第115話 運営は常に全力で頑張っております

「全く、このクソ忙しい時に余計な事をしやがって!」

「法務部から要請のあった記録映像のデータの洗い出し終わったか?」

「はい、そっちは全部あります。それと管理AI達に協力してもらって、その時に交わされていた会話のログも全て揃えました」

「優秀優秀! つーか凄かったな! クレームの数もそうだったが、流れるような動きで法務部が動いたのも笑えたわ!」

「いやまぁ、鬼燈かがちさんもそうですけど、羽屋岳はやたけCEOが真っ先に動くとか、驚きましたよ」

「いやまぁ、ウチの会社でも黄物は負債物件になりつつあったし、それが盛り返すどころか黒字に転化する原動力となった人達に不利益が発生するかも、ってなったらそりゃお前CEOだって動くだろう」

「そうっすよねぇ、直近の株主総会でも話題を全部持ってったって、別部署の同期が笑ってましたもん」

「完全にウチの顔だからな、黄物は。他の事業は完全に地味だし、外から見たウチの会社の商品と言えばこれ! となれば、やっぱり黄物になるだろうしな」

「そうなってるのは嬉しいんですが、こう毎回修羅場になるのは、どうなんでしょう?」

「なんでなんだろうな? しかも大体きっかけが全て第一分署が発端なのもどうなんだろうな?」

「あは、あははははは、ははははははははははは、はぁ……」


 イベント後半戦のリアルタイム調整と、不具合監視、小さなバグ取り等々を行っている管理運営部署は、毎度毎度の修羅場が顕現していた。


 普段ならば、数人がローテーションで同様の業務を行い、かなりの余裕を持たせた仕事をしているのだが、現在はその余裕なんてモノは消し飛んでいる。


「やっぱり、ダディさんのアレか?」

「アレです。予定としては、自分達のクエストを消化してもらいつつ、後半戦の後半くらいで、誰かが気づかなければ運営の方から匂わせを行う予定だったアレです」

「だよなぁ」


 後半戦開始二日目の、しかも早いタイミングで発見され、更に更に大々的に配信で披露されてしまった今回のクエスト仕様、その救援要請の詳細仕様を発表されてしまい、それ関係の調整で運営がフル稼働していたのだった。


 実際のところ、この仕様はかなーり分かり難く偽装をしていて、運営としては本当に最終フェーズに入るか入らなかいかのタイミングで、会社の偉い人、鬼燈氏にいつものイケメンフェイスでドヤッと発表してもらい、イベントを一気に怒涛のフィナーレへ突撃! というのを予定していたのだが……


「すんげぇ勢いでフィクサーが駆逐されて行くよな」

「ええ、まさに『運営涙目』です」

「だーなぁ」


 彼らが見ている黄物世界のマップ、そこに表示されているパーセンテージが物凄い勢いで減っていく現状に苦笑しか浮かばない。


「このままじゃ後半戦の予定が予想よりも早くフィナーレ迎えちまうな」

「はい、至急それぞれの区にキーパーとガーディアンを配置して、残りのパーセンテージの調整が出来るよう、鋭意努力中でございます」

「完全に苦肉の策だけどな」

「それしか方法が無かったので……あと、ただの強い敵程度なら、簡単に排除してしまいそうなプレイヤーも勢力も存在してますので、条件付き無敵も付与してあります」

「第一分署のユーヒロトーノダディはやれそうだし、知力系なら水田さんを筆頭としたあそこだろ? YAKUZAならなつめ君やらゴルフ君やらか」

「もちろん、情報統制もしました。テツさん達が怖いんで」

「本当、自分達が関わっているゲームがここまで盛り上がっている状況は嬉しいが……しばらくは胃痛が続きそうだぜ」

「ウチの会社で最近発売されたリラクゼーションドリンクが善き感じですよ?」

「後で試すわ」


 部下がカタカタとキーボードを叩き、マップに別の画像をアップさせた。


「これがキーパーとガーディアンです。デザインを担当している部署の子達には悪い事をしました」

「……ああ、これ、次のアップデートで追加される予定だった新要素の」

「はい、他に使えそうなデータが無く、突貫で作るには時間があまりにも足りなかったので、前倒しで投入しました。凄い目で見られましたけど」

「ああ、そっちは鬼燈さん経由で正式にこっちからワビ入れるわ。上司の許可は取ってるんだよな?」

「あはははは、独断でそんな事したら、いくらこの会社でもクビが飛びますよ。ちゃんとがっちがちに許可を取ってます」

「だよな」


 部下からの報告を聞きながら、予定されているゲームのスケジュールを頭の中で組み立て、良しと声を出す。


「ちょっと別部署に行ってスケジュールの調整をしてくる。何かあったら携帯に連絡を入れてくれ」

「分かりました。このままキーパーとガーディアンの調整を急がせます」

「おう、頼むわ」


 上司が片手を挙げて席を立つのを見送りながら、部下は細かいゲーム内部ステータスに目を通し、疲れたような溜め息を吐き出す。


「これ、普通、大型アップデートとかであらかじめ期間を設けてするレベルだよな」


 かつて勤めていたブラックなIT企業を思わせる無茶振りに、だが彼はモチベーション高く取り掛かる。


「ま、これを一人でやれって言うなら絶望だけど、ウチの会社でまずそれはないからなぁ、楽っちゃ楽なんだよねぇ」


 予定されている作業を素早く分担し、それぞれのチームに振り分ければ、彼らが同時進行で進めてくれる。かつては一人で行っていた事が、今では分担した上で効率的に進められるのだ、全く絶望感は無い。


「今日も定時に帰るぞ!」


 転職し、まさかの大企業エターナルリンクエンターテイメント社へ入社してから、家庭環境がすこぶる順調だ。それまで新婚なのに夫婦仲が最悪だったが、今では結婚当初のラブラブ状態で妻のお腹には待望の第一子まで宿っている。そろそろパパになる彼は、普通の企業ならば絶望する状況で笑顔で突き進むのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


『コングラッチュレーション! 第七SYOKATSUプレイヤーさん達がログイン初クエストクリアーを達成しました! ギルド「第一分署」吉田 ケージさんがDEKAイベントクエストで初のナゾトキに成功しました! 双方に特別ボーナスがプレゼントされます! おめでとうございます!』


 クエストインフォメーションを聞いたダディは、やれやれと肩から力を抜く。


「あ、ありがとうございましたー!」

「「「「ありがとうございました!」」」」

「いやいや、こちらこそ手間取ってごめんね?」

「そんな! 途中であんな事があれば仕方ないですよ!」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 聞いた話ではトージと同年代くらいの高校生だと言うプレイヤー達に、ダディは苦笑を向ける。なんでも学校の成績がやっと親が設定する基準に達したからゲームが解禁された、と嬉しそうに語っていたのが印象的な子達だ。


 トージの窮地を素早く気づけたのも彼らのお陰であるし、クエスト中、しかもインスタントダンジョン内部でクソ忙しい状況でも、是非にトージの事を優先してください! と守りに徹してくれた彼らには感謝しかない。


「それじゃ、何か困った事があれば連絡をくれれば対応するから、フレンド登録しとく?」

「え!? い、良いんですか?!」

「まぁ、うちだと情報はあまりないんだけど、戦闘のテクニック程度だったら教えられる人材はいるから」

「っ! お、お願いします!」

「はいはい」


 彼らの嬉しそうな表情を見て、これ絶対大田目的だよな、そう苦笑を浮かべながらダディはフレンド登録を行った。


「んじゃお疲れ様ー」

「はい! ありがとうございました!」


 片手を振ってティラノの運転席に座り込むのと同時に無線が鳴った。


「おっと、大田からかな? はいはい」

『こちら大田。今、大丈夫?』

「大丈夫大丈夫。トージの事?」

『うぃ、親御さんには頭下げてきた。あんま気にしてなかったけど』

「はははは、いやまぁ、結果として自分で対処したような感じだし、まさかあそこまで迅速に、運営が専門家を投入するなんてね。深刻な状況にならなくて助かったよ」

『まぁ、やらかした方はマジでヤバそうだけどな……そっちは今度オフ会した時にでも詳しく話すよ。とりあえずオールOKって事にはなった』

「ああ、それは良かった!」

『トージはトージで普通にクエスト続けて平気そうだから、俺達もそこまで気にせずにイベントに集中しようぜ』

「OK、それじゃ自分も近場でちょこちょこ救援要請をこなすよ」

『あいよ、んじゃ切るぜ』

「へいへい」


 無線機を切りながらエンジンキーを回し、ナビゲーションマップに視線を向ける。


「自分もペースを上げないと、ちょいちょいポイントで欲しいモノがあるしね」


 ダディはにこやかに微笑みながら、周囲をしっかり確認して車を発進させた。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


 セントラルステーションの地下、第二階層は今、サービス開始以来最大の熱気に包まれていた。


 今回のイベントで割合的に多くの新人プレイヤーが増えた事、そしてイベント後半戦が完全にその新人を受け入れる感じの内容だった事もあって、多くの新人プレイヤーと彼らの救援要請を受ける為に待っている古参プレイヤーで溢れていた。


「珍しいじゃん。なつめきゅん、この手のイベント好きそうにないのに」

「あん?」


 新人プレイヤーがわいのわいのと雑魚敵、この階層だと鬼皇会にすら所属出来ない半端モノ、チンピラにすらなれないゴロツキを相手して戦っている様子をつまらなそうなに見ていた此花このはな なつめが、声をかけてきたゴルフの十三番に面倒くさそうな視線を向ける。


「分かりきった事を聞いてくるなよ」

「へへへ、やっぱりそう思うよな」


 ゴルフはニヤリと笑って、なつめの隣に座る。


「ここの運営が、親切心だけのイベントを組むはずがねぇよなぁ」

「……」


 ゴルフがガンケースからスナイパーライフルを取り出しながら、そんな事を言う。その言葉に否定も肯定もせず、なつめも手に持ちっぱなしの拳銃のグリップを握り直す。


「俺っちの予想だと、雑魚敵を倒した数がトリガーになって大ボスばぁーんと登場するって思ってるんだけど、なつめきゅんはどう思うよ」

「ちっ」

「いや、別に教えてくれてもいいじゃん? なんで君はそう舌打ちで会話をしようとするんだ。何? そういう舌打ちで会話をする部族の出身なの?」

「うっせぇなぁ、お前と話してるとIQが下がるんだよ」

「ひどない?!」


 なつめの態度にゴルフは嬉しそうに笑いながら、新人プレイヤー達の様子に視線を向ける。


「しっかし、増えたよなぁ」


 ゴルフもなつめも最古参、このゲームがサービスを開始した当時から遊んでいるプレイヤーだ。運営があまり上手く機能しておらず苦戦していた時代を知っている側からすれば、今のこの状況というのはかなり嬉しい光景だ。


「あれもこれもやっぱ第一分署さんのお陰なんかね? YAKUZAプレイヤーが増えたのはなつめきゅんらのお陰だろうけど」

「俺にあそこまでの影響力はねぇよ」

「またまた。君がそこにいるだけで絵になるんだから、そんな世迷い言を」

「うるさいよ」


 二人がそんな言葉のプロレスをしていると、第二階層の一番奥の建物が爆発して崩れるのが見えた。


「やっぱこうなるわな」

「先行くぞ」


 なつめが軽やかに飛び出し、ゴルフは近くにあるちょうど良さげな場所に陣取ると、スナイパーライフルを設置してスコープを覗き込んだ。


「……わーぉ、こいつは……」


 スコープを覗いた先、そこにいたのはこれまでの純日本人風のキャラクターではない、確実に外国人風の外見をしたキャラクターが立っていた。


 金髪碧眼、筋肉がたっぷり詰め込まれた巨体に、ぱっつんぱっつんに張ったスーツを着込み、一昔前のマッチョ系映画スターのような、四角く角張った迫力ある人物がそこにいる。


「……マフィア?」


 スコープを覗き込みながら、もしかしてそうか? という言葉を呟いたゴルフだったが、それはさておきと挨拶代わりに一発鉛弾をぶちこんだ。


「……は?! ちょっ! えええええっ!」


 狙いを違わず、そのゴリゴリマッチョな金髪外国人の額に打ち込んだ弾が、見えない壁かバリアーのようなモノに阻まれ、小さい火花を散らして明後日の方向へ弾かれたのを見て、ゴルフはすっとんきょうな声をあげるのだった。

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