第9話 第一分署 捜査課
世の女性達はワンレンヘアだの脱色だのと、お洒落に流行に時代の流れに敏感だと思う。彼は向けられる重圧から逃避するように思案する。
そう言う意味で言えば、目の前の女性は大したモノじゃないだろうか。逃避しつつ、斜め下からジワジワと近づいてくる女性の顔から少し距離を置く。
身長は百七十に届かないくらいだろうか、流行りの肩パットで威圧するような服装ではなく、一般的なビジネススーツを着用し、清潔感のある真っ白いシャツに、少しお洒落なネクタイと好感の持てる服装だ。
自分の好みからは外れるが、胸は少し慎ましい。だがそれがマイナスかと問われれば、均整の取れたスレンダーな体型とマッチしており、実に魅力的な美しさを醸し出している。
髪の毛も今時のワンレンストレートじゃなく、ふんわりしたセミロングのボブカットなのも実に似合っているし、脱色だの茶髪だのという若者達の流行に流されない、カラスの濡れ尾羽と表現するのにぴったりな黒髪も素晴らしい。彼女の細い目と相まって実に和風の美人という風情だ。
ただ――
「はけぇ~~」
その細い目を見開き、口許を三日月型に歪め、じっと見つめる感じは完全にカエルかヘビか……多分、夜にこの顔の彼女を見たら、絶対に子供が泣くレベルだと断言出来る。
彼女の圧から逃れようと、視線を横に向ければ、四角形と形容するのにピッタリな位に四角い顔をした男性が、無言でじっとりと自分を見ている。
うらやましい位に長身で、多分百八十以上はあるのではないだろうか。そう言う意味では自分を任意同行する時に車を運転していた、妙に軽い感じのDEKAも同じ位の身長をしていた。実にうらやましい。
四角い顔のDEKAは、人の好さそうな雰囲気から一変し、実にDEKAらしい迫力ある雰囲気でまばたきをせずに自分を睨み、時おり天然パーマの黒髪を鉛筆の尻で掻きながら、トントントンと簡素な机を指先で叩いたりする。
息苦しい。任意同行だからと遠慮せず、弁護士を要求するべきだったろうか? そう思っていると、ガチャリと取調室のドアが開き、軽い感じのDEKAが入って来た。
「ダディ、タエちゃんからコーヒーの差し入れ」
にこやかに笑いながら、コトリと四角い顔のDEKAの前にプラスチックのカップを置き、自分を間近で睨みながら『はけぇ~』と繰り返している女性の口に、禁煙パイプをそっと咥えさせる。
「
かなり大型のサングラスを外し、それをド派手なYシャツの胸ポケットへ突っ込みながら、手に持っていたプラスチィックのカップを口へ運ぶ。
「おかしいよね。借金まみれで奥さんと娘さん、出ていっちゃったんでしょ?」
「っ!?」
思わず反応しかけて、グッと腹に力を入れて何でもありません、という表情でネクタイを少し緩める。
そのDEKAは切れ長の垂れ目を細め、飲みかけのカップを自分の目の前に置くと、馴れ馴れしく自分の両肩に手を置く。そのままぐっと耳元に顔を近づけると、息を飲むような事を喋り出した。
「可愛い娘だったなぁ、あの受付嬢。最近、ブランドバッグをプレゼントしたんだって? ちょっと見せてもらったけど、あれって二十万位の価値があるんだってね。ちょっと扱ってるお店に連絡して教えて貰ったんだけど、先週の水曜日に即金で支払ったんだって? 随分と早い給料日だこと。それとも愛人貯金でもしてるのかな?」
「……」
借金返済終わってないのにね、二十万をポンと愛人にプレゼントするんだ、へぇ。実家に帰った奥さんと娘ちゃんにどう言い訳をするのかな? とまるで友人を心配するような口調で言われ、男は、イエローウッド銀行の支店長は、ゴクリと唾を飲み込む。
「この帳簿の持ち出し記録に残ってましたが、随分と頻繁に調べていたようで。どんな理由で調べていたのかな? この帳簿を管理してるのは別の職員ですよね?」
四角いDEKAが、机に置かれて開かれた状態の帳簿を、鉛筆の尻でトントンと叩きながら聞いてくる。
「今吐けば、楽ぅ~になれるぞぉ~」
ヘビのような女性が禁煙パイプを咥えた状態で、自白減刑と書かれたセンスを広げて、パタパタと自分の顔を扇ぐ。
「……申し訳ありませんでした!」
こいつらは全てを知っているんだ、そんな確信を持ってしまった支店長は、三人からの重圧に耐えきれず、ついに自白するのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「いやぁ、まんまじゃん」
取調室から抜け出してきたユーヘイは、空のカップをプラプラさせながら、チロリと閉じた取調室の扉を見て、呆れたような感心したような嬉しそうな、そんな複雑な笑みを浮かべる。ノンさん、ノリノリだったなぁ、とコリコリこめかみを擦るように掻く。
「自白は取れたのか?」
そんなユーヘイをいぶかしげに見ていた第一分署捜査課と区切られたスペースの、一番窓際の大きなデスクに座る、どっしりとした壮年の男性が険しい表情で聞いてくる。
「ばっちりですよ! 課長! やりました!」
ユーヘイは軽やかにその男性の前まで移動すると、ディスクに身を乗り出すようにしてニヤリと笑う。
「今度こそ大丈夫なんだな?」
「バッチリです!」
「そうか。こっちはKEN警からせっつかれてる状態なんだ。頼むよ大田ちゃん」
「任せて下さい! かちょー!」
故人となった名優、
ユーヘイが真っ先にこのゲームに飛び付いた元凶にして原因。故人のご家族から許諾を受け、更には現在舞台俳優として活躍している実の息子さんに声当てをしてもらったという、黄物運営渾身のNPCである。
ちなみにノンさんも同じような理由でこのゲームを始めたとユーヘイは教えられて、同士よとガッチリ握手をしたのは今さっきの出来事だったりする。ダディは困ったような表情で苦笑していたが……
「課長、容疑者判明しました」
ガチャリと取調室からダディが出て来て、調書を片手に
「主犯格は
他にも三人程メンツがいるようで、そちらもやはりリバーサイドの闇金関係で知り合ったようです、とダディが説明すると、課長はムゥッと渋い顔をしてトントンと調書を叩く。
「リバーサイド、
「はい。どうやら奴ら、
ダディの説明にユーヘイがああと声を出して、ピッと指先を向ける。
「借金してまた負けて?」
「沼だろ?」
ユーヘイの言葉に正解と同意すれば、ユーヘイはうへぇと肩を竦める。
「そんなところまでリアルに忠実にしなくてもなぁ」
ユーヘイはミントシガーを取り出し、苦笑を浮かべて口に咥える。説明したダディもうんざりした感じを隠しもしない。
「しかしリバーサイドか……」
んんんっと唸る課長に、ユーヘイはダディに目配せして、お互いに頷き合う。
「まだ調べる事もありますので、リバーサイドにはまだ手を出しません」
「そうか。相手が相手だからな、くれぐれも慎重に頼む」
「まっかせてください! かちょーっ!」
「分かった分かった。静かにしろ」
課長にしっしとハエでも払うような手付きで追い払われ、ユーヘイはぶーんとハエのマネをしながら自分のデスクに戻りつつ、課長の直ぐ近くのデスクで書類仕事をしている今時風(ゲーム内の流行に乗っている)ワンレンストレートの婦警タエちゃんへ、課長にあっつい番茶を淹れてやって、とお願いしながら椅子に座った。
「やっぱ可笑しいよね?」
「だな」
ダディと背中合わせに座り、椅子をギシギシ鳴らして大きくもたれかかりながら、小声でダディに言うと、ダディも小声で返事をした。
「新聞では取り上げられてるけど、何故かこっちにはそんな事実は存在しない事になってる」
「実際、リバーサイドは物々しい物騒な雰囲気になってるらしいし、事実が隠蔽されている?」
「……うーん……つかさ、どんだけこのゲームのクエストは鬼畜難易度なんだろうな?」
「へ、へへへへ、へへへへへへへ……心が折れそうだからそう言う事を言わない」
「さーせん」
二人がボソボソと相談しているのは、支店長を第一分署に任意同行で連れてきて、ノンさんの取り調べが始まる僅かな時間に、ユーヘイとダディで片っ端からリバーサイドの事件事故を調べ上げたのだ。ユーヘイにはあのテツというプレイヤーが、ただの噂話だけを教えるような、そんな中途半端な感じには思えなかったというのもあり、テツからの情報は合ってると仮定して調べたのだ。
結果は、それなりに信用できる新聞社で数社、リバーサイドでYAKUZAの抗争があって死傷者が出た、という報道は見つけられたが、それを第一分署で調べたという事実は存在していなかったという事は分かった。
しかも、どうにもKEN警が出張って来たという痕跡があり、妙に胡散臭い感じがプンプンしている。
「陰謀論的だと、YAKUZAとKEN警のお偉いさんが繋がっていて、表に出して欲しくないあれこれを処理させた、とかになるんだろうけどなぁ。さすがに無いか」
ユーヘイが軽い感じに言うと、ダディもまさかね、と苦笑を浮かべる。だが、すぐに表情を引き締めると、無いとは思うがと続ける。
「用心に越した事はないのも確かだ」
「まさかとは思いたいけどね……」
ユーヘイとダディは揃って課長の方を見て、まぁアレは完全に味方だろう、さすがにあのモデルを使ってそんな悪どいマネをさせる訳がないわな、と結論を出して視線を戻す。
「課長はシロだろうけど、KEN警には報告書は行くんだよなぁ」
「だろうね」
ここまで面白いクエストなのだ、ここまでドラマチックな展開なのだ、是が非にでもクリアーしたい。ヤベェDEKAのようにスタイリッシュに解決したい。そう思い始めたユーヘイ達は、ゲームであるとかVRであるとかはこの際棚上げして、全力で立ち向かおうと決め合ったのだ。
大人による大人のための大人だけのガチのガッチガチのごっこ遊びに本気を出す事を決めた訳で、ここからは完全に全力全開の全能力を使用した本気モードで遊び倒す予定である。
「芙斎だっけ? ヤサは割れてるの?」
「住所不定無職」
「前科は?」
「ざっとミニゲームをクリアーして調べたけど、無し」
「やっぱり鬼畜難易度じゃねぇか」
「言うなって」
二人で苦笑を浮かべていると、ガチャリと取調室からノンさんが出て来て、ぐったりした吉天を待っていた制服警官へ引き渡し、咥えていた禁煙パイプを手に、ダディの横のデスクに腰かけると、ニコリと可憐に微笑む。
「……もう一人の主犯格、
「「っ!」」
思わず叫びそうになって、ダディはユーヘイを、ユーヘイはダディの口を押さえながら、グッとノンさんに親指を立てた。
「イエローウッドとベイサイドの境目、セントラル東南線、東南二条駅近くの高架下賃貸住宅」
やったぜ、そんなドヤ顔で言うノンさんに、ダディはわしゃわしゃと頭を撫で、ユーヘイは胸ポケットからサングラスを取ってかける。
「かちょー! 昼飯行ってきます! ついでに調査もしてきます!」
「うむ、くれぐれも慎重にな」
「はい!」
ヒラヒラと手を振る藤近課長に見送られ、ユーヘイ達は第一分署から飛び出した。
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