第7話 ノンさんとダディ

 救急車へ負傷した運転手を乗せて、お願いねと救急隊員に頼んで出発を見送る。そして先程からチラチラと視界に入っていたが、改めて横転したトレーラーを確認すれば、どこから現れたのか制服警官達がせっせと仕事をしていた。


 しっかり交通整理をし、横転したトレーラーを移動するための車両とか、完璧な対応をしてくれている奴らを見て、ユーヘイは呆れた溜め息を吐き出す。


「いるやん」


 いやまぁ、多分クエスト関係には駆り出せない仕様なんだろうけどさぁ、とどこか釈然としないモノを感じながら、レオパルドに戻り無線で第一分署の指令室を呼び出す。


「こちら分署303」

『第一分署司令室です。どうしました? 分署303』

「先程の銀行強盗達が押し入った銀行の場所を知りたい。教えてくれるかな?」

『はい、ではスキルのナビゲーションを取得されているようなので、目的地として設定します』


 そういうメタい事をさらりと言うのね、と乾いた笑いを浮かべていると、先程からずっと視界の端に表示されっぱなしだったマップに、ピコピコと自己主張する光点が現れる。どうやらそこが被害にあった銀行であるようだ。


『表示は問題ありませんか?』

「OK、大丈夫、ありがとう……ええっと?」

『カナと申します。よろしくお願いします。大田警部補』


 あ、俺の階級って警部補なんだ、などと思いながら、ありがとうカナちゃんと礼を言ってエンジンキーを回す。


「頑張って解決しないとな」


 ちらりと横転したトレーラーを、そして救助活動に参加してくれたプレイヤーとNPC市民達を見て、よしっ! と気合いを入れてレオパルドを走らせた。


 先程とは違い今回は法定速度で二号道を走り、色々な雰囲気が入り交じって複雑だけど妙にマッチしたエキゾチックな異国っぽい街並みを堪能しながら、ナビに従って車を進めていく。するとイエロー銀行という看板と、覆面ではない白黒のパトカーが複数駐車している銀行が見えてきた。


 場所的には二号一条通りと二号二条通りのちょうど中間地点にある、ちょっと繁華街からは外れて場所的には不便だけど、周辺で生活している住人達からは近いといった感じの立地にその銀行は存在していた。


 パトカーの横にレオパルドを駐車し、規制線が張られた出入り口に立つ制服警官に、スーツ(ちゃんと回収した)の胸ポケットから出した警察手帳を見せると、彼らは律儀に敬礼して規制線を持ち上げてくれる。


「これ一回やってみたかったんだよなぁ」


 まさにドラマの世界! と感動しながら、レオパルドのダッシュボードの中に入っているのを見つけた真っ白い手袋を両手に装着しながら中に入った。


「ああああああっ!? ユーヘイ!」

「はい?」


 さて、どうやって調査するんだろう、そんな事を考えながら周囲を見回せば、甲高いハスキーボイスでいきなりキャラクターネームを呼ばれ、きょとんとした表情で声のした方を見れば、これまた見事にヤベェDEKAの登場人物に寄せた女性プレイヤーと、そんな女性プレイヤーの頭に結構強烈な突っ込みを叩き込む、やはりヤベェDEKAの登場キャラに寄せた男性プレイヤーがいた。


「すまんな。先程までお前さんの配信を見ててな。勝手に親近感を覚えていたらしい」

「は、はあ……配信……ああ! そう言えば配信してたわ。すっかり忘れてた」


 ずっと回しっぱなしだけど見てる人おったんや、と妙な感心をしていると、頭を殴られた女性が、にゅいっと美人だけど妙にカエルとかヘビとか、そっち方面に見える顔を近づけて、よっ! 大将っ! と印字されたセンスを広げてパタパタとユーヘイを扇ぐ。


「DEKA続けるんだ?」

「近い近い! つかノンさんリスペクト? だろ? その顔で寄るな寄るな! 自白するつもりはない」


 ノンさんとは現在も海外を中心に活躍を続けている超個性派女優がやっていた役で、落としのノンさんと呼ばれていたキャラクターの事だ。


 妙に粘っこい演技(当時は怪演とも)で、カエルっぽくもありヘビっぽくもある美人なのに不気味な顔を無表情に近づけ、ボソボソっと『吐け』と自白を引き出す様子は有名だろう。


「やめなさい」

「あいたっ?!」


 ヘビの舌がチロチロと口から出てくるような幻覚すら見えかけた時、様子を見ていたもう一人のプレイヤーが、先程よりも強烈な突っ込みをいれる。ぽかりなんて可愛らしい感じではなく、ガクンと頭が強制的にズレる位の勢いで殴られ、女性プレイヤーは呻きながら頭を抑えてうずくまる。


「妻がすまない」

「奥さんなんだね、なるほど、だから遠慮が……ワッツ?!」

「はははは、良いリアクションをありがとう。妻がヤベェDEKAが好き過ぎでね、一緒にやろうってせがまれたんだよ。ちなみに私はそこまでヤベェDEKAを見てないから、このキャラクターの作り込みは妻の仕業だ」

「へぇー、夫婦で同じゲームをプレイ……あれ?」


 朗らかに笑う男性プレイヤーの言葉に、ユーヘイはどこかでそんな事を聞いたような、とSIO時代の記憶を探り、ああ! と声を出すと、一旦配信を停止して二人に確認した。


「もしかしてHAL(ハル)とKENT(ケント)か?」

「「っ!?」」

「ああ、当たりか」


 二人が何でっ!? という表情をしたのを見て、やっぱりと頷き、ユーヘイも自分がSIOで遊んでいた事を告げ、SIO時代のキャラクターネームも教えた。


「マジですか……だからあんな化け物みたいなムーブが出来たんだ」

「何言ってんだよ、剣撃の閃姫と呼ばれたバリバリの近接戦闘マニアが、あの程度の事で化け物とか」

「SIOと一緒にしないでよ! こんなステータスアシストバリバリのゲームであんな動き出来るわけないじゃない!」

「いやそこは設定でどうとでもなるでしょうが。実際、俺もステータスアシストほぼ切ってバフというかパッシブの部分しかアクティブにしてないし」

「へっ!?」

「……うわっ! 本当だ! 設定で細かく変更出来るっ!」


 ユーヘイの言葉に慌ててオプション画面を確認した男性プレイヤーがうわちゃぁと声を出し、その様子を見て女性プレイヤーも確認するとピシリと固まって、うおおおん! とお前はどこの戦場の兵士だ、と突っ込みを禁じ得ないポーズで天を仰いだ。


「「ちゃんと市役所のねーちゃんに説明させろよ! 運営っ!」」


 全く同じ台詞を同時に叫んだ二人に、ああ、似た者夫婦なんね、SIO時代からオシドリオシドリとは言われてたけども、と呟きながら配信を再開する。


「んじゃ改めて、大田 ユーヘイだ。どうやら階級は警部補らしい。大田でもユーヘイでも好きな様に呼んでくれ、よろしく」


 食べる? とミントシガーを差し出しながら自己紹介をすると、それを受け取った女性プレイヤーが不貞腐れた様子で、やや投げやりに自己紹介をする。


「中野 GAL(ガル)よ。ノンさんと呼びなさい。階級は知らないわ。よろしく」


 ガリガリと音を立ててミントシガーをかじりながら、やや八つ当たり気味に睨むノンさんを、今度は優しく頭をポンポンと叩きながら男性プレイヤーが苦笑混じりに自己紹介をする。


「吉田 ケージ。ダディと呼ばないとダメらしい。よろしく大田」


 ミントシガーを口に咥え、ユーヘイと握手をしながらダディは優しく微笑む。


「まんまなんね」

「悪い? アンタだって凄い寄せてるじゃない。わざとらしいモノマネロールプレイはしないけど」

「まぁ、キョージは当時憧れの大人だったからさ」


 肩を竦めておどけるユーヘイに、ノンさんは分かる分かるわーと激しく同意する。


「はいはい、調査パートだけど、どうやって進める?」


 パンパンと手を叩いてダディに聞かれ、ユーヘイはとりあえず調査パートがどんな流れかを教えてくれと頼む。


「んとね、怪しいと思う場所や人を調べるんだけど、どうやら調べられる回数が決まってて、それを越えちゃうと失敗扱いになっちゃうの。これがまた鬼畜でさぁ、どこにもヒントなんかないし、何回も失敗するしで、もうお手上げ。失敗するとクエストがどんどん難しくなってさ。この銀行強盗も最初はここまで手際が良くなかったのに、今じゃ立派なエリート犯罪者よ」


 ノンさんの説明を聞いて、ユーヘイは眉間に皺を寄せて、サングラスを外してノンさんを睨む。


「ほっほーぅ」

「……」


 難易度低レベル設定なのに、妙に難しいのは貴様の成果ですか? という意味の声を出せば、私は無罪と印字されたセンスを広げて、すすすぅっと顔を隠すノンさん。


「つかヒントあるだろ?」


 このままじゃ話は進まないと、睨むのをやめて言えば、二人はきょとんとした顔でユーヘイを見る。


「いや、ヒントバリバリ出てるぞ?」


 正確にはスキル『DEKAの勘』が反応している感じだが、銀行に入ってからここを調べてぇ! と自己主張しているポイントがチラホラと見えている。


「あーOKOK、まずはスキルを教え合おう、それで分かる」


 ユーヘイが両手を挙げて言うと、二人は頷き取得しているスキルを教えてくれた。


「私は調査と聞き込みと話術」

「こっちも同じかな、ただ話術じゃなくて好感度アップを選んだけど」

「なるほどなるほど、俺はGMちゃんと相談してDEKAの勘、軽口、銃器マスタリー、ランナー、ダンサー、ドライブ、チェイス、ドラテクに――」

「「ちょちょちょちょちょちょっ!」」


 功績ポイントでゲットしたスキルポイントを使って習得したスキルを口に出していくと、二人からストップがかかる。


「何でそんなにスキル持ってるのよ!」

「え? チュートリアルでまとまった功績ポイントゲットしたから、なるべくレベル上げるよりも前に、スキルを取った方が良いですよってGMちゃんに言われたから」

「……そうだった、そのシーン見てた……ってかそんなに功績ポイント出たの?」

「ええっと、確か――」


 バックログを確認して、ゲットした功績ポイントを知らせると、二人は絶句して全く同じ事を叫んだ。


「「運営の馬鹿野郎っ!」」


 お使いクエストの何千倍よ! ふざけるな! レベル上げるのにどんだけ苦労したと思ってるのよ! 何よそのふざけたポイント数! 不公平よ! と捲し立てるノンさん。それはダディも同じで、無駄な時間無駄な時間無駄な時間……と何やらダークサイドに落ちていきそうな顔でブツブツ呟いている。


「ま、まぁ! どどんまいっ!」

「「うっせぇばかっ! ポイント寄越せやっ! うわーん!」」


 似た者夫婦過ぎんだろ、ユーヘイは乾いた笑いを浮かべながら、これどうすんべ、と収拾のつかない状況にたらりと冷たい汗を人知れず流すのであった。

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