第169話 DEKA、ですから

黄物世界で最も分かりやすい、八十・九十年代をモチーフにしたアミューズメントパーク、それがイエローウッドの大アーケード街と言う場所だ。


今では巨大な複合ショッピングモール等に駆逐され、全国的に希少となっている商店街を体験出来る場所とあって、プレイヤーよりも観光プレイヤーに絶大な人気を誇るスポットである。


イベント中ではあるが、ゲーム的な事からは隔離された場所という認識があって、本日も活況な様相であったのだが……


「お、お父さん」

「だ、大丈夫。大丈夫だから、少し静かに、ね?」

「う、うん」


リアルではなかなか時間が取れず、ちょっとした外出も難しい、そんな環境にあるこの家族は、時々旅行気分を味わう為に大アーケード街に来て観光をしていたのだが……


今日も父親の半休を利用して遊びに来ていたが、新規開拓で入店したイタリアンレストランで、日本語のニュアンスが少し怪しい一団に脅され、来店客全員が店の中央に集められ座らせられていた。


末っ子の息子は今にも泣きそうな表情で、妻に抱きついた長女は必死に涙を我慢して、そんな二人をなだめるしか出来ない父親は、ステータス画面のログアウトボタンを連打しているが、『イベント中につきログアウト制限中』としか出ず苛立ちが募るばかり。


「あなた?」


ゲームだと分かっていても、ガッチリしたガタイの、外国人風の拳銃を持つ男達にうろつかれれば恐ろしい。そんな恐怖を飲み込みながら妻が確認をしてくるが、父親は首を横に振るしかなかった。


「動くな」


諦めたように溜め息を吐き出す夫婦に、イントネーションが若干怪しい男が、ゴリリと音がする強さで銃口を父親の頭に押し付ける。父親は身を硬くしながら、小さく両手を挙げた。


「ちっ、ジャパニーズサムライは絶滅かよ」


銃口を押し付けた男が、小馬鹿にした口調で吐き捨て、つまらなそうに父親を小突いて立ち去る。


「……」


愛する家族の前で侮辱され、父親は顔を真っ赤に染めて立ち上がろうとするが、妻に腕を捕まれて悔しそうに息を吐き出す。


「――――?」

「―――――」


男達が異国の言葉で話し合い、大袈裟な身振り手振りでジェスチャーを交えながら、何やら不穏な空気を産み出し始める。このままだとマズいかもしれない、そんな事を感じ始めていると、店の入り口がにわかに騒がしくなり始めた。


「ちっ」


男の一人が舌打ちをし、近くに座っていた女子高生くらいの外見年齢をしたプレイヤーの腕を捕まえ立たせると、こめかみに銃口を突きつけて囁く。


「静かにしろ、騒げば撃つ」

「っ! っ!」


男の脅しに女性プレイヤーは必死に頷き、男に誘導されるまま店の入り口へ連れていかれる。


「お父さん……」

「静かに、しー」


女性プレイヤーの様子に、息子が助けないの? と言うニュアンスを含む視線を向けてくる。しかし父親はその感情をあえて無視し、息子を静かにさせた。


息子の失望したような目から逃れるように、父親は入り口の方へ顔を向けると、男が外に

向かって吠えている様子が見えた。


「それ以上近付くな!」

「無駄な抵抗はやめろ! すでに周囲は包囲されている! 人質を解放しろ!」

「二・三人始末しても代わりはいるぞ! 車を用意しろ! こっちの要求を飲め!」

「馬鹿な真似は止めろ!」


どうやら外には警察的な存在がいて、この店は包囲されているようだ。父親はすぐにでもこの馬鹿騒ぎは終わるだろう、ログアウト出来るだろうと安心し、家族に大丈夫だからと頷く。


妻は安心し、娘も少し落ち着いた様子で妻に抱きつく。しかし息子はどこか怒ったような様子で、父親の合図を無視するように俯く。息子は戦隊モノやライダー系の特撮が大好きで、少し正義感が強い部分があって自分の行動が許せなかったのだろう。


「……」


確かにゲームの中だし、ここで死んだところでリアルに影響はない。だが、ある意味リアルよりもリアリティーのあるゲームで、父親の自分が無謀な行動をしたのを真似されたら困るのだ。これは後でちゃんと話し合わないと、父親がそう心のメモ帳に書き込む。


「――――――!」

「―――――――」

「―――――!」

「――――」


そうやって状況が好転するのを待っていると、周囲の男達が慌ただしく動きだし、リーダー格と思われる一番身長が高い人物が、仲間達に指示を出し、近くに座るプレイヤーを次々立たせて銃口を突きつける。


実は、観光目的のプレイヤーは選択肢から排除され、ログイン期間が連続何十時間というプレイヤーが選ばれているのだが、見ている観光プレイヤーはそんな裏事情など分からないし、戦々恐々とした空気が店内を支配していく。


「やー! いやー!」


そんな中、一人の女性プレイヤーが腕を捕まれ、それに抵抗するよう暴れて悲鳴をあげる。


「静かにしろ!」

「触らないで! 離して!」


女性プレイヤーはガチ目に拒絶し、運の悪い事に振り払った手が男の顔を叩いてしまう。


「っ!? ファッ◯ンビッ◯!」


スンと表情を消した男が女性プレイヤーに向けて銃口を向ける。


「っ!?」

「やめろーっ!」

「え!? ちょっ!?」


絶望の表情を浮かべる女性プレイヤーの前に、なんと息子が飛び出し、拳銃を構えた男の腰にしがみついてしまった。父親は止めようと腰を浮かせたが、すぐ近くに立っている男に押さえつけられ動きを停められてしまう。


「やめろー! 悪者!」

「ちっ! ガキが邪魔をするな!」


息子の妨害に男は面倒臭そうな態度であしらう。しかし、息子は何度も何度も立ち向かい、女性プレイヤーを守ろうと必死に戦う。


「何遊んでやがる」


仲間の男が呆れた様子で息子をヒョイッと持ち上げる。


「ナイスなガッツだサムライボーイ。だが、ちょっとやんちゃが過ぎるな?」


男は持ち上げた息子の顔を覗き込み、ジットリと嫌な気配がする瞳を向ける。


「息子から手を離せ!」


父親が押さえ付けられながら叫ぶと、男は鼻で笑って息子を父親に向かって投げ捨てた。


「パパを見習って命は大切にしな」


男の言葉に息子は悔しそうに俯く。父親も危ない事をした息子に注意をしたいが、状況が状況なだけに何も言えず、気まずい空気が流れる。


「お前が言うなよ、チンピラが」


ゲラゲラと笑う男達に向かってそんな声が向けられる。


「っ!?」

「誰だ?」


男達が周囲をキョロキョロ見回していると、ちょうど息子の目の前に、ストンと天井から影が降り立った。


「面倒臭そうな事件ヤマを起こしやがって」

「なっ!?」

「っ!?」


男達が驚愕の表情を浮かべ、それぞれが反応するわずかな時間に、人影、縦山 ヒロシの拳銃が火を噴いた。


「がぁっ?!」

「つあぁっ?!」

「ぶぼぉっ!?」


正確無比に人質を取っている男達の額をゴム弾が貫き昏倒させていく。


「野郎! 人質もろとも殺せ!」

「バーカ、気づけよ」


リーダー格の男が叫ぶのをヒロシが呆れた突っ込みを入れる。


男は気づかなかったが、ヒロシが店に突入した瞬間、入り口で騒いでいた男をトージがしっかりヘッドショットで始末していたのだ。そしてDEKAとイリーガル探偵が店内に雪崩れ込んでいた。


「チェックメイト」


ヒロシの言っている意味を理解した男は、周囲から向けられている銃口に生唾を飲み込み、ゆっくりと両手を挙げた。それを確認しヒロシは仲間達にサムズアップを向ける。


仲間達もサムズアップを返し、ヒロシは白い歯を見せながら笑い拳銃をしまう。そして、父親に抱っこされている息子の前にしゃがみ込む。


「危ないから次はお父さんの言う事を聞こうな?」

「……」


天井裏で侵入の機会を探っていたヒロシも、さすがに息子が飛び出した瞬間は肝が冷えた。まあ、彼のお陰でチャンスが生まれたので、有り難かったのは有り難かったのだが、やはりそれはそれとして注意はすべきだろうと目線を合わせて言う。


「……ぼくは正義の味方だもん」


目を合わせている息子が、泣きそうな表情でそんな事を言う。子供らしい潔癖な正義感に、ヒロシは優しい笑顔を向ける。


「正義のヒーローはまず自分を守らないと。君がケガをしたら、お父さんとお母さんはどう思うかな?」

「……」

「自分がケガをしないで助けられるから、正義の味方は正義を守れるんだよ? 分かるかな?」

「……うん」


何とも気持ちの良い息子の反応に、ヒロシはうんうんと頷き、ポケットからココアシガーの箱を取り出す。


「君が強くなりたいなら、きっと次は正義の味方になれるさ。だけどそれはちゃんと危ないかそうじゃないかを、分かるようになってからね?」

「うん」


ココアシガーを渡してヒロシが言うと、息子は意志の強そうな目をして頷いた。


「ありがとうございます」


ログアウトしたら話そうとしていた事を言ってもらい、父親が深々と頭を下げる。


「いえいえ、DEKA、ですから」


ヒロシは最後に息子の頭を撫でて立ち上がり、仲間達の方へ歩いていった。


「次の現場に向かうぞ!」

「「「「了解!」」」」


ヒロシの号令でDEKA達が一斉に動き出す。その様子を息子がキラキラ輝く目で見ていたのだった。


その後、その一家は相当ヘビーな『第一分署』フリークになったと言う……

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