第11話 KEN警のハブ


 気絶したスナイパーをレオパルドの後部座席に放り込み、念には念をいれて足にも手錠をかけて、これでヨシと確認し後部座席から抜け出しながら視線を謙塚が撃たれた現場へ向ける。


「本当、マジでその仕様やめようよ……」


 ユーヘイが呆れたように呟いた、その言葉を向けた先には多くの制服警官や鑑識の人間が、せっせと規制線を張り巡らせ現場の保全をしている。それは全然良い。むしろ助かるのだが……問題は彼らの出現方法だ。


 本当に視線を外して視線を戻した一瞬で唐突に沸き出すように現れたのだ。いやまぁ確かに必要な事だけどさ、と分かってはいるけど釈然としない気分で、謙塚が生活をしていた集合住宅に向かう。


 スナイパーを確保してすぐに、ノンさんとダディには謙塚の部屋を調べるように頼んでいたので、それに合流しようと謙塚と表札のある扉を開けた。


「どんな――うへぇっ!?」


 玄関には黒いゴミ袋の山が出来上がり、さすがに生ゴミの臭いはしていないが、視覚的には超絶不衛生な光景が広がっていた。顔をしかめながら、それでも部屋の中を覗き込めば、独り暮らしの男の生活を曲解しすぎだ! と突っ込みを入れたくなるあまりに不潔な散乱具合が見え、ユーヘイはハンカチをそっと口許にあてる。


「独身男の部屋ってこんなに汚くねぇよな?」


 その様子にダディが苦笑を浮かべながら聞いてきて、ユーヘイは深々と頷く。


「ゴキブリ怖い」

「ああ、あれは私も苦手だ」


 部屋にVRチェアがあると常に一定の室温が保たれる。それのお陰で黒い悪魔も快適に生活できる空間が出来上がるとあって、繁殖しやすいのだ。なので部屋の整理整頓は必須だし、掃除も休日にガッツリするのが当たり前という認識である。


「さすがに運営もヤバイと思ってるんじゃない? 臭いもしなければ妙な感触もしない、ただのオブジェクトって感じだから、そんな口にマスクしなくても大丈夫よ?」


 がっさがさと部屋を男前に漁るノンさんが、ちょっと呆れた表情でユーヘイを見ながら言う。


「気分の問題だよ、気分の」


 バツが悪そうな表情を浮かべ、渋々ハンカチをポケットにしまいながら、ユーヘイは嫌な顔で白い手袋をはめる。


「何か反応ある?」

「んー」


 がさがさとあっちこっちの引き出しを開けながらノンさんに聞かれ、ユーヘイは生返事をしながらぐるりと部屋を見回す。あまりに何も反応がしないので、おふざけ半分冗談半分で大きく頭をぐるりと回すと、スキルが反応した。


「……ノンさん」

「あによ?」


 反応があった天井を見上げてノンさんを呼び、呼ばれた彼女はユーヘイの様子を見て天井へと視線を向けると、視線を向けたままダディを呼ぶ。


「旦那、出番」

「あん?」


 二人揃って天井を見上げている様子に、何をやってんだよという視線を向けながら天井を見上げると、スキルが反応して天井に不自然なポスターが張られているのに気づいた。


「なるほど」


 ダディは小汚ないちゃぶ台をポスターの下まで移動し、それに乗ってポスターを剥がす。するとそこには大きな穴が空いていた。


「よっと」


 ぐっとつま先立ちになり、その穴に手を突っ込む。


「あったぞ」


 ダディはニヤリと笑って、天井裏に隠されていたモノを引っ張り出した。


「トチョカル」

「マジで気が抜ける名前の拳銃だ」


 ダディから銃を受け取ったノンさんが、慣れた手付きで、弾倉を取り出し弾が入っているのを確認する。オートマチックだから装填されてるぞ、とユーヘイは注意しながらもうちょい格好良い名前にすりゃぁ良かったのに、と苦笑を浮かべた。


「おいおいおい、まだあるぞ」


 他にないかと再び手を突っ込んだダディが、二丁目三丁目四丁目と次々に拳銃を取り出す。


「むっ!? うお! おっもっ!」


 そして最後に弾薬をしまう金属のボックスまで出てきて、それをダン! と音を立てながらちゃぶ台に置いた。


「これでリバーサイドのYAKUZAの武器を奪ったって情報の裏付けが出来ちゃった、って訳か」


 弾薬ボックスを開けて、そこにミッチリ詰まっている弾を見ながら、ユーヘイは呆れたように呟く。


「でも何で殺したの? しかもプロでしょ? ユーヘイが捕まえたヤツって」

「多分な……何故殺したかは……見せしめ?」

「もしくはいつでもお前達を始末できるんだぞ、という脅しか、ただ単にメンツを汚された報復か」


 三人でうーんと唸り、とりあえずこれ以上はここで何も得るものはない、という結論に達し、第一分署に戻ってスナイパー男の取り調べをする事にした。


「ダディは後部座席ね。まだ起きないとは思うけど見張りよろしく。ノンさんは助手席」

「はいはい」

「安全運転でお願いします」

「何もない状態でぶっ飛ばしたりしないよ」


 そんな軽口を叩き合いながらエンジンをかけ、忙しなく殺害現場で動き回る同僚NPC達に軽く手を上げながら、レオパルドを発車させたのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 ノンさんに言われた通りに安全運転で進み、セントラルステーションの北口、エイトヒルズ区の一号一条通りにある第一分署へ問題なくたどり着いた。


 多くの制服警官NPCに出迎えられながら、ユーヘイとダディで気絶したスナイパーを苦労して引っ張りだし、半ば引きずりながら捜査課へと戻る。


「くっそ重たいな!」

「これ死んでないよな?」

「不吉な事を言わない! ちゃんとヒットポイントは減ってないでしょっ!?」


 ぎゃーぎゃー言いながら、第一分署の二階に上がり、まず目に入る警ら課の同僚に手を上げ、そのまま何故か設置されているウェスタンドアを開け、少年課を通り抜けて、右手にある司令室に詰めているオペレーターの、今時の流行(ゲーム内)から外れたベリーショートのボブカットをしたカナに手を上げ、その隣にある取調室へ向かう。


「おっと困りますな、SYOKATUの皆さん、勝手な事をされては」


 ユーヘイ達の進行方向を妨害するように、がっちりした柔道体型をした、身長百七十に届くか届かないか、横に広い妙な迫力のある男が立ち塞がる。


「どちらさん?」


 胡散臭い笑みを張り付け、目も口も笑ってはいるが、その視線を向ける目が確実にこちらを見下している雰囲気を感じる男に、ユーヘイが問いかけると、男は名刺を取り出しながら妙にねちっこい口調で言う。


「どぉ~もぉ~、KEN警のやぶすきです」


 KEN警という単語に、三人で目配せをし、警戒度を引き上げながら、ノンさんが名刺を受け取る。


「それでやぶすき警部はどのようなご用件で?」


 名刺をヒラヒラさせながら聞くと、やぶすきはチラリとスナイパーを見て、意味深に微笑む。


「そちらの容疑者を引き渡して欲しいんです。数年前からずっと追いかけてきた事件の重要参考人でして。尻尾を出すまで泳がせていたのですよ。なのでSYOKATUさんに邪魔されてKEN警は困っているんです、ええ」

「「「……」」」


 色々と突っ込み所は多いがそれはさておき、ユーヘイはチラリと課長に視線を送る。課長は苦虫を噛み締めた顔で、グッと拳を握りしめてデスクにそれを押し付けるよう力を込めているのが見えた。


 やっぱり課長はシロか、つー事はKEN警は完全に俺達の敵だな、と意識を切り替える。


「こっちはこれから重大事件の取り調べがある。いくらKEN警でも勝手な言い分は通らない」

「はっはっはっはっ、それが通るんです」


 にちゃーと音でも出そうな笑顔を浮かべ、やぶすきは懐から一枚の紙を取り出して、それを三人の目の前で広げた。


『強制イベント発動。令状執行。容疑者スナイパーのKEN警への引き渡しが強制実行されます』

「「「はあっ?!」」」


 唐突に頭の中でインフォメーションが入ると、どこから現れたのか私服警官四人がスナイパーを奪い取り、そのまま連行して行ってしまった。


「そんなのありぃっ?!」


 愕然とした表情でノンさんが叫び、ダディも言葉が無いと天パーをガリガリ掻きむしる。


「まぁまぁ、広域指定YAKUZAはKENこっちのお仕事ですからね」


 ポンポンと気軽に自分の肩を叩くやぶすきに、ユーヘイはゆっくりサングラスを外すと、無表情に目を細める。


「っ……」

「お前は敵だよ」


 威圧やら気合いやら、その手の威嚇するためのスキルはこのゲームには無い。無いが、VRではプレイヤーの気配や感情、経験などがデータを超越して発露する事がある。それは殺意であったり殺気であったり、それこそ威圧であったり、そういう力が出る瞬間というのが存在するのだ。


 そしてVRゲームをやり込んだプレイヤー、それこそ廃人と呼ばれるような連中は、それを息をするように扱う事が出きる。そう今のユーヘイのように。


「次は無い」


 奈落のように真っ黒な瞳を向けられたやぶすきは、ごくりと生唾を飲み込み、勝手に浮かび上がる冷や汗をハンカチで拭きながら、ひきつった笑顔を浮かべる。


「それはどうだろうねぇ」


 何とか捨て台詞を口に出し、やぶすきはそそくさと逃げるように立ち去った。


 逃げるやぶすきの背中が消えるまで視線を送り続け、ふぅっと息を吐き出して気持ちを整えたユーヘイは、藤近課長に視線を向ける。


「すまん」


 苦みきった口調で、深々と頭を下げた課長に、ユーヘイはヘラッとした笑顔を向ける。


「かちょー! 大丈夫ですよ! 任せてください!」


 ユーヘイの言葉に課長は少し虚を突かれたような表情を浮かべたが、すぐに照れたような表情をうっすら浮かべ、書類で顔を隠しながら任せたと呟く。


「はいっ!」


 元気良く返事をするユーヘイに、ノンさんがちょんちょんと肩を叩く。


「どうするのよ」


 次の手がかりはあのスナイパーからの手に入れる予定だったでしょうに、とジト目を向けられたユーヘイは、へへへと笑ってポケットに手を突っ込む。


「DEKAになる前は悪ガキでな」


 ウィンクをしながら、ポケットから何かを取り出し、それをノンさんの目の前で振る。


「リバーサイド・ゴールドホテル? それがどうしたのよ」


 ユーヘイが取り出したのは持ち帰り用のマッチで、そこにはそのマッチを配っている場所の名前が刻印されていた。


「ちょっとスナイパーからんだよ。他にもこんなのもあるぜ?」


 そう言ってポケットから、別の持ち帰り用マッチを取り出す。


「喫茶一橋」

「ショットバーカルマ」


 ノンさんとダディは顔を見合わせ、ニヤリとした表情をユーヘイへ向けた。


「キョージリスペクトスキルが仕事をしてくれたぜ」


 ニカッと笑うユーヘイを、二人はナイスとバシバシ背中を軽く叩く。


 ユーヘイは余ったスキルポイントで大柴下 キョージっぽい感じがするスキルを、数種類習得していたのだ。その習得していたスキルの、悪童というスキルが強制的に連行される瞬間に仕事をしてくれたという感じである。


「絶対クリアーしてやろうぜ!」

「「おう!」」


 手に持ったマッチを揺らしながら、ユーヘイは獰猛な笑顔を浮かべるのであった。

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