第185話 大丈夫だ、問題ない。一番良いヤツを頼む。

 谷城の作戦通り、まずはバイクを乗り捨てる形で相手にぶつける、という方法を試す事になった。


 谷城的にも、勇気あるプレイヤーが申し出てくれたみたいに、運転手を残して体当たりした方が確実だとは思う。しかしそれでは本末転倒になってしまう。


「これが死に戻り上等な、それこそゾンビアタックが許されているイベントだったら採用するんだが……」


 この運営の事だ、確実に一度死んだらこの特殊フィールドへ戻ってこれない、というオチが待っているはず。それでは装甲車を撃破出来たとしても、このフィールドに参加しているプレイヤーの敗北だ。


 もう四天王はこのフィールドにいる一人だけであり、ここから落とされたらイベントはここで終了で、次の機会はそれこそ次のイベントを待つしかない。それを敗北と言わずして何を敗北と言うべきか。


 多分、ここで死亡して脱落したとしても、多少の功績ポイントはゲット出来るだろう。だが、それなら完璧な形で功績ポイントをゲットすべきだ。じゃなければあまりに格好がつかないし、谷城的には自分の役割が失敗に終わった形となる。それは実に許容出来ない事だ。


「勝ち負けで言えば、格好悪かろうと俺達が欠ける事無く、この難局を乗りきった形が勝ちだろうし……」

「上手くハマればいいっすね」

「……」


 谷城の呟きに村脇が深刻な口調で言う。その言葉に谷城は何も返す言葉が無かった。


 予感では、多分、上手く行かない、と思っているだけに……強がりすら言えなかった。


『準備OK! ギルマス! 行きます!』


 木村からの無線に、助手席の村脇が体を捻って後ろを振り返り、谷城もバックミラー越しにその結末を見守る。


 後方から猛然と迫ってくる軍用装甲車の、ギリギリ鼻先まで引き付けて、後部座席のドアを開けっぱなしにしたプレイヤーが、バイクから飛び降りたプレイヤーをキャッチして救出、そのまま乗り捨てたバイクが装甲車へと突っ込んでいった。


「どうだ?!」


 村脇の祈りにも似た感情が含まれる叫びも虚しく、バイクは装甲車の分厚い装甲に弾かれて、吹き飛ばされてしまう。


「マジかよっ!」


 村脇が思いっきり自分の太ももを叩き、前を向いてガンガンとダッシュボードに頭を叩きつける。


「こりゃぁ、こっちの車をぶつけても効果が薄そうだなぁ……参ったねこりゃ」


 ガンガンと頭を割る勢いで頭を叩きつける村脇の背中を押さえ、谷城はぷぅーと唇を震わせて、勢い良く息を吹き出す。


『ギルマス……どうします? いっそ白旗でも上げますか?』

「それしたら、前で耐えてるユーヘイさんやら赤いバイクの二人に顔向け出来んだろ」

『ですよねぇ……手、ありますか?』

「……どこぞの大天使が現れて、そんな装備で大丈夫か? って聞いて欲しいわ」

『古いネタですねぇ』


 どこか諦めた空気が漂う中、その無線が駆け抜けた。


『大丈夫だ。問題ない。一番良い武器と一番良い仲間を連れてきたわよっ!』

「はい?」

「へ?」

『『『『はいぃ?!』』』』


 まさかのネタ返しに皆がすっとんきょうな声を出している間に、後方の装甲車の足元が爆発して、そのまま二台が空を飛んだ。


「へ?!」


 谷城らしからぬ間抜けな声を出し、何事だと思わず後方を振り返れば――


『ひゃっほーぃっ! 「第一分署」のお通りだぁーぃっ!』


 空を飛ぶ装甲車の真下を、ピックアップトラックが猛然と駆け抜けて来る。その運転席にはダディが、助手席にはノンさんが窓に腰掛けた状態で、グレネードランチャーを持つ手をグルグルと回しながら、ひゃっはーと叫んでいた。


「「おいおいおいおいおいっ!」」


 谷城と村脇が喜びの声を出しながら、お互いに顔を見合わせてニヤリと笑う。


『こちら「ワイルドワイルドウェスト」の団長だ。金田バイクの二人、援護に入る。無理せずにこちらを盾に使え』

『ありがとうっ! ヤバかったの! 凄く助かるわっ!』

『いや、頑張ってくれていたのは知ってる。少し休んでくれ。野郎共、やるぞ』

『『『『おうっ!』』』』


 そして更に嬉しい無線が聞こえて来て、谷城達は歓喜の雄叫びを出す。


『「不動探偵事務所」もいるぞ! DEKAプレイヤーのサポートは任せろ! 今から各グループに近寄って武器のレンタルを開始する! 一気に駆け抜けるぞ!』

『『『『おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』』』』


 まるでタイミングを計ったような救援の登場に、谷城達のボルテージは最大値にまで駆け上った。


 そんな空気感の中、ノンさんがグレネードランチャーでもう一台の装甲車を吹っ飛ばしながら、無線に向かって吠える。


『良くやったわユーヘイ! 待ってなさい! すぐに行ってやるわよっ!』




 ノンさん達が救援として現れる少し前――


「あー段々、腹が立ってきたっ!」


 暴風雨のような火炎瓶の中を掻い潜り、ひたすら逃げ惑っていたユーヘイが、珍しくコメカミに青筋を立てて叫んだ。


「ユーさん! 短期は損気!」

「このままじゃどっちにしたって焼き芋状態にされるわい! 少しは抵抗しねぇと向こうが調子ノリノリして手がつけられなくならぁなっ!」

「落ち着いてってばっ!」

「もう我慢の限界じゃごらぁっ!」


 何やらゴソゴソと操作し、エンジンキーの後ろ側に何故か存在する赤いボタンを押し込む。


 キュウイィィィィィィィィィィィィーッ!


「へ?! はぁっ!? ぎ、ぎゃあぁーっ!?」


 激しい吸気音のような音がエンジンから聞こえだし、そしてガックンと車体が地面に埋まるように加速を開始した。


「ツインニトロじゃいっ! 行ったれぇっ!」

「や゛ま゛さ゛ん゛の゛あ゛ほ゛お゛ぉ゛お゛ぉ゛ーっ!(山さんのあほぉー)」


 ギャリギャリギャリとタイヤがアスファルトを削るような音を響かせ、これまでのスピードが温く感じるGが全身を包み込む。


 そして一瞬で火炎瓶の豪雨を抜け出し、ラングの車を追い抜き、ユーヘイがインベトリから何かを取り出し、運転席の窓から後ろへと投げた。


「食らいやがれってんだっ!」


 インベントリから取り出したのは、リバーサイドを巡回する前に自販機で購入した缶ジュースだ。それをぶん投げたのだ。


 ほぼ狙いなど適当で、ほぼ勘だけで投げたそれは、一直線にラングの車へ向かい、見事フロントガラスをぶち抜き、車内へ飛び込む。


「しゃぁっ! おらぁっ!」


 突然の反撃に対応出来ず、相手の車の挙動がおかしくなり、フラフラと蛇行運転を始め、そのまま道路脇の壁に数回ぶつかりながら、何とか体勢を立て直して再び速度を上げ出す。


「ちっ、この程度じゃくたばらねぇか」

「ユーさん……死ぬって」

「生きてるじゃん」

「そう言う事じゃなくてね……激しいのはダメだって」

「今までも十分に激しかったでしょ」

「そうですけどもぉー」


 ニトロを止めて、急激な加速は停止したが、それでも速度が出ている状態で座席に押し潰されるようにしてぐったりしているアツミが文句を言う。その文句をさらりと受け流しながら、ユーヘイは次はどんな嫌がらせをしてやろうかと、ペロリと唇を舐める。


 すると――


『インポッシブルダメージ(ありえない攻撃)を確認しました。プレイヤー大田 ユーヘイにチャンスステップが発生します』

「はい?」


 これまた唐突なクエストインフォメーションが入り、ユーヘイの視界内に『ギルドメンバー及び同盟ギルドの救援を要請しますか?』というテロップが浮かび上がる。


「……イエス! イエス! イエス!」


 そのテロップを見たユーヘイは、一も二もなくその権利を使う。


「来たれ! 我が眷属達よ! この地獄から我らを救いたまえっ!」


 運営からして予期しない、ありえない(インポッシブル)ダメージを叩きだし、ユーヘイは自らの手で奇跡を呼び込んだのであった。

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