第292話 旋風 ②
ユーヘイ達がトージ達との合流を目指していた頃、リバーサイドでは別の戦いが行われていた。
「クソが……次から次にわらわらと、ったく……」
『不動探偵事務所』のサブギルドマスターであったチョースケが、リボルバーのシリンダーから空薬莢を捨てつつ、その強面の顔を盛大にしかめる。
金大平 水田によってもぎ取られた、星流会の一部有力組織への制裁許可証。これを盾に武装したイリーガル探偵を中心とした討伐部隊が組まれ、リバーサイドで龍王会に入れないチンピラをまとめ上げていたYAKUZA(星流会の構成員)達を刈り取る作戦が進められていた。
YAKUZAとチンピラ、ヤンキーなどに大金をばら撒いていた中心人物が、リアルから逃げ込んできた奴らである事は分かっていたし、彼らが『第一分署』に保護されていた少女を狙っていた事も調べ上げられ、ここでYAKUZAとチンピラを抑えさえすれば、後は『第一分署』の面々が良い感じに終わらせてくれるだろう、などと安易に考えていたのだが……。
「チョーさん! ダメだ! 相手の人数が多すぎる!」
『不動探偵事務所』時代にバディを組んでいたDEKAプレイヤー
「見りゃ分かるさ、でもここで踏ん張らないと」
あくまでも余裕たっぷりに、焦りなんか一切ありません、という体裁を保ちながら、シリンダーに弾を一発一発入れていく。
もしもここに、ギルドマスターがいたのならば、もしも近くに不動 ヨサクというカリスマが存在してくれていたのならば、そんな事を夢想してしまう自分に、チョースケはしょうもないと自嘲を浮かべる。
もう『不動探偵事務所』は存在しない。イリーガル探偵を引っ張ってくれた不動 ヨサクは側にいない。
イリーガル探偵がDEKAプレイヤーの添え物と揶揄され、DEKAプレイヤーがいなければその真価を発揮出来ない事を責められ、その仕様に誰よりも深くショックを受けていたギルドマスターは、それまでの全てが嫌になり、あっさりと巨大ギルド『不動探偵事務所』を解体した。解散ではない、もう全部が全部面倒になって解体したのだ。
誰もが不動のダークヒーロー像に憧れを抱き、不動が目指したビターなアウトロー的探偵像に夢を見て、だけど用意されていたのは夢を追うには厳しい
ギルドを簡単に解体するレベルの罵詈雑言を、黄物世界で圧倒的人数を誇るギルドを呆気なく消し去るレベルの悪意を、不動 ヨサクという一プレイヤーに向けたのだ。
チョースケはそこまで悪い仕様だと思っていなかったし、超巨大ユニオンを組んでいるDEKAプレイヤー達と協力してクエストをやれる事は強みだと逆に思っていたから、冷静になれば誰もがデメリットよりもメリットの方が大きいと気づくだろう、そう気楽に構えて、まぁまぁと軽い感じに仲裁するにとどめていた。それが気がつけばギルドは消滅、ギルドマスターはそれまでのフレンド達の登録一切を抹消して、姿を消してしまっていた。
今でも思う、何が悪かったんだろう、と。
運営が悪いのだろうか? いや、運営は悪くないだろう。運営の狙いとしては、龍王会と星流会との
なら不動を責めたプレイヤーが悪いのだろうか? 悪いと言えば悪いかもしれない。だが、それも半々くらいじゃないかと、チョースケは思う。
時間は有限なのだ。不動の夢物語を信じ、膨大な時間を使ってノービスからイリーガル探偵へジョブチェンジを果たしたプレイヤーからすれば、それまで使った時間は戻ってこない。たかだかゲームじゃないか、言ってしまえばそりゃそうだろうが、ここまでの時間を使ってしまうと『たかがゲーム』と言えないレベルになってしまう。だからこそ、理性じゃなくて感情が爆発してしまったのだろう、だってイリーガル探偵を目指したプレイヤーからすれば、まさしく『ゲームじゃない』状態にまでハマった状態だった訳だし。
「なんだかんだ、誰一人、引退しなかったもんなぁ」
シリンダーを戻し、撃鉄を引きながらチョースケは苦笑を浮かべる。
「本当、何が悪かったんだろうなぁ」
結果として『不動探偵事務所』は消滅し、カリスマだった不動 ヨサクも姿を消した。ちょいちょい目撃情報はあるから、引退はしてない事は分かっているが、あれ程熱心に行っていたライブ配信からはすっぱり身を引いてしまっている。
再生数で大田 ユーヘイを超えて、絶対Vランナーとしてランキング一位をもぎっとってっやる、そう言っていた彼からは信じられない事だが。
「チョーさん! 廃墟側が押されてる! ヤバい!」
松本の叫び声に、それまでの考え事を追いやって、チョースケはやれやれと溜息を吐き出す。
「俺は不動ちゃんとデキが違うんだけどな」
元ネタ通りなら自分はDEKAだったろう、けど不動 ヨサクというプレイヤーに出会い、彼と遊びたいと思ってイリーガル探偵への道へ進んだ。その事には後悔は無いが、不動と別れ別れになってしまった事だけは後悔がつきまとう。
「この騒動にも巻き込まれてるんだろうな、出来れば楽しく遊んでくれていると良いんだが」
チョースケは松本に急かされ、この絶望的な状況に負けないよう気合を入れながら、仲間たちの元へ走った。
――――――――――――――――――――
「ふぅ、コーヒーにはミルクと砂糖を入れない主義、って言いたいところだけど……疲れた体に砂糖が染みるなぁ」
ホットの缶コーヒーを両手で挟むように持ち、まるで日本酒をお猪口ですするような感じに、どこまでも甘ったるい乳白色のコーヒーをすすって、不動 ヨサクはずらしたサングラスから見える目を細める。
独自の情報網を使い、今回の騒動を引き起こした連中の居場所を捕捉した不動は、彼らに見つからない場所に潜み、ジッと観察を続けていた。
本音を言えば、とっとと突っ込んで運営から付与されているプログラムを叩き込みたいところなのだが……。
「あれって、一昔前に流行った『不死身』ツールだよな」
見えている先、そこには六人の男性が存在しており、その六人は全員が揺らめくエフェクトを身にまとっている状態である。それは不正ツール『不死身』を使用している状態で、ありとあらゆる攻撃を弾く効果をプレイヤーにもたらす。
「普通の状態だと、システムが弾くはずだけど……まぁ、リアルで犯罪するような馬鹿が、まともな訳ねぇし、ガリガリの犯罪行為をしてツールを持ち込んでるんだろう」
その状態で運営謹製の撃退プログラムを叩き込み通用するか、不動にはいまいちそこに自信が持てなかった。
なら運営に通報して、この場所に直接介入をしてもらえば良いじゃないか、不動も最初そう思ったのだが……。
「まさか、システムから隔離されて、こっちから運営に通報出来ないとか」
そうなのだ。不動が身を潜み、観察するモードに入った要因がまさにそこだった。
この空間に入っただけでは相手に気づかれないのは実証済みである。だが、もしも不用意にここから動いて感知されたら? そう思うと余計な行動が取れなくなってしまったのだ。
「やっぱこのゲームに向いてないのかなぁ……こんな事なら、首突っ込まないでログアウトしときゃ良かった」
惰性で続けてきただけのゲーム。イリーガル探偵の仕様関係で炎上し、収入源だった配信チャンネルも炎上して配信が出来なくなり収入が立たれた状態。こうなると本気で就職を視野に入れなければ実生活が破綻する。分かっている、分かっているのだが、それでも黄物というゲームを続けて来たのは、それは――
「未練、なんだろうなぁ」
だって悔しいから。だってムカつくから。だって不公平だから……だって何より楽しいかったから。不動はつらつらと自分の中にある感情を確かめ、薄っすらと笑う。
だからこそ終わらせないとダメだ。せめて後悔の無いように。
「どこまでも引きずっていく訳にも行かないよな」
これが最後。そう決意を固めて腰を持ち上げる。
「最後に一花咲かせるってのも有りっちゃ有りかな」
ここで騒ぎを起こせば、周囲には多くのプレイヤーがいる。必ず誰かがこの場所を特定する。なら、せめて最初に運営のプログラムを叩き込んでやろうじゃないの、不動は不敵に笑う。
「ふぅ……良し」
懐から拳銃を取り出して、不動は足に力を入れた。
「はぁーい、不動ちゃぁーん、ちょっとストップ」
「ごめんねぇー盛り上がってるところに」
「っ?!」
突然、後ろから口を塞がれ、両肩をがっしり掴まれ、動きを拘束された。
声にならない声を出しながら、不動が後ろを振り返れば、そこには『第一分署』のダディとノンさん夫婦が。
「もうちょっと待とうか」
「そうそう、これから面白くなるわよ」
完全にこちらの空気をぶった切られ、不動はなんとも言えない目を二人に向ける。だが、二人は悪びれる風も無く、楽しげに顎先で地上に繋がる通路を差した。
つられて不動が視線を向けると、猛スピードで突っ込んでくる外車と、けたたましいサイレンを響かせるレオパルド、アメリカンハンドルのバイクに二人乗りをするヒロシとユーヘイが雪崩込んできた。
「いっつ、しょーたいむ」
ノンさんが楽しげに呟き、ダディはやれやれと溜息を吐き出しながら、不動の口から手をどけて、懐に手を突っ込み拳銃を取り出す。
「一緒に楽しみましょう?」
にっこりと笑うノンさんの顔を見て、不動はすっかり決意が霧散してしまい、がっくりと項垂れて溜息を吐き出すのであった。
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