第18話 発声練習
筋トレが終わり、私は先生にこっちへ来なさいと手招きされる。
「では、発声練習をしましょう」
というか初めからそうしてもらいたい。
ジョギングと筋トレで歌が上手くなるとは考えにくかった。
「千鶴さんは初めてですので、これを差し上げます」
と言って、先生は私に箱を渡す。
「開けて中の物を取り出して下さい」
私は箱を開けて、中の物を取り出した。それは太いT字のおしゃぶりとゴムバンドだった。
「何ですかこれ?」
「ボイトレ用の器具です」
「これが?」
変態プレイで使うオモチャじゃないの?
「いかがわしい物ではありせんからね。今から使うのはT字の器具です。これを口で咥えて、呼吸をするんです」
チラリと隣りの夏希さんを伺うと、彼女は躊躇なくT字の器具を咥えていた。
「ほら、千鶴さんも」
「あ、はい」
怪しさ満点だが、咥えてみる。
「鼻で吸って。口で吐いて」
器具には左右に小さい穴があって、そこから息が吐かれる。
そして息を吐いた際に音が鳴る。いや、音を鳴らしてるのは私だけのようだ。
「千鶴さん、音が出ないように細く、そして長く吐いて」
咥えて返事ができないの首を縦に振る。
何回か呼吸を繰り返し、音が無くなった。
「いいですよ。長く息を吐くのがロングブレスですから。覚えてくださいね。さて次は下顎を上下させてビブラートの練習をしましょう。息を吐きつつ、器具を上下に揺らすように」
私は下顎を揺らして器具を上下に揺らそうとするのだが、意外に難しく、揺らそうとすると器具を落としかねない。
「揺れを大きくするのではなく、小刻みに」
(こんな感じかな?)
「そうですよ。千鶴さん、上手くなってきてますよ」
先生が手を叩き、褒める。
そしてしばらくすると上手に器具をぶるぶると上下に震わせつつ、息を吐けるようになる。
◯
T字の器具を使った練習は終わり、
「では、次は輪型のゴムバンドを使った練習をします。ゴムバンドに両腕を入れて、そして腕を伸ばして」
言われた通りにゴムバンドに両腕を入れて、腕を伸ばす。
「次に両腕を引き離すように動かしてゴムバンドを伸ばして」
先生は私に近づき、お腹に触れる。
「そこでストップ」
「はい」
「次はゆっくり戻して」
私はゆっくり両腕を戻す。伸びてたゴムバンドも緩む。
「息を吐く同時にゴムバンドを伸ばして」
息を吐き、両腕を離して、ゴムバンドを伸ばす。
「吐く時はロングブレスで。そしてロングブレス中にゴムバンドを緩めたり、伸ばしたりして」
言われた通りに息を細く長く吐きつつ、ゴムバンドを緩めたり、伸ばしたりする。
「そう。いいよ。その調子」
先生は私のお腹から手を離して、距離を取る。そして私の右隣りの夏希さんを見て、次に私の左隣りの鈴音さんを見る。
「オッケー。皆、その調子」
私は左隣りを見ると鈴音さんも同じように練習に加わっていた。
(え? いつの間に?)
鈴音さんはダンスや動作担当のはず。
暇だから付き合ってるのかな?
◯
「はい。今日の練習はこれで終了です」
『ありがとうございます』
と夏希さんと鈴音さんが言ったあとで、私も礼を述べた。
「えー、千鶴さんは明日の9時からですね」
先生がスケジュール帳を覗きつつ言う。
「はい」
……あれ? 私は? 夏希さんはないのかな?
「明日もその器具を持ってくるように」
「分かりました」
◯
帰りは鈴音さんが運転する車でコテージへ帰宅。
コテージにはマネージャーの福原さんがリビングでノートパソコンを使い、仕事をしていた。
「お疲れ様です。練習はどうでした?」
「疲れました。もうくたくたですよ。明日は筋肉痛ですね」
私は2人掛けのソファに寝転ぶ。
「筋肉痛? 喉を酷使したんですか?」
福原さんが首を傾げつつ聞く。
「いえ、ジョギングとか筋トレを」
「ダンスのレッスンですか?」
「いえ、ボイトレです。基礎体力と腹筋、インナーマッスル、呼吸筋、肺活量を上げるためのジョギングと筋トレです。その後、器具を使ったボイトレをしました」
「……はあ、それはまあ」
「ボイトレってこんなのなんですか? いつものレッスンスタジオではピアノを使って音程とかロングトーンでしたけど」
てっきり同じ様なレッスンだと思ったのに、ジョギングや筋トレのあるレッスンだなんてびっくりだよ。
「うーん。私はその手の練習には詳しくないのですが、こういう自然豊かな合宿だと雰囲気で運動部系になるのですかね?」
「なんですかそれ。もう嫌ですぅ」
私は泣き言を放つ。
「まあまあ、今日は精がつく焼肉ですよ」
「バーベキューですか?」
ちょっと元気が出た。
「はい。照さんが今日、やりたいと言っていたので、スーパーへ行って、肉を沢山買いましたよ」
「いいですね。楽しみです」
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