第226話 お無事デッド ①
「ちょちょちょちょちょっ!? しゃっちょうぉっ!?」
「だから課長っ! 止まって囲まれたら終わるのよ! そこを理解しなさい!」
「それにしたってぇっ!? ひゃぁっ!?」
「ははははは、賑やかだぁねぇ……」
『う゛ばぁー』『う゛う゛う゛ぅ゛う゛』などの声を出しては進行方向を塞ぐように現れるゾンビを、村松は景気良く轢いていく。
あまりに躊躇なくふっ飛ばしていく自社社長。言っている事はもっともなのだろうが、言っている言葉と表情が一致していない。どう見ても喜々とした、妙にテカテカした表情を浮かべている。
そんな二人の様子に、カニ谷は乾いた笑いと乾燥し尽くした言葉を漏らす。
『さいきょうおれえでぃたー』の影響を受けて、周囲の状況はガンガン変化していくし、歩いているNPCはガンガンゾンビへ変身していくし、本当、どうしてこうなったとうんざりした気分へ突き落とされる。
今のところは村松のドライブテクニックでどうにかなっているが、このままこの状態を維持し続けるのは不可能だろう。というか不可能になる。そういう確信がカニ谷にはあった。
「これって、ゾンビ・オブ・ドライバーだろ……って事は、ゲートキーパーだとかボマーとかがそのうち現れるだろうし……」
変化していく周囲の状況に心当たりがあったカニ谷。多分間違いなくこれだろうゲームの名前を呟けば、それを聞いた村松がぎょっとした表情を浮かべる。
「ゾンビ・オブ・ドライバーなのっ!? これってっ!?」
「十中十かな、ちらほらともう見たくないレベルで覚えている建物が見えるから……」
嘘だと言ってよと懇願するような悲鳴を出す妻に、カニ谷はどんよりした空気を背負いながら頷く。
「えっと? そのゾンビ・オブ・ドライバーって?」
分かってなさそうなサマーに、カニ谷が溜息混じりに説明する。
ゾンビ・オブ・ドライバーとは、死に戻りを前提としたゾンビキルドライブゲームである。つまりはゾンビを倒す為に車両に乗り、プレイヤーが乗り込んだ車両でゾンビを轢き倒すゲームだ。
そう、死に戻り、を前提としたゲームである。
耐久値がある車両で限界までゾンビを倒し、倒したゾンビの数で報奨金をゲット、その報奨金を使用して車両をアップデートしていく。そうやってコツコツとレベルアップし、やがて区域を支配しているボスを倒して、新しいマップを開放していく、というのがゲームの流れである。
説明だけ聞けば面白そうな、それこそお手軽なゲームのように感じるが、このゲームも数あるVRゲームの失敗作に数えられているゲームだ。
失敗と言われている最大の理由、それはカニ谷が呟いた二大クソモンスター、ゲートキーパーとボマーにある。
ゲートキーパー、門番という名前であるが実態はフィールドボスであり、どんな場所にも出現しては一撃で車両を破壊する攻撃力を持ち、その巨体に見合った体力と耐久値を備えた『不味い』モンスター。倒しても旨味は少なく、倒されるとそれまで倒したゾンビのカウントをリセットしてくるというクソ仕様……何人ものプレイヤーの心を折ったモンスターだ。
そしてボマー。こちらは猫くらいの小さな四足歩行のナニか、謎動物の姿をしており、時速百キロ近い速度ですっ飛ばしている車両にやすやすと追いつく足を持ち、車両のタイヤを確実に吹っ飛ばす自爆攻撃をしてくる。ちなみにゲートキーパーと一緒に行動しているモンスターである。
お分かりいただけただろうか? つまり、ゲートキーパーが出現して逃げようとすれば、確実にボマーが車両の足回りを破壊し、車両が破壊されるようなダメージは受けていないから死に戻りが出来ず、身動きが出来ないところへゲートキーパーの攻撃が来て、それまでの苦労が水の泡となりリスタート、と……これを遊んでいたプレイヤーは、『ゲーム選択までリセットする死に戻り』と呼んでいた。
そもそもがプレイ無料アイテム課金ゲームという分類で、ゲーム内の理不尽な事はアイテムを課金する事で対応してね、というスタイルだった。なのでゲートキーパーもボマーも課金アイテムさえあれば処理は出来る。出来るのだが、結構な重課金をしなければアイテムが足りずに理不尽な目には合う。明らかに課金を押し出し過ぎた内容であったために、一年も経たずにサービス終了した失敗ゲームとされている。
そんな説明を聞いたサマーは、顔色を青くして村松に視線を送る。
「あのー、ここでもし倒されたら?」
サマーの不安そうな声に、村松は疲れたような重い溜息を吐き出しながら、ガリガリと頭を掻く。
「死に戻り、は出来ないでしょうね。データ消去かしら」
「……マジですか?」
「マジよ」
「嘘だと言ってよしゃっちょうぉっ!」
「嘘だったら良かったわよねぇ」
「ひぃーん!」
ガチの泣き顔を浮かべるサマーをチラリと見ながら、村松はトントンとハンドルを指先で叩く。
――娘達には知らせてないけど、サラス・パテ所属のタレントは、毎回パーソナルデータのバックアップは更新をしてるから、例えここで消されたとしても被害は軽微だけど……問題は『第一分署』のメンバーよね。ユーヘイとかあの夫婦とかは用心してバックアップは取ってるだろうけど、他のメンバーはどうかしら――
SIOで様々な理不尽に遭遇しては、何度もやり直して来たプレイヤーであるユーヘイやノンさん、そしてダディならばその手の用心はしているだろう。だが、ヒロシやトージなどはちょっと怪しい。そんな不安に引きつった苦笑が、つい浮かんでしまう。
さてはて、どうやってこの状況を切り抜けようかしら、そう村松が小さく唸っていると、サマーが泣き笑いの表情を浮かべながら前を指差した。
「……あれがゲートキーパーです?」
サマーが指差した先、そこには周囲の建物がミニチュアに見える巨体、ハゲ頭の中年太りをした男の巨人が小走りに移動してくる様子が見える。
「あー出てくるのが早いねー」
あはははーと投げやりな声を出しながら、村松は思いっきりハンドルを切る。
「ちょちょちょちょちょっ!?」
「口閉じてなさい! 舌噛むわよっ!」
ドリフトをしながら車体を九十度直角に曲げた。そのまま素早くシフトレバーを操作し、車体を安定させゲートキーパーから距離を取る。しかし、こちらの動きをロックオンしたゲートキーパーが、大きく口を開いて吠えた。
『おっおっおっおっおっおっおっ!』
オットセイに似た叫び声を出すと、周囲の排水溝の鉄柵が真上に吹っ飛び、そこから謎生物が虫のようにワラワラと飛び出して来る。
「ちょっと! 何その数っ!」
ゾンビ・オブ・ドライバーの案件を依頼され、その前準備としてプレイしていた経験がある村松が、元ゲームでも見たことのないボマーの物量に逆ギレ気味に叫ぶ。
「内部データを弄ったかな、これ」
カニ谷は懐のガンベルトからリボルバーを取り出し、シューター系は苦手なんだよなぁ、などとボヤキながら、後部座席の窓を開けて身を乗り出し、追ってくるボマーに向けて発砲を開始する。
「あークソ! 初期武器の癖がぁっ!」
数発撃ち、弾道の動きでリボルバーの調整がなってない事に怒りの声を出すカニ谷。だが、ボマーは待ってくれない。
「牽制にしかならないじゃないかっ!」
ただでさえ不安定な状態で、更には初期武器の妙な癖もあり、弾が狙った場所へ飛ばない。これがユーヘイなりヒロシなりトージなりだったら余裕で当てるのだろうが、自己申告通りカニ谷はシューター系は苦手としていてそんな技術は無い。
「ちょっと! ゲートキーパーの動きが良くなってるんだけどぉつ!?」
ゲートキーパーの動きを見て逃げる方向を決めていた村松が叫ぶ。元ゲームではお馬鹿の代名詞的行動しかしなかったゲートキーパーが、明らかにボマーの動きと連携して動いている。
「駄目だ! 追いつかれる!」
空薬莢を捨て、新しい弾をシリンダーに込めながらカニ谷が叫ぶ。
「追いつかれるってこれ以上速度出ないわよ!」
村松の弱音にカニ谷は舌打ちをしながら、それでも足掻きを止めずに銃口をボマーに向ける。
「クソッ! こっち来んなっ!」
抵抗虚しくボマーが後輪へ潜り込む、その瞬間――
パァァアァァァン!
「っ!?」
唐突に銃声が轟き、後輪へ潜り込もうとしていたボマーの体が破裂した。
プップーッ!
クラクションの音がし、村松達がその音がした方へ視線を向ければ、そこには後部座席でライフルを構えたダディと、ダディのピックアップトラックを運転しているトージの姿があった。
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