第50話 やっちまったーーー!【宮下佳奈】

「メメちゃん! 待って!」


 とぼとぼと夜道を歩いていたら、Vtuberの名で私は呼ばれた。


 振り向くと知らない人だった。しかも美人。


 私は知らないふりをして、前に向き直り歩き始めようとした。


「待って! 美矢下唯ちゃん」


 今度は声優時の名前で呼ばれた。


「誰ですか?」

「ごめんね。警戒しないで。私、お姉さんの友達の瀬戸真里亞というの」

「ああ! あなたがあのストーカーさんね」

「違うから。ただファンです」

「どうして声優の名を? 姉から聞きましたか?」


 メメの前世については話をしていないし、今のところバレてもいない。


「違うよ。私、ちょっと声豚でね。それで初めてメメちゃんの声を聞いたときに1発で分かったの」


 と簡単に言うもののメメと唯の声は全然作りが違う。メメはお姫様なら唯は活気のある女の子だ。


 それで気づく人は少ないはず。


「耳がいいんですね」

「それほどでもないよ」

「でもオルタにも気づいたんだでしょ?」

「あれは運が良かっただけだよ」


 瀬戸さんは苦笑する。


「さ、戻ろう」


 それに私は首を振る。


「どうして?」

「戻りたくないからです。戻ってどうするんですか?」


 私は目を逸らして言う。


「応援しようよ」

「もういいんです」

「いいって? 諦めるの? 今、お姉さんが頑張ってるよ。ほら、聞いてみて」


 と瀬戸さんは片方のワイヤレスイヤホンを差し出す。


 それを受け取り、私は右耳に装着する。

 ハリカーの実況が聞こえた。


『まだ終わってない! メメはそんな弱虫じゃない』


 姉の声が聞こえた。


『大丈夫です。戻ってきます。私は信じます。だから、だから、私は姉として負けません』

『でもそれがメメちゃんを苦しめているんだよ。オルタちゃんが頑張れば頑張るほどオルタちゃんの人気が上がる。そうすればますますメメちゃんは苦しめられる。分かってる?』

『分かってます。でもメメは可愛くて私なんかより人気がある子なんです。今はちょっと引っ込んでいるだけで、私がいなくても人気のある子なんです』


「……お姉ちゃん」


 そしてレースが進み、実況のお二人の興奮した声も聞こえ始めてくる。


『おおと! ごぼう抜きだ! 何だこれは!? 誰だ? え? オルタちゃん?」

『な、何が起こってるの?』

『アメージャ、分からないの? これは伝説のイニシャルカーブだよ!?』


 イニシャルカーブ。

 かつて姉がよくやっていた技の一つ。


「お姉さん、頑張ってるじゃない?」

「……うん」


 そして姉は見事1位を獲った。


「これは優勝もいけるんじゃない?」

「いけるのかな?」

『あれ? オルタちゃんの様子がおかしいぞ?』


 ここでリリィから不穏な言葉が聞こえる。


『どうしたオルタちゃん?』

『す、すみません。ちょっとゲーム酔いを』


 ええ!?

 ゲーム酔い!?


「大変よメメちゃん、今すぐ戻って!」

「うん」


 私は走った。暗い夜道を。うちの家の明かりを目指して。


  ◯


 私はすぐに家に駆け戻り、階段を上がって自室に入る。


「お姉ちゃん!」

「どうしたの?」

「代わりに私が走るわ。お姉ちゃんは休んで」


 ゲーム酔いで顔色の悪い姉を椅子から退けさせる。


「あれ? 次はメメなの?」

「いいのこれ?」


 ペーメンの皆が戸惑いの声を出す。


「いいの! 私とお姉ちゃんはここでは一心同体なんだから」

「炎上しない?」

「もうどうでもいい。炎上なんて知らないわ。もう私は好きにやらせてもらう」

「運営怒るよ?」

「怒るならどうぞ。それでクビにしたければどうぞ! そもそも私は期末テストがあるから、その期間は出られないって言ってたのに。テスト期間にかぶるAグループに私を入れた運営が悪いのよ!」

「アハハハ! よく言った! メメちゃん。最高! よしやろうではないか!」


 星空みはり先輩が面白いといった感じ。


『では最終レースのコースを選択してください。泣いても笑ってもこれが最後。悔いのないように』


 そして最終レースのコースが決定した。


『最終レースはポッピンジャンプハネムーン!』


 このコースはスロッチから新コースで、ショートカットとU字カーブで有名。


「よーし。やるぞー!」


 スタートダッシュを見事こなして上位陣に食い込む。


「よし! ここだ!」


 U字カーブが見えて、私は姉と同じくイニシャルカーブを再現し、左U字カーブの溝に左タイヤを入れる。


『おおと! これはオルタちゃんと同じイニシャルカーブかーーー!』

「いっけーーー!」


 私のカートは内から左U字カーブを曲がり切ろうする。


 だけど──。 


『あ、外れました』


 曲がりきれずにタイヤが溝から外れて、そのままカートがスピンする。


「ぬわぁぁぁ!」


 さらに追い討ちにと後続からのアイテム攻撃を受ける。


「やめて! やめて! ああっ!」


 どんどん抜かれていく私。さらにはまたアイテム攻撃を受ける。


「やめろぉ! クソがぁ! 呪うぞ! テメェら! 誰だ!? 誰だぁ!? 今、ペンキぶちまけたやつはー!? 絶対殺す! マジ殺す!」


 さらにジャンプアクション中に攻撃を受けて、崖へと落ちる。


「チクショーーー!」


 なんとか順位を上げようと私はショートカットをしようとするが、これまた阻まれて失敗する。


「ぬわぁぁぁーーー!」


  ◯


 そして私はブービーで完走した。


「……なんでだよー! クソがーーー!」


 久々に私は台パンした。


「メメ! 声! 声が……」

「何? 声が何?」

「ミュートしてない」

「大丈夫よ。3位までしか発言は取り扱ってくれないし」

「だから私、3位」

「へ? 8位じゃあ?」

「それは4レース目。それまでの総合順位は3位」

「…………嘘だろっ」


 そしてコメント欄に私はおそるおそる目を向ける。


〈ガグブル〉

〈コワイ〉

〈ぴえん〉

〈逆に赤ちゃんが怖すぎて泣き止みました〉

〈台パンなんて珍しい〉

〈男性ホルモンバキバキのメスゴリラが目覚めました?〉


「あああぁぁぁーーー! やっちまったーーー!」

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