第3話 チュートリアル

 ピロリンと妙に気が抜ける音を立てながら、古びた市役所から廃工場のような場所へ瞬間移動させられた。


「こちらがチュートリアル会場ですね。この廃工場には敵対するAI制御のYAKUZAが十五人潜伏しております――」


 市役所女性が何やら説明しているが、それよりも何よりもユーヘイは感動に体を震わせ、うおおおおおおおと唸っていた。


「何故か銃撃戦になると車でチェイスして、気がつけば必ず誘導される、明らかに一般人が居なさそうな廃墟っぽい工場!」


 実に微妙に外れた部分で大仰に感動していた。


「えっと? ユーヘイ様?」

「あ、すまん! 聞いてなかった!」


 妙に人間臭い、じっとりした呆れた視線を向けられ、ユーヘイは悪い悪いと頭を掻きながら、もう一回お願いと少しはにかみながら笑う。


「仕方がありませんね」


 市役所女性は改めて説明を繰り返し、チュートリアルの内容を教えてくれた。


「なるほどね、つまりはこの工場の中にいるYAKUZA(AI君)達を制圧しろと?」

「はい。ですがユーヘイ様はDEKAです。なので致命傷は避けないとなりません」

「……ワッツ?」

「あーゆーぽりすめん、おーけー?」

「……ふへ、ふへへへへ、あいむぽりすめん、おーらい」


 なんつー鬼畜な設定を……とユーヘイは頭を抱えた。


 チラリとインベントリを確認すれば、支給されたハンドガン、それもシリンダータイプのリボルバーが一丁。弾丸数はバッテン印の横に六とある。それ以外の持ち物は手錠とケーサツ手帳だけというシンプル過ぎる内容だ。


「弾丸の支給は?」


 インベトリとか言いつつ、身に付けてる物を出す感じなんね? と脇の下に装着されたホルスターからリボルバーを抜いて弾丸を確認しながら市役所女性に聞く。


「ありませんよ?」


 空気が凍った。


「ワッツ?」


 何かの間違いであってくれと願いながら、いやいやご冗談をと、とびっきりの笑顔で問い返すと市役所女性はとびっきりの笑顔で首を横に振った。


「ありません。そこに装填されている六発だけです」

「ちょちょちょちょっ! だって中には十五人のYAKUZA(AI君)が潜伏してるってぇっ!」

「そこは勇気と気合いと根性を武器に」

「ザッケンナゴラー!」


 うがーと吠えると、市役所女性はごもっともな、だけどゲームの世界にそれは持ち込まんといてーと思わせる設定を語った。


「弾丸一発いくらすると思っているんですか、国民の血税ですよ? そんな武器庫みたいに弾丸を持って歩くDEKAがいますか?」

「おーもー……」


 キリリとしたドヤ顔で言われ、それはそうだけどぉとユーヘイは両手を地面について項垂れた。


「あ、そうでした。ユーヘイ様は配信サービスLiveCue(ライブキュー)のアカウントをお持ちで、かつ既に多くの視聴者登録をされていますね? 黄物きぶつでは配信実況を推奨しておりまして、ユーヘイ様は配信をされますか? されるようでしたらチュートリアルから配信が可能となっておりますが?」

「いやそれはSIO時代のクラン共用のアカウント――って、キブツ? つーか配信でチュートリアルから大丈夫って珍しいな」


 黄物きぶつはゲームタイトルが長いと、サービス開始時からログインしているプレイヤー達が付けたゲームの愛称。黄色い木の物語っしょ? なら(木)ぶつだよね? という縮め方らしい。あまり可愛らしくないが。


 そしてLiveCueだが、純国産の動画配信サイトの事である。サービス開始当時はスマイリースマイリー動画、スマスマと呼ばれていた動画サイトに負けていたのだが、VRMMOと唯一連携出来る動画サイトという地位を確立してからは、完全に国内の動画配信会社としては一強状態が続いている。ちなみに愛称はラブキューと呼ばれている。


「では配信はされないのですか?」

「うーん」


 がっくり状態から立ち上がり、ユーヘイは腕を組んで考える。クラン共用のアカウントで配信している動画群の視聴回数は莫大で、そのお陰で今の会社で冷遇されていても、分配される動画収入のお陰で独身貴族万歳な生活が出来ているのだが、最近はその再生数も落ち込んできていた。自分が仲間達とバカ騒ぎしている動画と同じクオリティーの配信が出来るとは思えないが、ちょっと危機感を持っていたのも事実。


 これも良い機会かもしれないな、ユーヘイはそう思って決断を下す。


「完全に新しいアカウントを作成してもらえるかな? アカウント名は――そうだな、関係ないねちゃんねる、で」

「かしこまりました。LiveCueに新しいアカウントを作成いたします。ユーヘイ様ご自身の社会IDを使用しますが?」

「うん、それでお願い」

「直ちに製作いたします」


 市役所女性が瞑想するように瞳を閉じるのを見て、ユーヘイは便利になったなぁと呟きながら、体を動かす。


 アジアの大魔王こと日本国内閣総理大臣が進めた政策で、国民一人一人に社会IDをひも付けして管理し、ありとあらゆるサービスを受けやすくするという試みのお陰で、わざわざ面倒臭い個人情報を入力する手間暇が消えたのは楽で助かる部分だ。思い立ったら即設定が出来るので、突発的な状況でも対応しやすい社会になったモノである。


 ただ、悪い事をすれば一発で国家権力や司法のお世話になるので、そこの部分は本当に気を付けなければならない。まぁ、普通に生活していれば、全く問題のない仕組みなので、一般市民からの評価は上々だ。


 そんな事を思いながら体を動かしていると、ユーヘイは眉間に皺を寄せて体を見下ろす。


「何か妙に体が動くな……何じゃこりゃ?」


 自分の体なのに、自分の反射速度の限界以上に動く体を気持ち悪く感じ、ステータス画面を呼び出して各種設定の項目に目を走らせる。


「……ああ、これか。ステータスアシスト。体の制御にステータス分の動作サポートの追加と……君はいらん子やね」


 はい、設定オフ! と自分の感覚を上塗りする設定を切り、ついでに他の設定にも目を通す。


「お! 拳銃マスタリーにDEKAの一撃って手加減攻撃の項目があるじゃん! これはオン! 射撃姿勢のアシスト? ん?」


 項目に気になる物を見つけては、実際に動きをしてみて確認し、マスタリーの威力補正やダメージ増加などのパッシブな効果を除いて、ほぼ全てのアシスト機能を切る。


「よしよし、動けるようになったな」


 リボルバーのトリガー部分を守るトリガーガードに人差し指を突っ込んだままグリップから手を離し、狙いをつけるフロントサイトとリアサイトの間、リブと呼ばれる部分に親指を当てながら、ユーヘイはうむうむと頷く。


「ユーヘイ様、お待たせいたしました。新しいLiveCueのアカウントが出来ました。配信を開始しますか?」

「あいよー。ま、誰も見やしないだろうけど」

「配信開始します。以降はご自分で設定などをして行って下さい」

「うぃーうぃー」


 リボルバーを脇の下のホルスターへ戻し、LiveCue関係の設定を確認。少しだけプライバシー関係、悪意あるコメントの自動削除、黄物を管理しているAIにゲーム内部著作権関係の権限等々のチェックをさせる設定などを変更する。


「手慣れてますね?」

「ああ、VRストーキングの被害にあった女性プレヤーと知り合いでね。その対策で設定を調べた事があって」

「うわぁ……それはまた……」


 ドン引きといった表情で絶句する市役所女性に、ユーヘイは苦笑を向ける。


 VRストーキングとはSIOで横行したVR初の犯罪行為である。違法なデータをインストールする事で可能となってしまった性行為を強要する事件があったり、その違法データのインストールを前提としたVR売春、VR風俗営業等々リアルマネーが動きまくった犯罪行為があったのだ。これのお陰でVR法が誕生し、新VR法、改正VR新法とVR界隈で発生する犯罪行為に迅速に対応する法律が整備された背景がある。


 今ではハラスメント機能や、社会IDとの連携、VRシステムを管理するオモイカネ、オモイカネを頂点とする様々なAI群の監視もあって犯罪行為は減少傾向にあるが、それでも日々新しい犯罪は生まれ続けているのだ。


「これで良しと。んじゃまぁ、始めましょうか?」


 動画関係の設定画面を閉じ、ユーヘイはニヤリと笑って首をコキコキ鳴らした。




ーーーーーーーーーーーーーーーー

 黄物内ゲーム掲示板


1.DEKAは不遇

※この掲示板はDEKAの不遇さをどうしたら解消できるか相談する為のスレッドです。

※DEKAに対する不平不満をぶちまけるスレッドではありませんので、不平不満は運営へ報告し改善してもらいましょう。


215.第一分署のDEKA

クエストの仕様だと思うの


216.通りすがりの一般人

あーね、DEKAの仕様は本当にやべぇよ


217.通りすがりの一般人

つーかさ、運営は凄いDEKA推しなのに、なぁーんであんなクソみたいなチュートリアル用意したし


218.第一分署のDEKA

あれ、クリアー出来んの? 私の時は失敗して、そのまま残念でしたーで終わったけど


219.通りすがりの一般人

ネキ、あれやったんだ……


220.第一分署のDEKA

やったよ! だってゲーマーだもの!


221.通りすがりの一般人

チュートリアル(初心者向けとは言ってない)


222.通りすがりの一般人

それな


223.通りすがりの一般人

チュートリアル(鬼畜上等難易度)


224.通りすがりの一般人

クリアー前提(じゃないです)


225.第一分署のDEKA

チュートリアルはどうでもいいんじゃ! 切実に仲間がほすぃ! 絶対にマンパワーが足りない! クエストクリアー出来ない! 功績ポイントが貰えない! うきー!


226.通りすがりの一般人

もち! もちつけー!


227.通りすがりの一般人

せい! せい! せい!


228.通りすがりの一般人

おいおい! LiveCue見ろって! 関係ないねちゃんねるってアカウントの動画!ちょっとこれすげぇって!


229.通りすがりの一般人

あん? なんじゃいその大柴下さんのモノマネの文句みたいなのは……うおっ!?


230.第一分署のDEKA

え! え! えええええ!


231.通りすがりの一般人

しゅ、しゅごい……


232.通りすがりの一般人

人間辞めてませんか? この大田 ユーヘイってキャラの人


233.通りすがりの一般人

うっせやろう?! 人間の動きじゃ……マジか! それありぃ!?


234.第一分署のDEKA

あ! そうか! 別に自分のノーススペシャルに拘らなくても、YAKUZAが持ち込んでるトチョカル奪っても許されるんだ!


235.通りすがりの一般人

うおおおおおおっ! いけえぇぇぇぇっ!




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 廃工場の内部は思った以上に障害物が多く、実にカバーリングが捗る状況が整っていた。


「だからと言って、これはねぇぜ」


 チュートリアル開始宣言直後、唐突に廃工場からYAKUZAが現れ、それはもう、お前のそのオートマチック(自動式拳銃、リボルバーよりも弾数が桁違いに多い)、どんな大容量の弾倉(自動式拳銃の弾丸をいれるパーツ)が込められてるねん、と突っ込みを禁じ得ないレベルでパンパン連射してきて、全力で工場内部に走り込んだところだ。


「こっちは六発やぞ?」


 ユーヘイは苦笑を浮かべながら、銃声が聞こえてくる方向をチラチラ覗き込みつつ、かなりの、現実世界でそれをやったら確実に腰と膝を痛める事請け合いの超前傾姿勢で、障害物から障害物へと走って移動していく。


「こりゃランナー必須だわ。スタミナがガンガン削れる」


 体が勝手に肩で苦しそうに呼吸する感じを冷静に観察しながら、特にヒットポイントやスタミナポイントなどの表記がない状況に戸惑う。


「まぁ、ちょい運動不足なおっさんが全力で運動したら息切れするって感じだな。自分との体のギャップがすげぇやこれ」


 本当に直前に体を動かしておいて正解だったとユーヘイは安堵を漏らす。これでステータスアシストが働いていたら、もっと極端な動きをしてぜぇはぁしていた危険性があったと思えば、先程の俺、グッジョブと自分を褒め称えたい気分だ。


「まずは――」


 呼吸を整え、廃工場の二階部分に陣取るYAKUZA三人に狙いをつけて一気に走り出す。


「っ!?」

「撃て撃て撃て!」

「いてこましたるぞ! ごらぁ!」


 お口の悪いAI君達ですこと、へへへとニヒルに笑い、正座をするような形で滑り込みながら、片手でトリガーを三回引く。


「ぐあっ!?」

「うがぁっ!?」

「くそがあぁぁぁっ!?」


 三人のYAKUZAは拳銃を放り投げるように落とし、拳銃を持っていた腕を押さえてその場でのたうち回る。


「あと十二」


 YAKUZAが落とした拳銃三丁を、一丁をホルスターへ、二丁をベルトに挟み、良しと小さく息を吐き出して二階へと駆け上がる。


「っ!? とおっ!」


 二階へ駆け上がった瞬間、目の前を真っ赤なラインが走り、ユーヘイは体を投げ出すように頭から前方へ飛び障害物へと身を隠した。


「未来予測線、予測ラインって言うんだっけ? いいねぇ、攻撃が来る場所が分かるって素敵」


 SIO時代には無かった機能にユーヘイは、ちょっと今のゲームぬるくなったんじゃねぇの? と思いながら、素早く立ち上がりトリガーを三回引く。


「がっ!?」

「ぐっ!?」

「いでぇぇっ!?」


 今度は三人のYAKUZAの肩を撃ち抜き、痛みにのたうち回るYAKUZAの手元に落ちた拳銃を素早く遠くへ蹴飛ばし、ホルスターからオートマチックを、撃ちきったリボルバーをホルスターへ戻し、ふぅーと深く息を吐き出す。


「残り九」


 呻くYAKUZAを尻目に、しゃがんだ状態で素早く障害物に身を隠しながら内部へと進む。


「クソDEKAが! 死ねや!」

「ガンガン撃ったれ! 六発撃った後や! もうあいつに弾はない!」

「ひゃひゃひゃひゃ! なぶり殺しじゃ!」


 最近のAI君、キメすぎでは? とユーヘイは苦笑を浮かべつつ、現実でそんな撃ち方したら絶対当たらない撃ち方で、パンパンとトリガーを二回引く。


「ぐがっ!?」

「くそがぁ! 弾切れじゃないのかよぉ!」


 賢いYAKUZAは嫌いだよ、と小さく呟きペロリと舌を出しながら、残り七とほくそ笑む。


「何やってる! 撃て撃て撃て!」

「うおおおおおおおっ!」


 人数が減って狂乱モードにでも入ったのか、更に遠慮無くパンパンと銃を連射してくるYAKUZAに、ユーヘイは面白いと笑いながら近くに落ちていたサビサビのレンチを拾い上げ、自分が駆け上がった階段の方へと投げ込む。


「逃がすかボケェ!」

「死ね死ね死ね死ね!」


 頭が良いのも考え物だよね、ユーヘイはこちらへ背中を向けたYAKUZAへ遠慮無く弾丸をプレゼントする。


「があっ!」

「ぎいぃっ!」

「ぐあぁっ!」

「ぶるわあぁっ!?」


 おい! 一番最後の! それはダメだろうが! とか呟き、残り三と呼吸を整えながら笑う。


「ふぅ……これもういらない」


 手に持っていたオートマチックを投げ捨て、残りの二丁を両手に持ち、YAKUZAがゴロゴロ転がっている場所まで駆けよって落ちてる拳銃を蹴飛ばす。


「俺たちのトチョカル!」


 なぁーにその妙に可愛らしい名前の拳銃、とユーヘイは少し脱力しながら、YAKUZAが倒れていた場所から屋上へと抜ける階段を、障害物を利用しながらチラチラと覗き込む。


「うおおおおおおおおおっ!」

「っ!? 阿呆かっ!」


 チラリと覗き込んだ瞬間、すさまじい量の真っ赤なラインが走り、慌てて隠れている場所から飛び退くと、ダダダダダダダッ! と音を立てて無数の弾丸がコンクリートの床を穿つ。


「アサルトライフル持ってるYAKUZAってなんやねん!」


 絶対これクリアーさせる気ないだろっ!  そんな悪態を吐きながら、ユーヘイは素早くアサルトライフル持ちから死角となる場所へと走り込み、夢中になって半身が前のめりになっているそいつへ弾丸を叩き込む。


「ぐあっ!?」


 右腕を撃たれてそのまま階段を落ちてくYAKUZAを見ながら、ユーヘイはふぅーと息を吐き出す。


「残り二」


 その呟きに反応したわけじゃないだろうが、残りの二人が一斉に自棄を起こしたように叫びながら走ってくる。それを冷静に左右の拳銃で肩を撃ち抜くと――


『こんぐらっちゅえーしょん! 初クリアーおめでとー!』


 という、安っぽい電飾のような文字がデカデカと自分の頭の上に現れた。


「ふぅ、クリアー……あん? 初クリアー?」


 え? え? と目が点になっていると、目の前に評価リザルトなる物が表示され、そこにはデカデカとチュートリアル初回クリアー特典なる項目が……


「やっぱりクリアーさせる気がないチュートリアルだったんじゃねぇかっ!」


 うがーっ! と吠えるユーヘイだったが、彼は気づかなかった。評価リザルト、その一番最後の項目にあるオーディエンスポイントなる項目を。


 そのポイント数が二十万を超えている事実に……




※オーディエンスポントとは、動画同時視聴をされている視聴者による投票ポイントです。

 このポイントは評価リザルトには直接影響されませんが、そのプレイヤーのLiveCueにおける人気度の目安となっております。

 オーディエンスポイントは功績ポイントへ変換する事が可能です。質の良い配信をする事で継続的にオーディエンスポイントを取得する事が可能となります。



 関係ないねちゃんねる。初回同時接続視聴者数、二十五万人――

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