第149話 死闘

 ユーヘイがゴリラのような化け物と、ノンさんが忍者モドキと、ダディとアツミはその隙に乗じて全力攻撃に移ったフィクサーの兵隊対応に追われていた時、トージとヒロシは窮地に陥っていた。


「縦山先輩!」

「大丈夫だ! そっちを頼む!」

「はい!」


 それぞれ任されていたポイントで撹乱を続けていたトージとヒロシだったが、いきなり黒尽くめの同じ顔をした女性に襲われ、必死で対応している間に、動きを誘導され気がつけば合流して今に至る。


 どうやら双子であるらしいその女性達は、俊敏な動きにトリッキーな格闘術を使い、二人を圧倒しつつ追い込んでいた。


「くっ!?」


 空手と柔道経験者で、それなりに集中的にユーヘイからVR独自の動き方を叩き込まれ、ユーヘイにはさすがに劣るがそこら辺の自称熟練ゲーマーなどと比較すれば確実に腕前は上のトージが、ほぼほぼ手も足も出ない状態に追い込まれている。


 相手の女性の技術は一級品。更に言えばその技術を十全に活かしており、ユーヘイやらノンさんレベルでは無いが、そこに迫るレベルで動きが洗練されていて、トージでは頭二つ分位の実力差があってジリジリと削られていた。


「がはっ?!」


 これで集中して対応してればその実力差をひっくり返せるのだが、それを阻害するのがヒロシだ。


 完全にこれが目的で自分達を合流させたんだろうなぁ、と分かる。もう片方の女性がいたぶるようにヒロシを攻め、トージが集中しようとするのを邪魔しているのだ。その状況を分かっているから、ヒロシは必死に抵抗しているのだが、あまりに実力が離れすぎて勝負になっていない。


「くそっ!」


 蹴り技を中心に攻めてくる相手に、丁寧にガードを固めながら、トージは必死に突破口を探る。だが、相手は以心伝心でもしているのか、トージが対応しようと動けば、その瞬間にヒロシへ攻撃を加え、その音で集中力を乱され手玉に取られてしまう。


 全く自分の思い通りに動けない状況が、トージの冷静な部分を削り、その心を揺さぶる。


 そしてそれは自分の存在がネックとなり、思いっきりトージの足を引っ張っていると気づいているヒロシも焦れていた。


 セントラル広場での一件もあり、現在はボクシングのスキルアシストを完全に切り、ユーヘイから教えられた体の動かし方を中心とした技術を使っている。こんな場所で疲弊して、前回のように動けなくなったら、それこそトージ共々なぶり殺しにされるのは想像するまでもない。


 まだまだ動きは素人だが、セントラルの戦闘で無理矢理動かされた体の動きはトレース出来てはいるので、不完全ながらも女性からの攻撃を不格好な形でガードは出来ている。だが、完全に守りの体勢から抜け出せず、ただただ亀のように固まって丸まっているしか対抗手段がなくヒロシは自分の不甲斐なさに苛立っていた。


(どうする? 相手は動きが早くて拳銃を撃ち込む隙が無い。俺にユーヘイみたいな、相手の攻撃を受けていなして、その上で相手へ弾丸を叩き込むなんて技術はない。教え込まれているけど、この女にそれをやって勝てる映像ビジョンが浮かばない)


 タテさん、戦闘の時に焦ったら、まずやるべき事は自分が今出来る事を冷静に思い出す事だよ。ユーヘイに戦い方を教わっている時、必ず彼が口に出す言葉を思い出し、ヒロシは焦り慌てる精神を平静に保つ努力をしながら、理性的に理知的に自分のやれる事を思い出す。


(体術関係のスキルを使うのは危険。あれは本当に自分じゃなくなった感覚になって、スタミナ配分とか自分のリアル頭脳のキャパシティを超えちゃうから、加減が分からない。それは不味い。この状態で拳銃をぶっぱするのも危険だ。下手したら銃口をトージが居る方向へ誘導されかねない)


 防戦一方になりながら、ヒロシは冷静に周囲の状況を確認し、そして思い付く。


(あー、つまりは俺はここでは邪魔な訳だ。なら、死なないようにしつつ、この女をトージから引き離せば、トージは自分の事に集中出来る訳だわな。なんでぇ、簡単な事じゃないか)


 ヒロシは自分の思い付きに軽く笑い、その笑顔を挑発と受け止めた女が、これまでに無い鋭さで上段蹴りを繰り出してくる。


「ふっ!」

「きゃっ?!」


 ここがチャンス! ヒロシは大きく女の軸足近くまでステップインして踏み込み、頭から突っ込むように体をねじ込み、ほぼほぼヘッドバットを叩き込む要領で女の腹部に強く頭を叩き込んだ。女は体重その物を叩き込まれた勢いを殺せずに、地面を転がる。ヒロシはそこへ狙いをつけずに手の拳銃をワンマガジン分の弾を撃ち込みながら、全力でその場から走り去った。


「ちっ! くそっ!」

「馬鹿っ! 行くなっ!」


 タイミング良く体を押されたような形で、そんなにダメージを受けなかった女は、般若のような形相を浮かべて、走り去ったヒロシの背中を追う。それをもう一人の女が制止しようとするが、すかさずそこにトージの正拳突きが叩き込まれた。


「ぐっ!?」


 余程この距離感を熟知しているのか、咄嗟な判断でも腕を十字にして受け止めた女が、忌々しいと言わんばかりに血走った瞳をトージに向ける。だが、彼が浮かべている表情を見て、すぐに余計な感情を捨てるよう息を吐き出して怒りを逃がす。


「ありがとうございます、縦山先輩」


 トージはリボルバーを胸のガンホルダーに戻し、空手の型を構える。その表情は完全に無。怒りも憎しみも苦しみも無く、ただただ凪いでいる状態。ただただ真っ直ぐに女の全身を見ていた。


「ちっ、ファッキ○ジャッ○!」


 女は拳を受け止めた腕をプラプラ振りながら、トージに悪態を吐き出すが無反応。無色透明な瞳で女を見据え、浅く遅く静かに呼吸をし、自信の気を整えている。


『いいか哲夫てつお。お前は少し頭でっかちだから、時々頭で考えすぎて体が動かなくなる。そういう時は全部捨てて、頭を真っ白にするんだ』


 ただただひたすらに兄のような人間になりたくて、兄のような強い男になりたくて、彼の物真似をしていた幼少期。そんなトージの事を理解してたのかしてなかったのか分からないが、一度だけ空手道場で兄が自分を手解きした事があった。


『何も考えるな。これまでに練習してきた事だけを吐き出せ。頭で考えるな。体が覚えている体の記憶だけを使え』


 いつまで経っても上達しない基本中の基本、正拳突き。それに苦労していた時に兄が教えてくれた



 兄の頼もしい笑顔を思い出しながら、トージは気を整えきる。そこへ女がトリッキーに動き回りながら、トージの側頭部へ向けて蹴りを放つ。


「せぇやぁぁっ!」


 震脚。地響きを起こすような力強い踏み込み。そして完全に基本に忠実な、真っ直ぐ腕を突く。


 あまりに基本に忠実で、あまりに自然体で放たれたその一撃は、美しいまでに体を動かし、相手の動きを見てから防御を固める女は反応出来ず、完璧なカウンターとなって彼女の胸を貫いた。


「がぁっ?!」


 ドン! という本来なら人体から出てはいけない音を発し、女が車に撥ね飛ばされたように吹っ飛んだ。


「ふぅーっ!」


 残心。腹に溜まった熱を吐き出しながら、油断無く女の様子をうかがう。


「ぐっ、が、シットシットシットシットシット!」


 ゲホゲホと咳き込みながら、女がフラフラと立ち上がり、正拳突きを叩き込まれた胸を押さえる。


「防弾チョッキ」

「ちっ!」


 殴った感触の違和感、何か固い物体の感触に、トージがポソリと呟き、女がイラッとした様子で舌打ちをする。


「ふぅーっ」


 トージは女の様子など一切気にせず、再び呼吸を整え、気を整え、構え直す。


 とっととここを片して、ヒロシの援護に向かいたい、その気持ちを必死に封印し、雑念を払い、集中を高めるのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「しっ!」

「くそっ!」


 トージの邪魔をしないよう走り出したヒロシを追いながら、女が投げナイフをヒロシの背中に向かって投げる。


 ヒロシは妙な感覚に突き動かされ、体をよじってナイフを避けた。


 俺の直感ナイス! と自画自賛をしながら、ヒロシはニヤリと笑う。


「これでトージは自由に動ける。問題は、俺が死にそうな事だけどなっ」


 チラチラと背後を確認し、拳銃から空のマガジンを取り出して新しいマガジンを入れる。


(この状況で俺が相手を圧倒出来るとすれば、射撃、何だが……あの動きをされると当てられる自信がない)


 チラチラ背後を確認すれば、お前はどこの少年誌の登場人物だ? と突っ込みを禁じ得ない姿勢で走る女の姿があり、手品のように投げナイフを取り出して構えている。


(殺る気満々ですなー)


 たらりと額から冷たい汗を流し、時々遭遇するフィクサーの兵隊をゴム弾でシバキ倒しながら、打開策を必死に考える。


(うん! 俺じゃ倒せないというのは理解した!)


 そして開き直った。


(考え方を変えよう。つまりはアレをトージとか、他の仲間のところへ合流させなければ良い訳だ)


「第一分署! ふぁい! おー!」


 このままマラソンを続け、時々相手をおちょくりながらヘイトを稼ぎ、ひたすら時間稼ぎに徹すれば良いと考えた。


「へいへーい! パッション足りないよー!」

「ちっ! しゃぁっ!」

「ほいっと!」


 へいかもーんと挑発をし、投げナイフもギリギリで、内心ヒヤヒヤしながら回避し、命懸けのチェイスが始まったのだった。

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