第144話 進め! 第二・第三分署!

 圧倒的不利な状況をひっくり返す為に、ユーヘイ立案の無茶な行動を、第一分署が始めた頃――


「あ~あ、お恥ずかしいったらありゃしない」


 ニヤニヤと人を食ったような笑顔を浮かべた小柄な男性が、目の前の状況に軽口を叩く。それを聞いた隣のスポーツ刈りをした、長身の男性が困ったような表情を浮かべる。


「谷城さん、そうは言いますけど、この状況じゃ『お恥ずかしい』ってのも無理ないっすよ?」


 長身の男性プレイヤー、ギルド『第二分署』のサブギルドマスター村脇むらわき リョウが、自分が所属するギルドのマスター谷城やじょう シンタをたしなめる。


 そんな村脇の言葉に、少しおどけた様子で小刻みに踊るように体を揺らしながら谷城が、指先でこめかみをトントン叩きながら微笑む。


「こっちとしては、『第一分署』の方々に恩返しが出来て、あ、ラッキ~ラッキ~♪ ってトコだけど」

「そこは同意しますけどね」


 目の前の状況、リバーサイドで潜伏していたフィクサーが龍王会に襲撃され、そのままベイサイド方面へ押し込まれた、最前線が正にここである。


 DEKAプレイヤーギルドでも有名なギルドに所属する人物の指示で、こうして『第一分署』が奮闘している場所、星流会が所有している廃工場へと誘導されそうになっているフィクサーを迎え撃っているのだが、状況はあまり芳しくない。


 以前、赤蕪あかかぶ ヒョウ他が説明していた通り、DEKAプレイヤーは普通、敵キャラの猛攻に負ける。


 赤蕪が説明した通り、敵キャラのデフォルト能力である無限弾倉も確かに驚異なのだが、それ以上に心理的な縛り要素となっているのが、相手を故意に殺害してはならない、という部分だ。


 DEKAプレイヤーは常に大きなハンデを抱えた状態で戦闘をしなければならない。普通のシューティングゲームであれば、敵キャラクターを適当に撃って、それなりのダメージを与えていれば勝てる状況へと持っていける。だが、黄物はそれをやると犯人が死ぬ可能性が高まり、それで犯人が死亡でもすればクエストが失敗してしまう訳で、この仕様に苦しむプレイヤーというのは多い。


 そもそもユーヘイ達――アツミはちょっと特殊過ぎる気がするが――第一分署の面々が異常なのだ。


 まさに本気にならないと遊べないゲーム、それがイエローウッドリバー・エイトヒルズのDEKAという遊び方だったりする。


 だからと言って本気を出せば何でも上手く回るか? と問われれば否というのが難しいところで、間違いなく頑張れば身にはなるのだが、それを実感するまで続けられるプレイヤーはそう多くない。プレイヤー人口は増え続けてはいるが、それと同時に辞める層というのも多いのだ。


 だがその流れもユーヘイ達の存在によって減少はしている。彼らが提供する技術的な部分の解説動画、彼らが実際に動いている動画、具体的な動き方や考え方、そう言った熟練VRゲーマーなら本来秘匿されるような技術をガンガン配信するので、それを真似て上達するプレイヤーが増えた。その上達したプレイヤーがDEKAギルドを作り、そこで自分が体得した技術を教え込むという好循環が生まれ、現在は運営が想定したレベルのDEKAプレイヤーが一定数存在している状態だ。


 そんな状態でも、敵キャラクターにDEKAは勝てない。それだけ、相手を殺害せずに無力化するのが難しいのだ。

 

 だが、その状況を打ち破る方法が、実はある。鑑識の山さんが開発した『特殊ゴム弾』だ。


 他のDEKAプレイヤーがゴム弾を使わない最大の理由それは、『飛距離が短い』『弾道が不安定』『超上級者向き』という大きすぎるデメリットのせいだ。


 そんなデメリットを鑑識の山さんが開発した『特殊ゴム弾』は全て解消してくれる。イリーガル探偵のギルドが真っ先にカテリーナのギルドへ同盟を求めたも無理もない。


 しかし今、彼らはそんな便利な道具を所有していない。つまり、完全なプレイヤースキル勝負だ。


 なので自分達の警察車両を盾にして、相手からの弾丸を防ぎながら反撃をしているのだが、無闇矢鱈と発砲するのは相手を殺害してしまう可能性が高く、どうしても消極的な反撃しか出来ない。それが相手を調子に乗らせてしまっているのだが、自棄になって乱射して事故って、という流れはどうしても怖く、相手をここに止める事で手一杯の状況に陥っている。


「このままこの状態だと押しきられそうですけど、谷城さん、どうします?」


 村脇の質問に、谷城が笑う。


「喋る前に考える癖つけな~。もちろん反撃はするさ」


 ノリノリな感じの相方の様子に、村脇はこれは何か仕込んだな、と感じて溜め息を吐き出す。


「何をしたんです? 何を?」

「何、簡単な事さ。いつまでも劣等感に騙されてないで、ちょっと素直になってみただけ」

「は?」


 外国人のようなオーバーな感じに体をくねらせ、カラカラと笑う谷城の姿を胡乱な目で見つめると、背後から車が近づいてきてギルドの仲間が飛び出してきた。


「貴方は、本当にもおっ!」


 ショートボブの純和風美人と言った感じの女性プレイヤーが、谷城の前へズカズカ足音を鳴らして近づくと、おもむろにインベトリを開いてドサァ! と大量の弾丸カートを落とす。


「相手は面白いって言って許可してくれたから良いけど! 貴方! 相手の許可取ってないじゃない!」

「大丈夫大丈夫、絶対、あの人ならノリノリで提供してくれるって思ってたから」

「拒否されたらどうする気だったの!」

「そしたら皆で頑張るさ」


 女性プレイヤーは沙木さき ジュリ。色々と癖が強い『第二分署』の良心と呼ばれている、唯一ギルドマスターに強く出られる女傑である。


 沙木と谷城のやり取りを聞き流しながら、彼女が落とした弾丸ケースを手に取り中身を確認して、村脇はそれが何か分かった瞬間ゲラゲラと笑いだした。


 それは鑑識の山さん謹製『特殊ゴム弾』であった。


「これが谷城流ってね。ジュリさんも手伝って、皆に配ろう」

「はぁ……分かったわよ」


 さぁ、準備は整ったと谷城は笑う。これで恩は倍返しで返せると確信した。


 かつて大田 ユーヘイが金大平かなだいら 水田すいでんに向かって言い放ち、そして彼を救った言葉は、実は同じような悩みを持つロールプレイ重視のプレイヤーの多くを救った。


 それはナチュラルロールプレイの最強ギルド『第一分署』と、何かと比較される『第二分署』のメンバーも例外ではない。


 谷城や村脇、そして沙木ですらずっと悩まされていた事で、ユーヘイはそんな彼らを救っていたのだ。谷城が恩返しと言うのは正にそこだ。


「さぁ! 反撃を開始しよう!」


 後にDEKAプレイヤーの二次調整と呼ばれる祭りが始まろうとしていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 イエローウッドからベイサイドに向かってくるフィクサーの集団を、ギルド『第三分署』を中心としたDEKAプレイヤーが待ち受けていた。


 切迫した状況であったリバーサイド方面には、プレイヤースキルの高い『第二分署』が担当し、そちらはプレイング能力が高いプレイヤーが揃っている。だが、こちらはどちからと言えば、エンジョイ勢ライト層が中心であり、始めての大規模戦闘に多くのプレイヤーが不安そうな表情を浮かべていた。


 ギルド『第三分署』ギルドマスター松本まつもと ケンユウは、その強面に強い緊張を浮かべながら、先程『第二分署』の沙木から届けられた弾丸ケースを握りしめる。


「なんとかなりますよケンさん」

「そうかな?」

「そうですよ」


 爽やかイケメンなアバターの『第三分署』サブギルドマスターの風牧かぜまき シュンスケが、全く根拠の無い自信に満ちた言葉で励ます。


「楽しんだ者勝ちですよ。ユーヘイニキもそんな事言ってたじゃないですか」

「それは、まぁね」

「これだけ事前に準備が出来て、これだけ一つの目的の為だけに集まってくれて、それでもダメだったら皆で『第一分署』さんに謝ればいいじゃないですか。すいません、引き留められませんでした! って」

「確かにそれで許してくれそうだけど。もしくは、何で謝ってるの? とか言われそうだけども」

「でしょ? だからここは楽しみましょう?」

「……ははははは、君は本当に頼もしいな」

「それ程でも、ありますよ」

「はははははははは」


 段々と近づきて来るフィクサーの姿に、風牧は静かに拳銃を引き抜く。それが合図となって、他のDEKAプレイヤー達もそれぞれの拳銃を手に取る。


 その様子に風牧が松本に視線を向ける。松本は柄じゃないんだけどと呟きながら、大きく息を吸い込んだ。


「山さん印の特殊ゴム弾は装填したね?」

「「「「おう!」」」」


 松本の問い掛けにそれまで不安そうな表情を浮かべていたプレイヤー達が、キリリとした表情を浮かべて吠えた。


「予備はしっかり持ったね?」

「「「「おう!」」」」


 もう一度問い掛けると、プレイヤー達が先程よりも気合いの入った声で吠えた。


「この弾丸なら無茶苦茶に撃ちまくっても、クエストを失敗する心配はない! だから撃って撃って撃ちまくれ! 『第一分署』を全力でフォローするぞ!」

「「「「おっしゃあぁぁぁぁぁぁっ!」」」」


 松本の鼓舞に全プレイヤーが獣のような咆哮を吠えた。それを満足そうに頷きながら見ていた風牧は、こちらが守りやすい形に車両を動かし、それぞれに人員を配置する。


 ちょうど全ての配置が終わった瞬間、フォクサー集団の先頭が射程距離に入る。最前線にたつ風牧が拳銃を構えると、周囲のプレイヤーも同じように構えた。


「撃てぇっ!」


 風牧の号令で一斉に銃口から火を噴き、山さん謹製の特殊ゴム弾がフィクサーに襲いかかる。


「ぐがぁっ!?」

「があぁっ?!」

「ぶごぉっ!?」


 ゴム弾に当たったフィクサー達が面白いように吹っ飛び、その場に倒れ込んで悶絶する。それを見た風牧は『ヒュー♪』と嬉しそうな口笛を吹いた。


「行ける! 行けるぞ! 撃ち負けるな!」

「「「「おうっ!」」」」


 腕前に関係無く、戦闘で貢献できる快感に、エンジョイ勢とライト層のプレイヤーが酔う。その魅惑の果実の味が、それまでの恐怖や不安を完全に払拭した。


「こちらも続く! 構え!」

「「「「おう!」」」」


 風牧の成功に、松本が号令を出して彼らに続く。


「良し! 撃てぇっ!」


 圧倒的に不利だと思っていた状況を覆す現状に、松本はイケると口角を持ち上げるのだった。

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