第138話 発端
どこからどう見ても近未来ジオフロントです、ありがとうございましたなアンダーグランドから戻り、ダディのティラノに乗ってベイサイドへと向かっている道中――
「なんかハードなバトルの予感がするから、どっかで飯食わん?」
助手席に座ったユーヘイが、運転をしているダディに提案をする。それを聞いたダディは少し不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「いきなりどしたよ?」
ダディの問い掛けにユーヘイは苦笑を浮かべる。
「いやさ、毎回毎回気がつけば修羅場ってるって場合が多いけど、今回はもうヤバそうってのは分かってる訳だし、せっかく食事でバフが付くのを知ってて全くそれを活用してなかったなぁ、と改めて思った」
YAKUZA連中が観光メシやってるのを見て気がついた、とユーヘイが言えばダディもなるほどと頷く。
「ご飯は良いけど、どっかお店知ってるの? ここら辺でそんなお食事処なんてあるわけ?」
ヒロシ、ノンさん、アツミ、トージの順で座っている後部座席から、ノンさんが身を乗り出しながら聞いてくる。ちなみに配信ではテロップで『これはゲーム内部の映像です。リアルで同じような乗り方をした場合、道路交通法に抵触する可能性があります。リアルではシートベルトを必ず着用しましょう。自動運転中でも大切な事です』というモノが流れ、コメント欄に激しく草(※1)が生い茂っていた。
「ベイサイド関連だと、ちょくちょくテツのとっつぁんから聞いてる。ハードな予感がするから、少し豪華なトコで食わん?」
というユーヘイの提案で、一行はベイサイドの中心部から少し外れた場所、それなりに栄えてはいるが、中心部よりかは少し閑散としているベイサイドとイエローウッドの境界に近い区画へ向かった。
ベイサイドは観光特化の地域であり、どこかド派手で余所行きの顔をした街、という印象が強い。だが中心部から外れた郊外、今ユーヘイ達が向かっているような場所は、しっかりとした生活感を感じさせる場所へと変貌する。
派手派手しい店構えや看板の姿は消え、地中海の街並みと言えば良いか、真っ白な壁と真っ赤な屋根の家がキレイに等間隔で並んでいる家々が来た者を出迎える。ちょっと薄着の住人達が井戸端会議で会話の花を咲かせ、太陽の光を浴びた子供達が元気に走り回る、そんな生活感に満ち溢れた場所が広がるのだ。
「わーっ!」
「すごっ!」
ノンさんとアツミが運転席と助手席の間の空間から身を乗り出し、フロントガラス越しに見える景色に瞳を輝かせる。
「ヒューッ♪ これはまた」
「海外の有名観光地を参考にしたんですかね? 色々な要素が入ってるようにも見えます」
窓側に座っているヒロシとトージが、外に広がる景色を見て感嘆の声を出す。
「テツのとっつぁんの話じゃ、地中海やらエーゲ海やらアマルフィやらが入り交じった良い所取りのちゃんぽんらしいけどな」
ユーヘイが眩しいとサングラスをかけながら呟く。それを聞いたダディが不思議そうな表情を浮かべる。
「テツさん、そういう事に詳しいんだ?」
「詳しいんじゃねぇの? 中嶋のあの喋りって素だろ? それで実の父親をお父様なんて呼ぶと来れば」
「ああ、なるほどね」
自分の疑問にこれ以上ないくらいに的確な予想を立てるユーヘイ。それを聞いたダディは納得と頷く。つまりテツは自由放浪者で三世的な怪盗をやってるが、リアルではそれなりの財力やら権力やらを持っている良い所のおっさんという事だ。
「やっぱりVRって良いわよねぇ。治安やら言葉の壁やらで二の足踏んじゃうけど、こうやって気軽に海外旅行気分を楽しめるんだもんねぇ」
二人の会話など一切聞いてなかったノンさんが、少女のようにはしゃいで呟く。
「旅行その物がちょっと敷居が高い身としては、本当にありがたいVR」
アツミは自分の男性恐怖症(第一分署の男を除く)があるから、余計にそう感じるのか、実に実感が籠った声色で力強く言う。ちなみに、もしかして症状が緩和したんじゃなかろうか、と楽観的に考え、事務所の男性に少し近づいたら虹色の何かを口から放出するというハプニングを引き起こした。事務所社長のパルティ・司波に『んな簡単に治ったらこんなに苦労せんわっ!』と割りとガチトーンで叱られたのは記憶に新しい。
「で、場所は?」
「ちょい待ち……ええっと」
ユーヘイは懐からDEKA手帳を取り出し、それをパラパラとめくってメモ書きを探す。
「あった。23号道と15号道が交わるとこを海側」
「おっけ、あそこな」
「なんか東尋坊の崖みたいな場所にあるレストランが良いらしい」
「……それ凄い物騒な場所じゃないの?」
「まぁ、リアルじゃ出来ない事をやって出来ちゃうのがVRちゅうかゲームっちゅうかアニメっちゅうか小説ちゅうか漫画っちゅうか」
「はいはい」
ダディの突っ込みへユーヘイが色々な理由を語るがそれを一刀両断する。ちなみに東尋坊の崖というのは、サスペンスな劇場で最終的に犯人が追い詰められ罪の告白をする場所の事だ。
黄物のベイサイドにはそういう見映えする崖というのが数ヵ所存在しており、探偵プレイヤーがちょくちょくそこで『もう終わりにしましょう』的下りを行っている。余談ではあるが、クエストの最終フェーズをそこまで持っていくのが結構な至難で、がっかりENDと呼ばれている犯人は判明するのだが、肝心要の動機やらトリックやらの詳細を語られずにモヤモヤが残る、というクリアーの方が多いとか。
カテリーナ・中嶋であるとか、
閑話休題。
ほどなくして一行は目的地であるレストランが見える場所まで進む、のだが……
「うっわぁ、絶対にリアルでは行きたくないような場所にレストランが」
どうしてそんな場所に家を建てた! と突っ込みを禁じ得ない、本当に崖の際っ際にそのレストランは存在していた。
「本当に崖っぷちに建ってるし」
ハンドルを握りながら、ダディがひくりひくりと口の端を揺らす。そんなダディの感想を心底理解しながら、ノンさんが少し嫌そうな表情を浮かべてレストランを指差した。
「あれ?」
「多分、あれだな」
ノンさんの言葉に、手帳を見ていたユーヘイが間違いないと頷く。
「食事するのも命がけ、崖だけに」
「トージ君? 親父ギャグはまだ早いんじゃないかな?」
トージが平坦な口調で笑えないジョークを口にし、それを聞いたヒロシが気持ちは分かるけど落ち着け、と苦笑を浮かべる。
「さすがにゲームの中で崖が崩れるって事はねぇだろう。間違いなく料理は一級品だって話だし、大丈夫だべ」
ユーヘイは大して気にした様子も無く、楽しみだとDEKA手帳を懐へ戻す。本当にこいつは色々な部分の感覚がおかしい、そんな一同の視線を集めながらユーヘイは能天気に笑った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
金大平 水田がベイサイドで重点的に見ているポイントが三つあった。
一つはセントラルステーションに近い中央通り。一番目立つ場所で、人通りも多く、色々な店も軒を連ねている場所であるが、ここは星流会のシノギの中心地であり、星流会の心臓と言えるエリアだ。フィクサーがちょっかいをかけてくるにはお誂え向きと言える。
「でもさすがに直接は喧嘩を吹っ掛けないか」
トランクケースから取り出した双眼鏡で、通りの様子を確認しながら水田が呟く。
「あそこで騒ぎなんか起こしたら、星流会の精鋭が出てきますって」
「そうなの?」
「そうですよ」
水田は自分の後ろに立っている人物にのんびりした声で聞く。
「それは怖いな」
「怖いで済む問題じゃねぇーっすけどね」
やっぱり緊張感など微塵も感じさせない声で水田が呟き、その呟きに背後の人物が呆れた口調で突っ込みを入れる。
彼ら二人は今、ベイサイドでも一番背の高い送電線の鉄塔、それこそベイサイドをぐるりと見渡せるその一番上にいた。
本来ならば絶対に立ち入りが出来ない場所であり、プレイヤーはおろかNPCですら侵入不可なエリアとして隔離されているのだが、そこはそれ、黄物怪職同盟には電柱関係の超マイナー職業を選択したプレイヤーがおり、ここへの侵入はそのプレイヤーの協力で入る事が出来たのだ。
彼の名前は
「うちら、黄物怪職同盟だと星流会と接触するクエストって多いんすよ」
「そうなの?」
「はい。結構アングラな仕事の依頼とかあるんですよ。特に鍵師だとか何でも屋、特殊清掃関係なんかが特に」
「ああ……それはそうだろうねぇ」
電の言葉に水田が苦笑を浮かべる。確かにリアルでも鍵師なんかはちょくちょく遭遇するみたいな話は聞くし、何でも屋だとか特殊清掃とかだと、どうにも面倒くさい仕事の依頼が来るだろう事は想像に固くない。色々なお片付けの依頼が舞い込んで来るんだろう。
水田は苦笑を浮かべ、残り二つのポイントへ双眼鏡を向ける。
二つ目は街と海岸が交わる地域の裏通りだ。どうも海で遊んで疲れて戻ってくる観光客を狙い、ここで待ち潜んでいる犯罪者というのが結構な数いるらしい。
「……こっちは他のプレイヤーがしっかり見てるから大丈夫そうだね」
かなり有名なポイントであり、犯罪に巻き込まれないようにノービスプレイヤーなどは事前に警告を受けるポイントなだけあり、現在も多くのプレイヤーが監視している様子が見える。これなら安心と、水田は双眼鏡を向ける方向を変えた。
そして三つ目――
「やっぱりここかな」
ベイサイドの繁華街の外れ、忘れられたようにポツンと存在するそこそこ大きな廃工場。そこを覗き込んだ水田がポツリと呟く。
一見すると廃工場に見えるが、今もバリバリ稼働している星流会所有の工場だ。さすがに中で何を作っているかまでは調べられなかったが、非合法な何かを製造している事は間違いない。
「なるほど、あそこの廃工場なら星流会も守りは薄い」
「付け加えるなら、結構な人員を各地に派遣していて、ますます少ないからね」
「はっはーん、さすデン」
「何それ?」
「さすが水田の略です」
「何それ?!」
水田が電にギョッとした視線を向けると、その視線をスルーして電が眉根を寄せながら廃工場を睨む。
「水田さん」
「どうしたの?」
「あれ」
電が指差す方向を見た水田は、慌てて双眼鏡を向けた。
「……来た」
フィクサーのサポート部隊と思われる一団が、廃工場へ向かっていく。
「電君、無線で知らせて」
「了解。黄物怪職同盟のホームへ連絡します」
ベイサイドに風雲急を告げる、嵐が訪れようとしていた。
※1 wwwwwwwwww 説明不要ですよねぇー。別の言い方として、ワロスワロスやらワロタなんてモノもあります。
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