第5話 初対面

 猫泉ツクモとゲーム実況をする前に簡易説明が18時あるとのことで私は17時40分に撮影スタジオ2号館に来ていた。


 以前のスタジオは地震で一部崩落。その後、耐震のため一度建て直すとのことで今は全室使用不可となっている。


 そのため私は撮影スタジオ2号館にいた。


 佳奈から2号館と聞いた時、私はレッスンスタジオ2号館の方と勘違いしていた。もしあの時、言葉にしていなかったなら、間違ってレッスンスタジオ2号館の方へと向かっていただろう。


 撮影スタジオ2号館はビルと倉庫を合わせたようなスタジオだった。


 ビルの方へ入るとラウンジのソファに座ってた女性が立ち上がり、「こちらですと」の声を上げて私を手招きした。


 その女性は5期生Vtuberのマネージャーの福原さん。


「福原さん、どうしてここに?」

「いえ、宮下さんはここでスタジオ配信は初めてでしょうから。案内で」

「そうでしたか。すみません」

「いえいえ、ではこちらに」


 福原さんが歩くので私は後ろからついていく。


 エレベーターで3階に。

 そして3階のテーブルと椅子のあるコーナーに向かい、誰もいないテーブル席に着く。


「猫泉ツクモさんはまだのようね」


 18時10分前に2人の女性がやってきた。


 1人はスーツの20代後半女性。もう1人は茶髪にナチュラルメイク、白シャツにカラフルなロングスカートの20代半ばの女性。


 2人はこちらに気づき、「すみませーん」と茶髪の女性が私達に向けて言う。


「どうも朝霧由香です。V名は猫泉ツクモです」

「マネージャーの仙台佐穂です」


 2人は丁重に名乗る。


 福原さんが席を立ち、私もそれに倣う。


「マネージャーの福原岬です」

「宮下千鶴です。V名は赤羽メメ・オルタです」


 私が名乗ると茶髪の女性こと猫泉ツクモは目を輝かせる。


「お噂はかねがね。会えて嬉しいです」

「ありがとうございます」

「では、席に着いて公式ペイベックスチャンネルの件についてお話しましょう」


 と福原さんが言い、私達は席に座る。


「このたびは無理なオファーを受けてくださり、ありがとうございます」


 ツクモさんのマネージャー仙台さんが、頭を下げる。


「いえいえ、それで配信内容はホラゲーの『学校七不思議発見隊』ですよね?」


 福原さんが確認する。


「はい。……もしかして、やったことあるとか?」


 ツクモさんが私に尋ねる。


「ないです」


 私は首を横に振る。


「よかったです」

「それで今日は『学校七不思議発見隊』ですけど、来週以降はどのようにお考えで」


 福原さんが尋ねる。


「こちらを」


 仙台さんが鞄からプリントを出して、それを私達に差し向ける。


 私達がプリントを受け取るとツクモさんが説明を始める。


「えーと、今週は『学校七不思議発見隊』、来週が『ゾンビ・アイランド』で再来週が『夢工房』、最後が『ワラビアナ』です」


 ツクモさんの声には少し緊張の震えがあった。


「『夢工房』は長時間になると思いますよ」


 福原さんがプリントからツクモさんに視線を変えて言う。


「はい。全エピソードだと12時間はかかりますね。ですのでエピソード1だけをプレイしようと思います」


 この集まりは少しの説明だと聞いていたけど、何かプレゼンを聞いているかのような雰囲気だ。ツクモさんも背を伸ばしている。


「では、『ワラビアナ』については? この作品は私の知る限り、ペーメン内では平均プレイ時間が4時間半ほどの作品ですが?」


 福原さんが目を細めて言う。


 ゲーム慣れしているVtuberで平均4時間半。ならあまりゲーム慣れしていない私とホラゲーが苦手な彼女ならさらに時間がかかるのではないか?


「配信開始時を19時とすると終わるのは23時半……お二人ならさらに時間がかかるとおもので1時半くらいでしょうか。それと最後ということでリスナーへの挨拶を含めると2時か3時頃に終わるのではないでしょうか?」


 ツクモさんは頷き、


「ですので『ワラビアナ』は深夜配信にしたいと思っております」

「深夜配信?」

「はい。深夜0時にスタートし、5時半頃にクリア。そしてリスナーへの挨拶と此度のコラボの感想を含めて、7時までに終了予定と考えております」


 福原さんは一度私の方を見て、


「それだとこのスタジオで完徹配信ですか?」

「完徹配信? なんです?」


 聞き慣れぬ言葉に私は聞く。


「深夜から朝まで残業です」

「駄目……ですか?」


 ツクモさんが伺う。


「宮下さんはどうですか? 最後は深夜配信で終わりは朝になりますけど?」

「プリントを見ると『ワラビアナ』の配信日は他とは違い日曜となっておりますので、それならまあ大丈夫ですね」


 これが平日となると私の学生生活に支障が出てしまう。


「良かったです」

「一つ聞いても?」

「なんでしょう?」

「どうしてホラゲーなんですか? ツクモさんはホラゲーが苦手ですよね?」

「はい。苦手です」


 と言い、ツクモさんは苦笑いして、


「でも、その方が同接が多いので」

「なるほど」


 リスナーはホラゲーが得意な人間より、ホラゲーが苦手で慌てふためいて、絶叫するVtuberを見たいのだ。


「それで今回のスケジュールに何か問題はありますか?」

「問題ないです。私は大丈夫ですよ」

「良かったです。それではこのスケジュールでいきましょう」

「では、宮下さん達は配信ルームに。私達はこれで失礼します」


 と福原さんが言った。


 ん? 残ってくれなの……って、それもそうか。待ってたら2、3時間もかかるもんね。


「何かありましたら連絡ください」

「はい」

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