第146話 不動探偵事務所の不動 ヨサクでーす。よろしくね。
ギルド『第二分署』とギルド『第三分署』が中心となり、圧倒的な不利の状況をひっくり返す行動を開始し、
エイトヒルズではもう一つの戦いが始まっていた。
「誘導、出来てますの? それと拠点の割り出しはどうなってますの?」
「何とかなっとるわ。けど、フィクサーの連中やりよんなぁ、なかなか拠点が見当たらへんわ」
「こっちもだね。リバーとイエローにも監視の目を増やしたけど、どうにも上手くいかない」
「……厳しいですわね」
とにかく顔が広いカテリーナの伝手を使い、同盟関係非同盟関係を抜きにした無線連絡網を構築し、更には友好的な
探偵職にDEKAのナビゲーションマップのようなスキルは存在しない。だが、ノービスの超ド級マイナーユニークジョブならば、それに似たスキルはある。カテリーナはそのスキルを持っている『黄物怪職同盟』のメンバーに協力を要請し、エイトヒルズのセントラルステーション近くのテナントを一時賃貸でレンタル、そこを作戦本部として使いながら指示を出していた。
「水田さんから何か連絡はありませんの?」
まさかの作戦本部長に祭り上げられたカテリーナは、全く慣れない状況に四苦八苦しながら、こんな場面で一番輝くだろう人物の居場所を問いただす。その魂胆を見抜いていた
「今のところは、ただこっちとは別のギルドとしきりに連絡を取り合って何かしてるらしいわ」
同情はするけど頑張りぃや、という表情を浮かべながら
「ウチ、水田にーやんに不動ちゃんの連絡先聞かれたわ。だから不動ちゃんと連絡取ってんちゃうのん?」
「不動さんと? ですが彼のギルドメンバーはほとんどこっちに来ているんですのよね?」
「ギルドマスター本人は行方不明やんな」
「……え゛?」
「サブマスのチョースケのおっちゃんがボヤいてたで」
「凄く、嫌な予感がしますの」
「なははははーウチもそう思うわ」
ケタケタと嬉しそうに笑う赤蕪にジットリした視線を向けながら、カテリーナは重たい溜め息を吐き出し、やってられないと額を押さえた。
「そもそもわたくしは、長い時間を掛けて熟考出来るアドベンチャーとかノベルゲームが好きな人間ですのに……シミュレーションとかリアルタイムストラテジーは苦手なんですの。こんな、こんな……はぁ」
ぐったりとするカテリーナの頭を、よちよち大変やんなーと赤蕪が撫でる。そんな二人のやり取りを見ながら、光輝はマップを提供してくれているプレイヤー
「やっぱり難しいか?」
「そうじゃのぉ」
完全に小学生っぽい童顔で、身長もどうやったか知らないが(※1)小学校高学年位の身長で、半袖半ズボンという完全無欠のショタっ子アバターなのに、使っている口調がじじぃ言葉という、ありとあらゆる要素がテンコ山盛りに積み込まれている伊能が、ポリポリと胸元を掻きながら、ほわほわした表情で呟く。
「どこの誰がこの絵面を描いたのやら、妙に分散して移動しておる。これでは絞りきれぬのぉ」
「そうか」
「ただのぉ、わざとらしさは感じるからのぉ。多分、ここじゃ無いかっちゅう場所の目星は付くんじゃが……」
「じゃが?」
「臭いんじゃよなぁ、実に」
「罠だと?」
「多分のぉ」
「……」
見た目とまんま少年ボイスとじじぃ言葉と、物凄いやり辛さを感じながら、伊能の言葉に光輝は頭の中を回転させる。
先ほど一瞬だけ水田と、どうやら一緒に行動しているらしい『黄物怪職同盟』のメンバーが所有していた無線機で会話が出来たのだが、今回のこの騒動を動かしている星流会の人物が大物かもしれない、という情報を得ていた。そんな大物が相手だ、フィクサー側もやられっぱなし、という形で終らせる訳もないだろう。だから伊能の言葉は、とんでもなく重たいし凄く怖く感じる。
何より、イリーガル探偵じゃない探偵職は、ほぼ護身術的なスキルを持ち合わせておらず、リアルで格闘などを嗜んでいるプレイヤーがスキル抜きで使える程度だ。しかも数が少ない。
その状況でフィクサーと星流会、二つも同時に相手しようとすれば頭数がとてもじゃないが足りない。ここでさらに星流会の大物なんぞ出て来られたら、想像するだけでも嫌になる。
もっと悪い事に、DEKAプレイヤーはほとんどベイサイドに集中している。『助けて! お巡りさん!』が出来ない状況なのだ。
「ヒョウちゃん、どう思う?」
自分一人だと判断出来ない、そう思った光輝が話を聞いていた赤蕪に問い掛けると、彼女は伊能が見せてくれているマップを見ながらパタパタと手を振る。
「ウチの乏しい頭じゃ水田にーやんとかみたいな事は無理やねん。だからここは堅実に、相手の誘いに乗らずに自分達が出来る事をしとけば間違いないんちゃう?」
「誘導を続ける?」
「そうやね。むしろウチらの目的はNPC周辺の犠牲者が出ない事が目的やったやん。なら初志貫徹、それを貫くべきやと思うねんな」
「……それもそうね、リーナ」
「はいはい、聞いてましたわ」
頭を押さえながら周囲の会話を拾っていたカテリーナが、疲れた表情をキリリとした顔に戻して周囲を見回し、張りのある声で指示を出す。
「このまま誘導を続けます! フィクサーとの戦闘は『不動探偵事務所』の方々にお任せして、我々はフィクサーの拠点を探し続けます! NPCに被害が出ないよう注意してくださいまし!」
「「「「はい!」」」」
カテリーナの指示に無線機を持つメンバーが返事をし、それを現場で踏ん張っている仲間達へ伝達していく。その様子を満足そうに見ながら、水田さん早く戻ってきて下さらないかしら、と弱気な事を考えるカテリーナであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ギルド『第一分署』の面々が戦っている廃工場を見下ろせる商業ビルの屋上に、その男は立っていた。
運営が見せたムービーとやらに映っていた吸血鬼のような男だ。
「ち、しぶとい」
フィクサーを動かす為にフィクサーの工作員を捕まえては拷問のような尋問をした上でわざと逃がし、それ以外にも様々なヘイトを高める工作をした上で、廃工場に星流会の大幹部がやって来るという偽情報を流しておびき寄せた。
こちらの想定以上に、ガッチガチの銃火器に身を固め、廃工場で『第一分署』とエンカウントしたと言うのに、あのDEKA達は一人も欠ける事無く、いまだに戦い続けている。正直、自分の直属の部下としてスカウトしたいレベルの戦闘能力だ。
「まあ、それもどこまで保つか」
ハ虫類を思わせる黒目が小さい瞳を細め、愛用しているタバコの箱を懐から取り出し、ひょいっひょいっ、と箱を揺らしてタバコを取り出そうとする。
「っ!?」
やっと出てきた一本を口に咥えるのと同時に、背中にゴリッと何か堅い物体を押し付けられる感触がし、男は体を固くしてゆっくり後ろに振り返る。
「ほら、楽しめよ」
「……」
振り返った先に居たのは、黒いソフト帽に丸いレンズのサングラスをした青年が、シニカルな笑みを口許に張り付け、男の咥えているタバコにライターを近づける。男は苛立ちを飲み込むように素直にタバコへ火を点けた。
「何モンだ、てめぇ。外で見張ってた奴はどうした」
タバコを吸い込み、鼻から紫煙を吐き出した男に問い掛けられ、ソフト帽の彼はふてぶてしく笑った。
「
「ちっ!」
帽子の男の名乗りと自分の部下の不甲斐なさに、吸血鬼の男は鋭い舌打ちをした。
「てめぇがリバーサイドの星流会の縄張りを荒し尽くした馬鹿探偵って奴か」
「おやおや、お見知りおきいただき光栄でござい。星流会の
「ちっ」
ヨサクに名前を言い当てられた男、水地が忌々しそうに鋭く舌打ちをし、ぷっ! とタバコを吐き捨てる。
「粋がってんじゃねぇぞ? クソ探偵が。そのオモチャでどうにかなるとでも思ってやがるのか?」
「はっはっはっはっはっ、お前こそたかが組織の中間管理職じゃねぇか。懐刀? 組織の切り札? 笑わせてくれるじゃないの。ただただ都合良く使われてるだけだろ? ちょっと偉くなっただけのチンピラ上がりが」
「……」
不動の言葉に水地の目付きが危険なレベルで鋭くなる。だが帽子の探偵はどこ吹く風と、ニタニタ笑いを引っ込めない。
「ま、今回は自己紹介と宣戦布告をしに来ただけだ。お前らにとって『第一分署』だけが脅威だと思ってるようだけど、そんなんじゃ足元すくわれちゃうよ?」
「……」
グリグリと背中の堅い何かを強く押し付けられ、水地はギリリと奥歯を噛み締める。そんな相手の様子に不動は馬鹿にするような笑みを深め、ゆっくりと体を離す。
「……」
黒いジャケットのポケットに手を突っ込み、何やら筒状の何かを水地に向けたまま、不動は出口へ移動する。
「これからも『不動探偵事務所』をご贔屓に。そして震えて眠れ、どサンピン野郎」
不動はソフト帽をキザっぽく脱ぎ、それを恭しく胸に当てながら小さくお辞儀をすると、出口のドアを開けて半身を滑り込ませる。
「んじゃな、間抜け野郎」
不動はそう言うとジャケットのポケットに突っ込んでいた手を引き抜き、その手に持った何かの鍵をチャラチャラと揺らして姿を消した。そしてドアの鍵をしっかりと閉めて立ち去る。
「やってくれるじゃねぇか、クソ探偵が」
水地は新しいタバコを荒々しく取り出し、それに火を点けると、爛々と輝く瞳で不動が消えたドアを睨み付けるのであった。
※1 この世界のVRゲームでいわゆる『ネカマ』『ネナベ』は出来ない。身長もプラスマイナス5センチ位が限界である。それは本来の自分からあまりに解離した状態であると、VRシステムにリンクしている脳みそが混乱を引き起こし、色々な不具合が発生する為である。
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