自分達の生活が大切というタイプで、育ててやったんだから感謝しろ、と正面から言う親だ。


 自分達が暮らす地方では、むしろそれがスタンダードだし、どこの親も同じようなモンだと誰もが諦めている。だから高校を卒業して大学へ進学するタイミングで、ほぼ八割方の子供達はその地方を捨てて上京する。もしくは高校卒業を一区切りとして、逃げ出すのがデフォルトだ。


 だから子供は大人に期待しない。それは学校の教師も同じ、大人達は全て信用出来ない生物である、そう子供達は考えている。唯一違うのは城ヶ崎一族の子供だけだろう。


「……」


 ユーヘイの横顔は野生の狼のように見えた。だけど、後ろから見れば逞しい父親の背中に見える。自分の実の父親より父性を感じる、その大きな背中にリョータは、大丈夫だ、という根拠のない自信が溢れるのを感じる。


「おう、そこのクソガキ共、何を勝ち誇ったツラしてやがる」


 安心感と信頼感を背負う、大きな背中が一歩前へ動き、ふてぶてしい上から目線で茶番を繰り広げている二人に冷水を浴びせた。


「クソガキとは、私の事かね?」


 初老、城ヶ崎が不機嫌さを隠しもせず、汚泥のように腐った瞳でユーヘイを舐めるように見る。


「んだよ、ガキのクセして耳が悪いのか? 俺はって言ったんだが?」


 サングラスのブリッジを指先で持ち上げ、心の底から蔑んだ口調で、ボケ老人を馬鹿にするような煽りの言葉を吐き捨てる。それを聞いた城ヶ崎とミーコの父、和治が額に青筋を立てた。


「やれやれ、これだから社会的底辺にいる奴は嫌だ。教育がなってない。お里が知れる言葉遣いしか出来ない」

「ええ、ええ、全くその通りで」


 ユーヘイの煽りに、二人は嫌味でやり返そうとする。だが、ユーヘイの横に立ったヒロシが、サングラスを外して指先でレンズをこすりながら、失笑を漏らして迫力のある薄笑いを向けた。


「現実社会で犯罪を犯して、ゲームに逃げ込む馬鹿が社会的底辺を語る、とは実に滑稽だな」


 レンズの汚れが取れたのを確認し、ヒロシはゆっくりサングラスをかけ直して、むっと不機嫌そうな表情を浮かべた城ヶ崎を鼻で嗤う。


「ここで何をしようとしてるか知らん、だが、お前達に逃げ場なんてモノはない」

「今なら優しくお縄にしてやるぞ」


 ユーヘイがゆっくり首を左右へ傾け、ポキリポキリと鳴らし、ヒロシが両手を握り込んでメキャリメキャリと鳴らし、般若のような攻撃的な笑顔を浮かべながら言う。


「……合流時間は?」

「もう少しです」

「……はぁ……始末しろ」


 不愉快そうな感情と表情を隠しもせず、城ヶ崎が和治に確認をし、期待した答えとは違う答えを聞き、もう何もかも面倒臭くなって部下に命令を下す。


 部下達は一斉にアサルトライフルを取り出し、それを腰だめに構えて銃口をユーヘイ達へ向ける。


「やれ」


 城ヶ崎の命令に部下たちが一斉にトリガーを引く。


「トージ!」


 ユーヘイが鋭く叫ぶと、トージはリョータの体を横抱きに持ち上げると、アツミと一緒にレオパルドの影へ飛び込む。


 その時、リョータは見た。その場に留まったユーヘイとヒロシの背中を。


 地下駐車場という閉鎖された空間で轟くライフルの銃声は、まるで馬鹿げた雷鳴のように轟き、銃口から吐き出されるマズルフラッシュも相まって、本当に雷が連続して鳴っているように見えた。


 だが、二人はその場から動かない。まるで当たらない事が分かっているように、静かにその場に立ち尽くす。


 ユーヘイはメタ的な読みで、プレイヤーにはアサルトライフルに関するスキルは存在しない事を知っていて、馬鹿げた反動がするライフルをあろう事か腰だめで撃つという愚行をしている馬鹿達を呆れた目で眺め、ヒロシは鷹の目というスキルの効果で、相手の予測バレットラインが見えるから、弾が全部自分達を避けていくのを分かっているから動かなかった。


 しかし、部下たちには違ってみる。とんでもなく不気味に見える。彼らからすれば、全て一直線に向かって撃っていて、それが二人を避けて飛んでいくように見えるのだ、不気味以外の何者でもない。


「何を遊んでいる。私は消せと命令をしたぞ」


 動揺した部下達の気配を感じた城ヶ崎が、苛立ったように言う。その言葉に部下達がアサルトライフルを捨て、懐から拳銃を引き抜きユーヘイとヒロシに向かって走る。


「あのエフェクトは『不死身』って不正ツール。効果は不可視のバリアでの保護。だけど、あつら分かってないアホっぽいから、通常通りの攻略法で何とかなるだろうね、つまりはひたすら眼球目掛けて撃つべし撃つべし撃つべし」

「あーはん、了解」


 ユーヘイが懐からミントシガーの箱を取り出し、そこから一本取り出して口に咥えながら言うと、ヒロシもココアシガーの箱を取り出して一本口に咥えながら、薄く笑って頷く。


「よーく見てな、あれが良い男って見本だから」


 そんな二人のやり取りをレオパルドの影で見ていたトージが、夢中になって二人を見ているリョータの頭に手を置いて言う。


「さぁ、始まるよ」


 まるで散歩でもするような感じに、自然体で向かってくる部下達へ歩き出したユーヘイとヒロシ、その背中を見送りながらトージは静かに笑いながら、自分の拳銃のセーフティを外すのであった。

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