第295話 旋風 ⑤
現実世界でそれなりに荒事をこなし、実銃のグリップが手に馴染む程度には使用経験のある城ヶ崎家保有の、裏仕事を一手に引き受ける後ろ暗いシークレットサービス。それが部下扱いされている彼らの仕事だ。
ゲームとは言え、扱いに慣れた拳銃でしくじるようなマネはしない、そんな自信があった。何しろ、この世界では現実よりも体が動く。素早く相手に近づき、胴体部分へ弾をぶち込めばそれで終わり、そんな楽な仕事を予想していたのだが……。
「くっ?!」
近づくのは出来る。ほぼ接射状態でトリガーも引けている。
だが、全く当たらない。
確実に銃口は相手の体に密着している。銃口が相手に当たって、ゴリッと感触が伝わったタイミングでトリガーを引いている。なのに弾丸がすり抜ける。
気持ち悪いを通り過ぎて不気味、オカルトのような状態に部下達は恐慌状態に陥りつつあった。
しかも相手はどんな体勢であっても、どのような状況であっても、こちらの眼球に向かって正確にゴム弾を叩き込んでくる。
幸いな事にこちらには全ての攻撃を弾くバリアが張られているから、被弾する事はないが、高速で飛翔してくるゴム弾が眼球数ミリ先で弾け飛ぶのは、精神を確実に削り取ってくる。相手の銃口がこちらを狙ってると分かるだけで、無意識に体が硬直する程度には恐怖が刷り込まれていく。
ユーヘイが狙った通り、それで部下達の動きが徐々に萎縮していくのだが、彼らはその事に一切気づかない。
「ま、そんなモンだろうよ」
腹部に再び銃口を当てられたユーヘイは、体の緩急をつけて、まるですり抜けるよう銃弾を避けながら、徐々に表情が歪んでいく部下を見下すように呟く。
相手がどんな存在か、そんな事には一切興味はない。予想としてはそれなりに荒事をやり慣れている手合だとは思うが、それは現実世界での話。現実世界の常識が、ゲーム世界の常識と同じだとは限らない。
例えば、ユーヘイが行っている弾丸のすり抜け技術。こんなモノ、現実世界で同じ事をしろと言われても無理だが、ゲームの世界でならば可能になる。何しろ、ゲームにはステータスという仕様が存在し、現実世界では不可能な肉体的行動を行える数値が用意されているのだから。
例えば、全く同じ場所に狙って弾丸を撃ち込む技術。これはユーヘイのプレイスキルに依存している部分は大きいが、それでもゲームの仕様で用意されているガンマスタリーというスキルの効果も大きい。しかも相手は確実にそれをゲット出来ない。何しろ相手は観光パスでログインしているだけだから、プレイヤーが持つスキルをゲットする方法がないのだから。
そして一番大きいのは、彼らが使っている不正ツールの存在だ。
確かに『不死身』はプレイヤーをありとあらゆる攻撃から保護し、プレイヤーが持つ体力、HPをありとあらゆる事象から守護してくれるツールではある。だが、その透明なバリアには大きな弱点が存在しているのだ。
ユーヘイがヒロシに向かって、眼球を狙って弾を撃て、と言ったのはその弱点を突く為である。
『不死身』が登場したのはスペースインフィニティオーケストラ時代。SIOはどちらかと言えば、個人のプレイスキルに依存するような、玄人好みのアクションを要求される高難易度なゲームであった為、『不死身』のような不正ツールが横行した。
当時、『不死身』を使用した不正プレイヤーが、真っ当に遊んでいるプレイヤーを蹂躙し、ゲームバランスが崩壊しそうになったりしたのだが、そんな時に生まれた技術が『
その当時からサービス終了までSIOに君臨し続けた最強の実弾系銃器使い、銃の神、
中でも『次元◯介製造法』と呼ばれていたのが、眼球に向かって尖った飛翔体をひたすら叩き込む、という先端恐怖症量産方法だ。
つまり今、ユーヘイとヒロシが行っている事である。
「何だよ、この距離で当てられないのか?」
マガジンを引き抜き、それをインベントリに放り投げ、新しいマガジンを取り出しつつ、いつまでもこちらに弾丸を命中されられない部下の男に嫌味を言う。
ユーヘイ一人相手に、複数人で囲って鉛玉を接射で撃ち込んでいるのに、有効打は一つとしてない部下達は、その言葉に悔しがるよりも恐怖の方が勝り、どこか引きつったような表情で見下ろす男を見上げる。
それはヒロシを相手している連中も同じで、何ならボクシングのスキルを持っている分、体重移動はユーヘイより巧みで、よりすり抜ける感覚が強く、恐怖感が更に強調されているのように見える。
完全に二人のDEKAの手玉に取られた部下達に、不甲斐ないと城ヶ崎が語気を荒げる。
「何をやっているかっ!」
城ヶ崎の勘気の声が部下達を責めるが、化け物を相手にしている彼らからすれば、『ならお前がやれ』と言いたくなる状況だ。
「おう、クソガキも参加するか? ボコボコにしてやんぞ?」
エフェクトの紫煙を吐き出し、もうどっちが悪党か分からない壮絶な笑顔でユーヘイが言えば、城ヶ崎は口の端をひくひくと痙攣させながら、苛立たしいとばかりに足踏みをする。
「その男を黙らせろっ!」
全く自分の思い通りに動かない状況に、城ヶ崎は喚くしか抵抗する術を持たず、ただただ部下達の忠誠心をガリガリ削る行動しか出来ない。
「落ち着きましょう、時間が来ればこちらの勝ちですから」
そんな城ヶ崎に和治がなだめるように声をかける。
「う、うむ、そうだったな、うむ」
まさか格下の部下以下だと思っていた和治になだめられるとは思っていなかった城ヶ崎は、いささかバツが悪そうな表情を浮かべ、取り繕うように言い訳を呟きつつ咳払いで誤魔化す。
「時間が経過すれば、有利になるのはこっちなんだけどな」
そんな和治に、華麗なスウェーバックやサイドステップ、アウトボクサーの手本のような動きで銃弾を回避し続けるヒロシが、嘲笑混じりに否定する。
「そもそも、お前ら、VR空間に逃げ込んでる時点で詰んでるんだよ。いい加減気づけよ」
完全に腰が引けて、顔色も青を通り越して白くなりつつある部下の男達を、つまらなそうに眺めるユーヘイが付け加える。
「こんな逃げ場すらない場所に逃げ込んで、お前らどうするつもりだったんだ? アホだろう、アホと言うかバカだろ」
ユーヘイは鼻からエフェクトの煙を吐き捨て、勇敢にも挑んでくる部下の男の眼球にゴム弾を叩き込みながら、城ヶ崎に視線を向ける。
「ふん、貴様如きでは分からない技術がある、とだけは教えてやる」
「……」
自信満々に言い放つ城ヶ崎に、ユーヘイは『はい、バカ確定』と内心で呟く。
VRという技術が登場した頃から、人間とは欲深いモノで、その技術を犯罪に使えないかを徹底的に試した。
例えば意識の転送。
VRにダイブしている状態で、肉体から別の、例えばスーパーコンピューターのような演算処理能力を持つスパコンに意識を保存する、という試み。
これは犯罪を犯した政治家が行った方法で、先に成否を言えば不可能であったのだが、今でもこの方法を研究している科学者は多いとか。
ちなみに、VRを司るシステム『オモイカネ』が正式に不可能である、と確定情報を発表しているのだが、科学者というのはAI如きの発表は信用しないらしい。
多分、確実に城ヶ崎の言うところの技術とは、そういうモノ好き科学者が研究をしている、似非技術とやらを盲信している事なのだろう。じゃなければ、VR空間に逃げ込むなんてバカな事はしない。
「まぁ、もう少し付き合ってやるか」
ユーヘイはチラリとトージに視線を送ってから、和治に髪の毛を掴まれているミーコに目を向ける。
「ほら、お前らが大好きなドラマチックな展開が待ってるぞ。好きに料理してみせろや」
腹部に当てられた銃口の感触に気づき、リスペクトスキルの『ダンス』を使って、ムーンウォークで回避しつつ、ユーヘイは小声で誰かに呟くのであった。
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