第139話 台風襲来

 黄物のベイサイドは観光プレイヤーだけでなく、DEKAプレイヤー達にも人気のスポットである。


 DEKAプレイヤーを対象にした突発イベントが良く発生する場所であり、その難易度も他の区画と比較すれば優しい。イベントからクエストへランクアップして鬼畜難易度に上昇、みたいな現象もここなら発生しないとあって、突発イベント狙いのDEKAプレイヤーが一定数、ブラブラと巡回していたりする場所だ。


 そしてゲームを開始したばかりの新人DEKAプレイヤーや、どこのギルドに参加すれば分からない、とりあえずソロプレイをしている者等々、グランドイベントクエストに参加するには少しばかり二の足を踏む新人が、かなりの数ベイサイドにはいた。


「あれ?」

「どしたん?」


 配信関係で黄物を知り、『第一分署』『第二分署』(※1)『第三分署』(※2)『ワイルドワイルドウェスト』と言った現在トップを走っているプレイヤーに憧れてゲームを始めたプレイヤーである彼らは、新人同士ならば気兼ね無く迷惑を掛け合える、という理由で臨時のパーティを組んで突発イベントを探していた。


 そんな彼らはベイサイドのビーチ部分、砂浜と街の境界線となっている主要道路を歩いる。このポイントは親切な先輩DEKAプレイヤーの人に、まだ何も分からないならとりあえず功績ポイントを増やせるから行ってみ、と言われた場所であり、実際そこそこの軽犯罪者と遭遇してそれなりの功績ポイントをゲット出来た。


 また、難易度設定を整えたとは言え、現在のDEKAチュートリアルは限定された状況を舞台としたモノであり、今を生きる若者達からすれば刑事ドラマが銃撃戦前提であるという認識が薄く、ちょっとついていけないという裏事情もあった。だが、ここで受ける突発イベントは、彼らが生まれてから慣れ親しんだ刑事ドラマっぽい、実に普通の刑事さんといった遊び方が出来るチュートリアル場として機能しており、旨くゲームに入り込めるとあって、彼らもどっぷりとその世界へ浸かっていたところである。


 そうやって歩いていた新人DEKAプレイヤーの一人が、繁華街のちょうど裏路地へと続く細道に視線を向けて首を傾げた。それに気づいた即席の仲間が、どうかしたかと彼の視線に自分の目線を合わせる。すると、何やら騒いでいる男達の姿が見えた。


「なんあれ?」

「なんだろう? 何かトラブルかな」

「お、突発イベントか?」

「一応確認してみる?」


 気づいた二人が後ろで話を聞いていた三人の仲間に目配せすると、三人も分かったと頷いた。


「じゃ、行くか」

「「「「了解」」」」


 いつもの突発イベント、どうせちょっとオラついた兄ちゃん同士の喧嘩とか、その手の犯罪とも呼べないいざこざの類いだろう、と軽い気持ちで騒いでいる男達に近づく。


「どうもこんにちわ。何かありましたか?」


 いつか見たドラマの警官のような感じに、威圧感を出さずに警戒をされないように、そんな柔らかな口調で男達に訪ねる。


「あ? なんだてめぇら?」


 複数の男達が一人の男を押さえつけている現場で、DEKAプレイヤーが聞くと、その光景を見せないように立ち塞がった男が凄みながらメンチ(※3)を切る。


「あ、すみません。我々はこういう者です」


 これまでの突発イベントでも、こういう感じに威圧してくるNPCはいたので、彼らも手慣れた様子で懐からDEKA手帳を取り出して見せる。


「あ゛?」


 しかし、これまでならば手帳を見せた段階で、相手は怯んだり謝ったりするのだが、今回は違い目の前の男性の雰囲気が一変した。


「てめぇ……DEKAかよ」


 男の威圧感に違和感を感じながら、それでも彼らはそうですと頷く。


「何か問題でも?」


 ちょっと男の威圧感に怯みながら聞くと、男が背後の仲間達に目配せをする。


「問題なんかねぇよ。失せな」


 男の仲間達が押さえつけていた相手を引きずるようにして移動し、それを見たプレイヤー側がいやいやと突っ込みを入れる。


「問題しかなさそうに見えるんですけど! そっちの人が何をしたんです?!」


 明らかにヤバイ気配を感じたプレイヤーの一人が男に叫ぶと、男は鋭く舌打ちをしてその叫んだプレイヤーの腹部へ拳を叩き込んだ。


「ぐほっ?!」

「えっ!?」

「はぁっ!?」


 男の唐突な攻撃に、プレイヤー側が浮き足だった瞬間、男の背後にいた連中が飛び出し、プレイヤーに鋭い一撃を入れていく。


「がっ?!」

「なっ!?」

「ぐがぁっ!?」

「な、何だよっ!? 何だよお前達!?」


 一人攻撃を避けたプレイヤーが叫びながら逃げようとする。


「逃がすな」


 威圧していた男の言葉に、別の男が自然に懐から拳銃を出す。


「はぁっ!?」


 パシュッ! そう空気が抜けたような音がした瞬間、すっとんきょうな声を出したプレイヤーが崩れ落ち、しばらくするとその姿が消えた。


「「「「なっ?!」」」」


 あまりの事に言葉を失ったプレイヤー達に、男達は淡々と拳銃を向けて弾を撃ち込み、即死回避スキルを持たないプレイヤー達は消えていった。


「おう、行くぞ」

「「「「うっす」」」」


 消えたプレイヤーを確認し、男達はそのまま路地裏へと姿を消した。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「場所はアレ過ぎるけど、食事は凄かったなぁ」

「うん! ちょっと舐めてたわ! まさかあの価格であそこまでクオリティの高いコース料理が出てくるとか!」

「はい! 凄い美味しかった! またここに来たいですねぇ」


 崖っぷちのミッシェルという屋号のレストランから出てきたダディとノンさん、そしてアツミが満面の笑顔で感想を言い合う。その背後から財布の中身を確認するヒロシが出てくる。


「これ、リアルでやられたら数日極貧メニューで生きるハメになるパターンだな」


 苦笑を浮かべて財布をジャケットの内ポケットへ戻しながら困った表情で苦笑を浮かべた。そんなヒロシの肩をポンポンと叩いてユーヘイが笑う。


「ご馳走さま」

「ま、ジャンケンに負けた俺が悪いから何とも言えないがな」


 第一分署の面々は配信関係でガンガン功績ポイントが入ってくるので、他のDEKAプレイヤー達よりも所持金を持っている。だから、ジャンケンで支払いを決める、何てお遊びが出来たりするのだ。


「確かにこの手のレストランにしては安めの設定でしたけど……良かったんですか? 縦山先輩」

「ははははは、これぐらいじゃ破産しないさ。お前は無邪気に喜んどけば良いんだよ」


 トージが申し訳なさそうに言うと、ヒロシは爽やかに笑いながら心配するなと彼の胸を軽く叩いた。


「じゃ、ご馳走さまでした」

「おう。次は負けないぜ?」


 茶目っ気のある表情でヒロシが言うと、トージが次も負けませんよと笑い返す。そんな二人の背中をユーヘイが押しながら、ダディ達に合流する。


「さて、しっかり食事バフも付いた事だし、そろそろ本格的に動くか」


 ユーヘイがダディに向かって言うと、ダディは膨れた腹を撫で付けながら笑顔で頷く。


「そうだね。とりあえず繁華街?」

「あーそうだな……闇雲に動くのもなんだし、中嶋か中嶋パパに連絡――」


 ユーヘイがテツから渡された無線機を取り出そうとした瞬間、いきなり大音量で警察無線に通達が入った。


『全てのDEKAへ緊急連絡。ベイサイドにてDEKAが五人殉職(※4)する事件発生。犯人は不明。現在、容疑者は逃亡中。全てのDEKAは容疑者タイホに動かれたし』


 ほとんどオペレーターが吠えるように伝える情報に、ユーヘイ達は驚いた表情で互いを見合わせる。


「おいおい、初手からずいぶんと破壊力のある一発をかましてくれるじゃねぇか」

「とりあえず繁華街の方へ出よう! 皆、車に乗って乗って!」

「「「「はい(おう)」」」」


 全員で慌てて車に乗り込み、すかさずダディがエンジンを回してアクセルを踏み込む。その隣でユーヘイが手慣れた手付きで、天井に仕込まれた装置を操作し、サンルーフにパトランプがせり出して、けたたましいサイレンの咆哮をあげさせる。


「よっと」


 さらにユーヘイはテツから手渡されていた無線機を取り、それの電源を入れる。


「こちらギルド『第一分署』所属、大田 ユーヘイ。出来ればテツのとっつぁん、もしくは話が分かるヤツが出て欲しい」


 ユーヘイが無線機にそう呼び掛けると、すぐに反応があった。


『ギルドマスターは現在ログインしてませんが、自分が対応します。自分は黄物怪職同盟に所属しているでん 注太ちゅうたです』

「おう。今、こっちの警察無線でDEKAが五人ベイサイドでヤられたって連絡が来た。そっちで何か情報入ってないか?」

『え? はっ!? ベイサイドで五人も?!』

「おう。そういう無線が来た。だから何か情報がないかなぁと聞いてみた」

『ちょ、ちょっと待って下さい』


 ユーヘイの言葉に驚いた相手が、ワタワタした様子で一旦通信を切る。


『ユーヘイさん?』

「……あら? 水田先生?」

『あ、はい。金大平です。警察無線ではどういう内容のモノが流れたか、教えてもらえますか?』

「なんで水田先生がそこにいるのか疑問だが、えーっと」


 唐突に現れた水田に驚きながら、ユーヘイが先程聞いた無線内容を伝えると、水田が唸る。


『実はベイサイド全体を見渡せる場所で監視作業をしていたんですが……そんな現場見えなかったなぁ……ただ、僕がポイントを絞って監視していた場所に、現在フィクサーのサポート部隊が接近してます』

「……そっちを教えてくれる?」

『はい、場所は――』


 水田からの情報を聞いたダディが無言で頷く。それを見ながらユーヘイは水田に感謝の言葉を送る。


「ありがとう。ヤられた奴らとそっちが関係してるか分からないが、そっちに向かってみるわ」

『はい、お気を付けて。結構な数が集まってます』

「了解」


 無線を切り、ユーヘイが後部座席に顔を向ける。


「ハードな戦いになりそうだな」


 ユーヘイの嬉しそうな声に、四人はやれやれと溜め息を吐き出しながら、それぞれが持つ拳銃のチェックを始めるのであった。




※1 ドラマ『大貴族の警察』のファイナルシーズンをベースにアバターを寄せたプレイヤー達のギルド。妙にバイタリティ溢れる小柄なオールバックのDEKAがギルドマスターをしている。相棒は妙に暑苦しいスポーツ刈りの長身男性プレイヤー。

※2 ドラマ『大貴族の警察』のファーストシーズンをベースにアバターを寄せたプレイヤー達のギルド。スタンスは第一分署に似ていて、自然な感じのロールプレイを目指している。第二分署がわざとらしいロールプレイをしているとあって、良く比較されるギルド。しかし当人達は比較される事を快く思っていない。ちなみに第二分署とは同盟関係にある。

※3 目を尖らせて、出来れば口を三角形に歪め、なるべく口をくちゃくちゃさせながら、下から上へ、そこから斜め上から斜め下へ、そんな感じにニワトリの如く首を振る感じの仕草である。昔の某週刊少年誌を参照してもらえればよろしいかと。

※4 DEKAプレイヤーがキルされた状態。DEKAのデスペナルティは結構重たく、ステータスが四分の三まで減少し、リスポーンまでリアル二時間程の制限がかかる。YAKUZAやノービス・探偵はもう少し軽い。

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