第122話 野郎ぉっ! ぶっ○してやるぅっ!

 セントラルステーション地下第一階層。


 鬼皇会からブン取った、YAKUZAプレイヤー念願のホームグランドとなった場所だ。


 奪還してからこちら、かつての薄暗い地下街といった風景から、まるで近未来の地下都市といった光景へと生まれ変わろうとしている。


 かつて鬼皇会の拠点だった六階建てのビルは、奪還されてから第一階層を共同で管理しているYAKUZAギルドの寄合所という役割を与えられ、現在では多くのギルドが使用する各ギルドの受付、待合室のような場所となっていた。


 そのビルの中でも一番大きな場所、大宴会ホールなどと呼ばれている場所に、YAKUZAギルドでも一目を置かれた組織のトップ達が雁首を揃えていた。


『グランドイベントクエスト「集結」の開始を確認しました。複数のノービスプレイヤーの参加を確認。同時にグランドイベントサブクエスト「結集」も進行します。サブクエストに個人参加プレイヤーを確認しました。個人参加プレイヤー用の調整を開始します。プレイヤーのレベルに合わせた調整が入ります。グランドイベントクエスト「終局」とのリンクを開始します。「集結」及び「結集」の進行状況が「終局」に影響します。またこのイベントクエストは特定のイベントキャラクターの勧誘を断った事で難易度が上昇しております。ノービスプレイヤーの総力を挙げて立ち向かいましょう』


 そしてその状況で聞こえてきたクエストインフォメーションに、ギルドのトップ、組長だのボスだの首領ドン等々と呼ばれている、強烈強面なYAKUZAギルドのギルドマスターが、もはや凶器と思われるレベルの化け物か鬼神かと言った表情を浮かべていた。


「ちっ、どうやらお前の言い分の正しさは証明されちまったようだな」


 YAKUZAプレイヤーの中で任侠系と呼ばれている、YAKUZAという名前のダークヒーロー達の集団であるギルド『広島焼き』のギルドマスター、今日も角刈り着流しが格好良い角松かどまつ けんが片目をつむったまま、ギルドのトップ達の視線を一身に集める男を鋭く見やる。


「だから言ったじゃないっすか。ま、それぐらい用心深くなけりゃぁ、こっちとしても信用しやしませんがね?」


 男の言葉に、数人のギルドマスターが鋭く舌打ちをした。


 男、ジン・アオヤマと名乗る日系三世は、南米のとある犯罪組織からやって来た使者を名乗る男だ。


 フィクサーを送り込んだ巨大犯罪カルテルとは敵対関係にあり、アジア圏内の足掛かりとしてかつてない規模での侵略行為を仕掛けているカルテル。彼らの組織はその横っ腹を突く計画をしており、その尖兵であるところのネイガー及び彼をサポートする配下の者達、ネイガーとは敵対関係にあるネイト及び彼をサポートする配下の者達を排除するよう協力関係を結びたいと呼び掛けてきたのだ。


「まぁ、てめぇんトコの組織を信用なんざする気はねぇが……情報は確か、なんだろうな?」


 近年のリアルっぽいヤクザ、完全なアウトロー系の暴力装置としてのYAKUZAプレイヤーが集まるVシネ系と呼ばれている集団の長、ギルド『月島会』のギルドマスター、界隈では兄貴と呼ばれている川中かわなか ショウが、かけているトンボの複眼っぽいサングラスをずらしながらジンを睨み付ける。


「極東の島国の木っ端YAKUZA組織の集団、ってぇ認識なら、試してくれても良いんだぜ?」


 YAKUZAプレイヤーの中でも武闘派も武闘派、暴力装置とかっていうレベルじゃなく完全にYAKUZAという名前の兵器、いわゆる抗争系と呼ばれているギルド『松竹組』のギルドマスター内竹うちたけ アニぃがギラギラと怪しく輝く瞳をジンに向けながら言う。


「いやいや、そいつはご勘弁を……そっち関係は信用してるっす」


 ジンは苦笑を浮かべておどけて見せるが、内心はずっとビクビクしていた。


 鬼皇会。極東の島国で一番の勢力を誇るYAKUZA。そしてその影響は隣国どころか多方面にまで及び、その戦闘能力と統率力、逸話を疑うような裏の人間はいない。


 そのジャパニーズオーガと呼ばれている化け物相手に、少数で抗争を繰り広げているクレイジーな奴ら、それがジンから見たプレイヤーへの印象だ。


 つまりこいつら全員、自分達の組織でも武闘派と呼ばれている存在なんか歯牙にも掛けない化け物ばかりという、そんなとてつもなく恐ろしい状況に自分がいる事を、ジンはしっかり認識している。


 まさに一触即発、そんな言葉がぴったり当てはまるような空気が漂う中、一人のプレイヤーがぴょんぴょん跳ねながら、はいはーいと元気良く手を挙げた。


「ちょいちょいお兄さん達、そんなに凄んだら話が進まないですよ。ほらほら、ジンさん、説明を続けて続けて」


 田舎のヤンキー学校で朝礼があるからと全員集合した体育館、そこであいさつをする校長先生に、全員がう○こ座りをしてガンを飛ばして威圧しまくっているような集団を、つむぎ たまきがなだめながら明るい笑顔を向ける。それを受けたジンは、少しだけ救われた気分になりながら、ヘラリと軽い笑みを浮かべた。


「たまきの姐さん助かります。こっちから提供するのは、ネイガーの部下達を表に出す手伝い、っす」


 ジンの言葉に、YAKUZAプレイヤー達は手渡された写真に目を落とし、ほぼ同時に同じ事を思い浮かべた。


『『『『これ絶対、お前なんか怖くねぇっ! 野郎ぉっ! ぶっ○してやるぅっ! のあの名優に寄せたNPCだよな、雰囲気そっくりさんって感じに濁してるが……ここでコ○ンドーネタをせぇと?』』』』


 YAKUZAの大親分達の困惑気味な雰囲気を他所に、ジンは饒舌に説明を続ける。


「ネイガーとネイトはかつての上司と部下の間柄で、ネイガーの恐ろしさを一番知っている人物っす。隙あらばちょっかいを出してますが、決定的な状況にならず不平不満が溜まっているので、決定的にネイガーが不利っていう状況を作り出せれば――」

「ネイトが勝手にネイガーに突っかかる」

「はいっす! その状況でなら兄さん達なら」

「ネイガーとネイトを美味しくいただける、か」

「はいっす!」


 いかがですか? そう言い笑顔で両手を広げるジンに、内竹がニヤニヤ笑いながら言う。


「ネイガーとネイトと戦って疲弊した俺達も喰えて一石二鳥、いや一石三鳥ってか?」


 内竹の言葉に、数人の大親分が『あ゛ん゛?!』と某往年のヤンキー系週刊少年漫画雑誌の見開きみたいな表情をジンへと向ける。その様子にジンが必死に両手を振り回す。


「いやいやいやいや、まさかまさか。手前共としましても、カルテルの勢力を減退出来れば万々歳、そこから南米での勢力を拡大して確固とした地位を掴むので精一杯になりますから、そんな余裕もありませんよ」


 思わず自分のキャラ付けすら忘れ、地のキャラクターで弁明する程度には慌てて言うと、内竹がケタケタと大声で笑って冗談だよとうそぶく。


「まっ、襲われたら襲われたで、こっちが美味しくいただいちまうっていうのも、有り、だから歓迎はするぜ?」


 くわーはっはっはっはっと笑う内竹の言葉に、数人のギルドマスターがニタァと笑って同意するよう頷く。


 もうやだこの人外達……内心でそんな愚痴を吐き出しながら、ジンはこんな仕事を引き受けた過去の自分を殴りつけたい衝動に駆られつつ、ひくりひくりとひきつった笑顔を浮かべて曖昧な表情でお茶を濁す。


「そんな事はしないっすよ……あれです、敵の敵は味方、呉越同舟、一時休戦って感じっすよ」


 ジンの言葉に角松は苦笑を浮かべた。ま、完全に味方と言わないところは信用出来る部分だな、と内心で呟く。


「んで、決行は?」


 たまきが配信しているカメラに映り込まないように、壁の花をしていた此花このはな なつめが聞くと、ジンはヘヘヘっと笑っていった。


「いつでもどうぞっす。ただ、皆さんの準備が色々と必要ですから、決行日としては三日以内ってところでお願いしたいところっす」


 ジンの言葉を聞いた数人の大親分達が、壁に控えていた仲間を呼び耳打ちを開始する。その一人である角松は、自分の右腕たる男鹿おが 武士ぶしに目配せすれば、男鹿は頷いて人差し指を立てた。


「ならウチは明日にも動ける。他はどうだ? 難しいようならウチ単体で請け負っても良いんだぜ?」


 角松の言葉に数人の大親分が舌打ちをし、呼びつけた仲間に急がせるよう伝言する。それを受けた仲間達が大慌てで外へと向かって走った。


「おいおい、抜け駆けはナシで頼むぜ? 旦那」


 ずらしていたサングラスを戻し、ニヤリと嬉しそうに笑う川中へ、角松は口角だけを持ち上げて、ふっと鼻で笑う。


「いつまでもトップ独占とは行かないんだぜ? オヤジに兄貴よぉ」


 そんな二人に、ギラギラした瞳を向けてふてぶてしく笑う内竹。そんな三人の空気に、やれやれまた始まったよ、と他の大親分達は苦笑を浮かべる。


 彼らのこれはロールプレイの一環で、お互いがお互いを潰し合いたい商売敵……という設定なのだ。


 前回のフィクサーの工場を潰した時の連携、協力関係などを見れば分かるが、完全にポーズでしかない、んだが、初見でこれを見た場合かなり迫真な演技をするので、マジで潰し合いをしてるんじゃなかろうかと誤解する初心者プレイヤーも多い。


「あいつら、楽しそうだよなぁ」

「混ざって来いよ、お調子者だろ?」

「いやいや、あそこまでバリッバリなYAKUZAな服装はしたくねぇよ」


 そんな三人の様子を、なつめと同じく壁の花として見ていたゴルフの十三番が、呆れた様子で揶揄し、それを聞いたなつめがうっとうしそうに突き放す。


「んで、なつめきゅんはどう動くのよ」

「……なんでお前は毎回俺につきまとうんだよ」

「いやいや、大規模イベントのソロプレイなんて各個撃破されて即終了じゃんか。なら少しは頭を働かせて生き残る努力をしないとね。そうなると有力プレイヤーの動きに合わせて、ってのが一番賢いじゃんよ」

「知らんよ。勝手に動けよ」

「そんなつれない事言わんといてーや。俺となつめきゅんの仲――」


 馴れ馴れしくなつめに抱きつこうとして、なつめが静かに拳銃を抜き、ぐりぃ! とゴルフの鼻を抉るようにして突きつける。


「ひややなぁ(イヤだなぁ)、ひょーふひょーふ(ジョークジョーク)」

「お前のはマジで気色悪い。今度冗談でもやろうとしたら、顔面に風穴製作すんぞ?」

「ほぉーけほぉーけ(オーケオーケ)」


 ヘラヘラ笑って全く反省していないゴルフの様子に舌打ちをしながら拳銃を懐に戻す。それと同時に脳内にクエストインフォメーションが鳴り響いた。


『グランドイベントクエスト「粉砕」の開始を確認しました。個人参加のYAKUZAプレイヤーを確認、YAKUZAプレイヤーのレベルに調整を開始します。またこのクエストは時限開始イベントとなります。参加を希望されたプレイヤーは、全ての準備を今日中に終わらせて下さい。また、このイベントは「集結」と「結集」に影響を与えます。「終局」とのリンク開始。全てのグランドイベントクエストの開始を確認。クエスト難易度が最高難易度に固定されます。参加されるプレイヤーの皆さんは頑張って下さい』


 クエストインフォメーションの内容を聞いた全員が、やれやれいつもの事か、とうんざりした表情を浮かべる。


「こりゃ頑張らないと」

「勝手に頑張れ」


 ゴルフの苦笑混じりの言葉になつめは皮肉たっぷりに言い捨て、自分の準備を進めるために大宴会ホールに背を向け歩き出すのだった。

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