第2話 キャラメイク

 プツンと切れた意識が、ふわりと浮かび上がる感覚がするのと同時に、目の前に神々しい銅鐸どうたくが出現する。


「毎日見てたけど……いやぁ、お久しぶりですオモイカネ様。今日も神々しいでござる」


 VRシステムのコア部分とされているオモイカネ。VRシステムを起動すると、必ずこの待機空間へ飛ばされ、この神々しい銅鐸どうたくを毎回見るはめになる。


 これに一体何の意味があるんだろうか、とSIOをプレイしていた当時は疑問だったが、こうやって久方ぶりに再会すると、何だろうかちょっと感慨深い気持ちになるのだから不思議だ。


『イエローウッドリバー・エイトヒル――』

「はいはいはい! 起動起動起動!」


 ゲームの起動時に必ずゲームタイトルを告げてから開始しますか? と問われる部分を遮るように叫ぶと、気が抜ける『ぷあ~ん』という音を立てて見ている光景が変わった。


「ふぅ! これも後で設定し直さないとな。毎回あの長ったらしいタイトルを呼称されるのも面倒臭いし」


 かいてもない汗を拭う仕草をしながら、よし! と気合いを入れる。


「ようこそ! ここはイエローウッド区画にある市役所です。こんにちわ! まずはあなたの事を教えてください」


 古くさい制服を着用した三つ編みの女性が唐突に現れたかと思えば、彼女を中心に周囲の構造が変化し、彼女が言うような市役所っぽい感じになっていく。


「ああ、確かに昔の市役所ってこんなんだったわぁ」


 三つ編みの女性から書類のような物を受け取りながら、周囲を見回して大介は呟く。


 現在の内閣総理大臣、アジアの大魔王やら小アジアの覇王、東方の恐怖の大王、などと呼ばれている大戸山内おおとやまうち たけるの号令で、行政はクリーンなイメージが第一であるべきだし、古びたシステムで永遠待たされるお役所仕事は排除すべし、という政策が実施されて以降、現在の役所はかなりスピーディーな対応をしてくれるし、このように薄暗くて妙に不潔に見えるような感じは排除されて久しい。


「こういうのもノスタルジィでレトロって事なんざんしょ……ええっと」


 たまにならこういう感じもアリっちゃアリか、そんな事を呟きながら書類に目を落とすと、目の前にキャラクターシートが広がる。


「キャラメイクの始まり始まりっと……ああ、観光目的の一時ログインなんかはここで申請するんだ」


 キャラクターシートの一番上に、あなたはプレイヤーですか? それとも観光目的のお客様ですか? という質問があり、それを見てこういう仕組みになってるんだなぁ、と納得しながら大介はプレイヤーである事を選択する。


「VRバックアップに製作済みのアバターの存在を確認しました。そちらのアバターを使用されますか?」

「いやいやいやいやいや! 却下じゃぁっ!」


 次はアバターを、と選択すると目の前の女性が大きなお世話をしそうになって思わず声を荒げる大介。無理もない、バックアップされているアバターとはSIO時代の物であり、思いっきりSF世界のアバターである。八十年代九十年代を舞台にした世界にそれでは、思いっきり宇宙人になってしまう。


「失礼しました。新規で製作されますか?」

「はぁ……いえす」


 あービックリしたー、と大介はドキドキしてない胸をつい反射的に押さえながら頷くと、目の前に自分のパーソナルデータを使用したアバターが出現する。何も弄くって無いので、ゲームのイメージに引っ張られたもう一人の自分といった感じのイケメンがそこにいた。


「やっぱゲームって絶対デフォルトで美形化してくるよなぁ……」


 どんなゲームでもあるあるなのだが、どんな不細工な人物のパーソナルデータを使用しても、必ずプレイヤーは美しく整形される。まぁ、ゲームカラーと言うか、ゲームの世界観にマッチした調整なのだろうが、やられた側からすると、とんでもなく微妙な気分にさせられる事請け合いである。


「土台は俺だけど、イケメンっちゅうよりは男臭い男前って感じだよな、今回は」


 なんてったってヤベェDEKAですしおすし、と呟きながらルンルンでアバターのパラメータを操作する。


「俺の三白眼の黒目部分を大きくして、つり目をちょっと下げて……頭は真っ黒、黒髪のちょい短髪よりかは長めにして……サイドバックのソフトリーゼント……ちょいと頬をけさせて……」


 大介は痩せてはいるが、顔の造形は少しふっくらした印象がある。その部分をちょっとシャープに、色々と調整をして、これでどうやん! とパラメータを操作したアバターを見る。


「おおおおおおおおっ! っぽい! 凄いっぽいぞ! あくまでもゲームを楽しむ前提だけど、これならヤベェDEKA好きって伝わるやんね!」


 そこに立っているのはヤベェDEKAのスタイリッシュな二人組の片方、大芝下おおしばした キョージに見えなくもない、大介がちょっとコスプレしたようにも見えるアバターが出来上がっていた。


「やっべ! 上がってきたぁー!」


 アバターこれで決定! 保険でしっかりVRバックアップに保管! と指差し確認してから、今度は職業の選択へと移る。


「これはもうDEKA一択ですわ! ぽいっちょっと!」


 DEKA、ノービス、YAKUZAの三つからDEKAを選択して決定をタッチすると、今度は持っているステータスポイントを割り振る画面に移行した。


「ふむふむ、へぇ、面白いステータスだなこれ」


 ステータス画面にはピクトグラムにちょっと肉付けしたような棒人間のアイコンが表示されていて、それぞれに頭、胴体、腕、下半身にステータスポイントを割り振れる形になっていた。


「数値じゃないんだね……ええっと下からCで一番上がA。三ポイントで一段上昇する感じなんやね……でもこれどこがスキルに影響するか分からんね。ええっと、先にスキルは見れるかな……お、見れるじゃん! どれどれ?」


 一旦ステータス割り振りを止めて、スキル一覧を見る事にする。だが、そのあまりに膨大なスキルの数に大介はおーぅと呟いて天を仰ぐ。


「スキル多すぎちゃんか? ええっとSIO時代は呼べれたけど……カムン! ゲームマスター!」


 妙なポーズを決めて大介が叫ぶと、ピロンと小さい音が響き、市役所の女性の横に、八十年代後半、ギリ九十年に入ってるくらいの、いわゆるフレンチファッションっぽい感じの服を来た女性アバターが出現する。


「はいはーい、いかがなさいました?」


 ニコニコと人が好さそうな笑顔で聞いてくる女性に、大介は少し乾いた笑みを向ける。


「呼べたし……ええっと、運営さん? それともAIさん?」


 もしも中に人が居たら謝ろう、そう思いながら聞けば、女性はニコニコと笑って教えてくれた。


「あ、失礼しました。わたくしはこのゲームを制御しているAI群の一つです。気楽にGMちゃんとでも呼んで下さい」


 女性GMちゃんの言葉に大介は、グッと小さくガッツポーズを作る。


「ごめんねー、ちょっと教えて欲しくて。大丈夫?」

「あ、はい大丈夫ですよ。プレイヤーの皆さんが楽しんで遊べるようにサポートするのがAIの仕事でもありますから」


 GMちゃんの言葉に大介は良し良しと頷く。


 実はあまり知られていないが、ゲームを制御しているAIは結構親切なのだ。SIOプレイヤー達は結構な頻度で呼び出したりして相談していたりするのだが、一般的なゲームをプレイしていたゲーマーは知らない裏技のような方法だったりする。


「DEKAでプレイするんだけど、必須なスキルとかある?」

「DEKAでのプレイですね。そうですね、候補としては『DEKAの勘』と保険スキルとなる『軽口・冗談・ダンディズム・おちゃらけ』は必須ではないでしょうか」

「ほうほう」


 GMちゃんの言葉に、早速言われたスキルの効果を確認する。


「DEKAの勘……DEKAクエスト中の目端が上昇、直感が冴える時がある……ほぉ、んで軽口とかは……致命の一撃を受けた際、該当する行動を行う事で致命の一撃をキャンセル出来る、って強っ!」


 それぞれの説明文を確認し、その効果を見て大介は早速その二つ、DEKAの勘と軽口を取得する。


「GMちゃん、後一つ選ぶとしたら?」

「そうですね。色々と補正が入る『銃器マスタリー』の『ハンドガン』等がお勧めです。クエストによっては無傷での確保、などと言う条件が入る事もあるので『逮捕術』の『格闘』や、逃げる犯人を追いかける時などにスタミナの消費を抑える『ランナー』などもありますね」

「ほうほう」


 銃器マスタリーのハンドガンは、銃器カテゴリーのハンドガンを使う際、命中率に補正が入ったり基本ダメージの上昇補正が入ったり、銃器を扱う事全般のアシストが充実するような内容だった。


 逮捕術の格闘は、殴りや蹴り技、投げ技などに補正が入って、更には手加減なども出来るようになる内容で、ランナーはそのまま走る速度が上昇して体力消費が抑えられるといった感じだ。


「ここはやっぱり銃器でしょ!」


 ヤベェDEKAと言えば銃撃戦! ありえねー位パンパン撃ちまくるのが八十九十年代ファンタジー刑事ドラマのお約束! と叫びながら銃器マスタリーを選択した。


「ありがとう! んでついでなんだけど、俺が選んだスキルに影響するステータスはどこ?」

「はい。DEKAの勘は頭、軽口も頭、銃器マスタリーは腕ですね。ただDEKAは色々な状況での活動が予想されますので、一点特化はあまりお勧めしません」

「あらまぁ、そうなの?」

「はい、平均的に振って、余りを頭と腕に振った方が無難かと」

「へぇーそうなんだ。まぁ、レベルアップでもステ振りは出来るみたいだし、最初だしね」


 GMちゃんの助言通りにステータスを振り、そのままの勢いでプレイヤーネームも決定する。


大田おおた ユーヘイ、これで良し」


 大芝下おおしばした キョージはさすがにまんま過ぎるので、中の人である太田おおた 祐二ゆうじの名前から色々拝借して決定した。


「ヨシ! これでお願い」


 キャラクターシートを完成させて、それを市役所の女性に手渡すと、女性は丁寧に両手で受けとると微笑んだ。


「はい、ありがとうございます。住民票、受理しました」

「住民票だったんかい」


 今やデジタルで色々出来てしまう時代だが、その昔はそんなやり取りもあったよね、そんな懐かしい気分に浸りながら、大介はキラキラと輝く粒子に包まれた。


「おお、やっぱり出来が良いなぁ」


 粒子が消え去ると、そこには大介が作り上げたアバター、大田 ユーヘイの姿があった。


「違和感は無し。ここはさすがにメビウスクラウンズと技術提供してるだけはあるわ」


 ほぼSIO時代と同じ感覚で動く体の感触に感動しつつ、大介は、いやユーヘイはGMちゃんに笑いかけた。


「ありがとう助かったよ! これで楽しくゲームで遊べる」

「いえいえ、プレイヤーの皆様の貴重な時間を頂くのですから、これぐらいは」

「また困った事があったら呼ぶね?」

「はい! それはいつでも。気軽にGMちゃんと呼んで頂ければ参上しますので、ユーヘイ様」

「ありがとう」


 ではでは、と頭を下げてGMちゃんは消えた。やっぱりAIは頼れる隣人だよなぁ、とユーヘイは頷きながら、明らかに待っている体勢の市役所女性へ向き直る。


「それでは大田 ユーヘイ様、DEKAのチュートリアルを開始しますか?」


 市役所女性の言葉に、ユーヘイはもちろんと頷き返した。

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