第227話 お無事デッド ②

「よーしよし! 町村! このままこの距離を保って速度も課長の車に合わせろ!」

「簡単に言ってくれますよっ!」

「出来る出来る! 君なら出来る! ジュラさんとスノウさんは周囲を警戒! あの四本脚が近づいて来たら当て無くても良いから、ひたすら拳銃ブッパして!」

「「了解!」」


 スナイパーライフルのボルトハンドルをコッキングし、次弾を装填しながらダディが指示を出す。一番技術を必要とするポジションを任されたトージが、結構な速度で走行する村松の車を何度も確認しながら叫び返し、そんな二人の様子を面白そうに眺めつつ、ジュラとスノウが手に拳銃を持って構える。


「いやータッポイタッポイなヤツをクリアーしたら、インベントリが使えるようになるとか、助かったよなぁ!」

「ええ! 全くです! これで銃弾の補給に悩まされなくて済みますからね!」

「そこは良かったんだけどなぁ……だけど……今度はこれかよ……」


 ジュラがニート様を倒したその後、別ゲームへ移行する時に、ダディが念の為と色々調べシステム以外の機能は使えるようになっているのは確認出来た。それでインベントリは復活していたし、まだまだノイズが酷いが無線も使えるようにもなった。その事は喜ばしい事だが、ダディの表情は優れない。


「ダディさんは今回のゲームをご存知なんですか?」


 心当たりバリバリな反応と呟きを聞いて、ダディの横に座っているスノウが問いかける。


「あっちに見えるのはゲートキーパーだろ? んで課長の車を追ってるのはボマー……十中十ゾンビ・オブ・ドライバーだろうねぇ」

「「あっ!? うわぁっ! うげぇっ?!」」

「はい?」


 ダディの乾いた笑いと乾いた声色で聞かされた事実に、ジュラとスノウが乙女にあるまじき声を出す。しかし、唯一ゲームのヤバさを知らないトージが、キョトンとした表情で首を傾げる。その様子を見たダディが、ボルトハンドルをコッキングしながら投げやりに叫ぶ。


「クソゲーだクソゲー!」

「なるほど理解!」

「「雑ぅっ!?」」


 いやまぁその通りで今北産業すら必要ないかもしれないけど! とジュラとスノウが苦笑を浮かべる。


 村松いやさパルティが案件を受けてテストプレイをした事から分かると思うが、サラス・パテでゾンビ・オブ・ドライバーの案件配信をしたタレントが存在する。つまりはジュラとスノウがその案件を受けたタレントだ。


 理由が『どんなクソゲーだとしても、それと思わせずに巧みな話術と面白そうなプレイングで騙せるから』とはパルティの弁。


 実際、彼女ら二人の宣伝効果は凄まじい威力を発揮し、スタートダッシュは爆発的であった。

 

 が、失速するのも爆速であった……。


「これのせいで炎上したんだよねぇ」

「大変だったよねぇ」


 かつてあった炎上騒ぎを思い出し、二人がぐんにゃりした表情を浮かべる。


 曰く『金と時間を浪費させた諸悪の根源』などと叩かれ、二人だけではなく会社も巻き込んだ炎上騒動があった。それからは社内チェックの項目をしっかりと制定し、明らかに駄目そうな案件は引き受けないようになったりした。会社にとっても二人にとっても、ある意味で教訓となったゲームだったりする。


「って事は、ゲートキーパーを倒せ?」

「世紀末ろくでなし無頼伝ブルームーンをクリアーした感じからすれば?」


 気を取り直しスノウが自分が見渡せる範囲を警戒しながら首を傾げれば、そんなスノウにぐんにゃりしたままのジュラがそうじゃないの? と頷く。


「いやぁ、ゲートキーパーの上がいるんだよ実は」


 村松の車に自爆特攻を仕掛ける四足獣を狙撃し、ボルトハンドルをコッキングして空薬莢を排出しながらダディが苦笑を浮かべて言う。


「「え゛っ゛!?」」


 ダディの言葉にスノウとジュラが、可憐なアイドルにあるまじき表情を浮かべて、乙女が出してはならぬ声色を吐いてしまう。


「吉田さん、このゲームやった事あるんですか?」


 ダディのオーダー通りに距離と速度を保ちながら、トージがバックミラー越しにダディに聞く。


「暇潰しに、な」


 当時はノンさんの状況が良くなって来た時期で、彼女につきっきりだったダディにも時間的余裕が生まれた。


 その頃にネットで騒がれていたのがゾンビ・オブ・ドライバーで、あまりにもクソクソと叩かれていた事に『そこまでクソなんか?』と逆の興味を持って始めたのだ。そう、始めてしまったのだ。


 だが、そこはダディ。他のプレイヤーが躓くポイントをホイホイとクリアーしてしまい、『言う程クソか? これ?』とクソゲーがクソゲーたる理由が分からなかった。


 そう、ゲートキーパーもボマーもダディにとってはクソ要素にならなかったのだ。ちょっと面倒臭い仕様だなぁ、程度の認識だったのが恐ろしい。


 しかし、その後の展開でクソゲーのクソゲーたる所以を理解する。


 実はゲートキーパーを一定の数討伐すると、別エリアへと抜けるゲートが出現し、そのゲートを通り抜けるとボスステージが始まるのだが、このボスと言うのが問題だった。


「……こっちの車両を吸い込むんだよなぁ、あいつ……」


 ゾンビ・オブ・ドライバーのボス。一番最初の一番弱い、それこそチュートリアルの要素すら備えているだろう最弱のボス。その名をバルボザル。姿形は完全なるドラゴンゾンビである。


 その形態に違わぬ攻撃力と防御力、超生命力を持ち、予想を裏切らない必殺のドラゴンブレスも標準装備。巨大な図体らしい愚鈍で緩慢な動きしか出来ないのだが、それに騙されると酷い目を見る事となる。それがダディが言う『吸い込み』だ。


 プレイヤーの車両が一定の距離、具体的にはバルボザルの射程圏外へ逃げた瞬間、このボスはどこぞの掃除機みたいに車両を吸い込む。その吸引力たるや、さしものダディにすら『理不尽なクソ要素』と断じられる性能だった。


 これを回避するには課金アイテムである『車両ウェイト』を最大値まで詰み、その上で課金アイテムの『暴風の風除け守り』をやはり最大値まで装備しなければ対応出来ない。これを知った時、ダディはそっとゲームのデータをアンインストールした。


「って事があってな」

「「「……」」」


 かつての思ひ出に虚ろな表情を浮かべて語れば、あまりの内容に聞いていた三人が絶望の表情を浮かべる。


「クリアー出来ないんじゃ?」


 ヒクリヒクリと口の端を痙攣させながら、トージが平坦な声で言うと、ダディは首をカクカク揺らして投げやりに言う。


「あははははーどうしよねー?」


 八つ当たりをするように四足獣をスナイプするダディに、顔色が悪いジュラとスノウが全く同じ事を言う。


「「わろてる場合ちゃうやん……」」


 何とも言えない空気が漂う中、四足獣がザァーとその数を減らして消えていく。


「ゲートキーパー戦が始まるな」


 その様子にダディがキリリと表情を引き締め、ネックマイクに手を伸ばす。


「あーあー、村松課長、聞こえますか?」


 すぐに返事はなかったが、少しの間が空いてから返事が帰ってきた。


『ザァー……聞こえるッス! ザァー……聞こえてるッスよ!』


 通信機から聞こえてくる声に、ジュラとスノウが明るい表情を浮かべた。


「サーちゃんだ!」

「って事はらいちっちはユーヘイさんのところ?」

「それはそれで面白い組み合わせ……って言ってる場合じゃないか」

「そだね。でも、実にじっくりアーカイブを見たい気分にさせられるね」

「色々と撮れ高を積み上げそうだよね」

「だね」


 二人の楽しげな会話に苦笑を浮かべながら、ダディがネックマイクを操作する。


「聞こえた。村松課長はこちらの車の後ろへ回って欲しい。これからゲートキーパー戦が始まる。こちらの動きに合わせて欲しい」

『ザァー……分かったッス! ザァー……』


 今度はすぐに返事が来て、村松の車が素早くこっちの後方へと移動してくる。


「よしよし。町村、このままあっちに見える工場地帯のような場所に向かってくれ」

「あはい! 分かりました!」


 ゲートキーパーを倒したらクリアー、だったら良いなぁ、そう願いながらダディは新しいマガジンをインベントリから取り出すのだった。

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