第141話 豪雨

『皆様、こんにちわ。運営からのお知らせです。

 グランドイベントクエスト「終局」「集結」「結集」が進展しました。それに伴いグランドイベントクエストの条件が整いましたので、インターバルが入ります。

 クエスト・ドラマチック・ストーリーズと同じようなムービーが流れます。こちらはいつでも運営のウェブサイドでも確認出来ますが、現在進行形で起こっている事件として楽しんでいただければ幸いでございます。

 引き続きイエローウッドリバー・エイトヒルズ・セカンドライフストーリーズをよろしくお願いします』



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 グランドイベント・インターバル・ストーリー


「おう、どうだ?」

「へい、上手い具合に誘導できました」

「ふ、上出来だ」

「ありがとうございます」


 細くて長いタバコを口に咥えた男が、ヘコヘコと低姿勢で頭を下げる部下に気の無い視線を向け、どこまでも軽薄な冷笑を浮かべる。


「海外のマフィア如きが親父のシマァ荒らしやがって……きっちり落とし前はつけねぇといかんよなぁ、きっちりと」


 タバコのフィルター部分をギリギリと前歯でかじり、少し血走った目で部下を睨み付ける。


 ここ最近のドタバタを考えれば彼が怒るのも分かるし、なんなら自分もイラついている事だから理解はする。だがそれを自分に向けられるのは勘弁して欲しい。


 睨まれた部下は生きた心地がせず、じっとりとした汗を流しながら、男の怒気が薄まるのをジッとまんじりとせずに固まった。やがて、男が溜め息と混じらせた紫の煙を吐き出し、それに合わせて全身に感じていた圧が消える。正直助かったと感じながら、部下は喘ぐように、だけど男の機嫌を損ねないよう静かに呼吸を繰り返しながら、彼を見上げた。


 ハ虫類を思わせる黒目が小さい瞳が無感動に自分を見ており、白いと言うよりは青いと呼ぶべき不健康な肌色と相まって、こんな薄暗い場所にいると妖怪か化け物、特に吸血鬼のような雰囲気がある。そんな雰囲気に飲み込まれそうになりながら部下は静かに生唾を飲み込み、口を開く。


「他のシマも兄貴の読み通りに動いてます。そろそろ本部に戻られたらどうですかい?」


 目の前の男が動くというのは、組織にとって好ましい状況ではない。というか、この人物が普通に出歩いてるだけで、龍王会はおろか鬼皇会の幹部が出てくるレベルで警戒をするような、自分達の組織の切り札なのだ。


 組織が誇る問題解決のエキスパート。上からは何でも屋と重宝され、下からは掃除屋として畏怖の対象になっているアンタッチャブル。それがこの男の正体だ。


 だから自分達のような下の人間からすれば、できれば組織の本部で大人しくしていて欲しい存在なのだが、今回は予想外に予想外が重なり、彼の出動を組織のトップが決定してしまったが為に、アウトローな自由業であるはずの自分が、全く実績などない冴えない下っ端でしかない自分が、どう言う訳か、本当に何故か補佐役で一緒に行動している。本当に勘弁して欲しい状況だ。


「……その前に馬鹿が暴走しただろ? そいつらはどうした?」


 彼が陣頭指揮を取ってどうこうする状況は脱したが、色々と忙しない状況が重なって、現場に彼の指示が完全に浸透されておらず、一部の組織の人間が暴走してDEKAに手をかけた。その事を口に出した男は、再び怒気を発散し始める。


 本当、マジで勘弁して欲しい。


「兄貴の顔に泥を塗ったって事で、兄貴の直属の奴らが連れていきました」

「ふん、ならしっかりと教育するか……さすがにこの状況でなんぞしたら、鼻の利くDEKAが嗅ぎ付けそうだからな」


 口が耳元まで裂けるような、そんな幻が見えるような笑顔を浮かべ、男は背後に見える廃工場へ視線を向ける。そこには彼らですら最大限の脅威として恐れるDEKA達がいる。


「今回はせいぜい踊ってくれよ? 第一分署の皆様。出来れば同士討ちで死んでくれや。そうしたら葬式にでっかい花輪を贈ってやるぜ」


 男は吸いかけのタバコを投げ捨て、ブランド物の尖った革靴の爪先で踏み消し、部下に合図を送る。


「行くぞ」

「へい」


 不気味な、猫が喉をならすような笑い声を漏らし、男は部下を引き連れて歩き去る。


 その背後で爆発音と怒声と罵声が轟き、男の顔に歪んだ笑顔が深く刻まれていた。




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 クエストインフォメーションの直後に訳の分からんインフォメーションが入り、その内容を聞いて、もちろんそんなムービーを見ている余裕などない第一分署の面々は、キレていた。


「ふざ! けんじゃ! ないわよ! んなモン! 見てる余裕なんかないわよ! おりゃぁっ!」


 ポシュ! ポシュ! と音を出して飛んで来る榴弾を、弾丸ライナーで打ち返すメジャーリーガーのように、警棒でパッコンパッコンと奇跡的な技術で打ち返しながらノンさんがキレたように叫ぶ。


 怒りに任せて打ち返した榴弾が、グレネードランチャーを構えていたフィクサーの頭上で爆発し、複数人が吹っ飛ぶのを確認しながら、やってられんわ! と鼻息荒くノンさんが息を吐き捨てる。


 ノンさん程怒り心頭という感じではないが、他のメンバーもどこかうんざりした様子だ。


「ここはどこの戦争タイプのFPSだろうねぇ」


 初手フラッシュバン(※1)による奇襲をユーヘイの気づきで回避し、何とか身を隠せる遮蔽物に全員で隠れ、そこからノンさんが撃ち込まれる榴弾を奇跡的なスキルで対処しているが、それ以外にもバカスカ弾丸が飛び交い、完全に身動きが出来ない状態だ。


 そんな身動きがとれない状態で、うんざりした表情のダディが面倒臭そうな口調で呟き、音が聞こえる方向へ適当に発砲する。


「ぐがぁっ!?」

「ぎゃぁっ?!」

「あれ? 当たった?」


 本当に適当に撃っただけなのに、撃った数だけの悲鳴があがり、ダディが目を丸くして驚く。


「それだけ有象無象が溢れているって事だろう? 狙わなくても撃てば当たるっていうのは助かる」


 ヒロシが苦笑を浮かべて、ダディを真似て音がする方へと発砲をする。


「がぁっ!?」

「ぐがぁっ!?」

「ぐべっ?!」

「ちっ、一発外した」


 一発弾を無駄にした、そう呟きながらヒロシはユーヘイに視線を向ける。ユーヘイはジッと工場内部の構造を確認するように見回していた。


「突破口はありそうか?」


 ヒロシの問い掛けに、ユーヘイはノンさんが榴弾を打ち返した後の場所を見ながら、コリコリとこめかみを掻きつつ、爆発して大穴が空いた工場の壁を顎で指し示す。


「あれで行けそうな気がする」


 ユーヘイの言葉にダディとノンさんがなるほどと頷く。


「どっち?」


 すぐに行動に移そうとするノンさんが、ダディに問い掛けると自分達が隠れている場所の近くの壁を指差す。


「そっち。近い方の壁で行こう。それで良い?」


 深く説明せずとも理解してくれる頼もしさに苦笑を浮かべながら、ユーヘイが懸念を伝える。


「問題は、そっちにも奴らが展開してたら面倒臭い」

「それはやってみないと分からない部分だね」


 ユーヘイの懸念にダディが苦笑を浮かべて言う。


「そうだな」


 ごもっともとユーヘイが笑い、腰を持ち上げると、ヒロシがベシリとユーヘイの頭にチョップを叩き込む。


「説明しような?」

「あはい」


 話が分かってない三人に視線を向け、ユーヘイは拳銃で一番近い壁に銃口を向ける。


「ノンさんに榴弾を向こうへ飛ばしてもらう。それで壁は抜けると思うんだ。そこから外に出て、ダディの車に向かうか、難しそうなら臨機応変に対応するしかないかね、っていう話だ」

「そう説明しような?」

「あはい」

「そこの熟練者二人、こっちは足がプルプル震えてる生まれたばかりの小鹿みたなモンだから、そっちで話を完結するな」

「「あはい、すみません」」


 腕前やらプレイングやらを見れば完全に熟練者のヒロシではあるが、実際はこのゲームがVRゲームデビューである。トージとアツミはこのゲームが初VRゲームという訳ではないが、がっつり腰を据えてのプレイはこのゲームが初だ。そこに熟練者同士の意志疎通についてこいというのは難しい。


 ヒロシのもっともな突っ込みに、ユーヘイ達はすみませんと素直に謝る。


「んじゃま、やってみましょうか!」


 ノンさんが警棒をブンブンと振り、榴弾が飛んで来るのを待ち構える。その間にユーヘイ達は壁から離れて遮蔽物に身を隠す。


「しゃっ! 来たぁっ! 準備しなさい!」

「「「「おう!(はい!)」」」」


 ポシュ! ポシュ! と乾いた音を立ててグレネードランチャーから榴弾が発射される音がし、ノンさんがグググッと警棒を構えた。


「よっこい! せっ! とぉっ!」


 飛んで来た榴弾を器用に目的の壁へ飛ばし、流れるようにユーヘイ達が隠れている遮蔽物へと滑り込む。


 激しい爆音と爆風が頬を撫で、ヒュオッ! と音を立てて壁に大穴が空く。


「行くぞ!」


 ユーヘイが真っ先にそこから外へ飛び出し、素早く周囲の安全を確認して仲間に合図を送る。その合図を見たアツミが次に外へ飛び出し、ベチャリと顔面から地面に落ちた。


「あっちゃん……」


 ユーヘイが何とも言えない表情でアツミを引き起こし、その背後からヒロシが飛び出す。


「何やってんだか」


 ヒロシは呆れながらユーヘイのカバーに入り、トージとダディが同時に飛び出し、その背後で激しい金属音が響く。


「しつこいっ!」


 連続して飛んで来た榴弾を適当な方向へ打ち返し、格好良くノンさんが飛び出した。


「良し! このまま隠れながら車に向かう! トージとタテさんが前、真ん中にあっちゃんとノンさん、俺とダディが最後尾! 行け!」

「「おう!」」


 ユーヘイの指示に素早くトージとヒロシが先頭に立ち、中腰で小走りに移動を開始する。その後ろにアツミとノンさんが続き、さりげなくノンさんがアツミをフォローして走り、その様子を見て苦笑を浮かべたダディとユーヘイが背後を気にしながら続く。


「車、無事だと思う?」


 ダディがこっそりユーヘイに聞く。


「余程頭が花畑じゃなけりゃ、普通は潰すと思うが」

「だよねぇ……そしてこの運営がそんな優しさを発揮するとも思えないよねぇ」

「……頑張りましょう」

「そう、なるかぁー……辛いなぁ」


 二人はインベトリを開き、予備の弾倉を数個取り出し、ジャケットのポケットに突っ込みながら、少し切なそうな溜め息を吐き出すのだった。




※1 激しい音と閃光によって相手を無力化する投げ物。ゲームなどでは、バン! と破裂した音がして画面が真っ白になり、ぐわぁんと画面が揺らめくような演出が入るアレの事である。

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