第10話 RUN! RUN! RUN!
黄物世界には中央に巨大な駅、セントラルステーションが鎮座している。そしてこのゲームは分類上オープンワールドというジャンルであるわけで、移動手段が必要と言うことで、電車が使われることが多い。
セントラルステーションを中心に、マップを斜めに横切る形で電車が走っている。それぞれセントラル北西線、北東線、南東線、南西線という形だ。
北海道の数十倍という面積を誇る黄物世界では、ノービスプレイヤーはこの電車を使用する。また街中にはタクシーやバス、観光地であるベイサイドにはお洒落な路面電車などが走っていたりするが、基本は電車での移動となるのだ。
今時のゲーム、それもオープンワールドなのにファストトラベル(一瞬で移動する手段)が無いのか? と思われるかもしれないが、この世界は擬似的な第二の生活を体験する側面もあるわけで、そんなSFやらファンタジー的な手段があったら興醒めしてしまう、という理由からファストトラベルは存在していない。このゲームを楽しんでいるプレイヤーはその不便さこそを楽しんでいるので、ごくごく少数なお客様しかクレームは来ていないので問題はないと判断されている。
その市民生活の大動脈の一つ、セントラル南東線の高架橋を眺めながら、ユーヘイ達はプレイヤーが開いているお洒落なレストランでランチを楽しんでいた。
「迂闊だったわ……」
「半年このゲームやってて、マジで気づかなかった……」
大人のお子様ランチ的なイメージをコンセプトにしたランチプレートを前に、ノンさんとダディはうちひしがれた様子でスプーンを咥えていた。
ユーヘイはそんな二人に同情の視線を向けながら、このレストラン自慢の絶品ハンバーグを口へ運ぶ。ウッドビーフと呼ばれている、イエローウッド区の端の方で畜産されている牛の挽き肉を使用したハンバーグで、リアルで食事をしたら確実に数千円は飛びそうな高級な風味を存分に楽しみ、ちょっと名残惜しく思いながら飲み込む。
「まぁ、食事でバフが付くって、やってたゲームによってはイメージ出来ないプレイヤーも多いかもしれないね」
ベイサイド区の漁港で取れたイエローシュリンプをフライにした物を、丁寧にナイフで切りながら、ユーヘイは店自家製のタルタルソースをたっぷり付けて口に運ぶ。
「そもそも、ここの運営は秘密主義すぎる! 何よ! どんだけ仕様を隠してるっていうのよ!」
ノンさんが付け合わせのマイルドに漬け込まれたピクルスのキュウリをバリバリかみ砕きながら、まるで切っ先を突きつけるようにナイフをユーヘイへ向ける。
「やめなさい、はしたない」
その手をダディに下ろされて、ノンさんはぶーと童女のように頬を膨らませる。
彼らが落ち込んでた理由、それはノービスやYAKUZAとは違い、DEKAには食事によるバフが付くという事実を今知ったからだ。
「しかも何これ。効果時間が夜までって、どんだけ優秀なバフなのよ。こっちにとって必要な要素をほぼカバーしてくれるし」
自分のステータスプレートを睨むように見つめながら、ノンさんがやってられんわと下手なフルーツトマトよりも濃厚で甘いプチトマトを口に放り投げ、幸せそうに目を細める。
「ステータスの一時底上げも優秀。スキル関係のパーセンテージアップも優秀。満腹効果によって得られるストレス軽減による『○○の勘』系統の上昇率とかエゲツな! って感じだな」
サフランで淡く黄色に染まったライスに、ホロホロになるまで煮込んだ牛肉のビーフシチュー風味な角煮をのせて一緒に口へ運び、これも旨いと相好を崩すダディ。
「デメリットがあるとすれば、俺らの薄給では一食一食の食費が馬鹿にならない、ってとこだけど……正直、ここまでバフが貰えるなら、それすらデメリットにならんよな」
大人のペペロンチーノと命名された、少し辛みが強いがモッチモチの麺の甘さで絶妙な辛旨状態を引き出すパスタを咀嚼し、それをしっかり飲み込んでから幸せそうに頷くユーヘイに言われ、二人もうんうんと同意する。
「ぶっちゃけ、このゲーム内の食材がどれも優秀って言うのもあるんですよ」
そんな三人の様子を嬉しそうに見ていた店の店主兼コックの、恰幅が良い素敵なおじ様を絵に描いたような人物が、これサービスですと紅茶を出しながら言う。
「リアルの店でこのレベルの料理をこの料金で提供なんて出来ませんよ。畜産にしても農業にしても、ゲームだからのめり込める部分って言うのがありますし、その恩恵か相当安く仕入れられますしね」
技術料は申し訳ありませんけどね、そう言ってお茶目に微笑む店主に、そりゃそうだと三人は笑った。
「うん! 旨かった! 美味美味。また来ますね」
紅茶をぐいっと飲み干し、三人分の料金を支払いながらユーヘイが言うと、店主はまたどうぞ、と人好きする笑顔で見送ってくれた。
「いやぁ、ゴチになりました」
「功績ポイントが入ったら、今度はこっちが奢るから」
「楽しみにしてるよ。それより」
ユーヘイはミントシガーを口に咥えながら、レオパルドの運転席に潜り込み、くいくいシガーを揺らし、電車が走る高架橋の下に見える古びた集合住宅を見つめる。
「戻って来てないかな」
助手席に座ったダディが、ダッシュボードから取り出した双眼鏡を覗き込みながらそんな事を言う。
「近くにレストランがあってラッキーとか思って入ったけど、当たりで幸せ」
余は満足じゃ、と書かれたセンスを広げ、禁煙パイプを上下に揺らしながら、センスで顔を扇ぐノンさんに、ユーヘイとダディは苦笑を向けながら、ユーヘイはスーツの胸ポケットから写真を取り出す。
「第一分署にいなくても、SYOKATUの機能を使えるのは便利だよな」
写真はDEKAの調査能力でゲットした前科者リストの物である。調べ物はミニゲームになっていて、毎回ジャンルは違うが、大体がパズル系統のミニゲームをクリアーしないとならない。
「ダディが居てくれて助かる」
「ま、得意分野だからね」
双眼鏡を覗き込みながら笑うダディに、ご謙遜をと返す。そのミニゲームがかなり本格的で難しく、ユーヘイは早々に調査関係をダディに丸投げしたのだった。そんな事をつらつら思いながら苦笑を浮かべ、手に持つ写真に目を落とす。
「こうさ、そこはかとなく見覚えがあるモデルってか、キャラクターってか」
写真に写る悪党面を見て、ユーヘイがううんと唸ると、知らなかったんだ、とノンさんが笑いながら写真をトントンと叩く。
「クエストに登場するキャラクターって
「……ああ! だからか!」
一番有名なのは、昨今海外でも話題になったギネス記録をマークした死亡回数の俳優さんだろうか。一億回斬られた侍なんて呼ばれていたりするその俳優さんも、悪優会を代表するタレントさんだったはずだ。
「うん、凄い、一目で悪人ってツラしてるね」
「だな」
写真に写ってるのは、口許をもっさりと隠す無精髭の極み的な、絶対に手入れなんぞしてないだろう、ザ・強盗的な口ひげをしたスキンヘッドの男性だ。しかもやたらと目力が半端無く、少し血走ったギョロ目が特徴的でもある。
「前科は強盗と暴行だっけ?」
「勤めていた店に押し入り、元上司を殴ってレジ持って逃げた」
「……まるで成長してない……」
「やめてーその名作の監督さんの名台詞をそんなムサイおっさんに使わんといてー」
ユーヘイの確認にダディが淡々と答え、ユーヘイがサングラスをかけながら呟くと、ノンさんがユーヘイの肩をガクガク揺らしながら抗議する。
「最近、リバイバルブームが来てノンさんがハマってしまって。私はあまりスポーツ漫画は読まないんだけど」
あうあうあう、と揺らされるままのユーヘイの肩からノンさんの手を取り、すまんねと謝罪しながらダディが双眼鏡を手渡してくる。
「まぁ、俺も流されるタイプだから分かるよ」
双眼鏡を覗き込み、キャプテンオルクとかノンさんがハマったバスケ漫画とかね、それで実際手を出して違うってなるまでセットだよな、と苦笑を浮かべてミントシガーを揺らす。
「子供の頃は思ったもんさ。サッカーに必殺技はある! と」
「ああ、分かる分かる。そして自分じゃ出来なくて絶望するっていう」
「「それなっ!」」
ユーヘイとダディがそれぞれをズビシ! と指差しながら、同士よとガッチリ握手するのを見て、ノンさんが呆れたようにユーヘイから双眼鏡を奪い取り、覗き込む。
「……雑談終わり、来たわ」
ノンさんに肩を叩かれて確認をすれば、ニヤニヤと笑って大きな紙袋を二つ抱えた
「よし、行くか」
三人はレオパルドから降りると、謙塚にゆっくり近づいて行く。その時、ユーヘイの耳にギーンと金属を叩いたような強烈な音が鳴り響いた。
「っ!?」
何だこれっ!? と顔をしかめていると、唐突に前を歩いていた謙塚が立ち止まり、両腕に抱えた紙袋を落として、前のめりに倒れた。
「何が起こったっ!?」
ダディが叫んで謙塚に駆け寄り、グイッと体を持ち上げると、謙塚はギョロ目を大きく開いた状態で死んでいた。そのスキンヘッドの頭にはデフォルメされた銃撃跡があり、そこからドラマで良く見る血糊のような液体が垂れている。
「撃たれたっ!?」
ノンさんが支給品のリボルバー、ノーススペシャルを構えて、物陰に慌てて身を隠す。ユーヘイもオートマチックを引き抜き、ダディの盾になるような立ち位置でしゃがみ、周囲を見回す。
「……居たっ!」
高架橋に隠れるように見える、周囲の住宅よりも少し高いビル。その屋上でモサモサと揺れるように動いている影を見つけ、ユーヘイはダッと走り出した。
「大田!」
「現場検証お願い!」
叫ぶダディに叫び返し、スプリンターのような速度で駆け抜ける。
「うおおおおおっ! 頭の中でBGMが鳴り響くっ!」
走りながらヤベェDEKAにありがちな場面との遭遇にテンションを上げ、殺されたNPCには申し訳ないと思いつつも、ついつい鼻唄が漏れる。
ヤベェDEKAでは有名から無名まで、多くのアーティストと契約をしていたらしく、場面場面でお洒落な感じの曲が流れてシーンを盛り上げていた。特にこのように走って犯人を追いかけるシーンでは、キョージを演じていた役者さんが歌う曲が流れたりして盛り上げるのだが、ついついその曲が頭の中で流れ、ユーヘイは鼻唄を歌いながら走る速度を上げる。
「待てっ!」
雑居ビルだろうか、その出入り口から出てきた黒いコートに真っ黒いハットを被った何者かが、ユーヘイの声に弾かれたよう走り出した。
「ちっ! 待てと言われて止まる訳ねーじゃんよ! 俺!」
手に持っていたオートマチックをホルスターへ戻し、本気モードに切り替えて一気に走る速度を上げる。相手は足が遅く、時おりこちらをチラチラと確認しながら、それでも裏路地などへ入り込んで撒こうと逃げ続ける。
「食事とランナースキルに感謝!」
はっはっはっはっ! と規則正しく呼吸を繰り返し、逃げる男のコートを掴む。
「ちっ!」
コートを掴まれた男は、鋭い舌打ちをしながら振り返り、ユーヘイの死角からいつの間にか抜いたのか、手に持ったナイフをユーヘイの腹へ突き刺そうとしてくる。
「これ! 危険感知の音かっ!」
ギャーン! とド派手に頭の中で鳴る音に顔をしかめつつ、まっすぐ突き出されるナイフに蹴りを叩き込む。
「ぐっ!? ふっ!」
蹴られた衝撃でナイフを落としたそいつは、諦め悪く真っ黒なグローブをはめた手を握りしめて、ユーヘイへ殴りかかった。
「ありがとう! GMちゃん!」
伸びてくる腕の手首辺りを左の平手で払い、体勢が崩れたそいつの心臓辺りへ右の拳を叩き込む。
「がっ!?」
心臓を叩かれ、瞬間的に息がつまったそいつが苦しそうに顎を上げる。そこへユーヘイが綺麗に左アッパーを叩き込むと、男はクラクラと頭を揺らして倒れた。
「ふぅー……おすすめされたスキル、取得しといて良かったわ」
キャラメイクの時に助言された『逮捕術』の中にある『格闘術』と『ケンカの作法』というスキルを取得していたユーヘイは、緩く作用するスキルアシストに助けられ、問題なく相手を無傷で確保出来た事に胸を撫で下ろす。
殴っとるやん、という事実はありません。相手のヒットポイントが減ってないのでセーフです。そういう事である。
「しかし……本当に急展開じゃないか」
男が落としたナイフを拾い、それをハンカチで包みながら、男の持っていた鞄の中身をチェックする。
「おーもー、ポンポン銃器が出てくるなっ!」
鞄の中身はそれはそれは立派なライフルであった。
「……はぁ、どんどんどんどんドラマチックになって来ちゃって、どこまでこのクエストは広がるんだろうか」
ぐったりしている人物を後ろ手に手錠をかけて、ユーヘイはやれやれと大きな溜め息を吐き出した。
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