第114話 さぁ! お祭りだ! ⑤

 キリツギが運営の手によって強制隔離されてから数分後――


「お、大丈夫そうだな」

「はい、何とか……」


 バイクを借りてかっ飛ばして現場に駆けつけたヒロシが、夏木 アスカ達のミニパトの後部座席に座り込んでいるトージに声をかけると、弱々しく笑いながらペコリと頭を下げる。


「お前もユーヘイとは別の意味でトラブルに愛されてるよな」

「そんな愛など捨てて欲しいです」

「確かにそうだな」


 ヒロシは白い歯を見せながら笑い、ちょっと顔色の悪いトージに、スポーツドリンクの缶ジュースを手渡す。


「一息入れな」

「ありがとうございます」


 まだ少し震えている手で缶ジュースのプルトップを苦労しながら開けて、チビチビと飲むトージの頭を、ヒロシがポンポンと軽く叩く。


「無理そうだったらログアウトしたって良いんだからな? 無理すんなよ」

「はい、今はこのままで……大丈夫です」


 弱々しく笑うトージに、ヒロシは表面上はにこやかに、内心では『あのクソガキ、どうしてくれようか』と般若になっていた。まぁ、こちらが何かするまでもなく、大企業の法務部なんて大物が出て来たのだから、彼の未来は辛く厳しい事になるのは必須だろうが。


「ごめんごめん! 大丈夫だった?!」

「トージ君? 大丈夫?」


 そこにアツミが運転するミニクールも到着し、運転席と助手席から転がり降りるようにして二人が飛び出し、弱々しい姿を見せているトージを発見して、安堵の息を吐き出す。


「さっきのユーヘイっぽい啖呵の切り方、格好良かったわよ」


 ノンさんがニヤリと笑って、トージの肩に手を置く。しかしトージの反応は芳しくなく、どこかうちひしがれているような気配が濃い。そんな姿を見て、ノンさんは怒りの形相を浮かべた。


「もっと早く到着してればなぁ、一発ぶん殴ってやったのに!」


 トージの肩を優しくニギニギしながら、ノンさんが舌打ち混じりに言うと、ヒロシがパシパシと右の拳を左の手の平に叩きつけながら、三発くらい行っとくべきだろ、と真顔でいう。


 そんないつもの仲間達の空気感に、やっとトージも落ち着き、はあぁ、と重たい溜め息を吐き出しながら頭を下げる。


「すいません、迷惑をかけてしまって」


 トージの言葉を聞いた三人は、お互いの顔を見合わせると、三人同時にトージの頭を叩いた。


「あいたっ?!」


 何で叩くんです? と顔を上げて驚いた表情をするトージに、ヒロシが全くと呆れた表情を浮かべる。


「だからお前は愚かな生命体なんだよ。迷惑だと思って無いからな、そこはすみませんじゃなくて、ありがとう、だ」


 分かってるのか? 阿呆の後輩よ、そう言ってトージの額をつんつんとつつくヒロシに、ノンさんが頷きながら同意する。


「そうそう。今回の事なんて完全にもらい事故みたいなもんでしょ? うちの旦那が張り切って運営と天照正教の人と交渉してるから、次回以降にこの手の事は起こらない調整をするだろうから、そこはやっぱりありがとう、でしょ?」


 言わせるなよ恥ずかしい、そう言って男前に笑うノンさんの横で、アツミが両腕をグッグッと握り締めて力説する。


「そうだよ、そうだよ、すみませんよりも、ありがとう、って言われた方が嬉しいんだよ?」


 三者三様の言葉に、トージは乱暴に目元をスーツの袖口で拭い、大声でありがとうございました! と叫びながら頭を下げた。


「「「それで善き」」」


 うんうんと頷く三人に、それまで様子を見ていたアスカと天樹 サキ、田先 ミヤがおずおずと声をかける。


「あのぉ、凄いエモいモノを見せられて眼福なんですが……そろそろ私達も別のクエストをしたいのですが?」

「「「おっと!?」」」


 トージが受けていた救援要請、小学生の通学風景を守れ! というクエストはもう終わっており、本来なら彼女達はトージを放置して自分達を優先しても問題はなかった。それでもトージの面倒を見てくれていた事に、ノンさんは感謝しながらポンと手を叩く。


「うん! じゃ! アンタ達のギルド、えーっと? 『タイホするぞ♪』でいいのかな? うちの『第一分署』と同盟を結びましょう」

「「「はいぃっ?!」」」

「それだけじゃ不足だな。トージの面倒を見てくれた訳だし。ああ! もうこのまま俺達がくっついて、救援要請を出してもらって直に俺らが受ければ良いか! その方がかかった時間的にも補填が効くし」

「「「ほわっつっ!?」」」

「ああ良いですね。地域密着タイプのクエストって興味があったし、面白そうだし、実に良い提案ですよ! ノンさん!」

「でしょう?」


 タイホするぞの面々を置き去りに、そりゃ良いぞヒャッハー! と盛り上がるヒロシ達。その様子にトージが、すいませんうちの先輩達が、とぺこぺこ頭を下げる。


 ちなみに同盟とは、文字通りギルドとギルドが協力関係を結ぶ事を意味する。一般的には共同でクエストを受注したり、アイテムのやり取りをしたり、情報の共有、技術のやり取りなんかを行ったりする。ギルドとギルドのフレンド関係のようなモノだ。


「アスカ、これヤバイんじゃ?」

「でも、断るのも失礼じゃない?」

「そうだけど……」


 三人がこそこそ小声で話し合いをしているのを、トージは横目で見ながらそうなるわなぁと頷く。


 ギルド『第一分署』は、当人達の認識はさておき、外から見た場合完全に最前線で攻略をしているトッププレイヤー集団、というイメージだろう。つまり、第一分署と同盟を結ぶという事は自分達も攻略をバリバリする集団である、と表明するようなモノだ。


 トージから見て、タイホするぞの面々は、どっちかというとエンジョイ勢の観光寄りなプレイヤーだ。のんびり自分達のペースで遊ぶタイプという感じだし、第一分署との同盟は嬉しくないだろう。


「先輩方、同盟はまた今度と言う事で。今はアスカさん達のクエストのお手伝いを頑張るって感じに行きましょうよ。時間も有限ですし」


 トージがそう提案すると、ヒロシ達が不満そうな声を出す。


「ほらほら、同盟なんて迷惑になる事もあるんですから、それより今はイベント後半戦を楽しみましょうよ。水を差した僕が言えた義理じゃありませんけど」


 アスカ達が両手を合わせてトージを拝む。そんな彼女達の様子に気づいたヒロシ達は苦笑を浮かべ、それで行くかと頷いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「すいません、保護者を任されているのに、このような事態を招きまして」

『いやいやいや、今回の事は完全に事故のようなモノですから、そんな、頭を上げてもらえませんか? 大田さん』

「はい」


 ユーヘイは一旦一時的にゲームのシステムから外れ、特殊な空間でトージの母親と通信をしていた。


『わたくし共も驚いているんですよ。キリツギと名乗っていたあの子ですが、裁判でウチの子には近づかないよう警告が出されているんですよ』

「……それは本当ですか?」

『はい。なので、今回の事は本当に驚きました』

「……」


 つーかそんな裁判所から警告されてんのに近づいたら、今度こそ社会的に致命的なペナルティ食らうんじゃねぇの? とユーヘイが呆れていると、トージの母親がクスクスと笑いながら、嬉しそうに口を開いた。


『でも、今回の事は起こって良かったとわたくしは思っております。息子には試練だったかもしれませんが、今回はちゃんと自分の力で立ち向かえましたから』


 アバターのトージしか知らないが、雰囲気は完全に母親似だな、とユーヘイは思った。おっとりした感じというか、妙に人懐っこい座敷犬っぽい雰囲気というか、まさにトージの親だなと思わせるオーラがある。


『それにエターナルリンクエンターテイメント社の法務部の方からも、連絡を頂いておりますし、配信を見ていた別の息子と娘達がすぐに裁判を請け負って頂いた担当弁護士に連絡をしてますから、大田さんがそこまでお気になさらなくても大丈夫ですよ』

「いえ、そこはやはりゲーム内での保護者ですから、通すべき筋は通さなければ」

『真面目ですわねぇ』


 コロコロと笑うトージママに、ユーヘイは調子が出ないなぁと苦笑を浮かべる。


「ちなみに、あのキリツギって何者なんですか? 裁判がどうこうという話から、トージが受けていたイジメ関連だろうとは思ってるんですが」

『ああ、息子のイジメの主犯格の一人です。当時のクラス担任と共謀して、息子を突き上げていた元クラスメイトですわ。今は……何をしてるんでしょうね? 裁判の段階で高校は自主退学していたので、それ以降何をしているかは知りません』

「わーぉ」


 そんなのが真正面からあの絡みをしたのかよ、すんげぇ馬鹿じゃねぇか。ユーヘイが呆れた溜め息を吐き出すと、そのタイミングで別のウィンドが開く。


『ああ、タイミングが良かった。どうも、町村 トージの父です』

「あっ! はい! 前にもメールを出させて頂きました、息子さんのゲーム内保護者を任されております大田 ユーヘイです。この度は申し訳ありませんでした」


 一応、お互いの本名は知っているが、セキュリティが万全なVRとは言え、ネット空間でプレイベートな情報を口に出すのはご法度だ。だからお互いにそこは伏せた状態で話を進める。


『いやいや、今回の事にユーヘイさんの過失はありませんでしょう。エターナルリンクエンターテイメント社の方からも報告を受けましたが、完全に相手が色々とおかしいのは分かっておりますから。これまで通りに息子と楽しく遊んで頂ければそれで』

「ですがやはり筋は通さなければと」

『あはははは、真面目ですね。ではその謝罪を受けとります。もうこの話題はここでお仕舞い、手打ちとしましょう?』

「はい、ありがとうございます」


 よし、これでちゃんとトージが問題なくゲームを続けられる状況は整えたぞ、そうユーヘイが安堵するしていると、トージパパがうんうんと頷く。


月切つききり――おっと、キリツギという人物に啖呵を切った息子を見ましたが、ちょっと驚きました。良くも悪くもお坊っちゃんな息子だったので、あそこまではっきり自分の意志でモノを言う場面はあまり見たことがなかった。これもユーヘイさん達のお陰ですかな?』

「あは、あははは……息子さんの口が悪くなったら申し訳ありません」

『いやいや、あの程度だったらまだまだ可愛いレベルですよ。もっとじゃんじゃん息子を鍛えてあげてやって下さい』

「無理のない程度に」


 ユーヘイはあせあせと言った感じに恐縮しながら、何とか当たり障りのない世間話でお茶を濁し、そしてこれからもよろしくお願いしますという感じに通信を終わらせた。


 通信が切れると、特殊空間から元のゲーム内へ復帰し、レオパルドの運転席に体を預けるようにもたれ掛かる。


「ふぅ、これで良し。保護者も辛いぜ」


 ユーヘイはそう一人ごち、止めていた配信を再開させ、チラリとトージの配信を立ち上げて様子を確認する。


「……ふふ、笑ってら。なら大丈夫か」


 救援要請をしていた婦警姿のプレイヤー達と、大量の路上駐車禁止車両へ違反切符を切っている姿を見てユーヘイはやれやれと肩を竦める。


「こっちも頑張りますか!」


 気合いをいれるように頬を叩き、叫びながら素早くナビゲーションマップを確認すると、近場のヘルプマークに向かってユーヘイは車を走らせるのだった。

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