第300話 それはきっと希望の未来へと続く道

 テレビニュースの一幕――


「続きましては、城ヶ崎商事の諸々ですね。コメンテーターは瀬戸際せどさいさんです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「地方一企業の汚職事件だったのが、気がつけば県議会から他の地方議会まで波及する様相を呈してますが」

「きっかけは城ヶ崎商事の娘さんによるいじめだったようですね」

「はい。未成年特別補導員の方にいじめの現場を見られて、そこから保護、調査の過程で芋づる式に、って感じです」

「そこが疑問なんですよ」

「と、言いますと?」

「いやね、いじめの調査を行ったのに、どうして企業の汚職やら議会の汚職やらが出てくるのか、っていう。なんというか、天照正教の越権行為があったんじゃないかと、私などは疑ってしまうんですよね」

「あー、確かに。それは少し不自然な感じがしますね」

「その、いじめの現場にいたという未成年特別補導員も、実際のところは天照正教が用意した『さくら』なんじゃないか、とも思います」

「確かに。あまりにもタイミングが良すぎますよね」

「そうなんですよ。いじめを『ダシ』に使って、本命は企業と議会の汚職を狙ったんじゃないんでしょうかね」

「ほうほう。それはどうして?」

「そりゃ、天照大御神は本当に存在してる、なんてのたまう連中ですよ? それこそ神託があったー、だの、予言があったー、だのっていう権威付けに使う為でしょう」

「はっはぁ、有り得そうですね」

「これでまた、勝手に天照正教の株は上がるんでしょうなぁ」



 大手ネットニュースのライブ配信――


「いやぁ、色々と巻き起こしてくれます。具体的な名前は控えさせてもらいますが、とあるゲームで一躍有名になったプレイヤーの方が、またもやお手柄です。コメンテーターは物識ものしきさんです。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。いやー、私も実はこの時、一善良なプレイヤーとしてお祭りに参加してまして」

「ええ?! そうだったんですか?!」

「はい。彼の巻き起こす諸々に巻き込まれて、自分達は結構楽しんでたりするんですが、今回のはまた特大でしたねぇ」

「私も途中までの経緯は、彼らが残していたアーカイブで確認してたんですけども」

「それは自分もですね。単純作業とかしてると、作業BGM代わりに有名どころのVランナーとかVラブ系のライブ配信を流しっぱなしにするんですよね。それで自分はたまたま、彼らの配信を流してたのでバッチリ把握してました」

「では大まかな流れなんかも?」

「ええ。まずは例の方々が問題有りな未成年の少女と少年を保護し、そこからリアルで天照正教が動き、そこで問題が大きくなって中央から派遣された文部科学省の特別調査チームも合流して、どうやら問題は教育現場だけじゃないぞ? という感じになり、そこの地方警察も問題の企業とズブズブな関係みたいだ、となり警視庁の特別調査班が来た、っていう。まるでドラマでも見てるような急展開でしたねぇ、あれは」

「確かにドラマチックではありますね」

「どうしてか、あの方が関わると毎回クライマックスになるんですよ」

「派手ですよねぇ、経過が」

「はい。今回も派手でしたね。まさか、リアルで問題を引き起こした犯罪者が、VRに逃げ込むとか」

「VR黎明期にはあるあるでしたが、まさか今になってやろうとする人物が現れるとか」

「情弱過ぎですね。まぁ、そのように誘導されていたみたいな事は聞いてます」

「城ヶ崎商事と県議会の不正情報のリークした方ですね?」

「ええ、あれは胸糞でした。色々とアウト過ぎて人間としての良識が無いんか? って総ツッコミを叩き込まれましたしね、彼ら。いやまぁ、運営の方々が嬉々として我々に教えたんですけど。あの時の善良プレイヤーの目つきはヤヴァかったです」

「そんなにですか?」

「殺気で人は◯せるんじゃないかって思いました」

「そんなにですか?」

「はい。自分も、あそこまで赤の他人に怒ったのは人生で初かもしれません」

「そこまでですか」

「知らされた内容が内容でしたから」

「確かに。前途ある若者にやるべき事ではありませんよね」

「全くです」

「その後は問題なく調査は進み、犯人達も捕まって、意外だったのは彼らが調査に協力的だった事でしょうか」

「そこはまぁ、協力的にならざるを得ないでしょうなぁ」

「それはどうして?」

「監視されてますから」

「どちらに?」

「今の日本のネットワークを支配している神様ですね」

「ああ、システム『オモイカネ』ですか」

「ええ、取り調べではVR空間を使った仮想取調室で行われているので、脳波や心拍、呼吸や発汗などをモニタリングされて嘘偽りを言ったら即警告が出るらしいですよ」

「うわぁ……」

「自分も同じ事をされたら、真実だけをペラペラさえずる自信があります」

「同じく」

「ですから、解決するのも早そうです」

「そうですね。この際ですから、悪い膿は全部出し尽くされると良いですね」

「同感です」




――――――――――――――――――――


「相変わらず、地上波のニュース番組には嫌われてますね。わたくし達」

「影響は全くありせんけどね」


 とある地方のコミュニティセンターで、備え付けられたテレビのニュースを眺めていた女性がつまらなそうに言えば、その隣で自愛に満ちた微笑みを浮かべている男性がバッサリと捨て去る。


「何でしょう、真実を伝えたら死んでしまう病気にでもなっているのでしょうか?」

「あれはどちらかと言えば、虚言を重ねないと息が苦しくなる奇病じゃないでしょうか?」

「どっちにしても病気ですか」

「最近はとみに酷いですからね」

「やれやれです」


 時間潰しに眺めていただけだが、内容が内容だけに少しだけ腹立たしい。何より、報道の内容が事件では無く、天照正教の批判やら文部科学省の批判へとシフトし、論点がすり替えられているのが少し苛立つ。


「今度、かむなぎとかんなぎ全員で抗議でもしましょうか?」

「無駄じゃないですか? それこそ偏向報道されるのがオチだと思いますよ?」

「そこはほら、我々の神気しんきを全開にすれば」

「そんな事に神聖な力を無駄遣いしてどうするんですか」

「やっぱり駄目ですか?」

「駄目です。と言うか、そんな事しなくてもスポンサーサイドが動きますよ」

「あー、あそこの局って」

「ええ、エターナルリンクエンターテイメント社とウロボロスさんもだったか、その両方が手を引くと思いますよ。今回ばかりは酷いですから」

「……ご愁傷さまですねー」


 南無南無〜と両手を合わせて仏教式の祈りを捧げている女性に、男性は呆れた視線を向けながら、何かに気が付き立ち上がる。男性の動きに女性も慌てて立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる白いスーツの美丈夫を出迎える。


「どうもどうも、おまたせしちゃいましたか?」

「いえいえ、こっちはずっとこの地方に滞在してましたから、お気になさらず。それより鬼燈さんの方がお忙しいでしょうに」

「いやいや、今回の事は会社としてもしっかり対応するべきだとトップの判断ですから。そうなると私が出ないと体裁が悪い、ってだけの話です」


 白いスーツの美丈夫、エターナルリンクエンターテイメント社の偉い人こと鬼燈は、どこか蛇を思わせる仕草で笑いながら、自分の後ろを歩いていた二人の少女の背中を押す。


石倉いしくら 麻美あさみさんと西田にしだ 優美ゆみさんです。まだ来てない二人と一緒に、まほろばの大樹たいじゅへ連れて行く事になりました」

「ああ、はいはい。やはり、こうなりましたか……」

「ええ……いや、本当。田舎の因習は怖いですわ」

「そうですねぇ」


 この世の終わりのような表情をしているギャルっぽい外見と服装をした少女と、そこまで派手な感じはしないが要所要所が可愛らしい服装の少女。彼女達は大田 ユーヘイによって発生した大波に翻弄された少女らで、自分達から天照正教へ助けを求めてきた娘達だ。


 彼女達は自分達が知りうる全てを話し、それによっていじめの調査はスムーズに進んだのだが、そこから派生する形で色々な不正が発覚、結果として彼女達は自分達の生活基盤を失うに等しい扱いを受ける事となった。


 いち早く動いていた鬼燈により保護され、本来の保護者と話し合いが行われたのだが、それぞれの家庭に問題があり過ぎると判断が下された事で、児童保護の観点からエターナルリンクエンターテイメント社が天照正教と共同運営している児童保護施設『まほろばの大樹』へ連れて行く事が決定したのだった。


 二人とも表情は固く、雰囲気も重たい。本人達には伝えてないが、それでもこれまでの事から自分たちが家族にどのような扱いをされたのかは予想できる。つまりは見捨てられたと、切り捨てられたと、直感的にその事を感じている。そんな少女達を不憫に思いながらも、こればかりは時間が必要かと、天照正教の二人は優しく見守るだけに留める。


「残りの二人は?」

「え? そろそろ来るとは思い――ああ、来たようですね」


 『まほろぼの大樹』に迎えるのは四人。残り二人はまだかと聞けば、ちょうどその二人が走ってやってきた。


「ちょっ?! お前! ぜってぇあの時のクソ犬だろっ?! 俺にだけ当たりが強いんだよ!」

「リョー君! 時間時間! ゴンゾウもリョー君に吠えないの!」

「そうだぞゴンゾウ、ゴンゾウは悪い子だな、さすがゴンゾウだ、ゴンゾウゴンゾウ、いってぇなぁっ!?」

「本当にもう仲良しなんだから! 急いで急いで!」

「仲良しじゃねぇ!?」


 匂い立つような色気を健康的な溌剌さで調和し、それでも輝くような美少女に見える笑顔の少女と、彼女が持つリードに繋がれたゴールデンリトリバーの子犬に威嚇される、芯の通った信念のような輝くを内に秘めた、力強い瞳を持つガキ大将のような笑顔の少年が、大騒ぎしながらやってくる。


「……あれ、東谷? 谷田?」

「え、マジで?」


 麻美と優美は、まるで印象の違う二人を見て、あんぐりと口を開く。あのいじめられて俯いていた根暗な少女はどこに行ったのか、何かに鬱屈して暗い瞳をしていた少年はどこに行ったのか、別人と言っても過言ではない姿の二人に驚きが止まらない。


「あ、鬼燈さん! ごめんなさい! お母さんとお義父さんがなかなか離してくれなくて」

「いえいえ、ちょっとぐらい遅れても大丈夫ですよ。そっちの子犬もすっかり懐きましたね」

「はい! ゴンゾウと名付けました!」

「ゴン……ごほんごほん! それは、ええ、良い、名前ですねぇ……ゴンゾウ……ぷふっ! ティンダロスの猟犬にゴンゾウ……ぷくくくく……」


 姫子のネーミングセンスに肩を震わせて笑う鬼燈に、姫子の足元で大人しく座る子犬が胡乱な瞳を向ける。その表情豊かなゴンゾウに、良太はやれやれと肩を竦める。


「それより姫子」

「あ、そうだった。鬼燈さん、改めてお世話になります!」

「お世話になります!」

「ぷくくくく……は、はぁ……いえいえ、こちらこそお世話をさせていただきます。良太君はともかく、姫子さんはよろしかったんですか?」


 姫子の母親は、弁護士の婚約者と正式に結婚する事が決まっており、それは和治との離婚が成立した後に時期を見計らって改めて再婚する計画だ。


「ええっと……そのぉ……両親も別の場所で新しい生活をするので……そうするとですね、そのぉ……」


 姫子はモジモジしながら、チラリチラリと良太を気にするように見る。それで色々察した鬼燈は、なるほどと頷いて微笑む。


「確かにそれは重要ですね」

「モテる男は辛いぜ。ふっ――ってぇなぁっ!? このゴンゾウがぁっ!?」


 自分と離れ離れになるのを嫌い、色々と制度が充実している『まほろばの大樹』の世話になる事を決意した姫子の意思、それを知っている良太は勝ち誇ったような事を言うが、それを聞いたゴンゾウが良太のスネを割と本気に噛む。


「もお、リョー君ばっかり仲良くして、ゴンゾウは本当にリョー君が好きだよねぇ」

「ぜってぇちげぇっ!?」


 賑やかな姫子と良太に圧倒されっぱなしの麻美と優美。そんな二人に天照正教の女性が近づき、耳元で囁く。


「あそこまで吹っ切れとは言わないけれど、もう少し笑顔を見せましょう? そうすればきっとは背中を押してくれますよ」


 女性の言葉に二人は疑うような視線を向ける。そんな二人の反応に、女性は聖母のように微笑む。


「きっと希望の未来へと、貴女方が進む道は続いて行きますよ。貴女方が幸せになりたいと願う限りは、ね?」


 ちょっと助けてもらったが、それでも自分達の力で前に進み始めた姫子と良太、そんな二人に視線を向けながら、女性は大丈夫と少女二人に頷きかけるのであった。

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