第140話 濁流となる

 ベイサイドでDEKAプレイヤーが何者かにキルされ、その情報が全DEKAプレイヤー、車両や携帯無線機持ち、ギルドホームである署内に詰めていた者達に周知された同時刻――


 カテリーナ・中嶋のギルド『親愛なる隣人の友』と同盟を結んでいるノービス・探偵ギルドが大々的な呼び掛けを行い、広く監視の目を増やしている最中にそれは起こった。


「カティさん! フィクサーが動いた! 一斉に!」

「は?! はいぃっ!?」


 ユーヘイが提唱した方法。高レベル帯のYAKUZAプレイヤーに、少し治安の悪い場所へ観光に行ってもらい、星流会にそれを監視してもらってフィクサーの相手をしてもらう、もしくはあわよくばフィクサーの拠点を割り出してもらう、という作戦を開始する予定だった。


 だので、カテリーナ達はその作戦で必要となる目、監視網を作り上げようと色々と動いていたのだが、先遣隊が向かった直後位にその知らせが舞い込んだ。


「ちょ、えっ?! ど、どういう事ですのっ?!」


 自分も割り振られた場所に向かおうとしていたところに言われ、カテリーナは混乱しながら報告をしてきたギルドメンバーに問い詰める。


「分かんない、っていうか急に動き出した。ただ――」

「ただ?」

「フィクサーと一緒に龍王会と星流会も動いてる」

「はあっ?!」


 どう言う事かと聞けば、リバーサイドに向かった仲間がフィクサーの集団と遭遇したらしいのだが、その集団に龍王会の武闘派と思われる一団が衝突するのを目撃したらしい。そしてエイトヒルズの郊外、住宅街やオフィス街と言った整備された場所ではない空白地帯と言うべき場所で、フィクサーの集団が現れ、それに対抗するように星流会の兵隊が向かったのを、エイトヒルスに向かった先遣隊が目撃したと言う。


「イエローウッドの方でも動きがあったって連絡がさっきあったし、そっちでも星流会の兵隊が動いてるって」

「マジですの……」

「それにベイサイドでも事件があったって『エンジェルクラップ』のギルマスから連絡あった」

「マァジィですのぉ……」


 カテリーナはガックリと額を押さえて呻くのを見て、報告をしたギルドメンバーが申し訳なさそうに言う。


「……なんかね、容疑者不明でDEKAプレイヤー五人がキルされたって」

「もう……もぉっ! お腹一杯ですわっ!」


 いや自分もそう思うよ、と報告をしたギルドメンバーが同情するような目でカテリーナを見る。


 カテリーナがお嬢様キャラらしからぬ声と仕草でジタバタしていると、報告を聞いて戻ってきた内田うちだ 光輝みつてる赤蕪あかかぶ ヒョウ他が、その様子を見て『あー』という表情を浮かべた。


「あの様子だと、今の状況を知った感じ?」

「あ、はい。大事ですから」


 相変わらずの男装の麗人な光輝に囁かれるように聞かれ、ギルドメンバーは自分らしくない丁寧な言葉で返事を返す。


「みーねーちゃん、距離感距離感。それガチ恋の距離感やねんや」


 ケタケタと笑いながら赤蕪に突っ込まれ、光輝はおっと失礼とギルドメンバーから距離を取る。


「んで、どこまで教えたん?」

「あ、ああ」


 距離を取られた事に少し残念な気持ちになりながら、カテリーナにした報告を簡単に説明した。


「なーほどなーほど、カティねーやん、追加情報やで」

「なんですの?」


 額を押さえて唸っているカテリーナに、妙に嬉しそうな感じに赤蕪が声をかけると、彼女はうんざりした視線を向けながら、やや投げ槍な口調で聞き返す。


「あんなー? ベイサイドで水田にーやんとユーヘイにーやん達が動いてるって報告が来とってん」

「……マジ?」

「マジですやん」

「……マジですかぁー……」


 こんな混沌としている状況下で、一番頼りにしたい相手が一極集中している状況に、カテリーナは絶望したような表情を浮かべた。


 そんな完全に脱力してガックリするカテリーナを見て、赤蕪がケタケタと笑う。楽しげに笑う赤蕪の後頭部をスナップを効かせて光輝が叩き、項垂れているギルドマスターの肩に手を置く。


「第一分署さんの山さんの閃きで、イリーガル探偵になる方法が確立されたでしょ? それで増えた一部のイリーガル探偵がギルドを結成したの」

「は、はぁ?」


 一体何を言っているのかしら? そんな表情を浮かべるカテリーナに、光輝は優しく微笑む。


「そのギルド『不動探偵事務所』と言うのだけども、うちと同盟を結びたいと言われてね。まぁ、目的は山さんが開発したゴム弾をどうにかしてゲット出来ないか、という下心らしいけどね」


 光輝がそう説明をすると、赤蕪が叩かれた後頭部を痛そうに撫で付け口を開く。


「イリーガル探偵もDEKAプレイヤーと同じで、犯人を射殺したらアウトやねん。だから是が非でも非殺傷では最上級の性能を誇る山さんのゴム弾をゲットしたかったらしいんやんな。したら山さんの方は技術を秘匿する気がさらさらないらしくてなぁ、あっさり『不動探偵事務所』に所属している生産職のプレイヤーにレシピを公開してん。あ、ノービスのイリーガル生産職になる方法も、山さんのお陰っちゅうかせいっちゅうか、しっかり方法が見つかってん。こっちもバリバリ増えてんやで」


 それにどんな意味があるのかしら? とカテリーナが不思議そうな表情を浮かべる。


「今までDEKAプレイヤー便りだった部分、特にアクション部分だね。探偵プレイヤーもそこに対応出来るようになった。もちろんDEKAプレイヤーみたいにタイホするっていう方法は使えないけども、時間稼ぎは出来るだろ?」


 ゴム弾で相手をうっかりキルする心配も無く、一定の武力でもって今まで対応が不可能だった相手、星流会を相手取る事が可能になった。その事実がジワジワと頭に浸透し始め、暗い表情をしていたカテリーナに力が戻る。


「……そう考えると騒動が引き起こった場所的に、地域住民NPCが巻き込まれる可能性が低いと考えれば、それほど悪くは無いかしら」


 力が戻ったカテリーナが、口許に手を添えながら呟く。


「そやね。ウチらノービス・探偵プレイヤーが時間稼ぎをすれば勝利やね。その中でグランドイベントクエストの目的である、フィクサー拠点を特定まで行けたら上出来やねんな。ただ、結構ハードになると思うで?」


 自分が思い浮かべていた事を、まるで頭の中を覗き込まれたような感じに説明され、少し赤蕪の能力に戦慄しながら、カテリーナはどうしてという視線を向ける。


「あんな? ダディさんらが率いてる第一分署が異常やねんで? 後追いしてる『第二分署』『第三分署』『ワイルドワイルドウェスト』の連中を見りゃ分かると思うけど、基本、DEKAの銃撃戦って犯罪者側が打ち勝つねんで」

「え?」


 赤蕪の言葉に、カテリーナがキョトンとした表情を浮かべる。その様子に光輝と報告を持って来たギルドメンバーが、うんうんと頷く。


「第一分署の連中が異常やねんで? あんな一撃必殺で、一発確殺しとる事がおかしいねんや。しかも犯罪者側は無限弾倉がデフォルトやねんで? 普通、打ち負けるやろ? こっちの弾数は有限なんやし」


 インベトリがアップデートで追加されたっちゅうても、それでも持ち込める弾数なんか限度があるやろ? そう赤蕪に説明されれば頷く他無い。


「昨日今日にチャカ手にしたような連中が、あんな化け物連中と同じような活躍が今すぐ出来ると思っとんのけ?」

「あ」

「せやろ? 奴らに出来る事は、とりあえず狙いをつけずに弾幕を張るくらいやねん。これをハードと呼ばずしてどう呼ぶねんや」


 あまりの正論を言われ、カテリーナが再び額を押さえて項垂れた。


 カテリーナの受難は始まったばかりである。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 金大平かなだいら 水田すいでん情報でゲットした星流会所有の工場、外見上はどう見ても廃工場にしか見えないその場所へやってきた第一分署の面々は、周囲を見回して怪訝な表情を浮かべる。


「人気を感じないが」


 ユーヘイが眉根を寄せながらサングラスを外し、油断無く拳銃を引き抜きながら呟く。


「もっとお祭り状態になっているかと思ったのにね」


 コキコキと首を鳴らしつつノンさんが警棒のグリップを握りしめ、グリップのお尻についているボタンを押し込み、ジャッ! と警棒を引き伸ばす。その間も周囲への警戒を怠らない。


「ここで間違いないんですよね?」


 リボルバーを取り出し、シリンダーを動かし弾がしっかり込められているかを確認しながら、トージがダディに視線を向ける。


「あの無線を聞いてから、ちゃんとナビゲーションマップの方に反映されたから間違いないよ」


 ダディも自分の拳銃のチェックをしながら、間違いないと頷く。


 ヒロシとアツミは本当かいな、と少し疑問に思っているような表情で周囲を見回す。しかし、本当に人気を感じられず、自分達以外で音を発している存在もいない。


「とりあえず中を確認してみるか」


 ユーヘイの提案に仲間達が頷き、二人一組に分かれて動き出す。


 ユーヘイとアツミ、ダディとトージ、ノンさんとヒロシの組み合わせで、慎重に工場内部へと移動する。


 廃工場の外見をしているので、外壁は結構ボロボロな感じで安易に内部へ侵入は出来た。しかし、内部に入ってもそこが現役で使われているようには見えず、一同は困惑の表情で周囲を見回す。


「金大平さん、偽の情報を掴まされたとかってオチじゃないよな? これ」

「いやでも、さっきの話だとフィクサーの部隊がここに向かって来てたんだろ?」

「そうなんだけどさ」


 どこからどう見てもガチの廃工場状態で、加工機械なども全部持ち去られた感じだし、本当に何も設備やら物などが一切置かれていない状態である。


「っかしーな、水田先生がミスった?」


 ユーヘイが頭を拳銃の銃口でコリコリと掻き、やめなさいとノンさんが警棒ですっと頭から銃口をどける。


「全部調べた訳じゃないから、それをチェックしてからでも――」


 ダディが苦笑を浮かべて、もう少し調べようと提案しかけた時、背後と目の前から金属製の何かが地面に転がるような音が聞こえてきた。


「……目閉じて耳押さえて伏せろっ!」


 金属音がする方向を確認したユーヘイが、大慌てでサングラスを取り出し、それをかけながら、仲間に向けて大声で叫んだ。


「「「「っ!?」」」」


 何が? どうして? そんな疑問を誰もが考えず、ただユーヘイの指示通りにギュッと目を閉じて、思いっきり力を込めて耳を押さえて伏せた。


 ぱあああぁぁぁぁぁんあぁぁぁぁぁぁぁん!


 地面を転がった金属、細長い筒状のそれが破裂するように爆発を引き起こし、高音の音と激しい閃光を撒き散らし工場内部に瞬間的な太陽を産み出した。そしてサングラスで咄嗟に目を守ったユーヘイは、仲間の誰よりも早く周囲を警戒し拳銃を構える。


「星流会のYAKUZAを殺せぇぇぇぇっ!」


 裏口と表口、工場のあらゆる場所から完全武装をしたフィクサーの兵隊が雪崩れ込んできた。


『ベイサイド廃工場にてグランドイベントが一部進行します。イベント「絶望するにはまだ早い」が開始されました』


 唐突に脳内に響いたアナウンスに、ユーヘイは『おーもー』と唸り声を出し、伏せている仲間達の体を軽く叩いて合図を出す。


 第一分署の長い一日が始まった。

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