第182話 巻き込まれるプレイヤー

 アツミのとんでも技術で、発狂モードに入ったラングの車に迫るユーヘイだったが、そろそろ射程距離に入ろうか、という瞬間の事だった。


『発狂モード中のラングに一定距離の範囲に突入しました。ギミックが発動します』

「へっ?」

「はい?!」


 火炎瓶の雨の中、ガリガリと精神を削られながらも入り込んだ、やっと反撃が届きそうな距離で外される梯子。ある意味、いつも通り安定の運営クオリティだが、さすがにそういう事を連発されれば呆れると言うモノだ。


 だが、この世界の神様、造物主なのは間違い無く運営様なので、結局従うしか無いのだが……


「目の前にカウンターが表示されましたね」

「そうだね」


 視界内に視線を邪魔しない感じに数字が表示される。小さくそこには、ハイウェイにいるフィクサー構成員を撃退せよ! と書かれていた。


「……アツミさんや」

「なんですか、ユーさんや」

「このカウンターをゼロにしないと、ラングの車に攻撃が出来ないとかって言うオチだったりしないよね?」

「あははははははは、まっさかー」


 ユーヘイが苦笑を浮かべながらアツミに言えば、彼女はいやいやまさかと言う表情を浮かべて、試しに射程に入ったラングの車へ向けて発砲する。


「ですよねー!」


 キュインキュインと甲高い音を立てて弾かれた弾丸を見て、ユーヘイが諦めたように投げ槍な口調で叫ぶ。


「後ろの頼れる仲間達にお願いしましょうか」

「そうね……そうなんだけども……それまで俺はこれを耐えろと?」


 ユーヘイがひきつった表情を浮かべて、目の前の光景を指差す。そこには、先程までの雨とは違う、完全なる嵐、もしくは台風とでも呼ぶべき暴風の如き火炎瓶乱舞が広がっていた。


「ユーさんの拳銃も貸して」

「ですよねぇ」


 すでに結構な弾薬を使いまくっていたアツミが、キリリとした表情で言い、ユーヘイは手早く二丁の拳銃をガンベルトから外し、アツミへ手渡す。


「頑張りましょう!」

「あー、あんまり期待しないでね」

「大丈夫大丈夫! 行ける行ける!」

「そうだと良いなー! あークソ!」


 脳波コントロールでインベトリを操作し、自分が持っている弾丸と予備マガジンを、アツミの足元へ落としながら、ユーヘイは思いっきりアクセルを踏み込んで火炎瓶の暴風の中へと突撃していくのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


「またなんか始まったんだけど!」

「みたいだな」


 先行するユーヘイ達の車を守る為に、あえて後方でフィクサーの相手をしていた二人。『第二分署』達よりも前方でフィクサーの車両二台を引き付けていた式部しきぶ すけ花蓮かれん れんのイケメンイケ女ペアは、飛び込んできたインフォメーションに表情を固くする。


「この視界の中にあるカウンターって」

「そのまんまの意味だろうな」


 ラングの近くにいるユーヘイ達とは違い、二人の視界に見えるカウンターには、『ネクストフェーズ・フィクサーの車両を十台行動不能にせよ(残りの車両五十六台)』と書かれていた。


「どうする? 『第一分署』さんを追う?」

「……」


 廉の言葉に丞は沈黙で答える。丞は結構なゲーマーで、スペースインフィニティオーケストラには参加出来なかったが、それ以降のVRゲームのほとんどに手を出すレベルの廃人である。そんなゲーマーとしての勘が、こちらで踏ん張った方が良いと告げていた。


「こっちに残った方が良いのね?」

「勘だけどな」

「丞の勘は当たるからね」


 付き合いの長い廉は、彼が感じている何かを正確に理解し、アンチマテリアルライフルのような改造を施したライフルを片手で保持しながら、マガジンの予備の数を確認する。


『こちら分署303! 後ろで踏ん張ってくれている仲間達へ! こっちは妙なイベントに巻き込まれて相手からの猛攻に耐えている状態だ! すまないが君らでフィクサーの数を減らしてくれ! じゃないとこちらが反撃に出れない! 頼む!』


 そんなところへ、大田 ユーヘイという人物像からは考えられないレベルで焦った声で無線が届き、廉は苦笑を浮かべて丞の腰をトントンと叩いた。


「当たりかしらね」


 廉の言葉に表情を変えず、丞はミラー越しに見えるフィクサーの車両を確認し、素早く周囲の状況も見回す。


「とりあえず、後ろの二台は潰すぞ」

「とりあえずで潰せる相手じゃねぇでしょうが」


 あまりにいつも通りな丞のオーダーに廉が、そりゃねぇでしょうと口を尖らせて反論する。しかし、そんな廉に丞は前方を確認しろと指を差す。


「……あーはん」


 首を捻って前を見れば、そこには案内板が二枚ぶら下がっている。そしてその二枚共、固定されている部分がかなりしっかりと見えていた。


「狙えるだろ?」

「簡単に言ってくれちゃって」

「出来ないとは言わないんだな」

「やってみせましょう。美味しい見せ場ですもの」

「そう言ってくれると思った」

「ズルい人ねぇ」


 仏頂面にシニカルな笑みを浮かべ、丞がアクセルを回す。車体から獣の咆哮のようなエンジン音を出しながら、ぐぐぐっとバイクが加速する。


「……」


 丞の後ろで廉は片足をテールランプに引っ掻けるようにして立て、その膝にライフルを乗せて固定すると、ゆっくり息を吸い込みスコープを覗き込んだ。


 廉が射撃姿勢に入ったのを確認した丞が、サイドミラーを見ながら、バイクの速度を調整し、廉の射撃を万全なモノにする。


「……」


 瞬間、息を止め、極限の集中状態に入った廉が素早くトリガーを四回引く。華奢な見た目に反し、彼女はステータスの腕と体に結構なポイントを割り振っているので、ライフルの激烈な反動をモノともせず、狙った場所に完璧な狙撃を叩き込む。


「ふぅー」


 止めていた息を吐き出すと、ぶら下がっていた案内板が轟音を立てながら、そのまま垂直にストンと下へ落ちた。


「はいビンゴォ」


 廉の気の抜けた声と同時に案内板が、高速で爆走してきたフィクサーの車両へと直撃し、そのまま操縦不能となってスピン。やがて横転するとそのまま炎上爆発して退場となった。


「残り八台」

「ちょっと減速して後続を待ちましょうか?」

「そうだな。前に出ても多分、港303には合流出来ないだろう」

「分署303、でしょ?」

「そうだったな。あまりに自然で元ネタがポロポロ出てきちまう」

「確かに。ユーヘイニキ、そっくりだもんね」

「何気に声もベクトルが近いからな。まるでドラマに参加してるような、妙な気分になる」

「分かるわぁ」


 二人はそんな軽口を叩き合いながら、バイクの速度を緩め、後続が見える場所まで少し気を緩めるのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーー


『こちら分署303! 後ろで踏ん張ってくれている仲間達へ! こっちは妙なイベントに巻き込まれて相手からの猛攻に耐えている状態だ! すまないが君らでフィクサーの数を減らしてくれ! じゃないとこちらが反撃に出れない! 頼む!』


 その無線を聞いた谷城やじょうはニヤリと笑い、村脇むらわきはおーもーと天を仰いだ。


「頼られたら頑張るっきゃないよねぇ」

「頑張るっきゃないよねぇ、でどうにか出きる相手じゃねぇでしょう」


 谷城は楽しげに笑い、村脇は疲れた口調で呟く。


 『第一分署』を最前線へ届けた後、『第二分署』と同盟関係にあるギルド、そして救援にバイクで駆けつけてくれたDEKAプレイヤー達で何とか戦っていたが、相手の装甲車はなかなかに強敵であった。


 確かに山さんの貫通弾は効果があったのだが、相手の車両がデカくてポジショニングが難しく、かといって小回りが効くバイクで先行して前に出て射撃、というのも難しい状態が続いている。


「ここをどうにかしないと、あの『第一分署』の大田刑事に仲間と呼ばれる資格はないんじゃないのぉ?」

「くっ!? そりゃそうですけど!」

「なら根性決めて、気合い入れるしかないでしょ?」

「気合いと根性でどうにかなるような相手じゃないんですけどねっ?!」

「そこは気の持ちようじゃないかなぁ」

「それは谷城さんだけです!」


 村脇のがなり声を聞きながら谷城は、ペロリと唇を舐める。


「どっちにしろ、やるっきゃない」

「はぁ……ユーヘイニキがこっちに来た時にもっと警戒しとけば良かった……」


 がっくりと項垂れる村脇を横目にしながら、視界内のカウンターが動いた事に谷城が口笛を吹く。


「そら、早速やってくれっちゃったよ」

「……マジかよ」


 一気に二つカウントが減り、谷城はますますギラギラし表情を浮かべる。


「色々やってみようじゃないの」

「そう、っすね。覚悟を決めましょうか」


 村脇が拳銃を構えたのを見て、谷城がアクセルを踏み込む。こうして『第二分署』とその同盟、バイク救援部隊の死闘が始まったのだった。

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