第209話 いやはや、このノンさんの目を持ってしても……

 ダディ達がヤンキー兄ちゃん達と仲良くドライブしていた頃――


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛っ!」


 ノンさんが吠えていた。


 話を聞きに店舗へ入れば、必ず強盗目的の犯罪者が姿を現し、外回りをすれば必ず見るからに怪しい人物を発見してしまい、職務質問をすれば危険物を発見してタイホという流れを繰り返す。


 ゲーム的には正しい。いや、こんなに連続して犯罪者をタイホする、なんて流れはちょっとおかしいとは思うが、犯罪者を取り締まるのはゲーム的には正しいから、やはり正しいのだ。


 だがそうじゃない。ノンさん的にはそうじゃない。


 ここはリアルでも有名な、いわゆるハイブランド系の服飾関係の店舗が軒を連ねる場所だ。しかも八十、九十年代に流行したデザインなどを現在の流行に合わせた、どこか懐かしいけれど新しい感じのおしゃれが集まっている場所でもある。


 そんなん、美人なねーちゃんに着せたいじゃないか! と思うわけだ。ノンさん的には。


「先輩先輩、落ち着いて下さい」

「そうですよ。ここでキレてもどうにもなりませんて。どこかで情報を流してるヤツらを見つけないと」


 ジュラとスノウが捕まえた犯罪者を、後ろ手に手錠をはめながら、獣のように唸るノンさんをなだめる。


 二人の様子を見ながら、多分そう言う事で不機嫌になってる訳じゃないように思うんだけど、などとアツミは苦笑を浮かべつつDEKA手帳に目を落とす。


「エイトヒルズの裏町、お洒落なバーなどが集中している北斗通りの更に奥、地下にあるバー『レイト』でたむろしている男達から聞いた……」


 小アップデートで追加された機能『自動供述記載』。それはクエストでタイホした犯罪者の供述、NPC制服警官によって連行された奴らの取り調べ情報が追加される機能だ。


 それによって追加された情報を読み上げ、アツミはノンさんに視線を向ける。


「……はぁ……」


 アツミの視線に気づき、ノンさんは溜め息を吐き出しながら、ガリガリと左手で頭を掻きつつ、右手でパン! と太ももを叩く。


「行きましょうか、その『レイト』へ」


 完全に意識を切り替えて、ノンさんがキリリとした表情を浮かべる。


「場所は……あ、マップに表示されました」

「……うん、ここから近いのね。移動しましょう」


 行くべき場所を確認し、四人は車に乗り込む。


「エイトヒルズってビジネス街って感じですけど、そう言う俗っぽい施設もあるんですね」

「ねー、どっちかと言うと高級ブランドショッピングをする為の場所ってイメージが、自分的には強いけれど」

「あー、そっちもあったね」


 後部座席に座り、シートベルトをきっちりしながら、ジュラとスノウがキャラキャラと笑って楽しそうに会話をする。それを横目で見ながらノンさんが運転席のアツミに合図を出す。


「行きますよ」


 エンジンをかけて車を出す。チラリと見たバックミラーには、道路に転がしたままの犯罪者を、素早く回収するNPC制服警官達の様子が見えた。


「でも、異常なくらいに多いですよね、犯罪者」


 あの回収班を見るのも何回目だろうか、そんな事を考えながら、ちょっとムスッとした感じのノンさんに聞く。


「そうね……確かにちょっと妙な気がするかも……」


 これまでコラボを盛り上げる為の計画(欲望まみれ)しか考えていなかったが、冷静に指摘されれば確かに妙な違和感を覚える。


「クエストが異常な感じに変化するなんて、第一分署うちじゃ日常茶飯事だけど……今回のはちょっと違う気がするわね」


 ノンさんは扇子を取り出して、扇子の先でポンポンとこめかみを軽く叩きながら思案に沈む。


「いつもの変化はクエストの複雑化……今回の感じは運営AIの介入って言うより……プログラムのバグ?」


 あれ? とノンさんが小首を傾げる。


「……ちょっと待って……これって……」


 今回の事と似た経験をした記憶が蘇り、ノンさんは嘘だろぉと扇子の先をガジガジ齧って唸った。


 それはスペースインフィニティオーケストラ時代の事。複数人のVR犯罪者が誕生し、そろそろVRを専門とした新たな法律、新VR法、通称VR新法が国会を通りそうだった頃の話。


 初代宇宙バカ、自称すーぱーはかー斑昌むらまさ 時斗岐とときがVRウィルス『宇宙バカ』を解き放った時、実はノンさんもログインしていて、その時の阿鼻叫喚を経験した当事者だった。


「あの時はNPCがまず狂い始めて、世界も段々破綻し始めて……最終的には強制ログアウトが発動するまで、狂ったNPC相手に必死に抵抗したんだっけ……」


 当時の記憶を呼び起こし、あれはマジで無かったわぁーと宇宙ネコのような表情を浮かべ、今のこの状況が当時と同じ事の前触れじゃなかろうか、と不安に駆られる。


「いやでも、『オモイカネ』の対ウィルスシステムで『宇宙バカ』は駆逐されるって……あれ? 最近は運営の判断に任されているんだっけ? 当時程、怖いウィルスじゃないって扱いだったかしら……」


 あれれーいやいやまさかねーでもでもあれれぇー、とノンさんが一人百面相を披露している間に、車は北斗通りの入り口で停車する。


「ノンさん? 着きましたよ?」

「えあ!? あら? ごめんごめん、ちょっと考え事を、ね」


 不思議そうな表情でこちらを見てくるアツミに、ノンさんが笑顔で誤魔化しながら、うんうん気にしすぎよねきっと多分おそらく……と自分に言い聞かせつつシートベルトを外す。


「うわぁ、こう言う感じの通りって、凄く懐かしく感じるね」

「リアルだとアメ横がこんな感じ、かな?」

「観光で行く人とかも多いらしい、って聞くね」

「今度オフの時にでも回ってみます?」

「それ良いかも! どうせなら他の子達にも声をかけて」

「わー楽しみー」


 しかし、後部座席から聞こえる会話の、あまりにも『てぇてぇ』過ぎる内容にノンさんの不安感は光速で吹き飛んだ。


「さぁさぁ、行きますよ!」


 アタシはこう言うのを見たかった! こう言うので良いんだよこう言うので! とニッコニコで車から降りる。


 その様子にアツミは苦笑を浮かべ、自分も車から降りると、同僚が喜んで見ている通りを眺めた。


「?」


 確かに懐かしい感じがする通りだなぁ、そう思って視線を奥の方へ向けると、不意に視線を感じて目線を向ける。


「……え……」


 建物に隠れるよう立っている人物が自分を見ていた。別にそれだけなら問題は無い。問題は無いのだが……


「……」


 アツミの背中に冷たい汗がたらりと流れる。そこに居たのは、夜の仕事をしてそうな派手目のメイクと、ケバケバしい感じの特徴的な服装をしている女性。自分とは似ても似つかない、確実に中年レベルの老いを感じさせる風貌をしている人物。だがしかし、アツミは『私?』と思ってしまった。


 そう、自分がそこにいると感じてしまった。感じてしまって冷や汗が流れたのだ。そして、トージの配信を思い出して更に冷や汗の量が増える。


 ドッペル現象。ありがたくない自分との対峙。VR世界に愛されたプレイヤーへの、VRを司る何者かが贈る小さな親切大きなお世話。


「アッちゃん?」


 ハクハクハク、浅い呼吸で口をパクパクさせているアツミの様子に気づいたノンさんが、どうしたの? と顔を覗き込む。


「あ? え? あっ……」


 一瞬、女性から視線を切ってノンさんの顔を見て、それから慌てて視線を戻すと女性の姿は消えていた。


「アッちゃん? どうかした?」


 必死な表情で女性を探すアツミに、ノンさんが心配した声を出しながらアツミの背中に手をそえる。


「……気のせい……ううん……」


 トージのドッペル現象の配信を見ていたアツミは、自分を誤魔化そうと不安を圧し殺そうとしたが、それは良く無いと首を振りノンさんを見る。


「ドッペルに会いました」

「……マジ?」

「はい。全く別人にしか見えないのに、自分だと感じました」

「マジかぁー」


 顔色が悪いアツミの言葉に、ノンさんは頭を抱えながらネックマイクに手を伸ばし、ユーヘイに呼び掛ける。


「緊急事態、緊急事態よ。ユーヘイ聞こえてる?」


 ノンさんが無線を繋げるが、微かなノイズ音がするだけで返事は無い。


「ユーヘイ? ヒロシ? もしもーし?」


 あら? 繋がらない? と再び呼び掛けるが、無線はノイズ音をさせるだけで返事は無い。


「どうなっ――」


 困ったわねぇ、そう思いながらアツミの方を見ると、アツミの姿が消えていた。


「へ? え!?」


 慌ててジュラとスノウがいた場所へ視線を向ければ、アツミと同じく二人の姿は消えていた。


「な、何が起こったのよ、これ」


 あまりに予想外の状況にフリーズしていると、立ち尽くすノンさんにもたれ掛かるようにしてユウナが現れた。


「っ!? え?! はぁっ!? 世紀末覇者伝説はどこへ消えた?!」


 訳の分からない事を叫ぶユウナをチラリと見て、ノンさんはどうなってるのよぉ、とへたり込む。


「いやはや、このノンさんの目を持ってしても、ってゆうてる場合じゃないかしらねぇ」


 あまりに分からなすぎる状況に、ノンさんは空を見上げるのであった。

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