第281話 雲間 ⑥

『ユーヘイ』

「「おや?」」


 とっつぁんから教わったゲームセンターに向かう途中、今日はログインしないと聞いていたノンさんから呼びかけがあり、ユーヘイとトージは一瞬顔を見合わせ、トージが無線機を取る。


「分署303、町村。どうしました?」

『どうしました、じゃないわよ。随分と面白い事してるじゃない』

「……これを面白いと思えるのはどうかと」

『はっはっはっはっはっ、そこはほら、楽しんだもん勝ちって奴だから。それよりユーヘイは?』

「あはい、今、運転中です」

『じゃ聞こえてるわね。ユーヘイ、とりあえず一旦停車して、メールを確認しなさい。もちろんヒロシもね』


 ノンさんからの指示に、ユーヘイはちらりとバックミラーを確認し、ヒロシがひらひらと手を振っているのを見て、ハザードをつけながら路肩に車を寄せて止めた。ヒロシもその動きに追従し、レオパルドの後ろにバイクを止めた。


「メール、なぁ」


 ノンさんに言われた通りにメールボックスを開くと、そこには運営からのメール、天照正教の一番偉い人からのメール、文部科学省特別調査チームからのメール、本物の警視庁からのメールの四通が入っていた。


「……はぁっ?!」


 運営と天照正教からはまだ分かる。しかし、文部科学省と警視庁からは全く意味不明過ぎて、さすがのユーヘイでも素っ頓狂な声が出る。それはヒロシも同じだったらしく、開けている窓から『ワッツ?!』という声が聞こえた。


 とりあえず気を取り直し、運営からのメールを開いてみる。


「……おいおいおいおいおい」


 そこに書いてある内容を確認して、ユーヘイの目つきが鋭く尖る。更に攻撃的な気配を漂わせるユーヘイに、トージも気になって自分のメールボックスを確認してみるが、新着メッセージは届いておらず、一体何が何だか分からない状態であった。


「先輩?」


 何が起きているのか、その確認の為に呼びかけるも、ユーヘイは軽く手を挙げるだけで説明する様子も無く、次々にメールを開いては獣のように低い声で唸る。


「おっさん?」


 ただ事じゃない様子のユーヘイに、リョータが不安そうな声で呼びかけると、ユーヘイは車のエンジンを切り、運転席から降りてしまった。


「何があったんですか?」

「いや、僕も分からないから説明出来ない」


 不安そうなミーコに聞かれても、トージにも何が何だか分からず肩を竦めるしかない。そんな三人の視線の先で、ユーヘイとヒロシが彼らに背中を向けながら相談をする。


「これって昔あった?」

「そう、犯罪行為をした人間がVRの時間加速を利用して、VRから外部へ証拠隠滅を依頼したり、弁護士とVR内部で打ち合わせして口裏を合わせたり、って奴だね」


 運営、天照正教、特別調査チーム、警視庁それぞれのメールの内容はほぼ同一であった。


 その内容は、ミーコのいじめ調査の過程で学校だけでは収まりきれない問題が噴出、その事が起点となって、彼女が生活をしている地方都市全体に蔓延していた悪事が露呈したらしく、それが洒落にならない大規模なレベルで、しかも物凄い芋づる式に違法行為の証拠が出るわ出るわの大騒ぎになったらしい。


 調査を行っていた天照正教と特別調査チームだけでは対処しきれず、現地警察が介入したのだが、問題はその地方の県警と警察署が悪事の元凶とズブズブの関係だったらしく、これにより元凶どもがあっさり逃げてしまったのだとか。


 その地方都市を牛耳っている大企業のトップと、ズブズブの関係で甘い汁を吸っていた連中が、隠れ家のような場所に立てこもり、そこからVRにダイブ、VR空間に逃げ込んだ、という内容のメールであった。


「……出来なくなったんじゃなかったっけっか?」


 警視庁からのメールを眺めながら、ヒロシがメール画面を指差してユーヘイに聞けば、彼は据わった目で説明する。


「VRのリミッターを外した状態だと出来る。もち法律で禁止されている、バリッバリに違法行為だけど」


 マジかよ、そう呟き、警視庁のメールの内容に重たい溜息を吐き出す。


「しかも、よりにもよって黄物に逃げ込んだって?」


 ヒロシの言葉にユーヘイは心底面倒くさそうに頷く。


「VRゲームの中でも、観光特化ゲームだから、観光パスで入れちゃったみたい」

「追跡は?」

「違法ツールで証拠隠滅だとさ」


 お互いにメール画面を見せ、なんとも言えない空虚な笑みを浮かべ、ついで揃って全く同じタイミングで全く同じ勢いで溜息を吐き出す。


「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」


 それはVR黎明期に流行った方法で、かつては政治関係の人間などが行っていた手法。もちろん、そんな方法をいつまでも放置している訳も無く、様々な方法でそういう不正な使用が出来ない仕組みは出来上がったいた。


 だが、世の中にはそれをなんとかしようと考える悪い奴らはいるわけで、そしてそれを利用しようとする人間も一定数いるわけで、対策に対応して、対応された事に対策をして、と完全にイタチごっことなってしまっている。


 なんとも言えない脱力感にぐったりしていると、再び無線が入った。


『読んだ?』

「ああ」

「確認した」


 ユーヘイとヒロシがノンさんに返答すると、ノンさんはどこか楽しげな口調で言う。


『アタシと旦那はちょっと人狩り行ってくる』

「「はい?」」


 どこぞのモンスターをハンティングするゲームの決まり文句を言われた気がしたが、ちょっとイントネーションが違ったように聞こえた。


「一狩り?」

『人狩り』

「えっと、違って聞こえるんだけど?」

『そっちの意味で合ってるわよ?』

「マジで人狩り?」

『人狩り』


 ユーヘイとヒロシは顔を見合わせ、どういうこっちゃという表情を浮かべる。


『こっちにも運営からメールが来たのよ。んで、いくつかの信用が出来るギルドに探索要請が出た、って訳。多分カテリーナとかテツさんとかには依頼が行ってるんじゃないかな』


 ノンさんの説明を聞いて、ユーヘイはちょいちょいと口を挟む。


「いやいやいや、強制ログアウトとかシーカーとか使えばええやん!」

『出来ないらしいわよ。VRのリミッター解除のやり方が素人仕事だったらしくて、遠隔で強制的にって方法だと、頭に深刻なダメージが行くらしいわ』

「ぅおぉ……」

「体張りすぎだろう、いくらなんでも……」


 馬鹿なのか馬鹿だろう馬鹿に決定、そんな事をブツブツ呟く。


『んで、どっかで合流出来ない? あっちゃんはそっちと同行させるから』

「……あっちゃんもログイン出来ないって言ってなかったか?」

『楽しそうだからやらねば! だって。順調に俺の色に染まってるんじゃないのぉ? ユーヘイちゃぁん』

「何故に俺?」

『あんたの思考でしょうが!』

「俺って他人からそういう感じに見えるのか?」

『さぁ、どうかしら?』

「はぁ」


 クスクスと笑うノンさんの様子に、ユーヘイは疲れ切った様子で肩を落とした。そんな相棒の肩に手を置き、ヒロシがネックマイクに手を伸ばす。


「今、どこらへん?」

『ええっと、エイトヒルズからセントラルに入って、そろそろイエローウッドに入るわ』

「OK、それじゃ俺とユーヘイが良く行ってる駄菓子屋は分かる?」

『ああ、あの品の良いお婆さんが店番している?』

「そこ」

『……大丈夫、旦那が場所知ってるって』

「それじゃそこで合流しよう」

『了解』


 ネックマイクから手を離し、項垂れているユーヘイに視線を向ければ、ちょっと萎れながらもミントシガーを口に咥えつつ、なんとか体を持ち上げた。


「はぁ……厄介な感じになりそうだね」

「毎度だろ?」


 ヒロシのあまりにあんまりな直球に、ユーヘイは再び、がっくりと項垂れる。


「ただまぁ、厄介になればなるほどリターンは大きくなるからな」


 ココアシガーを口に咥え、ヒロシは苦笑を浮かべながらエフェクトの煙を吐き出す。


「俺はただ、ちょっと格好良いおっさんになりたかっただけなのに」

「はははは、途中までは颯爽と現れた格好良いおっさんだったぞ?」

「そのまま続けさせてくれよぉ」

「そこはそれ、俺達らしくて良いんじゃない?」

「いぐない!」


 うおぉん! と吠えるユーヘイの肩を優しく叩き、ヒロシはこちらを不安そうに見る三人に笑顔で手を振る。


「まぁ、やるっきゃないさ」


 納得いかない感じに叫ぶユーヘイの背中を押しながら、ヒロシはちょっとだけワクワクしたモノを感じるのであった。

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