第168話 貴族なタテ町

 ベイサイド・エイトヒルズの攻略が進み、両エリアボスがタイホされたタイミングで、作戦本部のテツから連絡が入った。


『ヤベェ! アイツら大アーケード街で暴れてやがる!』

「はぁっ?!」


 イエローウッドの一大アミューズメントパーク、大アーケード街でフィクサーが暴れているという情報に、無線機を持っていたヒロシがすっとんきょうな声を出す。


「おいおい! 予測拠点から随分と外れてね!?」


 団長達がウィズを、エイトヒルズへ誘導を開始した直後、イエローウッドとリバーサイドでフィクサーが活発に動き出したと、それを受けてトージとヒロシは遊撃部隊的に動いていたのだが……


『誘導されたっ! つーかウィズとクローがタイホされたタイミングでいきなり生えやがった!』

「……運営クン、張り切り過ぎじゃないの、それ」

『多分、ノンさんのやり方が刺さったんじゃね? ノリノリでインフォで討ち取ったとか言ってたし』

「ありそうで怖いわ、それ」


 その頃エイトヒルズで、ノンさんが盛大なくしゃみをして、コメントで『くしゃみ助かる』と大量に投げ銭が飛んだとか。


「『第三分署』と同盟ギルドは?」

『そっちはそっちで足止め食らってる』

「……アーケードの状況は?」

『分散して見回りをしてもらってた新人DEKAプレイヤーと、不動とこに入らなかったイリーガル探偵が対応してるが、そっちの探偵はゴム弾持ってないから頭数に入らん。現在進行形で大苦境だ』


 ヒロシはサングラスをずらし、目頭を揉み込みながら、運転席のトージの肩を叩いて、『行け』の合図を出す。


「了解」


 トージは小さく返事をし、ガガガッとシフトレバーを操作して車を走らせる。その隣でヒロシは項垂れた状態のまま装置をいじり、しっかりと赤色灯を動かす。


「俺らだけじゃ限界あるぞ」

『そこは理解してる。消耗が少なかったエイトヒルズとベイサイドに展開していた連中をピックアップしている最中だ。それで何とかなると思う』

「ま、やるだけやってみるさ」

『すまん、頼む』

「何、いつものって言っちまえばいつものだ。せいぜい楽しんで笑うさ」

『はは、是非そうしてくれ』


 テツの笑い声を聞きながら無線を切り、ずらしたサングラスをかけ直す。そんなヒロシの様子をチラ見して、トージが苦笑を浮かべながら口を開く。


「毎回、ホットスタートですよね」


 否定出来ないド直球な言葉に、ヒロシは少しやさぐれた雰囲気でココアシガーの箱を取り出し、乱雑な感じで一本口に咥える。


「むしろホットスタートじゃない時があったかな? 町村君」

「ごもっともでした」


 そこは信頼と実績の黄物運営クオリティ、期待を裏切らない鬼畜さである。


「でも、消耗が少ないって言っても連戦じゃないですか、大丈夫なんですかね? WWWと不動さんトコ」

「どうなんだろうな。そこはテツの親父さんと水田先生の手腕なんじゃないの」

「そっちはそっちで修羅場っちゃいそうですね」

「頭脳労働はノーサンキューで」

「同じく」


 頭良い奴が頭良い作戦を考える、それで良いじゃないのみたいな事を言いながら、ヒロシはナビゲーションマップを拡大し、アーケード街の全体図を確認する。


「地味に地図の読み方を教わっといて良かったぜ」

「あーテツさんトコの観測士の」

「そうそう。つーか建物の見取り図とか、賃貸物件でも良く分からんってぇの」

「自分はまだまだ実家暮らしですから、その感覚は分からないんですけど」

「一人暮らしになったら体験してくれ」

「今から楽しみにしておきます」


 いつも通りの軽口を叩き合い、ヒロシは頭の中である程度のアクションプランを組み立てる。


「ニュー縦山先輩のデビュー戦ですね」


 真剣な雰囲気で、厚い唇に指を当てながらマップを見ているヒロシに、トージが爽やかな笑顔を浮かべて言う。


「そんな大した事じゃないさ」


 気負いも焦りも無い、どこまでも自然体な口調で言われ、『先輩方の何でもないが一番恐ろしいんですが、それは……』と心の中で呟くトージ。


 実際の話、ユーヘイプロデュースのヒロシ改造計画を見ていたトージとしては、そんな大した事無い的な事を言われると自分の立つ瀬が無いんですが、となるのだが……


 対ドッぺル対策でハードな訓練をしてもらったと思っていたが、ヒロシ改造計画の方がハードな内容で、少々自信が揺らぐような気がしているトージであった。


『こちら「第三分署」の松本』

「おっと」


 トージが微妙な表情を浮かべているところに無線が入り、ヒロシが慌てて応答する。


「『第一分署』縦山だ。どうした?」

『そちらのアーケードへ何人かメンバーを回した。それとこちらの予備メンバーに、おたくの鑑識の山さんの「特殊ゴム弾」を取りに行かせて、イリーガル探偵に配る手配を整えた』

「ヒュー♪ 手回しが良い事で」

『何、イリーガル探偵を遊ばせるのは勿体無いからな。済まないが、こちらの人員が向かうまで頼む』

「頼まれました」


 松本からの通信が切れ、ヒロシはココアシガーを揺らしながら笑う。


「状況が整い出したな」

「やっぱり先輩の一手が大きかったですよね」

「ユニオンな。あれで色々とハードルが下がったのは確かだな」

「DEKAが効率良く動けるようになりましたもんね」

「やっぱ、横と縦の繋がりはリアルもゲームも重要な要素って事だな」

「特に今回のような大きいイベントだと、かなり重要な要素ですよね」

「マンパワーはある程度必要だからな」

「ですね」


 やっぱり先輩は先輩ですよね、ともっともらしい事を言いながら、トージは大アーケード街の駐車場へ向かう通りに入る。


「おっと縦山先輩」

「そー来るか……」


 急ブレーキを踏みながらトージが驚いた口調でヒロシを呼び、呼ばれたヒロシは目の前の光景に溜め息を吐き出す。


 通りにはゴッツイ車でバリケードが作られていて、完全に通りが封鎖されていた。


「パワーイズジャスティス、ですね」

「映画で見る光景ではあるよな、これ」


 車を路肩に寄せて駐車し、車から降りてバリケードの様子をうかがう。


「ガッツリ閉鎖してるな」

「徒歩だったら乗り越えられますけど」

「それっきゃねぇだろ?」

「ですよねー」


 ヒロシが拳銃を取り出しながら言うと、ヤベェよなぁとボヤきながらトージも拳銃を取り出す。


「距離的にどれくらいです?」

「そこそこの距離だな」

「……罠、ですよね?」

「何を当たり前の事を」

「ヤベェよなぁ」

「ヤベェ事を楽しむゲームだろ?」

「いやいや縦山先輩、毒され過ぎですから!」

「どっちにしても楽しんだモン勝ちだ」

「あーいつもの黄物クエストって感じがしますぅー」


 ヒロシが軽やかにバリケードの車に飛び乗り、全身のバネを使って跳ねるように走りだし、それを見たトージはひきつった表情を浮かべながら追いかける。


「気をつけろ、あっちもこっちもアーチーチーチーな視線を感じるぞ」

「そこに突っ込む人が何を言いますかっ!」


 長い足を跳ねるように動かし、パルクールのような走り方をするヒロシが、涼しい表情で注意を促せば、その俊足に必死の表情で食らいつくトージが『やってらんねー!』みたいな自棄っぱちな口調で叫び返す。


「そら来るぞ!」

「もーもーもー!」


 妙に嬉しそうなヒロシの注意喚起に、自分へ向けられる殺意を感じたトージが、泣きそうな表情で遮蔽物を縫うように走る。


「っ!」


 そんな中、路上に停められた車をジャンプ台に使い、ヒロシがタタン! と宙を飛び、車の影に隠れていたフィクサーの構成員に向かい発砲し、額を見事に撃ち抜く。


「よっと」


 柔らかく着地しながら、衝撃を逃がすように前転し、何事も無かったように走り出す。そこへ他の構成員達が拳銃を連射するが、ヒロシは軽やかにステップを踏んでジグザグに走りながら、顔を出してくれてありがとうとばかりに撃ち抜いて行く。


「あれで『普通普通』とか言っちゃうんだよなぁ、あの先輩ひと達って……普通の定義ってなんだろうなぁ」


 ユーヘイ発案のハリウッドっぽいアクションスタイル。完全スタイリッシュなムーブに、トージは呆れた表情を浮かべて、死角からこっそり狙っていた構成員を撃ち抜く。


 配信コメントで、『ブーメランって知っとるけ?』『お前も十分おかしいからな?』『そーゆートコぞ? 第一分署クオリティって言われるの』という投稿で溢れていた。トージも十分化け物である。


「トージ! 置いてくぞ!」

「ちょっ!? 縦山先輩!」


 向かう方向から聞きたくない類いの喧騒を感じながら、二人は構成員を倒しながら駆け抜けて行くのだった。

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