第148話 苦渋
ユーヘイらが上手く撹乱し、狙った通りにフィクサーの動きを誘導し、そろそろ相手側の数が目に見えて減り始めた頃。
「ん?」
その異変に一番最初に気がついたのはユーヘイであった。
「何だ?」
かなり使い込んだ拳銃の消耗度が気になり、予備の拳銃に持ち替えて、さぁもうちょっと頑張ろうか、と気合いを入れていた時、ユーヘイは周囲の空気があからさまに変化したのを感じた。
「……」
周囲を油断無く警戒していると、ダディ達が守りを固めている方向から、ノンさんのモノと思われる怒声が聞こえて来た。ユーヘイはダディ達に何かあったのかと、ネックマイクに手を伸ばし、しかしギョッとした表情を浮かべてその場から転がるように逃れる。
ズドン!
今までユーヘイが隠れていた場所に、丸太を思わせる太い腕が振り下ろされ、地面に拳がめり込む。
「ちっ!」
ユーヘイは転がりながら拳銃を乱射するが、普通の敵キャラ相手ならば一発で悶絶するそれを受けながら、そいつは小揺るぎもせず、ゴム弾を弾きながら立ち上がった。
「くたばれ、星流会のYAKUZA」
「誰がYAKUZAか!」
「問答無用!」
金の短髪を揺らし、小山のような肉の塊が、ドタドタと騒がしく地面を蹴飛ばしながら、化け物のような男が突っ込んでくる。
「よっ?! なにぃ!?」
合気のような技術を使い、相手の勢いを利用して投げ飛ばそうとして、自分の腕が弾かれユーヘイが驚愕の表情を浮かべながら、男の突撃をまともに受けてぶっ飛んだ。
「ぐほぉっ?!」
まるでトラックにハネ飛ばされたような勢いでぶっ飛びながら、ユーヘイは苦しい表情を浮かべつつ、その状態で拳銃を乱射し全ての弾を吐き出す。ほとんど全ての弾が男の頭部に命中するが、ゴム弾はちゃんと着弾し破裂するも、男は少し肌を赤くするだけでダメージを受けた様子が見れらない。
「ぐがっ!」
どーなってんだよ!? そりゃぁっ! 心の中でそんな言葉を叫びながら、全くこちらの攻撃が通用してない感じに一瞬呆然としていたところで地面を転がり、受け身が取れずに派手に転がる。
「よくもこちらの兵隊を痛め付けてくれたな。しっかりその分も万倍にして返してやる」
だから俺は星流会のYAKUZAじゃねぇ! そう心の中で突っ込みを入れながら、ふらつく足で立ち上がる。そんなユーヘイの胸元をフランクフルトのように太い五本の指で掴み、百八十以上の身長があるユーヘイを軽々と持ち上げた。
「さぁ、良い声で哭いてくれよ?」
男は無表情で巨大な拳を堅く握り込み、ぐぐっと弓が矢を引き絞るように振りかぶる。
「なっめんなっ!」
「ごぉっ?!」
ユーヘイが男の腕を外側に思いっきり捻りつつ、男のみぞおちに向かって全力の爪先蹴りを叩き込む。みぞおちへの一撃は届き、男の体がくの字に折れ曲がり、その勢いを利用して捻っていた腕を体全体を使って外側に回す。
「があっ?!」
ボグン! と鈍い音がして男の左肩が外れ、男がその肩を押さえてうずくまる動きに合わせて、その顔面に思いっきり蹴りを入れた。
「ぼぼぉっ?!」
男の口から白い何かが数個飛び、男の顔が跳ね上がる。
「せぇあっ!」
「ごがぁっ?!」
跳ね上がったその顔面に、完璧なタイミングで掌底を叩き込む。手の平に何かが潰れたような感触がしたが、それを気にする事も無く、ユーヘイは腕を伸ばしきった。
男が大の字に倒れ込み、それを見届けながら咄嗟の判断で投げ捨てた拳銃を慎重に拾い、空になったマガジン取り出して新しいマガジンを入れる。
「何だよ、こいつ」
油断無く男に近づき、相手が完全に白目を向いて気絶しているのを確認してから、ユーヘイはネックマイクに手を伸ばす。
「こちら大田、そっち――」
どうだ? と最後まで言葉を続ける事は出来なかった。倒れていた男がバネのように跳ね起き、ユーヘイの顔面をムンズと掴んで投げ飛ばしたのだ。
「っ?! つあっ!」
突然の事に驚きながら、何とか正気に戻ったユーヘイは、空中で強引に体勢を整えて猫のように地面へ着地する。
「ぺっ!」
顔を掴まれた時に噛んだ唇の血を吐き捨て、ユーヘイはフレームが馬鹿になったサングラスを投げ捨てる。
「ぺっ!」
男の方は折れた歯を吐き捨て、すきっ歯だらけの歯を剥き出しにして、怒りの形相を浮かべる。男の動きを油断無く見ながら、ユーヘイは視界に自分のヒットポイントを表示させる。
残り二割、ね。普段は完全にオワタ方式(※1)なのでヒットポイントなんか意識した事はないが、それでも後が無いのは分かる。ただ、ここに来る前に食べた料理のバフが効いているらしく、徐々にではあるが回復はしていて、もしかしたらその他のバフのお陰でダメージも軽減されているかもしれない。
「やるじゃないか、YAKUZAが」
「……」
もう否定するのも面倒臭くなり、ユーヘイは無言で拳銃をガンベルトに仕舞う。どうせゴム弾では大したダメージは与えられないだろうし、ここからは完全に格闘メインで立ち回るしかない。
「うおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
外れた左腕をブラブラさせながら、右肩を前にショルダータックルを仕掛けてくる。ユーヘイはトントンと軽くジャンプし、迫り来る肩が目前に来るまで待って、ストンとしゃがみこんだ。
「うおおおおおおおおおお?!」
しゃがむのと同時に体を回転させ、地面に両手をしっかりついて水面蹴りを男の足首に叩き込む。男は勢いそのままにつんのめり、そのまま前方へ投げ出されるように吹っ飛んだ。
「うべぇ?!」
男は近くにあったコンテナの側面に顔面から突っ込み、ゴオォン! という派手な金属音を轟かせて、ズリズリと地面に崩れ落ちる。ユーヘイは素早く立ち上がると、鋭くステップインして、男の延髄に全力の蹴りを叩き込んだ。
「あぴぁっ?!」
男が妙な声を出して地面に倒れた。
「ふぅっ」
今度こそ大丈夫か? と注意しながら近づき、数回太ももに軽く蹴りを入れて動かない事を確認してから、ユーヘイは手錠を取り出し、男の右腕に手錠をはめる。
「さすがに手錠をはめりゃ大丈夫だろ」
ボヤくように呟きながら、男の左腕に手を伸ばそうとして、舌打ちをしながら後方へ跳んで距離を取る。
「うがぁ」
男は無茶苦茶に右腕を振り回し、ズリズリと体を引きずりながら立ち上がった。
「どんだけタフなんだよ」
ユーヘイが呆れた口調で呟き、男はニヘラと笑いながら、右腕で妙な具合に曲がった頭を強引に、ゴキリゴキリと元の位置へ戻す。
「ただの化け物じゃねぇかよ」
こんなのが他にもいるんか? さっきのノンさんの怒声の理由ってこいつらか? ユーヘイはそう考えて、鋭く舌打ちをする。
「運営君は、どうしてこう、癖が強い敵を沢山用意してくれるんだろうか? あれか? ハードルを上げないと死んでしまう病気にでも罹患しているのか?」
こいつを倒して他のフォローとか、それなんてクソゲー? などと心の中で呟きながら、ユーヘイはこれまで一度もした事のない格闘の構えをするのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ユーヘイが化け物に襲われる前――
徐々にフィクサーの数が目に見えて減少していく様子に、ノンさんが嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ユーヘイの作戦が当たったって事ね。はぁ、毎回毎回しんどいわ」
ショットガンに新しいショットシェル、ショットガン用のゴム弾を突っ込みながら、ノンさんはやれやれと肩を竦める。
「あっちゃんも大丈夫そうだし、旦那の心配はするまでもないし。この様子だとユーヘイ達も大丈夫だろうから、今回も何とかなるかな」
レバーコックでリロードをして、ノンさんは周囲の様子を見回す。先程まではひっきりなしに突っ込んで来ていたが、少しは警戒されたのか、障害物の陰でチラチラとこちらをうかがっている様子が見える。
「そのままユーヘイか旦那様に始末されてくれれば助かるんだけど」
それは望み薄よねぇ、自分の言葉に苦笑を浮かべ、さてどう誘導しようか、そう考えていると、ゾワリとうなじが逆立つような感触を覚え、慌ててその場からジャンプをして逃げる。
「ちっ」
カカカッ! と音を立てて、ノンさんが居た場所に投げナイフが三本突き刺さる。それを確認せず、嫌な感触を覚えた方向へ銃口を向け、ショットガンを連続して撃ち込む。
「シット!」
奇襲を失敗して舌打ちをしていた何者かが、妙にネイティブな発音で乱暴な言葉を吐き捨て、トカゲのような動きでコンテナの上を四つん這いに走る。
「キモッ! 気持ち悪いんじゃぁっ! ぼけっ!」
心の底からの拒絶を吠えながら、ノンさんはショットガンの弾が無くなるまで連射し、撃ち終ったショットガンを投げ捨てると、馬鹿デカい拳銃と警棒をそれぞれの手に持って、気持ち悪い動きで回避運動を繰り返す相手に向かって走り出す。
「ファッ○ビッ○!」
「ムカチン! 人妻じゃぁい! ごる゛あ゛ぁ゛っ゛!」
どっからどうみても日本かぶれな忍者スタイルのような、忍び装束っぽい格好をした、妙に両手両足の長い、まるで蜘蛛のような体型をした男の、ピーピーと音が聞こえそうな放送禁止用語を吐き捨てられ、ノンさんの目が危険なレベルで鋭く尖る。
「死にさらせ! その
どこぞの漫画で見たような台詞を吐き捨て、ノンさんの警棒が男の左腕を強打する。
「がっ! シィッ!」
「このアタシに近接戦闘を挑むとか、愚か者めがっ!」
「ワッツ?! ぐはぁっ!」
警棒を左腕で受け止め、その衝撃に黒い布で隠した顔を歪めながら、右手に隠し持っていたナイフをノンさんの顔面に向かって突く。しかし、ノンさんは心の底から蔑んだ視線を向けながら、迫り来るナイフの切っ先を軽く顔を傾けて避け、男の顔面めがけて拳銃の銃口を向けて、全く躊躇する事なくトリガーを引いた。巨大なゴム弾は男の顔面を激しく変形させてめり込み、その細い体が吹っ飛び、地面を転がった。
「ふん!」
ブン! と警棒を振り抜き、まるで血振りでもするような動きをしながら、ノンさんは油断無く拳銃の銃口を男に向け続ける。
「ふ、ふふふふふふ……はぁははははははははっ! YAKUZAにしては強い」
まるで操り人形のような動きで、カクカクしながら立ち上がった男が、ケタケタとやはり人形のような動きで笑い、ギラギラと輝く瞳でノンさんを睨む。
「楽に死ねると思うなよ? ビ○チ」
「……楽に気絶出来ると思うなよ? クソマフィア」
スンと顔から表情が抜け落ちたノンさんに、ガラスのような瞳を向けられ、男はじっとりと背中を流れる冷たい汗を感じ、やっちゃったかもしれん、と自分の発言を後悔しながら隠し持っているナイフを構える。
「ド素人が」
平坦な声で呟いたノンさんが、全く隙のない、まるで剣豪のような佇まいで警棒を構えたのだった。
※1 一発アウト、常に残機ゼロ状態のゲーム。この形式のゲームは、ほぼ全て初見殺し満載で、クリアーさせる気は欠片もないよね? という作りをしている。なのでゲーム配信などで、わちゃわちゃしながらやるのが作法のような側面があったりなかったり。ある意味レトロゲームのアクションゲーム、特に伝説の据え置き家庭用ゲームハードの、最初期に発売された物が源流とも言えるかもしれない。
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