第233話 真野 温香 ③
眼球を貫かれ、一瞬視界を奪われた老婆だったが、時間が巻き戻ったようにすぐさま再生させると、怒り狂った金切声を出してアツミの姿を探す。
『いぃたぁなぁっ!』
リボルバーを両手で持ち上げるように構え、小走りに近寄ってくるアツミを見つけると、老婆は地面を両手で激しく叩く。
水溜りか泥溜まりのような、水分と粘着質な音をさせながら激しく両手を叩き続ける老婆。すると彼女の周囲からストーカーリスナーが、竹の子でも生えるようにニョキニョキと現れる。
『思い知らせなぁっ!』
一際強く地面を叩き、それが波紋のように空間を揺らす。その波紋に後押しされるよう、ストーカーリスナーが不格好な仕草で、のたりのたりと走り出す。
その様子を見たアツミの表情が少し歪むのを、たまらないとばかりに老婆の顔が愉悦に染まる。
――そうさ、何も変わりはしない――
老婆が内心で吐き捨てるように呟く。だが、アツミは戸惑う事も立ち止まる事も、恐れる事も絶望する事もしなかった。
「邪魔っ!」
まるでゾンビのように突っ込んで来るストーカーリスナーを、アツミは少しだけ歪んだ表情で迎撃する。
何も考えず突っ込むストーカーリスナーに肉薄し、ピタリと銃口を喉に当ててトリガーを引く。
『っ?!』
前回イベントの時のまま、ゴム弾ではない鉛玉を叩き込まれ、喉を貫通した弾丸はそのまま空間を切り裂いて消える。ぽっかり空いた喉からはヘドロのようなタールのような、真っ黒い液体が激しく噴き上がり、ストーカーリスナーは必死に喉元を押さえながらも、結局は絶命するように真後ろへ倒れた。
『な?!』
老婆が驚愕に目を見開いている間に、アツミは流れるような体捌きで、次々と襲い来るストーカーリスナーを倒していく。
その攻撃には一切の容赦は無く、全てが人体の急所へ鉛玉が叩き込まれる。まさに一撃必殺。シリンダー内の弾を全て吐き出せば、大振りな攻撃をしてくるストーカーリスナーの腕を掻い潜りながら、空薬莢を捨ててリローダーを突っ込み素早く装填する。
その姿はまるでユーヘイ。全体を把握し、余裕を保ち、遊ぶ事に全力を尽くすトップ・オブ・トップの魂インストールだった。
アツミは跳弾戦闘のインパクトが強すぎてそれ一点だけのプレイヤーに見られがちであるが、実際のプレイ能力は半端無い。
何せ『第一分署』のユーヘイ、ダディ、ノンさんが師匠なのだ。それプラス、彼女自身が自分の能力に懐疑的であり、現状のままを良しとしない努力家である。これで伸びないはずがない。
「どきなさいっ!」
通常弾丸の数がそれ程多くない事を把握したアツミは、気合を入れ直すように吠えると体術をメインに立ち回りだす。不用意に近寄るストーカーリスナーの腕を引っ張りながら足払いをし、受け身を取れない体勢で顔面から地面へ叩きつけ、情け容赦無くその後頭部へ踏みつけを入れる。
言うまでもなく、この一連の殺意増し増しなやり方はノンさんの教えである。
『むしろ股間狙いの一撃とか無いだけ有情でしょ? あによ? そんな化け物を見るような目で見て』
というダディやユーヘイとの会話があったとか……。
『な、何をやってんだい! 小娘一人相手に!』
老婆がじょじょに近づいてくるアツミを恐れるよう、ジリジリと後退りしながらバンバンと地面を叩いて追加のストーカーリスナーを生み出す。
「ふっ!」
老婆の周囲で彼女を守るように現れたストーカーリスナーに銃口を向け、自分の許容範囲を超える数にならないよう、全弾命中させるつもりでシリンダー内の全ての銃弾を吐き出す。その姿は完全にダディ。相手の動きを先読みした、覚り妖怪と恐れられる男の技術だ。
六発の鉛玉が吸い込まれるようにストーカーリスナーの額を貫き、形を保てなくなった彼らが泥人形が崩れるようにして溶けていく。その様子に小さく悲鳴を出した老婆は、完全に腰が引けた様子で逃げようとする。
「逃げるなっ!」
『っ!?』
そこへアツミの一喝が入り、老婆はビクリと体を震わせて立ち止まる。
――ちょいとお待ちよ、なんで小娘を恐れる必要があるんだい!――
アツミの事を恐れている自分に気づき、老婆の表情が憤怒に歪む。
『冗談じゃないっ! 冗談じゃないっ!』
なんで自分が
『これならどうだいっ!』
たゆんとわたんだ地面から、ストーカーリスナーではない別の人物達が出現する。ニヤニヤと笑う中年男性、ゴツいカメラを構えた若い男、こちらを責めるような表情でマイクを持つ男性……それらはかつてアツミが、温香がリアルアイドルをしていた頃につきまとっていたテレビ局のプロデューサー、パパラッチな雑誌記者、ワイドショーのリポーターであった。
アツミの人生を滅茶苦茶にした男、そこへ塩を塗り込んだ男、痛くもない腹を勝手に傷つけた男、と碌な記憶の無いトリオである。
やってやった、そんなやりきった表情を浮かべた老婆はしかし、アツミの表情を見て固まった。
「……」
あれだけ歪んでいた顔が、むしろうっすらと微笑みすら浮かべた状態で、残ったストーカーリスナーを軽くあしらいながらシリンダーの空薬莢を捨てて、新しいリローダーを取り出して装填している。
――どうなっているんだい――
さっきまで心が折れる手前の状態で絶望に染まっていたはずなのに……だが今は穏やかな、凪のような揺るぎない空気を纏ってこちらを見ているではないか。
「知らないの? そこのプロデューサーは知らないけど、残り二人は社会的に死んでるのよ?」
『……へ?』
不用意に近づいてきたストーカーリスナーのこめかみに銃口を押し当ててトリガーを引き、群がってきた敵を処理し終わったアツミが、どこか悪戯っ子のような表情で言う。
アツミがサラス・パテに拾われるきっかけとなった事件がある。
それは雑誌記者に追いかけられ、同時にワイドショーのリポーターにも追い詰められ、街角で半監禁のような状況になっていた時があったのだが、そこへたまたまパルティが通りかかり、アツミを颯爽と助けた。
そこまでは良い。問題はその後も記者とリポーターがしつこくサラス・パテの事務所までお仕掛けて来る状況が続いたのだ。
これにキレたパルティが旦那の力も借りて、ありとあらゆる手段を用いてその二人を社会的に潰したのである。これで少しだけ安心したアツミが白井 ラリとしてVラブデビューする事になった訳だ。
だからアツミにとって、プロデューサー以外の二人に恐怖は無い。残りのプロデューサーに至っては『気持ち悪いおっさん』という認識でしかない。
人生を狂わされたが、今ではサラス・パテがアツミの家であり故郷だ。だからもうすでに芸能界への未練は無いし、『気持ち悪い』プロデューサーもただの中年太りのおっさんという認識である。
「だから私の障害にならない!」
パンパンパン! と乾いた銃声が三発響き渡ると、新たに生み出された男達が溶けて崩れ去った。
シリンダーから一本一本空薬莢を取り出し、乱雑に投げ捨ててから新しい弾を手に取ると、それを一本一本シリンダーに詰める。
「もうおしまい?」
リボルバーを軽く振ってシリンダーを戻しながら老婆に問いかける。
『何なんだい、何なんだいっ! アンタ!』
老婆は口の端にツバの泡を浮かべながら叫び、血走った目でアツミを睨みつけ、震える指先でこちらを差して地団駄を踏む。その姿は老婆と言うよりも駄々をこねる子供のようだ。
アツミは小さく息を吐き出すと、リボルバーをガンベルトにしまい、老婆に近づいて目線を合わせる。
「ごめんね」
『……』
憤怒の形相を浮かべる老婆をアツミはしっかり抱きしめる。老婆はアツミの腕の中で抵抗するように身をよじるが、その抵抗を許さないように抱きしめる腕に力を入れていく。
「このまま何も変わらず、お婆さんになるまでずっと逃げ続けるかもしれないって思ってた」
『……』
「あの時、あの選択をした事を後悔した事は無いけど、もしかしたらって考える事はあった」
『……』
「だからアナタは、もしかしたら進んでいたかもしれないもう一人の、私」
腕の中の老婆から力が抜ける。アツミはしっかり彼女を支えながら、子供をあやすように背中を軽く叩く。
「目を背ける事も逃げる事も、もうしない。今すぐに強くなれる訳じゃないけど、ちょっとづつ強くなれるように頑張る。だからアナタも見ていて?」
『……』
抱きしめる力を緩めて、両肩に手を置いて引き離せば、そこにはアイドル衣装を着た昔の自分が、その頃よりも幾分か若い、というか幼い少女の自分が笑顔を浮かべていた。
「今度こそ間違わないように頑張るから」
アツミの言葉に少女は大きく頷いて、そのまま胸に張り付くよう抱きつく。少女は光の粒子となって、アツミの中へ溶け込むように吸い込まれていく。
「ありがとう」
アツミは胸元に少しだけ残った光の粒子を、しっかり自分へ戻るように押さつけて、どこか満たされたような表情を浮かべるのであった。
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