第145話 ウェイクアップ。あるいは気づき

 ユーヘイ達がそれぞれ担当する場所へ突撃して撹乱を開始し、ヘイトが三人に向かうタイミングを見計らい、ダディがスナイパーライフルでの狙撃を開始した。


「っ!? あー、反動が……ライフルってこんな扱い辛いのか?」


 SIO時代にレーザーライフルだったら扱った事はあるが、実弾系のライフルは全く触っておらず、全身、特に肩と腕に来る反動の激しさにダディが目を白黒させる。


 銃床(※1)を当てていた右肩をグルグル回してぼやくように呟くダディに、その部分を擦りながらノンさんが確認する。


「大丈夫?」

「あ? ああ、大丈夫。の癖でついつい頭を狙いそうになるのがむしろヤバイ」

「それは止めようね」

「分かってるよ。これでヘッショなんかしたら、それこそスイカかザクロだよ」

「それは見たいような見たくないような……さすがに無修正って事はないだろうけど、それはともかく一発でクエストが失敗しそうだから注意してよ?」

「はいはい、注意しますよ、っと!」


 妻に笑顔を向けながら、それでも狙いやすい的になっている敵を見つけては、腕や足などを狙って狙撃する。


 スナイパーライフルの一撃なら、腕が吹っ飛んだり足がもげたりしそうだが、先程ポイントでゲットした銃器マスタリー、それの手加減が作用しているらしく、四肢欠損レベルのダメージは与えていない。それでもさすがはスナイパーライフル、その一撃を食らった相手はそのまま無力化され、地面に転がっていく。


「一斉にユーさん達の方に敵が向かっちゃったけど、大丈夫かな?」


 ヒュン! ヒュン! と弾丸が空気を切り裂く音を聞きながら、山さんに扱い易いように小型化されたリボルバーを構えたアツミが、不安げにノンさんに聞く。


「トージとヒロシが不安だけど、ユーヘイは大丈夫じゃない?」

「ああ、大田だけなら大丈夫だろ」


 妙に自信満々に断言され、アツミはその信頼がどこから来るのか分からず、不思議な表情を浮かべる。そんなアツミに二人はお互いの顔を見合わせ苦笑を浮かべた。


 色々と悪名やら異名やら、事件やらやらかしやら、本当にVRゲームで引き起こされた良い事も悪い事も全てここから始まったと言われているスペースインフィニティオーケストラ。だがどちらかと言えば悪い事の方が有名になりすぎて、元SIOプレイヤーです、なんて言おうモノならそれだけで炎上する場合がある伝説のゲーム。それを持ち出して説明出来れば楽なのだが、さすがにバリバリ配信している状況でそれを持ち出すのはヤバイと判断し、二人はお茶を濁すように苦笑を浮かべるしかなかった。


 さすがにユーヘイが元SIOプレイヤーで、それなりどころか歴史に名を残すような異名持ち等と説明する訳にはいかない。


「ま、そこは信頼して待つのも仲間の役割って事だよ」


 ダディが色々誤魔化しながら、それなりにもっともらしい言葉で有耶無耶にしながら、チラチラと助けを求めるように妻に視線を向ける。


「はいはい、あっちゃんは向こう側を警戒して。大丈夫よ、こう言う場合は仲間を信じるもんだから」


 ちょっと無理矢理気味にアツミの意識を切り替えさせて、警戒して欲しい場所を指し示し移動してもらう。それを見送りノンさんはやれやれと肩を竦めた。


 ノンさんの背後でスナイプをしていたダディが、フィクサーの連中がこちらへ向かってくる様子に気づき、トントンと嫁の肩を叩く。


「お嫁さん、出番だよ」

「おっと、行ってくる! あ! あっちゃんのフォロー出来たらお願い!」

「はいはい」


 アツミとは反対の方向へ走るノンさんを見送り、ダディは懐から拳銃を取り出し、お腹の前のズボンの間に差し込む。


「良く考えたモンだね、これも」


 ダディは苦笑を浮かべて狙撃を続ける。


 ユーヘイが考えた作戦は簡単だ。三人が担当する場所で撹乱をし、それでヘイトをまず稼ぐ。そのヘイトが向かったところでダディが狙撃を開始し、次にダディ達にヘイトを向かわせる。ダディ達が守りに入ったところで、三人がその背後から襲いかかる、という作戦だ。


 ただ、初手の三人が突っ込んだ瞬間に狙い撃ちにされれば終わっているし、飛び込んだ先で包囲されてボコられれば終わってしまう。更に言えば、このまま守りに入ったダディ達が守り抜けなければ終わるという、実にハイリスクハイリターンな作戦である。


 ただ、一度でもハマればそれだけで相手の戦力を削れるし、途中で失敗したとしても相手の布陣を切り崩した事には違いないので、逃げる手段も探し易いとあってダディはなかなか良い作戦だと思っている。


「ふぅ……持ちこたえよう」


 ここからは忍耐勝負だ。ダディは呼吸を整え、向かってくるフィクサーの兵隊にひたすら鉛の弾を強制的にプレゼントする事に集中する。その近くのコンテナに身を隠したアツミは、チラチラと周囲を確認して敵が来ない事を祈っていた。


「……」


 正直言って、第一分署の中で自分が一番能力的に劣っているという自覚があり、今この状況下で自分がやるべき事は、敵を倒す事ではなくて、いかにして仲間の足を引っ張らないようにするか、だと思っていた。なので、敵が来たら兎に角威嚇射撃をしまくろうと、インベトリとショルダーバックに大量のリローダーを用意し、撃ちまくる決意を固める。


 アツミとしてはこのギルドに居続けたいのだ。嫌われたくないし、見捨てられたくもない。今回の役割も失敗したからと嫌われるような事はないだろうし、ギルドから追放するなんて切られ方をされるはずはない、とは頭では理解している。だけど頭と感情は別物なのだ。


 いくら努力しようとも、結果が残せなければ失望される。時間をかけて仕上げても、それが結果に届かなければ切られる。アツミは長年、そういう厳しい世界で生きてきた。その習慣とも習性とも呼べる部分がアツミをイジメるのだ。


 もちろんだが、ユーヘイ達がこれまでアツミが関わってきた、どんな人物達よりも器が大きく、寛容である事を理解している。理解しているがそれでも、アツミ自身が持つ根元的な恐怖を払拭する事は出来ない。


 何故なら、アツミ自身が自分という存在を信じられていないから。その恐怖を吹き飛ばせるような確信を、仲間達に見出だしていないから。まだ自分という存在を仲間達に、本当の意味で晒していないから。


 だから、とてつも無く怖い。


「はあーはあーはあー」


 少しでも心を落ち着けようと意識して呼吸を繰り返し、グリップを握る手に力を込める。


『そっちにヘイトが向かった。ダディ頼む。ノンさん、ほどほどに暴れてくれ。ダディはいつも通り冷静に』


 緊張が高まっている中、無線からユーヘイの声が聞こえ、ダディとノンさんにアドバイスが送られる。そして無線越しにユーヘイがフッと笑う。


『あっちゃんは楽しもうな』

「っ!?」


 どんなアドバイスが来るかと身構えていたら、妙に優しい口調でそんな事を言われ、アツミはビックリして体から力が抜けた。


 こんな危機的状況で楽しむってなんだよ? 私だけ具体的な助言は無しかよ。そもそもこんな切迫した感じのところで楽しめるかよ。そんな感情が心の内側に膨れ上がった。だが、体から力が抜け落ちた事で少し心に余裕が生まれる。


「楽しむ」


 それは常々ユーヘイが訓練の時とかに仲間へ向かって言っている言葉だ。


 ゲームは楽しんでなんぼ! 楽しまなきゃ損だ! 損! だからどんなに辛くても苦しくても楽しまなきゃ! それでこそゲームってもんだろ?


 そんな言葉が頭に思い浮かび、アツミは思わず笑ってしまう。確かにそれは実に単純な真理だ。


「勝っても負けても楽しんだら勝ち」


 いつかユーヘイが言っていたセリフだ。なら負けても笑って負けたと全力で誇れるように、勝ったなら勝ったと全力で喜べるように、自分の全てを使って楽しもうとアツミは意識を切り替えた。そして、自分が第一分署のお荷物である、という認識をどこかに置き去りにした。


「ふぅ……」


 今度は喘ぐような呼吸ではなく、しっかりと深呼吸ををして、グリップを軽く握り直す。


「強く握りすぎない。撃つ時は両手。狙う時は焦らず」


 基本的な射撃訓練を受けた時に、ユーヘイやヒロシ、トージから言われた事をブツブツと呟いて体に染み込ませる。


「注意して! しゃおらぁっ!」


 背後からノンさんの叫び声と、ドン! というショットガンの発砲音が聞こえてくる。アツミは深呼吸を繰り返し、コンテナの影からチラチラと顔を出して相手の動きを確認する。


「……」


 ノンさんが派手に暴れ、その音に気を取られた奴らを冷静にダディが狙撃するというパターンに持ち込み、アツミが警戒している方向に寄ってくる人数は少ない。だが、それでもチラホラとこちらへ近づいてくる。


「当てるんじゃなくて、寄せる感覚。当てようと考えるんじゃなくて、相手にボールを投げるような感覚」


 教わった事をブツブツと呟き、相手との距離を確認していたアツミは、ふとある感覚に気づいた。


「?」


 障害物のポイントポイントで、何やらそこがクローズアップするような感覚というか、そこに弾を当てるとどこへ飛ぶのか分かる線のようなラインが見えるような、そんな妙な感覚だ。


 これは何だろう? アツミはそう思って、自分の腕でも当てられる場所のポイントに向かって発砲した。


「ぶべっ?!」

「……あれ?」


 自分の目の前にあったコンテナの溝にゴム弾が当たり、それが別の方向へ跳弾、さらに別のプラスチックのパレットの角に当たり、そこから跳ねたゴム弾が近づいて来ていた敵の顔面に直撃し、そのまま敵は泡を吹いて気絶した。

 

「……え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 自分が転んだ瞬間に握りしめた拳銃が暴発して跳弾し、それがなんやかんやで敵に当たる、という事は体験していたが、それをまさか自分自身の意思で作り出せた事に、アツミ自身が全力で引いた。


 だが、すぐに考えを改める。


「これは使える」


 そうこれは実に使える技能だ。特に今のような状況でこの技術は滅茶苦茶ハマる。


「……ええっと、あそこかな」


 アツミはクローズアップされるポイントの中で、自分が確実に当てられる場所に向かって発砲し、その発砲音と同じ数の敵を刈り取っていく。


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 アツミのフォローをしようと見守っていたダディはそれを目撃して、何が起こってるか分からず困惑の声を出した。


「類友だな、うん。類友、類友」


 ダディはフリーズしそうになる意識を振り払い、ユーヘイが呼び寄せた類は友を呼ぶ現象だと無理矢理納得させ、スナイピング作業に戻るのであった。




※1 ライフル、両手で持つような形状をしている長い銃器の、構えた時に肩に当てる部分。威力もさることながら、大きさに見合った反動があるので、体全体でその反動を殺す必要があり、それを補うためのパーツである。その昔、少女漫画で凄腕のスパイパー(?)見たいなキラキラしたイケメンが、その部分を肩に担いだ状態で銃を撃つと言うシーンがネタとして拡散されたりしました。

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