第150話 孤立、そして……
「
「言ってる場合じゃないでしょ! ここで踏ん張らないと! ユーさん達がもっと大変になっちゃうでしょ!」
「あーもーっ! こっちがフォローしないといけないのに!」
「そこは仲間でしょ!」
「分かってるけど!」
片側が別のコンテナに塞がれたドン詰まり状態のコンテナに立て籠り、耳が馬鹿になるレベルで鳴り響く鉄板のドラミングに顔をしかめながら、ダディとアツミは互いに吠えるように叫びながら抵抗を続けていた。
タイミング的にはノンさんが忍者モドキと戦い始めた時、それまで遠巻きに様子をうかがっていたフィクサーの兵隊達の勢いが一気に激しさを増し、一点集中とばかりにアツミとダディが守っている場所目掛けて突っ込んできたのだ。
最初はアツミの跳弾スナイプとダディのライフルによるスナイプで、対処が可能だった。しかし、相手はどれ程味方が倒れようと動揺する様子も見せず、まるでバーサーカー(※1)にでもなったかのように突っ込んで来て、対処しきれず守りに適したコンテナの中へ逃げ込むしかなかった。
かなり無茶をしてアツミが兵隊を倒して、それをダディがたしなめるのだが、ここが無茶のしどころだとアツミに逆ギレされ、ダディもその通りだと分かっているから、苛立ちを叫ぶしかない、そんな状況に追い込まれている。
「何が起こったんだこれ!」
「山さんに一杯ゴム弾を貰っておいて正解だったね!」
「弾切れの心配はないだろうけど! このままだと押し潰される!」
「大丈夫!」
「根拠はっ?!」
「ユーさん達が絶対来る!」
「そこに頼るしかないかぁっ!」
コンテナの扉半分を閉じた状態で、コンテナの中に何故か存在していた鉄板を更に立て、その陰に隠れるようにして銃撃戦を行いながら、二人は仲間が来る事を信じてトリガーを引き続ける。
「グレポンが撃ち込まれないだけ有情かなっ!」
「怖い事言わない!」
「さーせん!」
黙っていれば重圧に押し潰されそうになり、軽口を叩いてもやはり不安は押し寄せてくる。何より、誰よりも冷静に判断を下せていしまうダディは、先程少しだけ繋がった無線の途切れ方から、最悪の事態しか想像できず、このまま抵抗を続けていて大丈夫だろうか、という迷いが生まれていた。
その部分を叱咤しているのがアツミと言うのが、これまでの関係からすれば異常事態なのだ。
もちろん悪い事ではない。
極限状態でアツミの胆が完全に据わり、覚悟完了しちゃった事が、これまでどこか保護対象みたいな扱いだった、彼女自身もそのマスコット的立場に甘んじていた所を、自分から一足跳びに第一分署側へ踏み込み、本当の仲間になったという現象を生んだのだ。
「私より狙いが正確なんだから迷ってないで撃て!」
「さーせん!」
元ネタの女優さんも、普段はどこかフワフワした可愛い感じのお姉さんだったが、こういう修羅場なシーンではやはりヤベェDEKAの一員として活躍していた。その様子とダブるようなアツミの姿に、やっぱり類友だったかぁー、と納得しながら拳銃を撃ち続ける。ちなみに、スナイパーライフルはこの状況じゃ取り回しが悪すぎて、インベトリにステイされた。
「リロード入る!」
「はい! こっちはまだまだリローダーは沢山あるから大丈夫!」
「すまない!」
ダディはコンテナの扉横に立つアツミの背後へ移動し、空になったマガジンを引き抜き弾を詰める作業を行う。
銃撃戦をかなりの頻度で経験している関係上、たしなみというか用心の一環として、ガンベルトには常に予備を二本用意してあるが、まさかここまで激しい銃撃戦をするとは思っておらず、予備の弾はあるがマガジンが足りないという現象を引き起こし、こうして度々弾詰め作業をしなければならない。
「自分も予備の拳銃と、インベトリに詰められるだけのマガジンを用意するべきかな」
小声で呟きながら、次々と手慣れた様子でリボルバーにリローダーで弾を入れるアツミを見る。その足元には大量のリローダーが転がっていた。
アツミのリローダーは、そもそも彼女は銃撃を得意としていない。まぁ、変な行動をして跳弾で敵を倒すみたいなミラクルショットをしていたが、それだと確実性がない。なので、ユーヘイからの助言として大量のリローダーを用意し、取り回しが用意な小型のリボルバーへ山さんに改造してもらって使用している。アツミの銃撃のコンセプトは『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』戦法だ。それがまさかこの状況で活きるとか、さすがのユーヘイでも予想外だろう。
「まずは素早くマガジンに詰められるローダー(※2)を山さんに作らせよう」
マガジンに弾を詰める作業の面倒臭さにボヤきながら、ダディは必死に三つのマガジンへ弾を詰め込む。指先がジンジンと痛むような、そんな違和感を感じながら詰め込み作業を終わらせ、鉄板の陰へ素早く移動する。
「お待たせ!」
「大丈夫! 頑張りましょう!」
「はいはい!」
ジリジリと迫り来るフィクサー達を迎え撃ちながら、絶望と重圧に耐え続け、ひたすらトリガーを引き続ける。
圧倒的不利な状況で歯を食いしばっていたダディが、きょとんとした表情を浮かべて周囲を見回した。
「どうしました!」
「あ? あー何か音が聞こえるような気がして!」
「音?」
かなり手慣れてしまったシリンダーを動かし、手早く空薬莢を捨てる作業をしながら、アツミが耳をすませる。
「?」
確かにダディが言っているように、鉄板を叩くドラミングの合間に、それとは違う音が混じっているような気がした。
「何の音ですか?!」
「分からん!」
シリンダーにリローダーで弾を込めながら、身も蓋もないダディのバッサリ感に苦笑を浮かべ、再びトリガーを引こうとしてアツミは気づいた。
「パトランプ?」
「え?!」
ポツリと呟いたアツミの声は、不思議とこの騒音の中にあって確かにダディの耳に届いた。
どこか信じられないという表情で見ているアツミの視線を追いかけると、確かにそこには赤く輝く光が見えた。そして、ダディが聞いた音がはっきりとコンテナの中へ轟く。
ファンファンファンファン! ウウーウウーウウーウウー! ファンファンファンファン!
四方八方から響くサイレン。薄暗い廃工場の敷地を切り裂くように輝く赤色灯。
『あーあー、君たちは包囲されている! 大人しく武器を捨てて無駄な抵抗をやめなさい! やめなければ実力行使に移行する! 繰り返す! 君たちは完全に包囲されている! 大人しく武器を捨てて無駄な抵抗をやめなさい!』
スピーカーから聞こえる男性の声に、それまでバーサーカー状態だったフィクサー達が目に見えて動揺し始める。
『第一分署を助けるぞ! 第三分署に続け!』
『はいはい、こっちも動くぞ。第二分署、進め!』
そんな声まで聞こえて来て、ダディとアツミは互いの顔を見合わせ、だがまだ気を抜くのは早いと、しばらく油断無く様子を伺う。
「あ~ぁ、お恥ずかしいったらありゃしない!」
「突っ込み過ぎですってば!
「全部貰っちゃうよぉ?」
「だぁーっ! 本当にもう! アンタって人はっ! お前ら突っ込め突っ込め!」
男性にしては小柄なオールバックの人物が飛び出し、動揺して浮き足立つフィクサーの背後から襲いかかる。そんな軽快な動きでフィクサーを翻弄する男性を追うように、長身のツンツン頭をしたスカジャンの人物が叫びながら走って来た。それだけじゃない、見るからにDEKAという服装をした物凄い数のプレイヤーが雪崩れ込んできた。
「ここを完全制圧するぞ! 抵抗する奴はゴム弾ぶち込んでから手錠だ! 油断するなよ!」
「「「「おう!」」」」
「周辺を警戒! 他にもフィクサーが隠れてるかもしれない! 注意を怠るな!」
「「「「はいっ!」」」」
的確に指示を出し、それまでの苦戦が何だったのだろうか、と思うレベルで鎮圧作業が繰り広げられ、ダディとアツミはその場に力が抜けたように座り込む。
「助かった?」
「うん、そうみたい」
「はは」
「ふふふ」
「「あははははははは!」」
現実味が無く、まるでドラマのような展開に心がついていかず、二人は訳もなく笑った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
場面を少し時間を戻す――
「はいお疲れ~」
リバーサイド方面から流れてきていたフィクサー部隊の制圧が完了し、どこか弛緩した空気が流れている現場に、谷城 シンタの飄々とした声が響く。
「いやぁ、まさか銃撃戦で圧倒出来るとか。第一分署さんの技術にはビックリしますね」
地面に倒れているフィクサー一人一人に手錠をはめていく作業を眺め、
「ここまで楽になれるとは、確かに思わなかったわ。貴方の発想もたまには役に立つのね?」
「結構、毎回、ジュリは辛辣だよねぇ」
ギルドを立ち上げてから、ここまで楽に銃撃戦をクリアー出来た事など一度もない。そんな感慨深い状況に浸っていると、谷城が寄りかかっていた車両の無線が鳴る。
「はいはい」
無線を繋げると、向こうから同盟相手の第三分署のギルドマスター
『こちら第三分署の松本』
「はいはーい、谷城」
『良かった。そっちも問題なく終了した感じか?』
「これまでの苦労がなんだったんだろうって感じるレベルに、さっくりね」
『はははははは、それはこちらも思ったよ』
二人はしばらく笑い合って、そして松本がおもむろに切り出す。
『このまま第三分署は第一分署の救援に向かおうと思ってる。もらったゴム弾も多いし、向こうの足手まといにはならないと思う』
「ほうほう。それはまた随分と面白い事を考えてるじゃない」
谷城は村脇に笑いかけ、皆を集めろ集めろと手振りで指示を出す。
村脇が大声で手錠はめを行っているプレイヤー達を呼び集め、第二分署と協力していたプレイヤーが谷城の周囲に集まった。
『どうも第一分署が苦戦している様子なんだ。だから今度は我々が助けに行っても良いじゃないか、っていう意見でこっちはまとまった』
無線から聞こえる松本の言葉に、谷城がその場のプレイヤー全員に、どうよ? という表情で見回す。
プレイヤー達はキリリとした表情を浮かべると、全員が一斉に頷いた。
「その話、こっちものった!」
谷城の言葉にその場のプレイヤー全員が雄叫びをあげた。
毎度お馴染みのNPC制服警官達がいつの間にか現れ、手錠をはめたフィクサー達を回収するのを確認してから、第二分署と第三分署は動き出した。
そして二つの集団は、まるでドラマのようなタイミングで、ダディとアツミの窮地を救ったのだった。
※1 怒りを司る精霊に取り憑かれた戦士が、怒りに我を忘れるとこれになる。原典はヨーロッパ圏の神話伝説関係の伝承ベルセルクかと思われる。ダークな漫画のタイトルに使われているので、そちらで知っている方も多いだろう。
※2 リボルバーのリローダー、スピードローダー(正式名称)のようなパーツはオートマチック拳銃のマガジンには存在しないが、マガジンの弾詰め作業を補助するような機具は存在する。それがローダーと呼ばれている物である。結構色んな種類があるみたいですね。
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