第282話 逆風 ①

 金大平 水田、カテリーナ、内田 光輝、赤蕪 ヒョウ他――


「これまた、随分と大事に」


 運営からの追加メールに目を通し、トレードマークのボサボサ頭を、まるでワカメでも揉み込むような感じに掻きながら、水田が苦笑を浮かべる。そんな彼にカテリーナが少し呆れた視線を向けて溜息を吐き出す。


「あの方は色々と呪わているんでしょう」

「断言するのは酷い、と思うんだけど」


 カテリーナのあまりにもあんまりな言葉に、水田が苦笑を浮かべる。そんな二人のやり取りを見ていた男装の麗人、光輝が爽やかな笑顔を浮かべて言う。


「そういう宿命の星を背負ってるんだよ、ユーヘイさんって」

「あながち間違ってなさそうなのが、あれですわね、それ」

「色々と引っ張るのはあるかもしれないけどね」


 光輝の指摘を否定出来ずに苦笑を浮かべていると、外の情報を調べていたヒョウ他が小さく口笛を吹く。


「やー、動きが素早い素早い。今回の発端になった子達、特にいじめの被害者だった子らの身柄はガッチガチに固めたみたい」

「VRに接続された状態だから無防備ですし、確かにそれは重要ですわね」

「妙な報復行為をされてもたまらないから、そこはしっかりしてくれるのは助かるね」

「お姫様は丁重に扱うのは当然の事だからね」


 四人でワイのワイのと雑談をし続けていたが、部屋にギルドメンバー達が入ってきて空気が変わる。


「報告かしら?」

「ビンゴだカティ。頼まれてた親分達への確認が出来たぞ。アンダーグランドには入ってないって」

「こっちも頼まれてた場所の報告な。イエローウッドで取材をしてる記者プレイヤー達からも、それっぽい人間の目撃情報は入ってないって」

「他はまだ?」

「ああ、リバーサイドとベイサイドに、今日はギルメン行って無くて確認が取れなかった」

「それは仕方ありませんね。エイトヒルズの方は?」

「そっちは新聞社を運営しているギルドで受け持つって。みんなやり気満々で怖いくらいだよ」

「でしょうね。わたくしも今回はちょっと怒ってますし、ね」


 カテリーナが美しい顔に大迫力の笑みを浮かべて凄み、そんな彼女の様子を見たギルメン達が『おーこわ』と肩を竦める。


 詳しくは報道されていないが、部分的な情報は流れてくる。その部分的な情報だけでも、ユーヘイが助けた少女がどれだけ酷い扱いを受けていたのか、具体的に想像出来てしまう。だから彼女を脅かす要素がありそうな、この世界へ逃げ込んできた悪い大人達に誰もが怒りを燃やしていた。


「せっかく自分達に不利な、へいらっしゃったんですもの、丁重にお出迎えしませんと」

「これだけわかり易く善行を積める機会なんて、そうそうある事じゃないしね」

「いじめ、だめ、ぜったい。それをゆるす、だめ、ぜったい。せきにん、とる、ぜったい」

「まぁ、そりゃそうだわな。んじゃちょっくら俺等でベイサイドに行ってくるわ。リバーサイドはテツのおやっさんとこが出張るってよ」

「それは助かりますね。さすがお父様」

「いってらっしゃーい」

「「「「おう!」」」」


 バタバタと騒がしく動く周囲の事をまるっと無視し、その間も水田は薄ぼんやり遠くを見るような目をしながら、もじゃもじゃの髪の毛を揉み込んで思案を続けていた。


「運営情報だと観光パスでログインして、その後にツールを使って痕跡を消した、だったか。ログインしてから痕跡を消すまでの間隔がどれくらいあったのか……これで消すまでに大きなタイムラグがあれば、内部に手引した人間がいる可能性が出てくる」


 水田はブツブツ呟きながら、運営のメールと外からの情報、事件の概要なんかをチェックしながら頭の回転のギアを上げていく。


「どうして黄物に逃げ込んだ? 観光パスでログインが簡単だった。理由はそうれだけ? もっと他にある? 黄物じゃないといけなかった理由……」


 色々な可能性をイメージしては消し、イメージしては情報を追加し、逃げ込んできた人間達の内面をトレースし始める。


「逃げる、安心。もしくは助かるアテがある。黄物に? どんなアテ?」


 深く深く思考の海に沈んでいく水田の様子に、ヒョウ他が溜息を吐き出す。


「何回見ても、水田先生のこれ、怖い」

「集中すると瞬きすらしないから、余計に怖いよね」

「あら、お二人も同じような事されますわよ?」

「「うそーん!?」」


 がびーんとショックを受ける二人に微笑みを浮かべながら、カテリーナも壁一面に貼られた黄物世界のマップに目を向ける。


「さて、どこに逃げ込んだのか、ちょっとだけ骨が折れそうですわね」


 クスクスと楽しげに笑いながらも、目は全く笑っていないカテリーナに、ショックを受けていた光輝とヒョウ他は畏怖のこもった視線を向けるのだった。




――――――――――――――――――――


 不動 ヨサク――


 運営から送られてきたメールを読んだ不動は、分厚い唇を右手で覆うように隠して、小さな舌打ちをする。


「何で俺が選ばれたんだ」


 色々あって『不動探偵事務所』を解散し、惰性でノロノロとやっているだけの自分に、結構な依頼を出されて、不動は面倒くさそうにズレた丸いサングラスを持ち上げる。


「警察が動いてるなら、プレイヤーが動く必要はねぇだろうがよ」


 一応、本当に一応、どういう背景があってこんな状況になっているのか、それを軽く調べた不動は、何で警察案件でプレイヤーが巻き込まれるんだよ、と悪態を吐く。


「知らねぇ知らねぇ、俺には関係ねぇ」


 メール画面を閉じようと手を伸ばし、だが不動はためらうように手を止める。


「……助けて、下さい」


 メールに書かれている運営からの文言、その一文を声に出して読み、不動は帽子を乱暴に脱いで、アフロの髪へ手を突っ込んで頭を描く。


「あーあーあーあーあー!」


 ゲームでトップに立って、ちやほやされながら承認欲求を満たし、それと同時に配信業でデカイ収入をゲットして、俺ツエー! で俺スゲー! みたいな単純な夢を思い描いていた。


 だが、自分より上手な人間なんてゴロゴロいるし、自分が届かない場所をヒョイヒョイ飛び越えていく奴らなんてゴマンといる。前回の大きなイベントでそれを嫌と言う程分からされ、見せつけられ、何なら器の違いまで見せつけられてプライドを砕かれた。だからその後は単純に腐って、停滞して、ただひたすら不貞腐れて、それでもゲームがやめられなくて、ただただ惰性だけでここまで来た。


 何でそんなくだらない人間に助けなんて求めてくるんだよ! 不動は苛立ちを吐き出すように声を出し続ける。


「あーっ! くそっ!」


 力なくしゃがみ込み、叩きつけるように両手で膝を殴る。だがここはバーチャルな世界で、痛みもシステムが緩和してしまうから、大した痛みを感じる事も無く、ただただ衝撃だけが少しだけ通り抜けた。


「……お前は何になりたいんだよ、か……」


 『不動探偵事務所』を畳む時、サブギルドマスターであるチョースケに聞かれた言葉を思い出し、不動は力なくサングラスを外す。


「俺は、何かになりたかった」


 それなりにゲームは出来るタイプであったし、何なら他のゲームではトップ層に食い込む程度には器用にこなせた。だが、それだけで配信業まで上手く行くとは限らない。


 ゲームは確かに達者だが、配信者としては面白くない、なんて言葉メッセージを何回も書き込まれた。だから不動は何かになりたかった。誰かに認められる何かに。


「助けて下さい」


 開きっぱなしになっているメール画面、その一文を再び声を出して読み上げ、不動は現実世界で騒動になっている事件の概要に目を向ける。


「……はぁ……」


 不動はノロノロと立ち上がる。汚れた帽子をはたきながら、ノロノロとした動きでサングラスをかけ直しながら、どこまでも面倒臭そうな態度を隠しもせずに動き出す。


「俺だって正義のヒーローに憧れてた時期はあるさ。あーはいはい、何なら好きだよ! 俺より年下の女の子が困ってるって、そんな女の子の関係者がこの世界に逃げ込んだって、あーもー! 分かった分かった! 分かったよ! いつだってどんな時だって、決めた瞬間から自分がなりたい自分になれるチャンスって言うんだろ! やってやるよ! やってやんよ! 捕まえてやるよ!」


 地団駄を踏むように地面を踏みしめ、不動は帽子を被り直して、真っ赤なネクタイをキュッと締める。


「うし」


 気合の入った声を吐き出し、イリーガル探偵不動 ヨサクは、リバーサイドの薄暗い路地へと消えていった。

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